社畜聖女
「うほっ! 仕事だ仕事!」
他の聖女たちの分もあるかと思われる、仕事の山。今にも倒れそうなか細い聖女が、その書類の山を運んでいる。
「ルリー様。元孤児だからと言って、またあんなに仕事を押し付けられて……」
「ご存知? 昨夜も夜遅くまで仕事をなさっていて、部屋がずっと明るかったのよ」
下働きの神官たちが、そう噂する。
「こちらの国では、優秀な聖女が虐げられているそうですね?」
見目麗しい隣国の王子が、この国の国王を責め立てる。
聖女は、貴重なものだ。仕事で酷使していい存在ではない。
「まぁ! 隣国の王子様よ! きっと、ルリー様をお救いにいらしたのね?」
隣国の王子が教会にやってきた。聖女ルリーへの仕打ちを嘆いていた神官たちが華やぐ。
「もし、聖女ルリー様。よろしければ、我が国においでになりませんか?」
今にも崩れそうな書類の山の後ろから、隈を作った聖女ルリーは顔を出した。
「……」
「私は、あなた様の境遇を心配して、こうしてお迎えに参ったのですよ?」
聖女ルリーは、王子を一瞥して書類の山に戻っていく。
「聖女ルリーを連れて行くなんて、困るわ!」
「そうです! 聖女ルリーはこの国の聖女としての業務の大半を担っているのですよ!」
反発の声を上げる他の聖女や神官長。
「なんということだろう! 神に仕える者が、自分のことしか考えぬなんて」
パフォーマンスかと思うほど、頭を振って嘆いた王子。気を取り直して、聖女ルリーに問う。
「聖女ルリー、君の境遇を改善しよう。わが国に来たまえ」
ブーブーと文句を言う聖女たち。
また顔を出した聖女ルリーは、目を輝かせて問うた。
「……わたしに、どれくらいの仕事を任せてもらえるのですか?」
「君に仕事を任せる? 君は、我が国が困った時に力になってくれればいい。それ以外は、無理をせず、私の横で微笑んでいるだけで十分だよ」
ろ
「……なら、結構です」
大袈裟なくらい、手を広げてそう言った王子を無視して、聖女ルリーは書類の山に戻った。
「なぜだ!」
そう言いながら、書類の山を倒す王子。
そんな王子に聖女たちは、非難の視線を向ける。
「この書類、せっかくルリーが仕事がしやすいように、分類分けしてあったのに」
「また仕分けるの大変なのに、なんてことするの」
「そう言って、聖女ルリーに仕事を押し付けるつもりだろう!?」
そう声高々に言い張る王子。一人の聖女が前に出て、言った。
「違うわ」
「お前は誰だ?」
「この国の筆頭聖女です」
「お前が筆頭聖女? 聖女ルリーに仕事を押し付けておいて、何を言う!」
「はぁ……」
ため息をついた筆頭聖女は、色気のある動作で髪をかき揚げ、王子に指を突きつけた。
「いいこと? ルリーは幼い頃捨てられたトラウマで、自分に役割を欲しているの。聖女の仕事を大量にこなすことで、ルリーは心の安定をはかっているの。わたくしたちも、そんなやり方だといつか身体を壊すと心配して、いろいろやったわ。でも、全部無駄だったの。ルリーが一番幸せでいられるのは、仕事をしていること。だから、わたくしたちは雑務をすべて引き受け、ルリーが幸せに働けるように尽力しているのよ?」
筆頭聖女の言葉に、他の聖女や神官長たちが頷く。
事情を知らず、陰口を叩いていた神官たちは気まずそうだ。
「そ、そんな。嘘だ。いや、それなら、我が国でも仕事をしてくれればいいではないか」
「そちらの国に、ルリーのために、夜まで光魔法で部屋を照らすことのできる聖女は、いるのかしら? それに、ルリーのために携帯食を発案したわ。この技術はまだ、そちらの国にはないはずよ? ルリーのために、疲労回復を担っている聖女もいるわ。わたくしはルリーの代わりに、表舞台に立っているわ。ルリーは表舞台に立つことが、とても苦手だから。他にもルリーのために、この国は法律までいろいろ変えたのよ? そちらの国でも、同じことをできるとお思いで?」
それに、ルリーのための専属医がついていて、と、つらつらと続く筆頭聖女の言葉に、隣国の王子はたじたじだ。
「それに、」
再び書類の山から顔を出した聖女ルリーが言う。
「わたし、自信過剰で動作の大きい男は、好きじゃない。だから、あなたのことはタイプじゃない。そんなあなたの、横にいたくない」
思いっきり振られた隣国の王子は、ショックのあまり言葉を失った。
「ふ、ふふ、ふ、不敬だぞ!」
「あら? こちらは、貴重な聖女よ? どちらが立場が上か、お忘れかしら?」
そう言われて、隣国の王子は逃げ帰って行った。
「ごめんなさいね、ルリー。お仕事の邪魔をして」
「いや、いい。いつもありがとう」
「ふふ、こちらこそありがとう。ただ、」
そう言って聖女ルリーの顔を持ち上げた筆頭聖女は、優しく微笑んで言った。
「少し、寝不足が過ぎるわね? 今夜は仕事はせずに早く寝るのよ? これはわたくしがやっておくから」
「あ、筆頭様! ずるいです! わたくしも、ルリーの頭を撫でたいわ! この書類、もーらい!」
「わたくしも!」
「いつも仕事ばかりで、なかなか撫でられないのだから!」
次々と聖女が書類を奪い、ルリーの山は小さくなった。
「そ、そんなぁぁぁぁあ! あのくそ王子のせいでぇぇぇぇえ!」
もみくちゃに愛でられた聖女ルリーは、仕事を取り上げられたことを大層悲しみ、隣国へと恨み言を並べた手紙を送るのだった。
「それと、あなたたち」
噂話をしていた神官たちを、筆頭聖女は集める。
「わたくしたちのかわいいルリーを心配してくれて、ありがとう。でも、今回のことはやりすぎよ。次からは、わたくしたちに相談なさってね?」
「「「は、はいぃぃぃぃ」」」
優しく微笑む筆頭聖女は、まさに聖女という風格を見せつけ、神官たちは頭を垂れたのだった。
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