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断章
数日後、母の不在を見計らって叔父がやってきた。
「…さて、この前の話の続きだね」
穏やかな笑みを浮かべながら叔父はおもむろに話し出した。こっちは不安と緊張でどうにかなりそうだというのにまるでそれを弄ぶかのように。
「君の本当の母親はね、梢さんに監禁されているんだ。17年間ずっとね」
「…母さんが、監禁…?」
「私もずっと探していたんだがね、最近になってようやく居場所を突き詰めたんだ。─知りたいかね?」
迷っていた。今までの自分なら初対面に等しい人間の言葉なんか耳に入らなかった。でも今は目の前の彼に対する不信感よりも、信実をはぐらかす母親への不安の方が勝っていた。
「…どこにいるんですか、俺の本当の母親に会わせて下さい」
にんまりと怪しく叔父の口元が歪む。
「あぁいいとも、私も彼女に用があるんだ。私の目的のために君の力が必要になる。貸してくれるね?」
目的、という言葉が引っかかったが今はそんなことよりも己の信実に近づけることに気持ちが早っていた。
「─君の母の名は常磐ゆり子さん、彼女はあの塔の中にいる」
彼が指を指す先、庭の植物の奥にそびえ立つ大きな塔。幼少の頃からずっと外の世界のものとして眺めてきた、あの中に自分の母がいる。ドクドクと心臓が大きく脈を打った。
「それでなんだが、あの塔の扉には封印がかかっていてね」
「…封印?」
不自然な単語に思わず聞き返す。
「言っただろう?梢さんは魔女だって…でも君にはそれを解く力がある。だから君を外に出したくなかったんだよ。酷い話だろう?使用人もみんな知っていたのに君には誰も真実を教えてはくれなかった。梢さんは本家からきた人だからね、そうやって使用人まで巻き込んで全てを独り占めしようとしていたんだ」
すうっと体の芯が冷えていく、あぁやはりあの人は俺を騙していたんだ、誰も俺の味方ではないんだと。
しかしそれが本当なら問題が一つある。
「でもあそこには行けません。せめて夜まで待ってくれませんか。陽に当たると俺…」
「だめだ、夜までは待てない。梢さんが帰ってきてしまう。行くなら今だ」
言葉を上から重ねられるようにして拒まれてしまった。ならば仕方ない、母に会うためだ。己の身を案じていては信実にはたどり着く事は出来ない。窓から差し込む陽の光をきつく睨んで覚悟を決める。
「分かりました。行きましょう」
玄関の扉を開ける。眩しい、陽射しが既に痛い。ヒリヒリと痛み出す肌を誤魔化すように爪を立て1歩踏み出した。
「───ッ、ぁ」
痛い、いたいいたい、痛い、体が焼けるように熱くて声にならない。
「鎌実くん、さぁ行こう。塔まで辿り着かないと」
叔父が背中をトンと押す。全身に降り注ぐ陽の光が、苦しくて痛い。1歩踏み出す度に皮膚が溶ける、顔が焼ける、俺はいま人の形を保っているのだろうか。視界もぼやけて進む方向も分からない俺の黒く焦げた腕を叔父が引っ張る。腕がもげてしまいそうだ。
「…さぁ着いたよ、鎌実くん」
建物の陰に入ったのか少しだけ陽の光が和らいだ。どうやら俺はまだ生きているらしい。肺まで焼け落ちたのではないかというぐらい呼吸をするのがつらい。ヒューヒューと気道から絞り出すような吐息と
「…かあさん、」
とかろうじて音になるかならないか分からない声が漏れる。扉に手を伸ばし、鍵に貼られた札を剥がす。バチンッと何かが弾けるような音ともにゆっくりと塔の入り口が開いた。
ほんの数分外を歩いただけなのに体力は限界だった。転がり込むように塔へ入り込んだ。
「…かあ、さん…かあさ…ん」
暗がりの中うっすら見える部屋の中央に座る人影に必死に手を伸ばした。振り返った女性の瞳が己の崩れ落ちそうな姿を映し出し駆け寄って、俺を抱きとめてくれた。
「かあ、さ」
「あぁ、あぁ…!会いたかった、会いたかったわ"鍬夫さん"!」
父の名を呼び愛おしげに抱き締める彼女の瞳には"俺"は映っていない、どこか遠くを見ているようだ。
こわい、怖い、熱かったはずの背中にゾッと寒気が走った。どういうことかと叔父を振り返ろうとした瞬間、
「よし、この二人を捕獲しろ」
叔父の背後からぞろぞろと黒い人影が現れ─…俺の意識は途切れた。




