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形貌  作者: 五四男
8/21

洞窟の宝石

家に帰ると、すぐにゼミ合宿の準備を始めた。大方の準備はしていたから、それほど時間もかからずに終了しそうだ。通学用バッグから筆箱を取り出した時にヴェルデも一緒に取り出して机の上に出したが、いつもより輝きが少ないような気がした。

「ヴェルデ?」

問いかけには何も反応しない。もう一度名前を呼んでも、ヴェルデは普通の石になったように黙り込んでいる。

「ヴェルデ、どうしたの?」

 揺すっても、こすっても、息を吹きかけても、やっぱり何も言葉を発しなかった。まるで今まで会話していたのが夢みたいだった。

「嘘でしょ、ヴェルデ!これで終わりなんてことないよね?」

 私はヴェルデが話さなくなった幻覚を見ているのだろうか、それとも私が夢から覚めて正気に戻ってしまったのだろうか。だとすれば私が転んで気絶でもすれば、もう一度ヴェルデと会話が出来るかもしれない。だとしたら、すぐに夢の中へ戻らなくては―――

「違う、ヴェルデが幻覚だったはずない!そんなはずない!」私は先ほどの考えを振り払うかのように激しく横に頭を振った。

「散々人のこと馬鹿にしておいて、言い逃げは駄目よ!ヴェルデ、しっかりして!」

 私の心はヴェルデに傷つけられたのだ、しっかりと。それは現実だ。ヴェルデは現実に存在している。心にはちゃんと傷がついている。私の妄想なんかじゃない。確かに私とヴェルデは会話していた。

 その時、微かにヴェルデに光が灯った。だけど石はひんやりしたままだった。

「ヴェルデ?」

―――僕が反応しないぐらいで君はいちいち騒ぎすぎだ。向こうへ行くにはもっと度胸をつけないといけないよ

「ヴェルデ!生きていたんだ、良かった」私は半べそになりながら、目をこすった。

 そんな私をよそにヴェルデはゆっくりと文字を表した。

―――いいや、僕はもう当の昔に死んでいる

 ヴェルデは月の明かりに当ててくれ、と言った。自分の部屋にあるベランダに出ると、蒸し暑いが綺麗な満月だった。月にかかる薄雲が月の明かりで発光しているように見えた。

―――僕にかけられた魔法はあと少しで解かれるようだ

「まさか、魂が消滅するの?」

―――いや、消滅ではないよ。それにすぐに消えるわけでもない。だが時間があまりない、聞いてくれ。僕が君と話すことも、本当はあり得ないようなことだ。若く未熟な君と出会えて、とても面白かった

「やめてよ!まだいかないで」

 そして「私はまだ―――」と言いかけて、そのあとの言葉を続けられなかった。言葉を見失ったからではない。何と形容していいか分からなかったからだ。ヴェルデと話したり、教えてもらったり、私が反発したりした時間は何て表現したらいいのだろう。また何について話していたのかと聞かれれば、的確に表現出来る言葉がない。一つの言葉の枠に割り当てられるようなことではないのだ。

 しかし強いて言うならば、私が羽をつけるための授業だったのかもしれない。

「私はまだ空を飛べないよ。羽がないもの」

―――当たり前だ、そんな容易に羽は生えない

 それに今、生える必要もないんだとヴェルデは文字を示した。

―――カヲリ、僕の魂が消えかかっているのはおそらくタイムオーバーだからではない。君の心が答えを決めたからだよ。僕はもうすぐ開放される

「でも、でも私はもっとヴェルデと話したい」

―――君は僕に情などないと言っていたじゃないか

「それはそうだけど―――いや、そうじゃない、私はヴェルデのことが好きだよ。ひねくれてるし、人間は興味の対象だと言うし―――それでも、私は好きなんだよ」

 生ぬるい風が吹いて、私の前髪がふわりと浮き上がった。しかし、大半が汗でへばりついていて、おでこに張り付いていた。身体は熱いのに皮膚に伝う汗は氷のように冷たく感じて、鳥肌が立った。

 ヴェルデを持つ自分の手が微かに震えていることに、私は今初めて気が付いた。

「それでもヴェルデは消えてしまうの?」

―――それが僕の望みであり、仰せつかった任務だから。君が向こうへ行き、僕は解放される

 ヴェルデを感情で動かすことは出来ない。どこかで私は分かっていた。だから、ヴェルデの決意を聞いても涙は出なかった。ヴェルデにとっても、私にとっても無駄な涙になるだけだ。

―――向こうで君はきっと生涯の仲間が出来る。そして共に様々なことを経験するだろう。君がどう受け止め、どんな羽をつけるのか、君の傍で見届けられないのは残念だが、楽しみだ

 楽しみならどうして傍にいてくれないの、と言ったところでどうにもなるものでもない。私が一番真っ先に思ったことはその言葉だったが、口に出すことはしなかった。かと言って、それ以外の言葉も思い浮かばない。

 沈黙が流れたところで、ヴェルデは「もし」という文字を示した。しかし、気が付いたように文字を取り消した。

―――いや、よそう。たとえ話はお互いのためにならない

 ヴェルデはまるで自分への戒めのようにそう文字を再度映し出した。ヴェルデは「もし」のあと、何のたとえ話をしようとしていたんだろう。いい加減私も学習したので聞いたところで答えは返ってこないということは分かっていた。しかし代わりに、今度は私が口を開いた。

「もしまた会ったら、今度は友達になってくれる?」

 私ならこんなたとえ話をする。そんな機会なくても、もう二度と会えなくても。でも、ヴェルデはやっぱり現実しか見ていない。

―――僕たちは会わないよ、カヲリ。そもそも君は生きていて、僕は死んでいる。君が生まれる何百年も前に死んでいるんだ。それにきっと本当の僕を知ったら、君は軽蔑するだろうし、友になりたいなどとは思わないだろう

 それはヴェルデが石に変えられた理由と何か関係があるのだろうか。どうやら望んで自ら石になったわけではないようだ。

「もしかして何か、悪いことをしたの?」

―――ああ、とてもね

 私の質問はまるで抽象的だったが、ヴェルデの答えもその質問に見合う答えだった。質問しておいて何だが、悪いことって一体何だろう。石に変えられるぐらいの悪さを私は思いつかない。

―――君は救いようのない悪を見たことがないだろう。そのような種の悪事をしでかす人間とは絶対に関わらないほうがいい。君にとって良いことは一つもない

「確かに私は―――私はそんな悪いものは見たことないかもしれない。でも、関わらないほうがいいかどうかは私が自分で決める」絶対に自分で決める、とヴェルデに言った。

 救いようのない悪とはどのようなものか、まだ私には分からない。でも、もし本当にそのようなことをヴェルデがしていたとしても、ヴェルデから本当の話を聞くまでは友達になりたいと思い続けるだろう。

「もし次会ったら、人間だった時の話を聞かせて。ヴェルデがしたことも」

まずはお互いを知るところから始めなければ。私のことはともかく、本当のヴェルデのことを私は何も知らない。特殊な出会いをしたせいで、私からしてみれば今度きちんと会った時は初対面のようなものである。

それから少し間を空けて、ヴェルデは文字を映し出した。

―――分かった。もし本当に再び君と会うようなことがあれば、その時は僕のことを話そう

「約束ね」私は囁くような声でそう言った。

 そして私と約束を交わしたヴェルデは翌日、何も話さなくなった。ただ時折、微かに温かくなったり、振動したり、光ったりするので、完全に魂がどこかへ行ってしまったわけではないらしい。

悲しくはなかった。ヴェルデはもう会うことはないと確信しているような様子だったが、私はまたどこかで会う気がしていた。約束をしたからなのかもしれない。永遠に果されない約束ももちろんあるだろうが、私は今まで「果たされなかった約束」を経験していない。平凡な人生の賜物とでもいうかもしれない。大層な約束でなくとも、人生ではたくさん約束を交わしてきている。貸した本を返すこと、また明日会うこと、私とヴェルデの約束もそれと同様に考えている自分がいる。またどこかできっと会う、そう希望を持つというよりも今までの人生上、そうとしか思えないのだ。

 私は午前中だけ授業だったので、午後は大人しく自宅に帰り、明日のゼミ合宿の荷造りを全て終えた。夜には明日の諸連絡がゼミ長の原田から送られてきた。携帯のアラームをしっかりセットし、忘れ物がないか最終確認してからベッドに潜り込んだ。ヴェルデを持っていくかどうか最後まで悩んだが、一応持って行くことにした。もしかしたら、何か話すかもしれないという淡い期待を抱いて。

 朝、シジミのような目を擦り、携帯の時刻を見ると、アラームを設定した時刻から十五分経過した時刻だった。のそのそとヒグマみたく、ベッドから抜け出して、身支度を手早く済ませた。

 七時前の電車に乗り込んで、八時二十分に大学の最寄り駅に到着した。八時半集合だったため、余裕を持って到着するすることが出来たが、私が最後から三番目だった。あとはみやりんと下宿生の男子らしい。

 みやりんが到着したのは八時二十八分だった。私と同じ電車に乗ろうとしていたらしいが、乗り遅れたらしい。下宿生の男子が到着したのはそれから四分後のことだった。

 原田と教授の車に分かれて、途中で休憩を挟みながら揺られること二時間。某市に辿り着いた。旅行ならば一息つくところだが、これはフィールドワークなのだ。そんな行程は全く組み込まれていない。

 車が駐車場に停止してから、荷物も車に置きっぱなしで古民家に向かうという。私はその前にトイレに行っておこうと、鞄からハンカチを取り出した。と同時に、鞄の奥で窮屈そうに押し込まれているヴェルデも取り出した。

「ほぅら、これが田舎の景色ですよー」

 ヴェルデを手に乗せて、だだっ広い景色を見せた。ちらりとヴェルデを見たが、やはり何も反応はない。

 用を済ませると、そのまま近くの古民家を目指し歩き出した。堤防沿いの道路をひたすらありんこのように一列になり、ブーブー文句を垂らしながら進むと、路地が数本見えてくる。そのうちの一本に入ると、長屋や古民家といった、ノスタルジックな空間が現れる。

ここは観光スポットのうちの一つになっており、地方創生に成功した例として、見学するらしい。

二階建て古民家はその当時の暮らしをしっかり残してあり、私たちが日本昔ばなしでしか見たことがないかまどや囲炉裏があった。薄暗く、何だか物々しい雰囲気が醸し出されている。しかし、ただ家の中を観光客用に開放しているわけではない。囲炉裏やかまど、玄関などに小さなパネルが立てかけられており、使い方や当時の生活ルーティンが文字で書かれていたが、英語での要約もついているという周到っぷりだ。

 さらにボランティアの男性がパネルに書かれていること以外の説明を軽快な語り口で説明してくれるサービスもあり、着くまでは嫌がっていたみやりんもおじさんの話に興味深々だった。

 写真NGと書いてあるパネルもあったが、写真が許可されているゾーンもあり、今後の参考資料にと、みんな携帯で写真を撮っていた。私もポケットへ手を伸ばしたが、何の膨らみもない。お尻のほうもパンパンと手を当てたが、片方の膨らみの正体はヴェルデだった。

「―――最悪だ、携帯忘れた」

 車の中に荷物とともに置きっぱなしにしてしまっていた。私以外全員が予め車の中から持ってきていたらしい。自分のずぼらさにも腹が立つが、みんな言ってくれよ、という見当違いな方向へも腹を立てた。

 まあ写真のことはどうにかなる。みんなあとで写真を共有してくれるだろうし。だけど、携帯がなければ、時刻を確認出来ない。ゼミ合宿の参加者は十五名近くいるが、そのうち腕時計をしているのは五名程度で、もちろん私はその五名に入っていない。

 周りを見渡すと、壁にかけられた時計が目に入った。古そうではあるが、現代の物であろう。それは私たちがいる、ギシギシと音が鳴る床板の間ではなく、畳が敷かれた四畳半ほどの部屋の壁に掛けられていた。

 本来は囲炉裏のある部屋とは襖で仕切られているようだが、現在は見学用になっているからなのか、襖は開けっ放しとなっていた。おかげでよく時計が見える。ここに来る見学者のために掛けられた時計なのかもしれない。

 みんなは案内役の男性に連れられて、二階へと移動し始めていた。畳の部屋の前にあるパネルには「出入り自由」と書かれている。私は畳へ一歩足を踏み入れた。

 その時、お尻のポケットのなかでヴェルデが僅かに振動した。ヴェルデを手に取ってみると、見たこともないぐらい輝きを放っている。

「嘘、なんで?」

 周りを見渡したが、前回の雑木林みたいにどこかの空間がぐにゃりと歪んでいるわけでもない。私はゆっくりとヴェルデの輝きの中を覗くように目に近づけた。そこには今いる畳の部屋が映っていた。そして時計が掛かっている壁はよく見てみると、押入れがある。ヴェルデの輝きのなかでその押入れが勝手に、数センチ開いた。

 この一連の映像がずっと繰り返されている。どうやら輝きは映像を映し出してくれるらしい。

 私は恐る恐る襖を見たが、ぴっちりと閉まっている。

「どういうこと?」

 ヴェルデに問いかけたが、輝き続けているだけで何も答えてくれなかった。

「襖を開けろってこと?」

 心臓の脈を打つ音がうるさいほどに聞こえる。私は二度大きく深呼吸をした。直感では開けるべきではないと分かっていても、襖へ右足を出した時から「開けない」という選択肢はない。

 私はへっぴり腰になり、いつでも後ろへ下がれる体勢をしつつ、右手で恐る恐る襖を開けた。しかし、何かが飛び出てくるとか恐ろしいお化けがいるとか、そんなことは一切なかった。それどころか何も無いのだ。押入れの奥も見てみたが、真っ暗で何もいないし、何も置かれていなかった。

 だが、微かに私の足首をひんやりと風が撫でた。気のせいかと思ったが、もう一度風が吹いたので、気のせいではない。また一気に脈が速くなったような気がした。私は立ったまま、頭だけを下げて下段の押入れを覗き込んだ。その瞬間に驚いて、頭を下段の押入れの天井にぶつけてしまった。

 私はぶつけたことにリアクションを取ることも忘れて、ただ頭を押さえ、今度はしゃがみ込んで、押入れのなかを見つめた。吐く息と同時に聞こえないぐらいの驚きの声が漏れ出た。

 なんと、そこは洞窟の入口だったのだ。

「―――なんだここ」

 ただの洞窟ではない。ヴェルデのような石が四方八方に埋め込まれている。色は様々で、赤やピンク、緑や水色などとてつもない量の石が光を放っていた。

 私はとっさに昨年、友達と見た巨大なクリスマスツリーの点灯式を思い出した。もちろん点灯式なんかよりも圧倒される輝きだが、私はこの輝きをそれぐらいの例でしか例えることが出来なかった。

 自分の髪を見ると、肩につきかけた毛先のうち数本がゆるやかに揺れて、洞窟へ吸い込まれている。どうやらこの洞窟は特殊な引力があるみたいだ。私は四つん這いになって、上半身を洞窟へと突っ込んだ。

 よく耳を澄ますと、パキパキと高音の小さな音が無数に聞こえた。もしかするとシャリシャリと発しているのかもしれない。かなり高く小さな音のため、はっきりと聞き取れない。自分の息遣いが洞窟内に反響している。

「もしかしてこの石の呼吸音―――きゃぁぁぁ!」

 いきなり突風が吹き、私は突き出したお尻を勢いよく風に突かれたような形で前に頭から一気に転がり込んで、股の間から色とりどりの煌びやかな石が見た。

「痛ったあ」

 完全に洞窟の中に入ってしまったらしい。四つん這いで方向転換して、私が入ってきた入口を探すが、もちろんのこと無い。それにもう四つん這いをする必要もなかった。手を真上に挙げても、飛び跳ねても、天井が当たることはない。ここは正真正銘の洞窟だった。

 石が光っているせいで、真っ暗ということはない。しかし携帯も時計もないため、時間も分からないし、外部と連絡する手段もない。

「―――ここって、ヴェルデが言ってたとこなの?」

お尻のポケットに手を当てたが、両方とも真っ平である。私は自分の顔から血の気が引いていくのがよく分かった。

「嘘!ヴェルデ!?」

 そういえば、ずっと押入れを開けるときから左手にヴェルデを握りしめていた。今、両手には何も持っていない。もう喋ることのないヴェルデに全て頼らなければいけないぐらい、私はうろたえている。私はまた四つん這いになって、ヴェルデを探し始めた。

「大丈夫。そんなに動いていないし、落ちているならすぐに見つかるってば」

 独り言だが自分を励ますように話を続けること、約二十分。地面に転がっていたヴェルデを見つけた。これで少しは安心だと言いたいところだが、まだ安心ではない。ここからどうしたらいいのか分からない。ヴェルデは何も反応しないし、光ることもしない。

「とりあえず、歩いていくしかないよね」

 反応しないと分かっていても、ヴェルデにそう言い、私はゆっくりと歩き出した。

 洞窟内は石以外に何もない。ただ肌寒いような気もする。半袖だった私は腕を擦った。

「出口が無かったらどうしよう」

 このまま歩き続けるなんてことはないでしょう、と呟いたところでもちろん励ましてくれる声は聞こえてこない。

 私は上を見上げた。石が無数に輝いている。石の大きさはヴェルデと同じぐらいなので、結構大きい。珍しい鉱石とかなのかもしれない。横に二、三歩移動するだけで壁に手が当たるので、そんなに大きな洞窟ではない。壁の石を触ると、まるで触られたことに反応したように輝きが増した。私が触れて水色に輝いた石を引っ張ると、いとも簡単に取れてしまった。

「きれい、星を手にしたみたい」

 この石をヴェルデのように何か映像を見せてくれるのだろうかと、輝きを覗き込んでみたが、なにも見えなかった。

「宝石だったらいくらするのかな」

 私が手にしたこともない額がこの一個で手に入るかもしれない。私の手中にある石は自らの中に金貨を映し出した。数えきれないほどの金貨が石の中にある。

 これだけの価値が自分にはあると言っているのだろうか。私は思わず掌に乗せた石を自分の目線にまで持ち上げた。

 石は目まぐるしく映し出す。金貨に食べ物に洋服に豪邸、人々に囲まれる私の姿。私が見たことのないような世界をこの石は持っている。この石があれば私が憧れた自分になれる。水色の光はより一層輝きを増して、私を包み込んだ。眩しくて目を開けていられず、固く目を瞑った。

瞑っていた目を開けると、ヨウダイが私の顔を覗き込んでいた。

「どうした?」

 ヨウダイの顔が近くて、私は思わず身を後ろに少し引っ込めた。

「―――なんで?」

 私は急いで周りを見渡した。私は洞窟にいたはずだ。なのに私は今、夕暮れ時の街中にいた。目の前には大通りがあって、車がひっきりなしに通っている。ここは大学から三駅離れた中心地だ。近くにはショッピングモールがあって、美味しいご飯屋や流行に乗った雑貨店が軒を連ねている。何度かこの大通りで友達と遊んだことがあり、見覚えがあった。

 私はどうやらベンチに座っているらしい。隣のヨウダイが私の顔を見ている。

「あんまり美味しくなかった?」

 私が要領を得ずにいると、ヨウダイが私の右手を指さした。右手にはソフトクリームが握られている。

「ほらあ、甘いもの好きじゃん?だから好きかなあと思って、連れて来たんだけど―――美味しくなかった?」ヨウダイは少し笑って、頭をぽりぽりと掻いた。

 私はソフトクリームをぺろりと舐めた。甘くて、冷たい。舌を刺激するこの冷たさでようやく頭がしっかりしてきた。


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