3-1
断章
これは夢だ。
普段は自覚することなどほぼないが断言できる。これは夢、自分は今有翔に寝かしつけられ、気味の悪い洋館のベンチに腰をかけていたはずなのだ。
それなのに今自分は洋館の外に立っている。チリチリと皮膚を焼く陽の光が痛いし熱い。夢とは思えぬ刺激に怯み、咄嗟に建物の日陰に入る。
「私は高本晴臣」
…うん、夢だけどちゃんと自分のことも分かる。
心の中で声を出しながら自分の体を確認するように手のひらを開いたり閉じたり動かしてみる。夢のせいなのか、なんだか体の動きはぎこちないような、なんだか視点もいつもより高いような。背でも伸びたのだろうか、それはちょっと嬉しい。
今は夏なのだろうか、暑い、いや熱い。燦々と照る陽を恨めしそうに眺めていると正面の高い塔が目に入った。なんだか見覚えのあるような、ないような───…
「…鎌実!」
突然背後から女性の声がしたかと思うと肩を掴まれ僅かによろける。振り返ると憔悴した様子の女性が1人こちらの顔を覗いていた。
「もう、勝手に外に出たりしたらダメじゃない。探したんだからね。あぁもう、こんなにまた赤くして…」
心配そうに女性はポケットから出したハンカチで垂れる汗を拭い出した。見知らぬ女性に顔を触れられるのはなんだか居心地が悪い、が頬に触れるひんやりとした手の感触は気持ちが良くてされるがままになる。
「鎌実は肌弱いんだから…陽に当たったらだめよ。ほら、入って」
腕をグイグイと引っ張られそのまま建物の中へ連れていかれる。
「…母さん」
無意識だった。自分は目の前の女性を知らない、はずなのにどうしてか気が付いたら勝手に口が動いていた。「母さん」と呼ばれた女性が少し嬉しそうに振り返る。
「なぁに、鎌実」
優しげな眼差しを向けられ少したじろぐ。勝手に自分の口が動いただけなのもあるがなんだかとてもむず痒い。
「…なんでもない」
「ふふ、そう?」
嬉しそうな横顔をぼんやり眺めながらふと、あぁこれは誰かの記憶なんだと気がつく。鎌実と呼ばれている誰かの記憶を今自分は夢に見ている。
玄関に飾られた姿見をちらりと覗くと自分と同年代かそれよりも僅かに下か、細身の少年が立っていた。血の気のない白い肌のせいか、なんだか生気のないどこか自分の兄弟に近しいものを感じて苦笑いをする。
「あら、どうしたの?なにかいい事あったのかしら」
「…いや、なんでもないよ母さん」
「そう?じゃあ私は仕事の続きがあるから戻るわね…あなたは部屋に戻って休んでなさい。陽に当たったから疲れたでしょう」
この少年の母親であろう女性はそう言い残し、手前の部屋へ入って行ってしまった。自分の部屋などどこにあるのかなんて知る由もないのだが、勝手に足が動き出し階段を上り始めた。
物静かに感じていたが、思っていたよりもこの家には人の気配はあるらしい。途中廊下で何人かの使用人と思われる女中とすれ違った。彼女達の着物に割烹着というなんとも時代を感じさせる服装を見たところ、自分の生まれとは2世代ほど前の時代であろうか。──それよりも先程から背中に冷たい視線を感じるのだが。
廊下の奥、1人髪の長い女が立っている。黒に百合の着物が特徴的だ。髪で隠れた表情は読めないが良質なものを着ているところから察するに女中の長だろうか、関係者であることは間違いないのだろうが。軽く挨拶をして通り過ぎようとした瞬間。ブツリと古いテレビが消えるような音ともに意識が途切れた。




