陰謀の成就と勇者の怒り
上級クラスで虐められる勇者だが、実は辺境から来た下級クラスの生徒は領地を守ってくれた勇者に感謝し、密かに勇者を囲んだ集まりを持っていた。
それを率いるのは唯一人上級クラスの辺境伯令嬢。
彼女は勇者の力を目の当たりにしており、院長の話を聞いて密かに勇者を手に入れるべく動いていた。
(王女も含めて王家が勇者をいらないと言うなら、我が家で引き取りましょう。私の婿になってもらってもいいわ。
彼の力を使えば、王家の転覆も容易いこと。
勇者に政治はわからないから私が女王になるわ)
辺境伯令嬢は目を輝かせて女王となる夢を見る。
しかし、その動きは学院長に把握されていた。
(こういう奴が出ると思っていた。
あの力を見れば、誰もが勇者を欲しがる。
しかし、それを潰すのが自分の仕事だ!
甘いぞ小娘)
学院長は、教師に命じて辺境伯令嬢を呼び出させる。
渋々やって来た彼女に言う。
「勇者から手を引け!」
「何のことかしら?
院長の言う通り、彼とは接触していないわ」
反論する令嬢を学院長は鼻で笑う。
「この学院内のことはすべてわしの耳に筒抜けよ。
これまで何度も勇者との懇親会を開き、奴を手懐けて来たのはわかっている。
どうしても辞めないのであれば、お前に事故死してもらってもいいのだぞ」
強大な魔力を纏い、鋭く追及する学院長に、強気の辺境伯令嬢も顔色を青ざめさせながらもまだ言い募る。
「私になにかあれば父の辺境伯が黙っていないわ。
一学院長ごときが内戦の責任を取れるの。
ハッタリもいい加減にして」
「貴様が死んだところで辺境伯が挙兵までするものか。
せいぜい王がわしの首と和解金を差し出して終わりよ。
わしは勇者を潰して出世街道に戻ることに命を賭けている。
お前も命を賭けるか?」
辺境伯令嬢にそこまでの覚悟はない。
このままでも名門貴族と結婚して優雅な生活ができるのだ。
うなだれた令嬢に学院長はこれで見逃してやるといい、あることを指示した。
卒業式まであと三日となった日、苦痛な授業を終えた勇者は楽しげにある場所へ向う。
今日は彼に感謝し、親しくしていた辺境の友人達とのお別れ会の日だ。
勇者はこのときのために買い込んだプレゼントや飲食物を会場の場所に持ち込む。
(早すぎたかなぁ。誰も来てないな)
学院では見せたことのないニコニコした表情で勇者は待つが、時間を過ぎても誰も来ない。
2時間が経ち、勇者の顔がすっかり陰ったところへ、いつも虐めているクラスのメンバーがやって来た。
「お前、一人ぼっちで何をしている。
約束をすっぽかされたか。
お前みたいな田舎者に誰が友達になるものか」
嘲り笑う彼らの後ろから、辺境伯令嬢が辺境のメンバーを連れてやって来た。
「勇者さん、まさか本当にお友達になったと思っていたの?
あなたの騙されて喜んでいる姿が面白くてからかっていただけなのに、本気にして田舎者は嫌だわ。
そうそう、あなたがもっと早く魔王を討伐してくれなかったから、みんなとっても迷惑したの。
前の勇者様なら迅速に被害なくやっつけてくれたのに、あなたには困ったものね。
それで少し意地悪をしようとみんなで話していたの。
ごめんなさいね」
辺境伯令嬢に呆れたように溜息をつかれ、その後ろに並んでいる、これまで感謝されていたと思っていた辺境のメンバーも頷くのを見て、勇者の心の糸が切れた。
(彼らのこれまでの涙を見せての感謝は嘘だったのか。
辺境伯令嬢の言っていた、王家が冷たければ我が家にいらっしゃい、私のお婿さんになりますかという笑顔はなんだったんだ。
もうこの国の人は信じられない。
彼らは敵だ)
よく見れば、辺境伯令嬢や辺境の貴族子弟の顔は強張り、足は震えていることに気づいたかもしれないが、年若い勇者にはわからない。
「君達の考えはよくわかった」
それだけを言うと、勇者は出ていこうとする。
「自分の立場がわかったか、田舎者。
おい、ちょっと待て。
お前の持ってきたそのゴミは片付けていけ」
そう嘲笑いながらヒューズが勇者の肩に手をかけた時、勇者の雰囲気が変わり、髪は赤く立ち上がり、その瞳は深紅となる。
勇者は肩に置かれたその手を軽く掴み上げた。
「僕に触るな」
静かな声だが、ヒューズは悲鳴を上げて手を押さえて崩れ落ちた。
彼の手は砕けて手の形をしていなかった。
勇者の雰囲気はこれまでの気のいい田舎の若者から豹変し、戦闘経験のない生徒には立っていることすら難しいほどのオーラを感じる。
勇者パーティがいれば魔王に向かった時の雰囲気と同じだと気づいただろう。
勇者にとって、もはや学院は敵の巣窟であり、彼が攻撃しないのは武器を持たない人間にその拳を向けるなと騎士団長や勇者パーティから骨身に染みるほど教育されたためだけの理由。
勇者は黙って、自分の持ち込んだプレゼントと飲食物を袋に入れて立ち去り、ゴミ箱へ捨ててゆく。その姿は彼が学院の絆を捨てているように見える。
見守る生徒は悲鳴を上げ続けるヒューズを除き、勇者に呑まれて誰も声も出せず動きもできない。
勇者の姿が見えなくなると、生徒達は膝から崩れ落ち、辺境の下級貴族の子弟からは泣き声が漏れる。
誰もが勇者を心の底から怯えた。
しかし、その報告を聞いた学院長は笑って言う。
「ようやく感情を見せたか。
ではあと一歩じゃな。
仕上げはわしがやらねばならんな」
ヒューズの掌の骨は粉々になり、再生もできないと医師は診察した。
生徒は誰もが蒼くなって部屋に引きこもり、教室にも出てこない。
明日が卒業式という日に、学院長は一人教室で私物を片付ける勇者と会う。
院長は、彼を見て黒黒としたオーラを出す勇者に恐れずに近づく。
「勇者、少し話をしよう」
「僕に話すことはない」
けんもほろろに勇者は返す。
学院になんの未練もなくなった今、院長などと話す必要もない。
構わずに院長は話す。
「生徒を傷つけたな。奴の手はもう手の形をしていない。
意図してなかっただろうが、勇者の力は人外のもの。
お前の感情が少し高ぶるだけでこの始末だ。
人の世に暮らすには貴様の力は大きすぎることを学んだか」
口を開かない勇者を無視して院長は話しつづける。
「貴様が人とともに生きるならば勇者の力を封印せねばならん。
しかし、お前がいる限り、その力を利用しようとする者が近づき、甘言で騙そうとするだろう。
お前はごく普通の人間だ。
騙されない賢明さも暴れる感情を抑える冷静さもない。
利用され、或いは怒りのあまりに、いつかその力を爆発させて災いをもたらす。
それを避けたいならば人里離れた奥山で一人暮らすことだ」
「この力は僕が願ったものではない。
魔王を倒し、人を救った僕が何故孤独に暮らさねばならないんだ!」
勇者の怒りの声に、引っかかったかと学院長はほくそ笑む。
「恨むなら神を恨め。
心は普通の人間にその力は大きすぎる。
このままでは、表はお前を持て囃すが、裏ではお前を恐れ、利用しようとする者たちが跋扈し、お前自身もこの国も不幸となる。
後悔したくないならわしの言うことをよく考えよ」
その言葉を聞き、勇者は力なく去っていく。
(後は明日の卒業式でどうなるかだが、騎士団長の薫陶のせいか、奴は真面目で純真な若者、一晩考えればおそらく身を引くであろう。
ただ王女はうまく誘導しなければならんな)
学院長は腹の中で明日の算段をする。
翌日の朝一番で、学院長は久しぶりにやって来た王女と面会し、勇者の話をする。
「えー!彼がヒューズの手を粉砕したのですか!」
「そうです。
ゴミがどうのという些細なイザコザから怒りを爆発させて、そのような振る舞いに及んだと聞いています。
それを見た生徒はみんな勇者に怯えて震え上がっています」
「そう言えば私の友人にエドガーのことを聞くと、恐れ慄いてもう彼には近寄れないと言ってたわ」
王女は憂い顔で思い出す。
「彼は己の力を誇示し、教師の注意も聞きません。
どうか王女殿下から強くご注意下さい。
それがこれから王族として生きていく彼のためでもあります」
巧みな学院長の言葉に、王女はすっかりその気になる。
「そうね。
これから伴侶となる私が諌めなければならないわね。
早めに矯正しないと、貴族になり公の場でそんなことをすれば大問題となるわ」
王女がそう決意し、式場の生徒の席に向かうのを見て学院長はほくそ笑む。
「これで完全に心が折れ、奴も山に引きこもるであろう。
そうすればわしは王宮の顕官に戻れるわ!」
王女は卒業式会場で上級クラスの一番端に一人離れて座る勇者を見つけて近寄る。
勇者は気配を感じているはずだが、瞑目して王女の方を見ようともしない。
(以前会ったときは、すぐに気づいて目を輝かせて近づいてきたのに)
王女は不審に思うが、気にせずに話し掛ける。
「エドガー、何故ヒューズの手を砕いたの?
彼が気に喰わないことをしたかもしれないけれど、貴族社会は陰湿なところよ。いちいちそんなことをしていたら爪弾きにされるわ。
感情を抑えることを学びなさい。
まずはヒューズに謝りに行きなさい!」
王女の声にやっと反応し、目を開けた勇者は無表情に「嫌だ」という。
王女はここしばらく極めて多忙で寝不足でもあり、思わずカッとして怒鳴った。
「私の言うことが聞けないの!
これから王族や公爵になるのよ。
私が教えてあげなければ何にも知らないくせに、何を我を張っているの!
だから田舎者は!」
それは禁句であった。
王女も言ってからハッとして謝ろうとしたが遅かった。
「ハッハ、何も知らない田舎者か、それはそうだ。
この学院でもあなたからも何も教えてもらってないからな。
いや、虐められることと裏切られることをたっぷりと教えてもらったか。
王女様、あなたも酷い人ですね。
婚約者のはずの僕に好きな男が傷つけられたから謝りにいけと。
ひょっとして僕が虐められていたこともよくご存知だったのかな」
思わぬことを言われ、そしてその相手が昔噂されていたヒューズであったことから王女は狼狽する。
「なんのこと?
私は疚しいことなどしていない!」
「僕には会う暇も手紙を書く時間もなくとも、愛人には会う時間があるんだ」
王女の狼狽を図星をつかれたからだと誤解した勇者の髪と瞳が赤く光る。
魔王討伐モードのオーラを放ちながら立ち上がった。
王女は見たこともない彼の姿に腰を抜かす。
「この学院のすべてを破壊したいが、騎士団長の言いつけだから武器を持たない人間には攻撃しない。
せめて僕の気持ちを教えてあげよう」
勇者は聖剣を抜いて、遠く離れた魔法訓練場である小山に向けて振り抜くと、そこから出た衝撃波は小山を真っ二つに切り裂いた。
「お前達全員をこうしてやりたいが、今日はめでたい卒業式らしいな。
許してやるから二度と僕の前に姿を見せるな」
勇者はそう言うと、生徒席の前を一人ひとりを見ながらゆっくり歩く。
下級クラスは彼のオーラに当てられ、失神するだけだったが、上級クラスでは一際強くなった勇者の視線の前に、虐めを行っていた生徒は恐怖のあまり髪が白くなる。
更に教師の席では、勇者は「何も教えてくれなかったのに支払わされた授業料の代わりに、せめて最後にあなた達に模擬戦の相手をしてもらおうか」と言い、全員にかかってこいと命じる。
殺気を纏う勇者を見て、攻撃しなければ殺されるという恐怖から、教師は一斉に魔法で、剣で、弓でそれぞれ攻撃するが、煙が収まったあとの勇者には傷一つない。
「それでも教師ですか?
少しだけ教えてあげるよ」
勇者の手から出た風刃で教師達の腕や足が飛んでいく。
ギャーという声をバックに最後方の学院長と対峙した勇者は震える院長に優しく話し掛ける。
「あなたには勇者の生きる道を教えてもらった。
それは一理あると認めよう。
確かに騎士団長達が求めるような勇者の力に合った精神力を僕は持てないようだ。
しかし、それならば隠退する前に、最後に普通の人らしく少しは復讐してもいいとは思いませんか。
あなたにはその教育への感謝の気持ちを込めて胴上げで済ませて上げよう」
学院長は持ち上げられて、そのまま遥か空高くに飛ばされた。
「着陸は自力でできるでしょう。
では、もう会うことはないでしょう。
お達者で」
学院長は魔法で軟着陸しようとしたが、遥かな高みからの急加速に耐えきれず瀕死の重傷を負った。
勇者は阿鼻叫喚の卒業式の会場を後ろにして一人出ていく。
その後に、大騒ぎとなった会場へ王や宰相、騎士団長達が何事かとやって来て、その惨状に言葉を失った。
3話で終る予定だったのですが・・
次で完結です。