私を帰して
ロウは腕を組んでいたが、椅子を少し前にして、怪訝そうに私の顔を見た。眉をしかめている。
「お前、歳は?」
「十八です」私は小さな声で呟いた。
ルールラと同じような反応が返ってくると思ったが、ルールラよりも酷い反応だった。
「なんでそんな年増女がここに来るんだ!お前、迷い込んできたクチだろ?心は少女ってか!笑わせるのも大概にしてくれ」
私は今すぐにでも口から反論の言葉が飛び出てきそうだったが、何とか堪えた。ロウ以外に帰せる人はいないかもしれないのだ。とりあえずここは我慢だ。我慢!
「お願いします、元の世界に帰してください!」
「嫌だね」
ロウはあっさりと私の申し出を断った。
「なぜですか!」
「俺がなぜ見ず知らずのお前に力を貸してやらなきゃならん?魔導っつうのは使った分だけ消費して、俺に負担が来るんだよ。無限に使えるもんじゃないんだ。そのせいで仕事が出来なくなったらどうする?うん?お前が金でも持ってるっつうなら別だがな!」
ロウは信じられないほどの悪態をマシンガンのようなスピードで私にまくしたてた。私がようやく口を開いた時、電話が鳴り響いた。ロウは腹を空かせた野良犬のように受話器に飛びついた。
「はい、何でも屋ロウ。はいはい、あー迷子犬探しですね。はい、大丈夫ですよ」
ロウは私に「か・え・れ」と口パクで合図を送ってきたが、私は無視を決め込んだ。
「何が何でも屋よ、何もやんないじゃないの!」
ムカつく野郎だ。困っていても、こんな奴だけには頼りたくない。それに仕事って迷子の犬を探すだけじゃん!魔導騎士じゃなくても出来る仕事じゃん!
私が鼻息荒く、ぶつぶつ文句を言っている間に電話が終わっていた。仕事が決まったらしく、悪人顔をニタニタさせて喜んでいた。
「お前まだいたのか、早く帰れ」
「あなたが私を帰してくれるまでここに居座ります!」
ロウは私を無視して、キッチンで煮込んでいる鍋の中をおたまでかき混ぜた。そして火を止めると、皿に鍋の中身を流し込んだ。私が断固として動かないつもりで前を見据えていると、ロウがフレームインしてきた。なんと私の前に皿を置き、自分の分も向かい側に置いて、席についた。
「これ、何?」
「見て分からねえのか。ポトフだよ、ポトフ」
ロウはスプーンにハアと息を吹きかけ、服の裾でゴシゴシこすると、ポトフを食べ始めた。
「お前、腹減ってんだよ」荒っぽくポトフを食べながら、私にそう言った。「だから冷静な判断もつかないんだ。それ食わしてやるから、食ったら消えてくれ」
私は自分の前に置かれたポトフと、カピカピの白い何かが付いているスプーンを見つめた。私は目の前でイノシシのごとくポトフを貪るロウが極悪非道の冷たい人間なのか、優しい人間なのかイマイチ掴みきれない。
私はスプーンを手に取ると、ロウがやったように息を吹きかけて、服でゴシゴシこするとポトフを口に運んだ。味は意外にも美味しい。
「客人でそのスプーンを躊躇なく使ったのは初めてだ」
ロウが豪快に笑った。ロウの口からポトフの欠片がこっちに飛んできた。
「別に帰らなくてもいいじゃねえか、こっちに住めば」
「嫌です、第一ここに住むなんて無謀です」
お金も無いし、とロウに皮肉たっぷりに言い返した。
「俺がお前を雇ってやろう。月百ルージだ。ここで働いて金を貯めて、その金で元の世界へ帰ればいいだろうが」ロウは口角の片方を上げて、真向かいの私をじっと見た。
私もしばらくロウを見つめていたが、そう間を開けずに口を開いた。
「そんな格安では働かない」
ロウは私の答えを大層気に召さなかったようで、盛大に舌打ちをした。そして残りのポトフを全部かき込んだ。
「―――んだよ。結構分かってんじゃねえか」
フガフガ言っていたが、多分こういうことを恨めしい目つきで私に言った。ロウは口をパンパンにしながら水差しからコップに水を入れると、一気に口の中へ流し込んだ。
「どうせあり得ないぐらい安価な価格を言っているんだろうと思って、カマをかけただけ」
結果として私の読みは大当たりだった。この男が妥当な金額を、何も知らないであろう私に初めから提示するはずがない。低賃金で馬車馬のごとくこき使おうと目論んでいたに違いないのだ。
「お前みたいな女、俺は大嫌いだね」
「私もあんたみたいな男は大嫌いだもん」
分からないのをいいことに騙そうとするなんて、最低だ。こんな奴に縋らないといけないなんて。とりあえずここに住んで、もっと他に帰してくれる人を探したいぐらいだがそうもいかない。
しばらく私が持つスプーンと皿がぶつかる音とズズっと私がポトフを汁とともに吸いこむ音だけが響いていたが、ロウがいきなり椅子から立ち上がった。