2-1
居残り組:
「……私も行きたかった」
「うるさいな、さっさと手動かしなよ」
僕だって行きたかったんだから、と直樹が小さく付け加える。上手く言いくるめられ、体よく生徒会の雑務を押し付けられたことに勘付き始めた頃、神々廻とレナがきたので手伝ってもらっている次第である。若干一名床で寝ているが。
「なんで私も晴臣に着いて行ったらダメなの、黎一郎」
「うるせェ知らねェ」
「なによそれ」
部室の隅で丸まって寝転がっている男は壁を向いたまま何も教えてはくれない。納得がいかない、と一人頬を膨らませる。
「あれ?今日はこれだけなんです?」
ひょっこり部室の扉から珍しい人物、明臣が顔を覗かせた。せっかく今日は体調が良かったから来たのに残念です、と作業している机の端に座る。
「だって今日は何かの依頼で心霊スポットの探索でしょ?みんな会長に着いていってるから。僕たちは居残り組ってわけ」
「……ハルが?心霊スポットに?」
怪訝な顔でそんなこと私に一言も言ってくれなかったのに、と小さく呟き明臣は考え込む。
「どこかの洋館なんでしょ?晴臣は知ってるぽい様子だったけど」
レナの一言で明臣の顔が一瞬で強ばる。
「依頼書残ってないんです?見せてください」
「ファイリングしてあるはずだよ。ええっと……あった。これでしょ」
デスクからファイルを取り出す。3人で身を乗り出し手紙を覗き込む。封筒の差出人の名前は"あきおみ"と書かれていた。
「何?今回依頼主アンタ?」
「違います、そもそも今初めて知ったんですよ。それにこの字は……」
「盛り上がっているね、楽しいことでもあったかな?」
遮るように背後から声をかけられる。部室の入口にいつものにこやかな笑顔で生徒会長が立っていた。
「……え?晴臣、もう帰ってきたの?」
「うん?なんのことかな」
噛み合わない会話と気味の悪い違和感で場の空気が一瞬で冷え込む。いつも神出鬼没であることは間違いないのだが目の前にいる彼の存在に直樹はどこか薄寒さを感じていた。
「──なんだ、テメエ」
先程まで寝転んでいた神々廻がいつの間に静かにレナの前に立ち入口を鋭い眼光で睨んでいる。殺気をわずかにはらんだ声が冷たい。
「………あれ………私、あれ……?」
会長のにこやかな笑顔が途端に崩れる、まるで形を保てないとでもいうように瞳孔は開ききり、血の気を失った顔を手で覆い隠し会長は走り去ってしまった。誰も追いかけることはできず唐突な出来事に静まり返る。
「……何、今の」
「ちょっと黎一郎、晴臣になんてこと」
「バァカ、どー見てもいつものカイチョーじゃねェよ。なァ?ヒショ」
先程から一言も言葉を発しない明臣を振り返る。会長が去った誰もいない廊下をぼうっと見つめたまま口元に手を当て考え込んでいる。
「……ハル、だけどあれは……ごめんなさい、ちょっと考えさせてください」
再び静寂が訪れる。カチカチと時計の針の音だけが響く。針は15時を指そうとしていた。直樹が思い出したかのように口を開く。
「……そういえば最近、会長なんか変なんだよね」
「あ?カイチョーが変なのはいつもだろ」
「そうなんだけど、いやアンタに言われたくないと思うんだけど……そうじゃなくてさ。なんかぼーっとしてるっていうか、眠たそうっていうかさぁ……この生徒会の仕事だってそうだよ、いつもなら山積みになるまであの人溜めてないし、こういうの僕にあんまり回してこないのに。顔色も良くないし疲れてんのかなって、アンタたちなんか知らない?」
「確かに、最近晴臣元気なかったかも……じゃあやっぱり追いかけなきゃ。晴臣どこ行っちゃったんだろう」
「それでさっきから会長とか部長とか、今日行ってるメンバーに連絡とろうとしてるんだけど誰も繋がらないんだ。洋館って山の中でしょ、きっと圏外なのかなって思うんだ。だからみんなまだ帰ってきてないと思う……あくまで僕の推測だけど」
「つまり将吾は洋館で何か起こってるって言いたいの?」
自信なさげではあるが直樹は頷く。
「ねえ、明臣は洋館の場所知ってるの?」
「え?それはまぁ、うちの土地ですし……今から行くんです?それなりに距離ありますし私の体力が持つかどうか…」
「おら、コレ乗ってけばいいだろ」
いつの間に持ってきたのか、ガラガラと荷車を神々廻が引っ張ってくる。
「ちょ、アンタそれ体育倉庫から勝手に持ってきただろ!?」
「さすがゴショー正解」
「……私もいいの?」
「ダメっつても聞かねェだろお前、離れんじゃねェぞ」
レナと明臣を乗せたかと思えばガラガラともの凄いスピードで駆け抜けていく。あっけに取られているうちに彼らの姿は点になってしまった。
「あーもう!なんなんだよこれ!」
1人残された直樹は神々廻の後を追いかけるのであった。