宣戦布告
その13 宣戦布告
「ああ、容子ちゃん!ありがとう。わざわざ空港まで見送りに行ってくれたんだって?娘がえらく感激していてね」
次の日の定期配達日に、みよおばあちゃんは満面の笑みで寄ってきた。
「あ、みよさん、あの・・」
言いかけた先を言わさずに、みよおばあちゃんは容子の手を握る。
「佃煮ね、あれ渡さないでいてくれたんでしょ。ありがとね」
「は?」
首をかしげた容子に、みよおばあちゃんが可愛らしく首をすくめた。
「おじいさんに怒られちゃってね。わざわざ出発前にあんな嵩張って重いものって。あとから送れば済むことなのにっていわれてそうだって思ってね。結局、体に気をつけてがんばんなさいって、それだけ言えれば良かったのよね。だから、見送りに行ってもらえて本当に感謝。ありがとう。これ以上の贈り物はなかったって向こうからの電話口で泣いていたのよ」
うわぁ・・
目じりを赤くしたみよおばあちゃんに、思わずつられて目が潤んでくる。
考えて考えた末に出発する夫婦に送った言葉。
ごめんなさい、じゃなくって、体に気をつけて頑張ってって送り出した。空港で夫婦を見つけたときの、彼らの顔を忘れられない。あんなにうれしそうな顔をしてくれるとは思ってもいなくって。
「ありがとね。嫌だねー年をとると涙もろくなって」
みよおばあちゃんがエプロンの端で涙を抑えながらこのときばかりはそそくさと奥に走っていく。
私、何かを届けられたのかな。
荷物を運ぶんじゃなくて、お日様を。
「容子さん!携帯が鳴っている」
駆けて来た本郷から携帯を受け取って出る。
「東誠さん、目を開けたって!!」
開口一番、真紀さんの潤んだ声。
「やったぁっ!!」
思わず飛びあがる。
やった!やった!良かったよー本当に。
「よ・・容子さん」
あれ?
「容子!とにかく早く戻っておいで!東誠さん、酒盛りがしたいって駄々こねているみたいだから」
「了解!」
電話を切って、我に返る。
「ごめん、真紀さんといるような気になっていたから」
腕に飛びついていました。思わず。こんな朗報は、抱き合って喜ぶものでしょ。普通そうでしょ?
それなのに、本郷はそのままずるずると力が抜けたように座り込んでしまう。額を抑えているんだけど、確認するまでもなく耳まで真っ赤で。だからきっと顔も真っ赤だろう。
本当に可愛い奴だなあ。
早川君が言っていたことが、分かりだしてきた。
本当、目つきはあんなに怖いのにね。実はものすごく照れ屋なただの好青年?対比が激しくて笑えるけど。
「もしもし?本郷?悪かったってば。もう飛びつかないから」
腰抜かされるのはどうかとも思うけど。
頬をつつきながら言うと、本郷は前髪の間から片目を覗かせた。でも、熟れたような顔のせいか、まったく怖くない。
それが少しうれしい。
「今度の件は、かなり助けられられたね。本郷に。感謝している」
ありがと、そう言いながら顔を上げる。
真っ赤な顔のまま、本郷は目線を外す。
その顔が本当に際限なく赤くて面白い。
でもそうやって油断していると、心臓をさらっていかれるのをすっかり忘れていた。
「役に立ちましたか?」
横を向いて、すねているような顔が可愛くてくすくす笑いながら頷く。
「立ったわよー」
「それじゃ、ご褒美要求していいですか」
「私で出来ることなら何でも」
何だろう。
でも結構何でもやってあげようと思った。給料上げろというならその要求も飲んでいいかなって。でも本郷なら何を望むんだろう。
何となくバイト代じゃないのかも、と思いかけたところで本郷が真っ赤な顔を上げる。
髪を掻き揚げたから、目が良く見えて。知らなかった。すごく黒目が大きくて、潤んでいるように見える。きれいな目。びっくりする。
もったいない。髪で隠しちゃうなんて。
でもその言葉は、口元で消える。
霧散する。
逸らすことの出来ない目。
心臓の音がやけに大きい。
吸い込まれるって思った。
光をはじく、黒目勝ちの眼差しに。
「容子ちゃん!まだいるかい?!」
「は・・はいっ」
飛び上がるように、慌てて立ち上がった。
外の音が急速に戻ってくる。
玄関先からみよおばあちゃんが満面の笑みで駆けて来る。
「東誠さんが・・東誠さんがね!」
涙ながらに報告するみよおばあちゃんと喜びを分かち合いながら、ものすごい勢いで心臓が鳴っているのが分かった。
な・・・にやってんだろ・・え?あれ?あれ???
うわーっ もう何かすごい。
ぶんぶんと手を振り回す。
喜び合って笑顔で分かれていつもどおりに窓から手を振ってさよならできたと思う。
びっくりした。何故だかびっくりして。落ち着かない。
「あのさ、ご褒美、飲みのときの送迎ってのはどう?それとも、別の機会の飲みにする?それとも」
「容子さん」
びくって肩が震えた。
うわ、なんて情けない反応。
だからこそ、無様にならないように腹をくくる。
「何?」
山道の途中で車を止めて、本郷が振り返る。
分かっていても、その目に気圧される。闇に沈んだ中でも、鋭い目つきじゃないことだけは分かった。
見返すしか出来ない中で、でもしっかりと相手の眼差しだけはわかっている自分がいて。なんか自分の感覚とか、おかしいと思っていたときに、頭の後ろを同じように引き寄せられる。
ごく自然なことのように唇が触れる。柔らかな感触が唇、に。
首筋にかかる大きな手。肩にいつの間にか回った手に、力がこもる。それが、唐突に外れた。
「俺は本気ですから」
どうしてこいつの言っていることって、いちいち心臓に来るんだろう。
うるさい心臓の音の中で、本郷の言葉が脳裏を回った。
本気?
凄く遠くでその台詞が回っている。
だからちっともそれを捕まえられなくて。
それなのに、爆発しそうなくらい、心臓が踊る。
え・・・え?
私・・・
今更、唇に指で触れる。
一瞬とはいえないくらい長く。ついさっき。
ええ?え・・・えええええ?!
キス!!
自覚して、頬がかっと燃えた。
「ご馳走様」
赤面症の癖に。年下の癖にーっ。こんな時だけ何故余裕たっぷりなわけ?!
さらりと言って、何事もなかったかのように前を向いて運転を再開する本郷を睨みつける。
春はこれからが本番。
窓から見た夕日は暖かくやさしく空を包んでいた。
end
つたない文章をお付き合いいただいてありがとうございました(^^
色々設定は考えてあるんですけど、伏線を敷いたまま・・・で申し訳ありません~
容子が会社を辞めた理由とか、真紀さん何者とか、岩ちゃんの奥様とか。
とにかく、このお話を色々なことに頑張っている方々に読んでいただけたら、これ以上嬉しいことはありません。