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チーム2(源氏):
「……可哀想に腫れてる。ちょっと待っててくれ」
突然現れた会長はポケットからハンカチを取り出しテキパキと右足首を固定している。
───この人は一体どこから現れた?
元々神出鬼没であるとはいえ、扉が閉まる瞬間も見ていた、人が入ってくる様子はなかったはず。まさか元々ここにいた?
「よし、これでいいだろう。帰ったら冷やそうね」
そんな混乱を拭い去るかのように彼はにこにこと足元から笑顔をむけている。暗闇と得体の知れない恐怖に飲まれそうになっていたところ、彼の朗らかな声を聞いて安心していたのは事実。ひとまず考えるのをやめた。
「うーん、開かない。扉が元々歪んでいたのかな?」
会長はガチャガチャとドアノブを回している。
「まさか、閉じ込められたんですか」
「ふむ、そういえば悲鳴が聞こえてここに飛び込んだ時にちょっと扉蹴っちゃったんだ」
「アンタのせいか」
何だ、そういうことか──胸を撫で下ろす。どうやら先輩の悲鳴を聞き飛んできてくれたらしい。扉の閉まる瞬間誰も見ていないのは気のせいだったのだろう。しかし、ひとつモヤが晴れたとはいえこの暗闇といつまたあの黒いなにかが襲ってくるのかも分からない現状は変わらない。灯りも懐中電灯ひとつでは些か心許ない。どうにかしてこの部屋から出なければ──………
「晴臣さん、他に脱出方法を……」
「あ、開いた」
「開くんかい」
満足気に埃だらけの顔を拭っている。無自覚なのかそれともこちらの緊張感を感じ取ってのことなのか、この人はいつも心を解きほぐしてくれる。
「立てるかい?肩ぐらいなら貸すからね。背がちょっと足りないかもだけど。あ、おんぶしようかそれとも俵担ぎ?」
「……何言ってるんですか、立てますよ」
差し出された手を取り立ち上がる。痛みと引きずりはするものの何とか歩けそうだ。やっとの思いで出た廊下は静まり返っていた。犬飼の姿は見えない。
「目的のものは見つけましたし合流した方がいいですよね……やっぱり圏外か、連絡取れないしどうしましょう」
ポケットの中から古びた懐中時計とスマホを取り出す。時計はやはり針は止まったまま動かない。連絡を取ろうと試みるが“現在ネットワークに繋がっておりません”とメッセージが表示されている。しょうがなしに周囲を懐中電灯で照らしてみる。
「………そう、だね、その方が良さそうだ。君を無事に帰さなきゃいけない」
気のせいだろうか。一瞬だけ、背後の会長の声が硬くなったように聞こえた。
「晴臣さん?」
「……あーあ」
振り返ろうとする瞬間、困ったように笑う会長が見えた気がした。会長をしっかりと確認する前にトン、と優しく背中を押され挫いた足では踏ん張りきれずよろめいてしまう。何をするんだと抗議しようと振り向いた瞬間。
「やっぱりだめだ、私にはできないや……ごめんね源氏くん、無事に帰るんだよ」
グシャリと何かが潰される音と首筋に生温かい感触が伝う。それはあまりにも唐突な出来事で、咄嗟に目の前の状況を受け入れることが出来なかった。
扉の前に立っていた会長の頭が、部屋の中から出てきた黒い、ヒト型の何かに食われていた。赤黒い液体が飛び散る。先程まで騒がしくしていた姿が嘘かのように生気を失い、首から下を弛緩させていた。バキ、ゴキ、と骨を砕き肉を食む音が響く。
──なんだこれは?思考が追いつかない、目の前で暗闇の中助けに来てくれた彼の頭蓋を破壊されている様を受け入れることが出来ない。
「──ッ、晴臣さ、」
それでも、と手を伸ばす。あとちょっとで届く──しかし彼を喰らう黒いなにかは首ごと会長の体を引きずり、部屋の中の闇へ消えてしまった。再び扉は閉まり静寂が訪れる。先程まで響いていた足首の痛みはとうに消えた。彼の残した血溜まりの中に座り込んだまま立ち上がることができない。
「……晴、臣さん」
と力無く扉の前で呼ぶのであった。