5-2
「…なん、で……」
「なんで?あぁそうだね、君は知らなかったのだったね。実験に付き合って貰っている礼にそれぐらいは教えてあげなくては」
叔父は指に付着した血を嫌そうに拭きながらベッドの周りを歩き回る。
「君はね、生まれながらにして神の力を宿しているのだよ」
「…は、ぁ?」
恍惚としたように叔父は天を仰ぎ語り続ける。
「実母であるゆり子さんは産まれたばかりの君を神に捧げた。偉大なるサタンの名の元に母君は神に近づいたのだ!神の実たる君がその力を我らに分け与えるのも神の職務だと思わんかね」
何を言っているんだろう。単語は理解出来ても叔父の言っていることが全く頭に入ってこない。
「あの忌々しい強欲な魔女め、ゆり子さんから君を奪い無理やり我がものにしたのだ。挙句ゆり子さんを監禁し、自らの欲望のため実の親子を離れ離れするなど人あるまじき行為…!断罪すべきだと思わんかね!?」
興奮したように叔父は顔を近づけてくる。目がギラギラと光り異様なほど血走っている。母さん、そうだ、俺は母さんに会うために外へ出たんだ。
「か…あ、さんは…?」
「あぁ、ゆり子さんならここにいるよ」
真っ赤な注射器を目の前にかざされる。どろりと液体が零れ出た。
「え?」
「君に投与していたのはゆり子さんの血液だよ」
呼吸が止まった気がした。植え付けられた恐怖も何もかも塗り替えるような衝撃、思考を停止するように本能が叫ぶ。血液?母さんの?俺はどれだけの血液を流し込まれていた?
「君が幼少から魔女に飲まされていた薬も彼女の血から作り出したものだよ」
毎度はぐらかそうとしていた母の顔を思い出す。1度も目を見て教えてくれたことはなかった。母は俺と俺の本当の母親を利用して研究していた、俺たちを騙し搾取していたということになる。信じていたものに亀裂が深く入り込みズレる音がした。
「しかし絞り尽くしてしまってね、あれほど殺すなと言っておいたのに…」
「…は?」
隣の寝台にかけてあった布を叔父が捲る。だらん、と色を失った女の手が落ちた。あれは、かあさん…?
「しかしこれで大方記録は取れた、本家の方に報告ができるはずだ。感謝したまえ、これで君も世界に貢献できるのだから」
もう叔父の言葉は何も耳に入ってこなかった。痛みと恐怖で冷えきった思考が急にクリアになる。
体が燃えるように熱い。
「私たちがいなければ君もずっと母君に会うことはできなかっただろう?」
…黙れ
「君の力は素晴らしい、神の領域を脅かすものだ」
黙れ
「さぁ私たちの作り上げる世界の礎に鎌実くんも手を貸して」
「黙れ!!」
ビリビリと空気が震える。再生したばかりの喉が裂けそうだ。
「…ぁ?」
ぼとっと何かが床に落ちた音がした。生暖かい血飛沫が頬にかかる。
「ぁ…腕、私の腕…っあああああ!?」
右腕を失った叔父がのたうち回っている。何が起きたのか分からない、でも今はそんなことよりも何もかもをめちゃくちゃに壊したくなるほど体は燃え盛っていた。
「許さない、お前ら絶対に許さない…!!」
沸騰する感情に呼応するようにパンッと手足を拘束していた鎖が弾け飛ぶ。起き上がり体を動かす度にミシミシと骨と筋がきしんだ。
「ヒッ…」
白衣の女が青ざめた顔で後ずさる。名前も何も知らない、母を利用するだけ利用して殺した人間たち。憎い、憎い憎い憎い。思考が乗っ取られているかのような感覚。ドロドロと重く暗い感情に飲み込まれて、止められなかった。
「殺してやる…っ」
座り込んでいた女の首が飛ぶ。悲鳴と怒号が飛び交う、呆然と立ち尽くす者もあれば片足で逃げ惑う者もいた。背後から殴りかかってきた男の胴体は捻り切れた。生臭い臭いが立ち込める。気味の悪いぐらい気分が高揚していた。
扉の近くでガクガクと蹲る叔父を見下ろす。この期に及んで1人だけ逃げ出そうとする姿があまりにも滑稽で、思わず笑いが込上げる。
「あ、あぁ…嫌だ…悪魔、この悪魔めえええぇぇっ!」
「さようなら、叔父さん」
狂ったように叫ぶ叔父の開いた口にブスリと、己の体を散々切り刻んだノコギリを突き刺した。




