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「……ハルくん?起きたの?」
「予想よりも随分時間がかかったな……計算が狂ったか」
会長を背負っていたはずの肩が急に軽くなる。振り返るとさっきまで寝ていた彼が暗闇の中立っていた。暗闇で表情は上手く見えない。
「……会長?」
その呼びかける声に反応するように
「……は、あははっあははははははははは──────っ!!」
枷が外れたかのように天井を見上げ笑いだした。空気が変わった気がした。妙な吐き気が襲う。なんだこれ、上手く息が吸えない。気持ち悪い。
「……ちがう、ハルくんじゃない。あなたは誰?」
そんな中、珍しく有翔1人だけが険しい顔をして彼を見据えていた。
「───あぁ何、お前なんで分かったんだ?こいつの女か何かか。まぁいい、あぁ体がすごく軽い、今なら全部ぶっ壊せそうだ」
声は会長、のはずなのに目の前にいる男はまるで別人だった。室内のはずなのに凍りついた冷たい風が頬を撫でた。
警鐘を鳴らすようにピリピリと肌が痺れる。逃げないと、脳がひたすら命令を出しているのに足が動かない。山田も同様に先程から言葉を失っているようだ。
男が手をかざす。その瞬間、中央の大きなテーブルが宙を浮かび────
頭上に落ちてきた。
咄嗟に有翔が飛んで古と山田を勢いよく突き飛ばし間一髪を防ぐ。
「っな、なんだこれ」
「あんまり動くな、狙いが定めにくくなる」
椅子、棚、机、あらゆる家具が宙に浮かび上がり一斉に飛び交う。これはポルターガイスト?そんな馬鹿な。
「っ、サキ!」
有翔はテーブルをひっくり返し盾にして、古と山田を裏へ引き込んだ。
「……助かった、なんだよあれ」
隠れながら様子を伺うと男は部屋の真ん中でひとり狂ったように笑っていた。
「ははは!!あぁ体が軽い!頭が冴える!さすが奉日本の次期当主とやらだ。この体なら、この体なら…!」
「……サキはここで待ってて」
床に落ちて折れた椅子の脚を掴むと有翔は男の前に躍り出る。
「君は誰なの、ハルくんを返して」
「ハル?明臣じゃないのか、コイツ。まぁいい。俺はこの家の主、お前たちは俺に招かれたお客様さ。招いたからには歓迎しなくちゃあな。ようこそ、我が胎内へ」
「ハルくんはどこなの、僕たちを帰して」
「どこって、お前たち何度も会っただろう?」
何度も、という言葉に2階で鮫島、犬飼と合流した時のことを思い出す。2人の会長は鉢合わせた途端崩れて動かなくなってしまった。でもあれはニセモノで、自分たちの知っている本物の会長は今目の前にいる男のはずで──………
「"コレ"はもうただの入れ物。お前たちが会ってきた"中身"は俺が魂を分割して放り出した本物だよ」
男はトンと己の胸元を指さし怪しく笑った。
「どういうこと?」
「ドッペルゲンガーっているだろう?自分と全く同一の存在、出会ってしまったら最期…そんな存在を無理やり作り出して中身を追い出したのさ」
普段なら興味の惹かれる内容ではある。だがそれが事実だとしたら?それがあの会長の身に起こったことだとしたら?だとしたら会長はもう……
部屋の中をゆっくり歩き回りながらさも当然かとでも言うように男は続ける。
「苦労したんだぜ?普通魂を分割しても2、3人が限度なのにコイツいくら分割しても消えないんだ、どれだけ自我が強いのか挙句外に出ていくヤツもいるし反抗しようとするやつもいるし…まぁ消えてくれれば何だってよかったんだけど。我の強さにはさすがに引いた」
呆れたようにわざとらしく肩を竦めて見せる。
「……つまり、会長の体を乗っ取るために会長のドッペルゲンガーを作り出して消し去ったってことか」
思わず隠れていた机の陰から飛び出していた。にやりと男の口元が歪んだのが見えた。
「理解が早くて助かるね。全てはコイツの家を潰すため、全部を終わらせるためさ」
「お前この家の主なんだろう?なら会長の血縁者じゃないのか、自分の家を終わらせるって」
先ほどまで上機嫌に語っていた男の表情と声がすうっと硬くなる。
「そうとも。俺は常磐鎌実……あぁ寺本は捨てたんだ、名乗りたくもないからこれは母親の姓。俺はこの屋敷に取り憑いた地縛霊さ」
パキ、と天井から音がしたかと思うと、シャンデリアが足元スレスレに落ちてきた。
「チっ外した」
「…っ、会長の体が目当てだったんだろう!?俺たちを襲う目的はなんだ!」
「あ?何って…」
男の背後に有翔が回り込み飛びかかる。話をしながら気を逸らしている間に押さえ込もうと隠れている間に話し合っていたのだ。上手くいった───……!有翔が羽交い締めをした瞬間、
「有翔!」
腕を絡められ有翔は部屋の隅まで投げ飛ばされてしまった。幸い受身を取ったようだがうずくまったまま動けなくなっている。駆け寄ろうとするが飛び交う家財の猛攻に為す術がなかった。
「はは……っ目的か、そりゃあの家を潰すためのエネルギーになってもらうのさ。言ったろう?我が胎内へって」
犬飼の話を思い出していた。得体の知れない何かに取り込まれそうになった、と。
「この体さえ手に入れば目的は解決したようなものだがお前たちもオマケで着いてきたからな、いずれは必要になる養分だ。ついでに食らってやるよ」
気がつけば目の前に男が立っている。いつの間に、さっきまでもっと遠くに───
「うぐ……ッ」
逃げようと思った時にはもう首を掴まれ持ち上げられていた。
「悪いね、別にお前たちに何の罪もないんだがこれも全部奉日本のせいだ。恨むならコイツの家を恨んでくれ」
苦しい、首をさらに締め付けられる。部屋の奥で有翔が叫んでいるのが見えた。だめだ、意識が遠のく───………
パリン
ガラスの割れる音が耳を掠める。仰ぐように音のする先を見上げた。なにか降ってくる。見覚えのあるシルエット、あれは──────シン?
───なんで、コイツが。
どうして、いや本当なんで天井から…?割れたステンドグラスの欠片と降ってきた勢いのまま男をシンは蹴り飛ばす。古は掴まれた首の支えを失いそのまま腰から落とされる。息を整えながら見上げると見知った兄の顔が覗き込んでいた。
「…よォ、何してんだァ?尻もちなんかついて」




