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おひさまポッポ

その3 おひさまポッポ



 「そっち、もっとしっかり押さえて」

 「だって息が出来な・・・降りかかって来るんだもん!」

 「そっち風下でしょー。風上に回ったらいいって!」

 「待って待って」


 ばたばたばた。

 反対側に行くと、真紀さんはブルーシートをしゃがんで押さえた。


 「OK」

 「じゃ、行くよー?」


 シューッとスプレーを壁に向けて噴射する。卵色の液体がぱっと散って、壁に色をつけていく。スプレー式のペンキ。でも面積が広すぎて、うまく塗れない。


 「うん、いいよ。真紀さん、終わった端から刷毛で塗っていって。やっぱりこれじゃ、上手くぬれないや」

 「スプレーの方が簡単そうなのにねー」


 真紀さんが、同じ色のペンキのカンを取ってくる。今度は刷毛を使って上から下に塗っていく。

 しばらくそのスプレーを懸命に動かしていたものの、その塗り方じゃほとんど均一に塗れないから意味がないことに気付き、同じように刷毛を取った。


 一、二、一、二・・・


 ぎりぎりまで手を伸ばして、一番下までを一気に塗る。これを繰り返す気分は、まるで中高生の部活動のスクワッド。足腰の鍛錬には最適かもしれない。

 でもうちはペンキ塗り屋ではない。念の為。

 心情的には日曜大工だ。いや、今日はれっきとしたウィークデイだけど。


 「ねー、これって、もしかしなくてもものすごく大変?」


 先に上下運動を繰り返していた真紀さんがグルっと部屋を見まわして情けない声を上げた。部屋の広さは20畳分。先は長い。

 

 「当たり前じゃない。大体、もっと明るい色の事務所にしようって言ったのは真紀さんだよ?」


 「そりゃ言ったけどさ」


 ぶつぶつとぼやきながら、真紀さんはしぶしぶ作業を再開する。外の風が結構強かったりしたので、窓は少ししか開けていないため、すぐにむれむれの蒸し風呂状態になる。おまけにシンナーの匂いが充満していて、マスクをしていても息苦しい。


 「ね、岩ちゃん呼ぼう。最近暇だからって前言っていたし」


 すぐにギブアップして、真紀さんが携帯を取り出す。


 「いーけど、岩ちゃんだって仕事あるでしょー」


 落ちてくる汗をぬぐいつつ、刷毛を走らせる。


 「大丈夫だよ。自営業だし」


 だから大丈夫じゃないってば・・・

 横目で見ると、真紀さんはもう喋り出している。


 「あー岩ちゃん!元気?うんうん、私も元気!所でさー今暇じゃない?暇じゃないよねー、そりゃー。そー前話していたやつ、事務所の改装やっているんだけど。そーなんだ。手が足りなくて。えーホント?いいの?わーい、ありがとー。んじゃ待っているね」


 ニコニコと真紀さんは顔を上げた。

 「あのねー岩ちゃん来るって」


 「・・・・」

 それは、今の会話聞いているだけで良く分かったけれども。


 「岩ちゃん、最近お家継いだばっかりで大変だから、仕事の邪魔はしないようにしようねって言わなかったっけか?」


 「えーーーっと。そーだったっけ?」

 目が徐々にずれていってあさっての方を向いた。


 忘れていたなー!完璧に!


 「あっそーだ!じゃ、彼も呼ぼう。篤君!」


 「おい!ちょっと真紀さん!?」

 何がじゃーなんだ何が?


 止めるまもなく真紀さんは携帯に向かって話し出している。

 「あー、篤君?どーも、お日様お届け屋の内倉真紀と言いますが。こんにちはー。ところで今暇あるかなー?突然で悪いんだけど、今からこれない?え、良いの、ホント?ありがとー。うんうんOKだよー。それじゃ、事務所で待っているねー」


 「真―紀ーさん!彼は友達じゃないの!バイト生なの!」


 待っているねーじゃなーい!

 時給換算で働いてもらう人なのよ?


 が、振り返った真紀さんは、何にも考えていない顔でのたまった。

 「んじゃ、時給で払えばOK!じゃない」


 「OKじゃなーい!これはそもそも予算超えてやっていることなんだよ?これ以上バイトに来てもらって労働の対価を払うっての!?」


 腰の手を当てていったら、べったりと手にペンキがつく。

 うわーっ

 あわてて刷毛をカンに突っ込んだ。


 対して真紀さんは、腕組をして二王立ち。

 白いキャンパス地のエプロンにはすでに卵色が幾つか散っている。頭には三角巾にマスクをしている。まるでお掃除のおばちゃん、って感じだ。


 「あのね。わたし達じゃ、上まで手え届かないでしょ?だから、人手はどっちにしてもいるの。ということで、篤君のお友達も暇なら連れてきてって言っているから」


 「真紀さん?!」

 あなたはまた・・いつの間にそんなこと。


 がくーっと肩が落ちる。


 ぱっぱーと、良く響くクラクションが外から。

 駆け出して窓辺により、真紀さんは勢い良く窓を開けてヤッホーと手を振った。




 「うわーなんだコリャ。二人で塗っていたわけか?」


 岩ちゃんこと岩村健二君が、のっそりと上に姿を現し、中の部屋を一目見て一言。ちゃちな戸口がますます小さく見えるくらい、岩ちゃんはタテにもヨコにも存在感のある人だったりする。がっしりとした筋肉に180センチの身長があるから、ちょっと見は元プロレスラーかって思ってしまうんだけど、真一文の太い眉の下にある目がとても優しい。実はとても面倒見の良い兄貴分だ。


 「そー。でも、何だか終わりそうにないからさ、ちょっと手伝ってもらおうかと思って」


 「そりゃー終わらんよ。これじゃ」


 腕組する岩ちゃんに、


 「ごめんね、仕事中に」


 「いいってことよ。しばらく会っていなかったし、事務所開く話しは聞いていたのに手伝いなんも出来なかったしな」


 がしがしと大きな手で頭を撫でられる。

 うーん、久々の懐かしいなでなでかも。こっちも二十歳をとうに越しているんだけど、岩ちゃんにこれをされるのは未だに弱い。

 岩ちゃん良い奴―。

 つい兄貴!と懐きたくなってしまう。


 「とにかく、上から塗らないとなあ。それに刷毛、こんな小さいのじゃなくてもっと大きいのあるだろう。終わらねーぞ、これじゃ」


 「はいはーい!んじゃ、私買ってくるよ」


 飽きてきていたんだろう。真紀さんは勇んでエプロンとマスクを放り出した。そのままパタパタと戸口に向かう真紀さんに、一言言ってやる。


 「真紀さん、アタマ。取ってないよ」


 あらら、といいながら真紀さんは三角巾を取りつつ戸口から外へと消えた。


 「相変わらずだなー真紀も。上手くいっているのか?二人とも」


 「・・・・想像通りだと思うけど」


 岩ちゃんは、早速真紀さんが使っていた刷毛で天上近くから塗っていく。さすがの長身で、頭の上ではははと笑った。


 「そーか。でもま、なんとか動き出しているようじゃないか」


 「まあね。バイトも雇うことにしたし」


 「人を雇うのか?そんな余裕、あるんか」


 びっくりしたような黒い目に、ちょっと苦笑した。


 「うーん。やっぱり男手がいると思ってね。といっても週のうち数日だけ。定期便を任せようかなって。余裕はほとんどないけど、時給もものすごく安いの。それでも来てくれるって人に、文句は言えないんだけどさ」


 「そうか。良い奴だったら良いけどなー」


 「ああ、今日来るよ。さっき真紀さんが呼んだの」


 「ま、人手がいた方がいいが。1日で終わるか?」


 「無理かな」


 ちょっとさすがにうんざりとして残りの距離を見た。千里の道も一歩から。ちょっとホントに遠い。

 そのうちに、どっかどっかと戸口で足音がしてきた。


 「こんにちはー」


 見たこともない男が現れた。後ろから本郷篤が顔をのぞかせる。そのさらに後ろから、真紀さんがにこにことやってきていた。

 ビニールの買い物袋はちゃっかりと本郷が手に持っている。


 「容子、岩ちゃん。ちょうどそこで彼らと行き会ってね。こっちの彼が早川俊之君、こっちが本郷篤君。早川君は篤君の友達なんだって。で、そーいや篤君にも私ら自己紹介していなかったよねー。私は内倉真紀。真紀ちゃんて呼んでねー。それで岩ちゃんに容子」


 なんなの、その省略し過ぎの紹介はー!


 「俺は岩村健二」


 「牧野容子、よ」


 「へえ、ここが事務所なんですかー。随分広いですね」


 感心したように早川が見まわす。

 そりゃー何も入っていないもん。がらがらだから余計に広く見える。


 「はいはーい。んじゃ、これ刷毛もってね。一番おっきいの買ってきたよ。一気に今日塗っちゃいましょう」


 号令だけは勇ましく、真紀さんが刷毛を持った手を上げた。


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