無愛想なバイト生
その2 無愛想なバイト生
「面接ってまだやっているんですか」
無愛想な声に、真紀さんがにこやかに手を上げた。その胸倉を掴みそうになった手を払いのけ、しっかり片手で襟元ガードしながら。
「どーぞどーぞ!まだやっていますよ」
真紀さんは今にも踊りだしそうなるんるん声で相手を呼び入れる。
何て間の悪いタイミング。
胸倉を掴むはずだった手を握り締める。
絶望的な思いでのろのろとひっくり返ったパイプ椅子、起こして座る。
恐くて前が見られない・・・
また妙なオカマだったらどうしよう。勘違いだったらどうするの?根暗そうな奴とか、リストラされた借金にあえいでいるお父さんとかだったら!
それでも合格にするといったからにはするだろう。真紀さんは良かれ悪しかれ公平な人だ。大雑把で考え無しとも言えるけど。
そりゃ、普通の人でいいのよ。別に引越屋さんじゃないんだから、体丈夫な人じゃなくても筋肉がなくてもどうにかなる。なさすぎの骸骨じゃ無理だけど。出来れば年取っているより若い方がいい。美観の問題じゃなくて(それもあるけど)仕事の内容からしてだから、それは考慮にいれなくちゃいけない。でも募集内容には年齢制限はしたけど、資格は車の免許持っていればOK。つまりある程度の若さがあれば誰でもOKってこと。
そりゃ前歴は問わないけど(もちろん犯罪者はお断りの方向で!)、リストラのお父さん組みは止めて欲しい。特に、首吊りそうで、車があったら乗ったまんま崖に突っ込みそうな人は。絶好な自殺場所があるからして。
でも、うちはフルタイム労働じゃないし。せいぜい週二日のアルバイト。だから、大学生あたりが釣れると思ったんだけどな。それで来たのがあの勘違い女じゃ、ため息出る。ま、あの時給じゃ、こんなもんなのかなー。
「あ、じゃあ、週二日は大丈夫ね?そっかー。んじゃー問題無しじゃない」
そんな台詞がようやく耳に届いた時には、すでに終盤に差し掛かったところらしかった。真紀さんが勝手に話を進めている。
語尾にハートマークが浮かんできそうな声で、手元の履歴書をひょいっと、こちらに渡してきた。
「よーこ。この子でいいじゃない。条件皆クリアだよー」
にこにこと能天気そうな顔。
ため息をかみ殺して白い履歴書に目を落とした。
本郷篤
名前の三文字がくっきりはっきり書かれてある。
ほんごうあつし。19歳で現在大学二年生。免許は18になってすぐ取得している。
あれ?ホントにまとも、だ。
顔を上げて、ようやく面接者の顔を見る。
その途端、こちらを見ている目と合った。ばちんと音がするくらいの勢いで。
仰け反りそうになるのを抑える。
う・・・目つきが悪い。
黒い髪はいかにも適当な長さに切ってかまっていない感じ。白っぽいトレーナーにジーンズ。どっかりとパイプ椅子に腰を下ろして長い足を組んでいる。けど、上体を斜めに反らせているので、やけにえらそう。それに、カチンと来る。
何えらそうな態度しているのよ!
びびってはいられない。相手は年下だ。きっとして相手を睨みつけた。
「運転免許取って一年目みたいだけど、どれくらい乗っているの?」
「一年っす」
無愛想に青年は答える。
簡潔極まりない。
もっと言うことはないのかーっ
「その一年にどれくらい乗っていたかってことをききたいの!この仕事はある程度運転に慣れていないと出来ないのよ!」
「ちょっと容子。そんな目くじら立てなくてもいいじゃない、ね」
宥めるように真紀さんが両手で腕を引きとめ、前の男に笑い掛ける。
「別に。毎日だけど。免許取ってからすぐ車買ったし」
本郷青年はずり落ちそうな体を、元に戻して座りなおした。
あーそう!親に買ってもらったんかいっ 生活費は仕送り出し。坊ちゃんの道楽かよ、このバイトもぉ!
ムカツク、とことんムカツク!最近の学生って奴は!
「んじゃ、採用!文句無し!」
却下と怒鳴る先を制して、真紀さんがにこやかに告げる。
抗議の声を上げようとして、腕を掴まれた。ぎりぎりと力を込めて握られて、悲鳴をなんとか飲み込んだ。
真紀さん、爪伸ばしすぎー。わざとじゃないでしょうね?つめ立てているの。
「一人暮しだったよね。こっちから仕事については連絡するから、曜日はさっき話したとおりでOKだし。前日にはちゃんと連絡するからね」
てきぱきと真紀さんが勝手に話をつける。
軽く会釈するようにして彼は立ちあがった。
げげ、でかい。
立ちあがったその高さにギョッとする。どうりで椅子が小さく見えたわけだ。
そのまますたすたと戸口に向かい、失礼しますって断って、扉が閉まる。
「身長185センチ。バスケやってて重い荷物もOK。おまけに大学二年生になりたてで、長く続けてもらえそうだよ。完璧じゃん!」
履歴書を確認しながら相変わらずるんるんと鼻歌を歌い出しそうな真紀さん。
完璧ってあなた。
ずずずっと抱えた頭がスライドして、テーブルに突っ伏す。
一瞬だけひんやりして、すぐに人肌に暖められる。生暖かくて気持ち悪い。けど、もう疲れて頭があげられなかった。
「そんなあっさり決めちゃってぇ。変な奴だったらどうするの。何かぬぼーって感じだったじゃない」
「大丈夫!あの子いい子だよ」
しくしくしく。
その根拠は?どうせアテにならないんだから。あの目つきのどこがそう見えるって?
脱力して、泣きたくなる。
初めて人を雇うという華麗なる第一歩。もう少し、気の良さそうな青年に、引きうけて欲しかったな。
あーあ・・・
ようやく長い1日が終わる。見上げた空は、優しい夕暮れ色に染まっていた。