プロローグⅡ 一度だけの家族写真
ここに一枚の写真がある。
小学校に上がる少し前、奈都芽が七歳のころに撮った唯一の家族写真だ。
七五三の時に近所の写真館で撮影したものだが、一切笑顔はなく、父、母、娘、どの表情も極めてかたい。
真ん中に立つ父としっかり手を繋ぎ、一番左端でピンクのワンピースを着ているのが奈都芽だ。その二人から、大人数の集合写真を撮影するのかと思われるほど距離を取り、右端に写っているのが彼女の母だ。
この写真を見てもらうとわかるように、二人の間に立つ父は、百八十センチをゆうに超える大男である。幼少期から空手で鍛え上げたその身体は壁のようにがっしりしており、今にもスーツがはちきれそうになっている。
七五三なのだから、ほんらい奈都芽が主役であるはずだ。だが、その主役であるはずの七歳の少女はどこか申し訳なさそうに、左の隅っこで父に隠れるように立っている。
量販店で買ったと思われるぶかぶかのワンピース、ボサボサの髪に、丸いメガネ。
か細い脚で立つその姿は、なんとも頼りない。
一方、ツンと澄まし、さも今日の本当の主役はわたしよ、と言わんばかりの顔をしているのが、右隅に立つ母だ。隅にいるとは思えない存在感で、その厳しいまなざしは、見るものすべてに緊迫感を与える。
今となってはこの母が青のドレス姿(それはオートクチュールで、量販店で買ったものとは明らかに違う)で写ったこの写真は極めて貴重にも思える。
奈都芽が中学生になったころから、着物姿しか見たことがないからだ。
和箪笥にぎっしりと収められた着物の数は、本人ですら把握していないのではないのか。
しかし、そこまで考えると、ふといくつかの疑問がわく。
この写真は奈都芽が七五三の時に写真館で撮影されたものだ。
「なぜ、あのとき、この母は着物を着ていなかったのだろうか?」
一度きりの家族写真。家族が写った唯一のもの。
はたして……いつか……また……この三人が、家族写真を撮る日が訪れるのだろうか?