トンビに攫われた油揚げ
王や騎士団長達は誰かに事情を聞こうとするが、負傷してうめき声を上げる者、恐怖に駆られて地面に顔を擦り付け「赦して、赦して」と呟く者などばかりで満足に話せる者が見当たらない。
唯一無事そうな王女も呆然として事情を聞ける様ではない。
そこに事務員らしき男が走ってきたので、王は彼を捕まえた。
「おい、そこの男、少し話を聞かせてくれないか」
「いや、私は医者の手配や卒業式の始末で忙しいんですが…」
と言いかけて、王を見直し、男は慌てて跪く。
事務局長と名乗ったその男に、勇者の話を聞く。
男は顔を歪めて言いたくなさそうだったが、騎士団長が剣を振りかざすとようやく話を始めた。
事務局長は学院長の腹心でその考えを聞いており、勇者が来たときからの話を詳細に語る。
その話を聞くにつれて、王や団長の顔が暗くなっていく。
「待て、余は勇者を追い込めなどと命じたことは一度もないぞ!
大切にしてくれ、よろしく頼むと学院長に言っておいたはずだ」
たまりかねた王は叫んだ。
「陛下の表向きのお言葉はともかく、その意志は勇者を放置したことで分かるだろうと学院長は申しておりました」
「放置だと!
そういえば勇者の面倒は誰が見ていた?
騎士団か?」
王は後ろを向いて、騎士団長、宰相、宮内大臣を見る。
「騎士団員ではないので、うちでは見ていなかったでしょう。
王家の婿だから宮内省ではないですか?」
騎士団長が言う。
「いや、まだ婚約だけの状態なので王族ではありません。
貴族ですから王政府でなんとかしていたのでは?」
宮内大臣は宰相に振った。
「いや、彼は今は単に男爵子息だ。
公的に何かしてやる根拠はない。
私的に婚約者である王女が支援されていたのではないですか」
宰相の答えを聞き、王はようやく多少立ち直った王女を見る。
「ナンシー、お前が面倒を見ていたのか?」
皆に見つめられた王女は首を横に振る。
「私は学院では生徒会長、宮廷では来年からの公爵家の立ち上げや新領地の調査、次々とやってくる貴族との対応で多忙であり、彼と会う機会はほとんど無い状態でした」
「では、まさに放ったらかされていたのか」
王は天を仰ぐ。
「そもそも勇者には給与も与えていないが、どうしてやっていたのか。
彼は何故誰かに苦境を訴えなかったのだ?」
王の疑問に事務局長は答える。
「金のことについては、どうも休みの日に冒険者として活動し、そこから得ていたようです。
高額な学院の費用も納めていたので、相当な稼ぎがあったのではないかと思われます」
「おまえ達は学院の費用までも免除もせず、何も持っていない勇者から取り立てていたのか。
そう言えば、最近冒険者パーティで荒稼ぎする実力者がいると聞いたことがある。王政府からも難しい処理を頼んだら見事に果たしていたが、勇者だったとはな」
宰相が呟く。
その時に騎士団長へ屋敷から下僕が走ってやって来る。
「ふー、旦那様に若いお客様が来ましたが、留守と伝えるとその場で手紙を書き、渡してくれと。
執事さんに見せたら、急ぎお渡しするようにと」
ゼエゼエ言いながら、使いは袋に包まれた紙を渡す。
「この忙しい時になんだ?」
不審に思いながら開けてみた団長は一読して驚愕する。
『騎士団長様
これまで大変お世話になり、ありがとうございました。
田舎から連れてこられ右も左もわからない僕に色々なことを教えてもらい、また家族同様に扱って頂き、本当に感謝しています。
訓練も魔王討伐も大変でしたが、パーティの皆さんに指導いただき、また苦労をともにして目的を達成できて、楽しく過ごすことができ、良い思い出となりました。
しかし残念ながら、王都に戻ってからの学院での修行に僕は耐えられませんでした。
王陛下や団長が、僕に勇者の力にふさわしい精神力を持たせようと過酷な訓練を課されたのだと思い、必死に耐えてきましたが、どうやら僕は勇者の力だけを与えられた、普通の人のようです。
学院長からは、勇者の力にふさわしい精神がなければ人にも国にも多大な迷惑をかける、後悔したくなければ山で一人で暮らせと諭されました。
その言葉を聞き、よく考えましたが、この学院の扱いでこれほどの怒りを覚えるのであれば、とうてい人とともに暮らすことは難しいと思い、奥山に隠退しようと決意しました。
ご期待に添えずに申し訳ありません。
今までのご指導やご厚情に感謝します。
エドガー
追伸
最後に腹立ちのあまり、少々暴れてしまいました。
未熟者だと反省しております。
これも陛下や団長の想定の範囲内のことで、大したことはないと思いますが、後始末をよろしくお願いします。』
「どうした、なにが書いてある?」
驚く団長を見て、何があったかと寄ってきた王と宰相に手紙を渡す。
(おいおい、エドガー。何が想定内だ!
全く予想外のことばかりだぞ。
そしてこの惨状を大したことないと言えるのは勇者パーティだけだ。
それにしてもあの過酷な訓練と魔王討伐を遠足のように言うとは大したものだ。
それにしても魔王討伐では、彼の力を出し切らせるために精神的な負担は一切かけないよう、勇者には戦闘に専念させてそれ以外は何もさせなかった。その過保護な状態から一人で放りだされ、激しい虐めを受ければ心も折れよう。
それにしても学院長とヒューズは赦せん!)
団長は息子同然に思っていた勇者と久しぶりに再会することを楽しみにしていた。それを台無しにした彼らに激怒する。
手紙を読んで事態ははっきりした。
役人の不手際の上に、学院長と勇者の誤解が相乗効果で爆発したようだ。
「予想外の最悪の展開だ…
これで勇者を使って覇権を唱える見込みがなくなる」
王や宰相が項垂れる中、王女が叫ぶ。
「エドガーはどこに行ったの!
私は彼の婚約者よ。
謝って連れ戻すわ!」
「手紙を出しに来たということは、まだ王都にいるかもしれない。
義理堅い奴のことだ。勇者パーティなど世話になった面々にも挨拶に行くだろう。誰かが引き止めているかもしれん。
勇者を探せ!」
騎士団長はすべての騎士に命令を出し、宰相も配下に探索を命じた。
王政府は大騒ぎとなった。
その頃、勇者は王家一族、騎士団長、勇者パーティに別れを告げに回るが、皆不在であった。
日中であり、当然に仕事に行っていることに気づく。
(まあ、忙しいみんなに、僕のことなんかに時間をかけてもらうのは申し訳ない)
と勇者は置き手紙をして済ませることにする。
最後は冒険者ギルド。
そこの酒場兼食堂に行くと、いつものメンバーが揃っていた。
「あれ、狩りに行ってると思ったよ」
勇者の懐には既に手紙が入っていた。
「今日くらいアンタが来そうな気がしてね」
リーダーの美少女メリーベルがニコニコして言う。
「アンタ、貴族学院の生徒と言ってたでしょう。
今日卒業式だし、お別れの挨拶に来るかなと思って待ってたわ。
それで騎士団に就職するんだっけ」
メリーベルは椅子をすすめ、エールを注文しながら問いかける。それに対して勇者は座りながら気まずげに答える。
「いや、それはやめた。
実は学院で揉めて、何人もの人にケガを負わせたんだ。
そんな僕が騎士団や王政府などで勤めるなどもってのほかだ。
それで反省して山で一人で生きていこうかと思っている」
勇者の思わぬ答えにパーティの面々は仰天する。
何度も行動をともにして、エドガーの力もその人となりもよく知っているが、彼が人を傷つけるとは信じられない。
「何があったのか話してみろ」
年長者のアランがエールを勧めながら、エドガーに話し掛ける。
勇者は、学院で散々に虐められ、婚約者からも裏切られ、最後に恩人と慕ってくれていると思っていた生徒からも裏切られて心が折れ、思わずやり返したことをたどたどしく話す。
途中、辛かったことを思い出し涙する彼の手を、メリーベルは両手で包み込んで優しく語りかける。
「それくらいやり返しても当たり前よ。
私の知り合いもイジメにあって心が壊れて部屋から出られなくなった人もいる。
エドガー、あなたは悪くないわ!」
「ありがとう」
勇者はまた涙をこぼし、自分は誰かに励まして欲しかったのだと思った。
「それからね、山に籠もるなんてとんでもないわ。
アンタのその力を活かして、困っている人を助けてあげればいい。
神様はその為にアンタに力をくれたのよ」
メリーベルのその言葉は勇者を驚かせる。
これまで勇者は指示されたことをやればいいと思っていた。
いや、自分の思いや考えで動くなと言われてきたのだ。
「僕の考えでこの力を使っていいのかな。
間違ったことをしたり、人を傷つけないかしら」
勇者は自信なさげに言う。
「じゃあ、あたしが側にいてあげる。
アンタが間違ったことをしそうなら言ってあげるわ」
メリーベルの言葉にアランも賛成する。
「それはいい。
学院を辞めてきたのならオレたちとずっと組めばいいさ」
勇者はそれに頷いた。
やはり一人で山ぐらしは淋しすぎる。
このメンバーとなら安心だ。
「決まりね。
じゃああたしたちの国に行こうよ。
遠い北の小さな国だけど、喜んで迎えてくれるよ」
メリーベルの言葉に勇者は同意した。
少なくとも期待に応えられなかったこの国では恥ずかしくて外を歩けない。
勇者とメリーベル達は、すぐに荷物を纏めて旅立った。
騎士団の巡回が勇者を探しに来たのはそれから2時間後であった。
勇者に似た若者の行き先を探る王国をあげての捜索はなんの成果もなく終わった。
それから勇者の捜索を続けつつ、王はいくつかの処分を行った。
学院長の死罪、ヒューズの家の取り潰し、学院教師の追放、勇者への虐めの首謀者の平民落とし、その他のクラスメートの謹慎等である。
この背景には勇者の存在を既に予定していた王政府や騎士団の困惑と怒りがあった。
外交部曰く、勇者の威を借りていくつかの条約改定を有利に運べる予定が…
騎士団曰く、勇者の力で他国との係争地を占拠する予定が…
財政部曰く、勇者の力を得て軍備を縮小して国庫を豊かにするはずが…
更に勇者のオーラが消えたせいか、魔王亡き後も残っていた魔人や魔物の発生が激しくなり、辺境は勿論、稀には王都まで攻めてくることが出てきた。
辺境貴族は魔物等の討伐に出征し、次々と帰ってこない者が出てくる。
辺境伯も魔人との戦いで命を落とした。
(あぁ、勇者が居てくれれば)
辺境伯令嬢や貴族子弟は心から後悔する。
徴兵や増税も行われ、王都市民からは王家への不満が公然と発言され、反対に勇者のことを持ち上げる風潮が起こる。
これまで勇者のことなど歯牙にもかけなかった者も掌を返すように。
王は勇者を放置した役人を処罰しようとしたが、不作為は罪にならずという宰相の説得で諦めた。
残る問題は、婚約者であった王女の扱い。
彼女が他の男と通じ勇者を見捨てたから、勇者が去ったという噂が根強く流れている。
王は彼女に勇者探索を命じ、連れ戻せれば罪には問わないと言った。
たとえ勇者が山に籠もっても獲物を取り町に出てくる必要はあると、王女は各地での優れた冒険者の噂を集める。
そういう噂を聞くと本人を見に行くが、人違いばかり。
もう人里には出てきていないのかと思い始めた頃、遠い僻地の貧しい北の国で魔人や魔物を一掃した若者がいるとの噂が聞こえてきた。
王女は戦士や魔法使いなど勇者と親しかった面々を連れてそこまで旅する。
その僻遠の国は噂と異なり、道路や水道などのインフラも整い、人々の顔も明るい豊かな国であった。
王女は、王国の名を名乗り、この国の王との面会を申し出る。
そして勇者らしき若者に会わせて貰おうと考えていた。
出てきたのは王女と年の変わらない若い女王。
「遠路はるばるのお越し、お疲れ様です。
王国には以前滞在させてもらっていました。とても懐かしい」
女王と王女は如才なく世間話を交わす。
「ところで、こちらに腕のたつ冒険者がいると聞きました。
王国の魔人退治をお願いできないかしら」
王女の本題に女王はにこやかに答える。
「それは私の夫でしょう。
今は学校にイジメ撲滅活動に行ってますわ。
学院でイジメにあったので、それを無くすことが夫の願いですの」
女王の言葉に嫌なことを思い出し王女は顔を顰める。
そこへ女王の夫の王配が帰ってきた。
やはり勇者であった。
彼は王女や戦士達の顔を見ると、何事もなかったように邪気なく笑った。
「これは王女様。また、懐かしい仲間たちじゃないか。
今日はどうしましたか」
「あなた、魔人が暴れているので退治して欲しいそうよ」
女王の言葉に勇者は頷く。
「お安い御用です。
用意でき次第向かいましょう」
近所に使いに行くような気軽な勇者の言葉に一行は驚く。
「それで対価にはいかほどお渡しすればよろしいですか?」
王女が小さな声で尋ねる。
これまで王国では勇者の派遣には足元を見て相当な金額を要求し、国庫を潤してきた。
「えっ、そんなものいりませんよ!」
勇者は驚いたように答えて、戦士や魔法使い達に自室で飲もうと声をかける。
その明るい自信に満ちた顔は、あの卒業式の暗い顔とは大違いだ。
彼らが出ていった後、王女と女王は会話を続ける。
「本当に代価はいらないと言うの?」
「弱者を助けるために勇者の力はある、これが夫の口癖です。
ですから本当にいりません。
必要経費もうちの持ち出しです」
そう言ったあと、ニッコリしながら女王は付け加える。
「でも、たいていの国は無償では申し訳ないと言って、夫の働きとは別に政府間交渉で何らかの御援助をいただくことが多いですけれど。
そこは各国のお考えに任せています。
ちなみに夫の功績と各国からの御援助は公表しています」
(この女狐が!)
王女は心のなかで思う。
そんなことをされたら、大国ほどそれなりの支払いをせざるを得ないではないか。すべてこちらに任されているというのがまた嫌らしい。
でも本当に知らん顔して何も出さなければ、次の危機の時に助けてもらえるかわからない。
勇者はともかくこの女王は二度のタダ働きは認めまい。
「勿論、我が国は恩知らずではありません。
貴国に必要なものを支援させてもらいますわ」
ホホホと二人の女性は微笑みあった。
夜、与えられた宿舎で王女と戦士たちは話し合う。
飲んでいる時に聞いた勇者の話では、同じパーティの連れに説得されて、山に入るのを止めて弱者を助けるために力を使うことにしたという。
そして困窮していると連れてこられた先がこの地だったそうだ。
「奴の話では、当初は魔人や魔物が暴れ狂い、荒れ果てた国だったらしい。
それを平定し、外からの多大な援助を得て、国の復興を果たしたという話だ」
「街の話では、女王は庶腹の出。
王家から邪険にされて腕自慢を連れて冒険者稼業をして諸国を歩き、王配と出逢ったそうです。
彼の働きを見て、父王は女王に位を譲ったとか」
(あのクソ女!
私の密かな野望を実現しているとは!)
王女は怒りのあまり顔を歪める。
「まあいいわ。
女王の許可も出たし、明日か明後日には勇者を伴って帰国する。
その道中でも滞在中でも勇者の心を取り戻して、我が国に戻ってもらえば良い。
そうすれば王国の苦境も無くなり、私の立場ももとに戻る。
幸い、あの女より私の方が遥かに美しい。
勇者も怒りが収まっているようだし謝罪して誘惑すればあの田舎者のこと、容易く戻ってくるだろう。
あの女も甘いこと」
王女はそう言って高らかに嘲笑う。
翌日、女王から呼び出しがあり、旅立ちの準備が整ったかと一同が喜んで向かうと、思わぬ知らせであった。
「早く討伐したほうがいいだろうと、既に昨晩のうちに夫はそちらの国に向かっている。
彼の力を以てすれば明日には着き、直ちに討伐するだろう。
皆さんにはよろしくと申していました。
さて、これで用件は済んだのでお帰り下さい。
そうそう我が国への支援のお話は手紙で結構ですよ」
ニコニコして言う女王の思わぬ言葉に頭が空白になるも、なんとかお礼を言って退出する。
確かにここに居ても仕方がない、早く帰国すれば勇者と接触する機会があるかもと急ぐ王女に、もう一度彼女だけの呼び出しが来た。
行くと、小部屋に女王だけが座っていた。
「ふふふ、夫を連れていけなくて残念ね。
どの国もすぐに彼を引き抜こうとするのよ。
でも、どんな好条件を見せられても彼は必ずここに帰ってきた。
どうしてだと思う?
あの人の心は治ったようでまだ壊れている。
ずっと誰かに愛され、見守られているという保証が欲しい。
卒業式のあとからずっと私は彼の側にいて、ともに戦い、寝起きし離れなかった。そして彼を勇気づけ、その力の使い方に自信を持たせたわ。
二年かけてようやく心を許したので、私は王女であることを打ち明けて、この国を支えていくので手伝って欲しいと頼んだの。
私はこの国をどうしたいかを彼に話し、彼の弱者や虐められる子を助けたいという考えも聞いたわ。
そして、二人で納得して信頼し合って今がある」
そこで言葉を切って、王女を見つめて更に続ける。
「ありがとうね、彼を捨ててくれて。
実はね、万に一つと思って、王国で勇者と知り合いになれないか狙っていたの。
この国は魔が強くて、魔人や魔物が多いから討伐を頼もうと思って。
そうしたら、うちのパーティに参加してくれたばかりか、国を出て山に籠もりたいですって。
王国の人には感謝しか無い。
援助金は安くていいわよ」
歯を食いしばり、睨みつける王女を見て、愉しげに女王は言う。
「勇者も力が強いだけの人間なのよ。
道具でなくて、自分の心があるのだから尊重し、信頼関係を築かなきゃ。
美貌や地位だけで動かない人もいる。
そして、私のお腹には彼の子供もいるの。
早く仕事を片付けて私と子供に会いに帰ってくるだって。
だから、いくらあなたが美人でも揺るがないわ。
まして裏切り女なんか鼻も引っ掛けるもんですか」
その言葉に王女は憤って叫ぶ。
「私は裏切ってない。
誤解よ!」
「話は聞いたわ。
ヒューズという男のことはともかく、婚約者らしいこともせずに、公爵の地位や権力固めを彼より優先したのでしょう。
それが裏切りなのよ」
言いたいことを言うと、女王はスッキリしたと言って出ていこうとする。
「待ってよ!
私の何が悪くて、あなたに攫われたのよ!」
王女の悲痛な叫びに後ろを向いたままで女王は答えた。
「道具じゃなくて一人の人間として向き合えばよかったのに。
あの力を使えば、あれができる、これができるだけで見られて嬉しい?
私達王家も一人の人間として見られないけれど、だからこそそういうことに敏感でなきゃ。
あなた、彼の好きな食べ物や楽しみにしていること、嫌いなこととか知ってる?
家族の中で妹さんと特に仲がいいとか知ってる?
数少ない彼との話は魔王討伐のことばかりだったそうね。
飼っている犬がどれだけ獲物を獲ったかみたいな気持ちだったんじゃないの。
それじゃあ気持ちが通じるわけもないわ。
昨日も他のメンバーと飲んだ話は聞いたけど、あなたのことは一言も言わなかった。
そういうことじゃない。
そうそう、こちらに勇者が骨を埋めれば、その持つ聖剣もこちらに移り、勇者は以後我が国から出るわ。
あしからず」
そう言うと女王はこちらを振り向き、いい気味というような顔をする。
彼女の愛する男への仕打ちに心底腹を立てていて、それへの意趣返しができたことに満足しているようだった。
王女はこれまで目を背けていた自分の罪を目の前に晒され、初めて勇者に悪いことをしたと悔い、嗚咽を漏らした。
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思ったより長くなりました。
勇者みたいな強力な人間兵器の扱いは難しいでしょうね。
王国も最初の囲い込みはうまくいったのに、そこから油断してしまい、横からトンビに攫われてしまいました。
戦犯の王女は帰国後、針の筵です。