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ヨロスブ・繋  作者: 有氏ゆず
転(3)
30/38

6-3



ゆり子さんは無事元気な男の子を出産した。"鎌実"と、亡くなる前に鍬夫さんが名付けてくれたそうだ。良かった、これで鍬夫さんも浮かばれるだろう。私はこれまで通りゆり子さんを支えて、鎌実の将来のために奉公しようと心に決めた。


鎌実が生まれてから3日後、事件は起きた。




その日は自分の仕事が終わらず、時計を見ると夜中の1時を指していた。


そろそろ寝床に入ろう、と作業を終えていると何やら2階からガタガタと物音がするのが聞こえた。今この屋敷にいるのは私とゆり子さんと鎌実だけ、外は大雨であったため他の使用人たちには帰ってもらっていたのだ。ゆり子さんは寝ているはず────もしかして泥棒?


ゆっくり、足音を立てないように2階へ上がる。音はどうやら鍬夫さんの寝室だったところから聞こえるようだった。護身用の木刀を抱えながらこっそり扉を開けた。




「…ゆり、子さん……?」


真っ暗な部屋の中にゆり子さんが1人立っていて、床には無惨に首を切られた鶏の死骸とその血で文様が描かれていた。祭壇のように鍬夫さんの寝床だったところには逆十字が飾られており、鎌実が眠らされていた。


「神よ…汝の願いを聞き届けたまえ」


異様な空気に気圧されて私は動くことが出来なかった。何が起きているのだろう、これは何かを喚んでいる…?


「鍬夫さんに会わせて、この体に鍬夫さんを返して…!」


後で聞いた話だが。母親という生き物はこの世に命を産み落とすことから神に最も近しい存在になるらしい。時にこの時のゆり子さんは、旦那の死と出産の生を同じ時期に経験したせいで不安定な状態だったそうだ。そんな神に近しい彼女が生まれたばかりの命を天に差し出す。これが何を意味するのか。


ほぼ直感のようなものだった。理解してしまった。

彼女は今、鎌実の体に鍬夫さんの魂を呼び出そうとしている。鎌実はその生贄、もしくは容物でありこれはそのための儀式だ。


ぞわりと全身が粟立つような感覚が走る。それはだめだ。そんなのはだめだ、許されるわけがない─────!




「ゆり子さん!だめ…っ!」


部屋に飛び込むよりも前に、鎌実が苦しむように泣き出した。


「あ、ああ!だめ、どうして…?どうしてなの鍬夫さん…!いや、いや…入ってくる…っいやあああああぁぁぁ!!」


崩れ落ちるようにゆり子さんは床に倒れのたうち回る。ガタガタと地震でも起きたかのように家財が揺れる。鎌実の叫ぶような泣き声が響く。


「なに、何をしたのゆり子さん…!」


鎌実を抱き上げると身体中に赤い紋様が浮き上がっていた。熱い、呼吸も苦しそうだ。




「あ…あぁ…我らがサタン……ごめん、ごめんなさい…梢さん私取り返しのつかないことを、私にはもう鎌実が見えないの、鍬夫さん、鍬夫さん…!!」


髪を振り乱し絶叫するゆり子さんの姿に唖然とする。たおやかに鍬夫さんの隣で笑っていた彼女の面影はもうない。

床に落ちた冊子を拾い上げる。"悪魔信仰 降霊術"の表紙を見て本家で聞いた噂を思い出した。


怪しげな新興宗教が流行っている、と。寺本の人間も何人か手を出している者がいるらしいと、話半分に聞いていた。それが堀夫さんに呼ばれ出かけることが増えていたゆり子さんと繋がってしまった。


「鍬夫さんに…鍬夫さんにもう一度だけ、会いたかったの、赤ん坊を依代に使えばサタンが手を差し伸べてくれるって教祖様が…あ、ああでも私、自分の子供を、鎌実を使って…!母親なのに、ごめんなさい…っごめんなさい…!」


床に縋り付くゆり子さんの顔は真っ白で血の気がない。弱っていたゆり子さんの心を餌に鎌実まで蝕んでいたのだろう、ゆり子さんがおかしいことに私、本当は気がついていたのに。


「お願い、お願い…!サタンに命を捧げることで私はもう魔女になってしまった、鎌実に危害を加えてしまうかもしれない、私を殺して!」


そんなこと出来るわけがない。鍬夫さんにゆり子さんのことも、この家の事も、鎌実のことも頼まれていたのに。あぁ私、何も守れてない。




ゆり子さんを殺すことが出来なかった私は倉庫になっていた別棟に彼女を幽閉することにした。本家にこの出来事を伝えるわけにはいかない、古くから使えている使用人数名にのみ事情を説明し、隠蔽することにした。幸い鍬夫さんは体が弱かったこともあり、本家はこの屋敷に介入することはほとんどない。私が当主の代わりとして動いていれば勘づかれることもないだろう。


儀式に巻き込まれ衰弱していた鎌実はその後奇跡的に回復した。────悪魔に取り憑かれたという点を除いて。




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