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断章
それからというもの、日に日に俺は倒れる頻度が増えていった。
気がつけば寝床にいて、体は動かなくなっていて、どれだけ意識を失っていたのか日付と時計を確認する癖がついた。
理不尽に自分の時間を奪われ、原因が分からぬ現状に俺は苛立ち気が立っていた。
「鎌実さま、お加減はいかがで…」
「うるさいっ!!」
その日は特に殺気立っていた。目覚めた時に居合わせた新入りの女中に怒鳴りつけた瞬間、背後にあった戸棚が倒れ彼女の足が下敷きになった。幸い軽い捻挫で済んだようだったが彼女の顔をそれ以来見ていない。
その日を境に寝室の窓の前で毎日鳥が死ぬようになった。誰かの頭上に物が落ちるようになり怪我をするものが増えた。死人は出ないもののあまりにも不吉だと使用人たちが気味悪がる中、母親だけが俺を見る目を変えなかった。それが俺には薄気味悪かった。
ある日、父親の兄だとかいう男が俺に会いたいと尋ねてきた。母親同様に父も生前は研究をしており、その男は仲間だったというが俺には生憎心当たりがあるはずもなかった。
「君が鎌実くんだね、初めまして」
「…初めまして、叔父さん。俺になんの用でしょうか、母なら外出中ですが」
「あぁいいんだ、それを見計らって来たんだから。梢さん中々君に会わさせてくれなくてね、だから今日の面会は内密にしてもらいたいんだ」
「…はあ」
尚更意味がわからない。俺なんかと話をしたってしょうがないだろうに。
「あぁすまない、深い理由はないんだ。私には子がいなくてね、弟も亡くなってしまったし甥っ子の顔ぐらい一度は見ておきたいと常々思っていたんだけれど…いやぁ立派に育ったじゃないか、いくつになったんだ」
「今年で17です」
弾丸のように喋り続ける叔父に圧倒されていると、唐突にふむと考え込み始めた。
「17か…そんなに梢さんはこの子を押さえつけてなんて強欲な…ゆり子さんを陥れるだけでは足りないというのか…」
ボソボソと、それでいてこちらに聞こえるように叔父は呟く。あまりにも演技かかった言動に思わず眉を顰める。
「あの母が何か」
「あぁなんでもないよ、ところで鎌実くん。君はここから出たくないかね」
「え?」
突拍子もない言葉に思わず声が漏れる。外の世界、考えたことがなかったといえば嘘になる。この屋敷から出ようと試みた回数は覚えていないほどだ。それが難しいことは誰よりも自分がわかっていた。
「生まれて17年間ずっと梢さんに閉じ込められていたんだろう?可哀想に」
──閉じ込められて?母親に?
いちいち引っかかる物言いが気になったのが顔に出ていたのだろうか、叔父はわざとらしく口元を覆った。
「おっと口が」
「…どういうことですか」
外に出られないのは自分の日光に弱い体質のせいだ。母親は止めには来るが俺の肌が焼けるからであって、閉じ込められているなんて俺はそんなつもりは一切なかった。
「でもその体質は生まれつきかな?」
思考を読まれたのだろうか、言葉に詰まる。この体質いつからなのか、そんなこと考えもしなかった。母親には生まれつきだと言われていた気もするが定かではない。
「…口止めされていたんだがね、この際君に全て伝えてしまおう。梢さんは君の本当の母親ではないんだ、君をずっと騙しているこの屋敷の魔女なんだよ」
「…は?何言って」
ぐるぐると思考が回る。乱暴に投げ入れられた情報の整理が追いつかない。魔女ってなんだよ。──じゃあ俺の本当の母親は?
「君、ずっと薬を飲まされているだろう?それは何の薬かな?」
「何のって…」
そんなの俺が知りたい。でも母さんはずっと教えてくれなかった。
「ほら、得体の知れないものを君に与えているんだよ。日光に弱いのもそれが原因に違いない。研究室の中だって見せてくれないんだろう?唯一の家族である君にだって話していないことがあるんだ、不審なところばかりだろう」
矢継ぎ早に投げかけられる言葉に何も返すことができない、脳が彼の言葉に侵食されていくようだ。
「…待ってください、じゃあ俺の本当の母親は誰なんだ、どこにいるんだ」
「知りたいかい…?あぁでももう時間だ。また来るよ。その時に教えてあげよう」
意地悪そうに笑うと話を切り上げるように立ち上がり、叔父はそのまま帰ってしまった。
しばらくするとタイミングを見計らったかのように母が帰宅した。
「ただいま帰りました…どうしたの鎌実。顔色がとても悪いけれど、薬でも飲む?」
「…!いらないっ」
叔父の言葉が過ぎり、頬まで手を伸ばしてきた母の手を弾いてしまった。
「そう?無理はしないでちょうだいね…あら、私ったらこんなところに置いて行ったのね。通りで見つからないわけだわ」
手を振り払われ驚いていたが、机の上の懐中時計が目に入るとそんなことも気にしていない様子だった。
「鍬夫さん…貴方の父親の形見よ。鎌実がお嫁さん貰えるようになったら貴方にあげましょうね」
懐かしそうに掌の懐中時計を眺める母の言葉はいつも通りだ。でもこの人は俺を騙しているのかもしれない、かといって初対面の叔父の言葉を信じられるほど人がいいわけでもない。心のどこかで母を信じたい自分がいる。自分の17年間が偽りだったなんて信じたくなかった。
───なら、確かめればいいだけの話じゃないか。
「難しい顔してどうしたの、鎌実」
「…俺がいつも飲んでる薬、あれ何が入ってるんだ」
黙り込んでしまう母の表情が固くなる。部屋の空気に嫌な緊張が走った。
「……それは、貴方には関係のないことよ」
「関係なくなんかないだろ、俺が飲むものなんだから」
「それでも貴方知らなくていいことよ…さて!夕飯の準備しないと」
パンパンを話を切り上げるように手を叩きそのまま部屋の奥へと言ってしまった。
───はぐらかされた。
グラグラと頭が揺れ、何かが崩れる音がした。やはり母は俺を騙しているのだろうか、不安が心を蝕んだ。




