役人の性と無能な働き者
魔王討伐の祝賀会が開かれた。
そこで勇者は高位高官に囲まれ、祝いの言葉を次々とかけられる。
祝杯を干せと言われて酒を初めて飲む勇者は酔って真っ赤な顔となる。
その隣で魔王討伐をともにした第二王子や勇者パーティの兄貴分の面々がその様子を微笑んで眺めている。
宴もたけなわな頃、王が立ち上がって大声で言う。
「皆の者、勇者は見事に魔王を討ち取ってくれた。
その功に報いるため、彼を公爵、騎士団副団長、王相談役に任じ、王女を降嫁させる!」
出席者は歓声と拍手で応える。
そこで王は一息ついて笑顔を見せて言葉を続ける。
「ただし、それは王女が貴族学院を卒業する一年後とし、その間、勇者も貴族学院に通い、貴族の礼法を学ぶとともに学生生活を楽しんでもらおう。
ナンシー、頼んだぞ」
「畏まりました。
我が婚約者のこと、お任せください」
王女が恭しく頭を下げる。
「それはいい。
エドガーは13歳で王都に来てから訓練と戦闘しかしてこなかったからな。
是非一年間ゆっくりと気楽な学生生活を楽しんでくれ」
騎士団長も王の思いつきに賛成する。
彼らは公職につく前の楽しかった学生時代を思い出し、勇者への褒美として与えることにした。
「はぁ」
これまで学生生活などしたことのない勇者にはわからなかったが、善意での贈り物だということは理解した。
祝賀会が終わったあと、参加者は三々五々に解散する。
王家、騎士団長、宰相、勇者パーティ達が勇者に声を掛けて、去っていく。
勇者は一人取り残された。
(あれ、僕は何処に行けばいいのかな)
王都に来て以来、どこに行くときも人が付き、行動を指示されてきた勇者は初めて一人ぼっちとなり、戸惑った。
「アンタ、掃除の邪魔だから早く出ていって」
冴えない田舎者風の勇者を誰かのお付きと思った召使いに邪険に言われ、勇者は手荷物をまとめた行李一つ持って王宮を出る。
(うーん、どこに行くかな?)
初めての自由に勇者は解放感と淋しさを感じるが、まずは王都を歩いていく。
これまで知らなかった王都の街並み、商店、道行く人々、すべてが物珍しい。
この街や人々を自分が守ったかと思えば誇りに思える。
やがて腹が減り、小汚い食堂に入る。
懐中には実家を出る時に持ってきた小銭しかない。
勇者に必要なものはすべて用意されて、金など渡されたことはなかった。
食堂で安い飯を食べていると周りの話が聞こえてくる。
「勇者が帰ってきたんだって。
先日は勝利パレードしていたけど、俺たちには関係ないな」
「魔王なんてホントにいたのか?
王都には何も影響なかったしな。
それより魔王討伐の為に税金が倍になって迷惑したぞ!
あの勇者が私腹を肥やしているんじゃないか?」
「あの勇者って冴えない田舎者よね。
隣の王子や戦士、魔法使いはカッコいいのに。
勇者なんて引っ込めばよかったわ」
誰一人勇者を褒める人はいない。
王都を守ったと自負していた勇者はガックリと項垂れて店を出た。
外は暗くなっている。
勇者はここで泊まろうと公園で転がった。
野宿は魔王討伐での日常で慣れている。
「こら!
ここで寝てはならん!」
衛士が怒鳴りつける。
「すいません。
安い宿は何処かにないですか」
衛士の教えてくれた木賃宿に勇者は向かう。
そこで銅貨を払い、虱を浄化してから労働者達と雑魚寝して彼は寝た。
次の日、勇者は貴族学院を訪問する。次に自分の行動を教えてくれるのは学院かと思ったのだ。
そこで学院長に会い、事情を話し、今後の身の対処を尋ねると院長は考え込んだ。
(魔王討伐を成功させ、未来の王女の婿にして公爵が約束されている勇者を身一つで放り出す?
王や高官の何らかの思惑が無ければありえないことよ。
おそらくは、勇者への褒賞が惜しくなり、この一年で虐めて辞退や隠退に追い込めということか。
確かにこの田舎者にあの美しい王女殿下は釣り合わんし、公爵や副団長の就任も反対は強いだろう)
そういう目で見ると、少し前に王宮に呼ばれて、勇者の面倒を頼むと王直々に言われたことも実はそういうことかと裏読みする材料となる。
この男は優れた魔力と行動力を持っていたが、野心と思い込みが激しく、独断でのやり過ぎを咎められて王宮のエリートコースから学院長に異動されていた。
王としては反省を促し、また戻してやるつもりだったが、本人は意気消沈し王宮への復帰を強く願っていたところに、勇者がやってきた。
捲土重来に向けて大きな手柄を立てねばと焦る男は、王の意志を勝手に邪推し、勇者の不当な扱いを王宮に報告することなく、逆に彼を追い込むことを策謀する。
一方で、院長は王宮中枢にいただけあり、勇者の力はよく承知していた。
(勇者を怒らせれば国の破滅となる。
王や重臣が表立って言ってこないのは暗に意を推察せよということか。
なるほど、うまく行かなければ王は知らないこととして俺を切り捨てる。
そのリスクを負って勇者を追い出せれば出世させてやるということだな)
王宮の暗闘に慣れた院長はそう深読みした。
しかし、事実は単なる役人の縦割りの間に落ちただけであった。
勇者という官職はない。
エドガーはこれまでは特別騎士団員として処遇されていたが、戦いが終わり職を解かれた。
一年後には公爵兼騎士団副団長を約束されているが、今は何の役職もなく、単なる田舎の男爵子息にして貴族学院生徒である。
そんな彼の面倒を見ることを仕事とする役所はなく、己の所掌以外は見て見ぬ振りが役人の性。
もちろん王が宮内省でも騎士団でも指示すれば、たちどころに豪邸を用意され、たくさんの従者が世話をするだろう。
しかし何も言われなければ役人は己の仕事以外は手を出さない。
よって勇者は放置された、それだけのこと。
さて院長は、田舎から来た迷子のように困った顔をした勇者に言う。
「まずは入学金と授業料が必要だ。
そして制服や教科書代、その他諸々の費用、総額は千万ゼニーか」
「はあ?」
いきなり金の話を言われた勇者は唖然とする。
それも家が買える大金だ。
「それだけ払わねば学院には入学できないと言っているのだ。
都合できるのか」
「いやー、どうかなあ。
払わなければ入学しなくていいのかな」
勇者は学院に思い入れはない。
入れなければ故郷に帰るかと思った。
「貴様、王命を破るのか!
親から借金するなりして必ず用意しろ!」
院長はそう怒鳴りつけて勇者を追い出す。
確かに貴族子弟はその額を収めるが、王族は不要。
王女の婚約者であれば院長の裁量で王族扱いとできる。
しかし、院長はあえて勇者を困らせるために金を納めるように求める。
規則の範囲で困らせることなど長年の役人にはお茶の子さいさいであった。
困った勇者は何故こんな苦労をさせるか疑問に思うが、騎士団長の言葉を思い出す。
「立派な勇者になるには修行が必要だ!」
そして多くの騎士と倒れるまで試合させられたり、魔人と一人で戦わされたり無茶振りをされたものだ。
(そうか!
これは王女と結婚するための修行か!)
前向きとなった勇者は故郷で小遣い稼ぎに獲物を獲ったことを思い出す。
「そうだ。
山で狩りをしよう!」
たとえ危険なビックベアでもサーベルタイガーでも勇者の能力をすれば捕獲は簡単なこと。
勇者は二日ほどで高価な獲物を狩りまくり、市場で売って必要な金を用意する。しかし、それは同時に王都の肉や毛皮の値段を暴落させ、無許可の狩りについて冒険者ギルドから強い叱責を受け、二度と乱獲しないように厳重注意される。
なんとか無事に入学した勇者を待っていたのは、男爵子息に適した下級貴族クラスへの編入。
下級クラスに入ったことに勇者は全く不思議に思わなかったが、それを知った王女は激しく抗議した。
「私の婚約者であり、公爵となる彼に失礼でしょう!」
学院は慌てて上級貴族クラスへと移すが、男爵家の振る舞いしかできない勇者は伯爵以上の子弟からは異物であり、そして王女の婚約者という嫉妬の対象であった。
院長は教職員と、王女を除く生徒会役員などの有力生徒を集める。
「勇者が入学してきたが、協力して奴を苛め抜いて心を折り、退学に追い込め」
「はあ?」
教員や生徒は唖然とする。
「勇者の力は強大。
それを悪用させないために奴を使えなくするのだ。
これは王の隠れた意志である。
逆らう者は処分を覚悟せよ」
院長は強引に話を進め、彼らに強要する。
「せめて王女殿下に確認させてください」
王女の友人が言うが、院長は「その必要はない。表向きは王家は知らぬことであり、これは我らの責任で行うのだ」と一蹴する。
院長の意を受けて、勇者には誰も話しかけず、挨拶も返さない。
友人もできない勇者は常に孤独であり、これまで教育も受けていないため授業もついていけないが、教師はフォローもせずに嘲笑うのみ。
王女は偶に彼と食事をともにし、魔王討伐の話を聞くなど交流するが、彼女は生徒会の会長で、王族の仕事もあり、更に来年からの公爵領の統治に向けた勉強や高位貴族との社交などで多忙であり、登校する日も少ない。
王は勇者には武力しか期待しておらず、領内統治や貴族との社交は王女の双肩にかかっている。
彼女には、勇者の手綱をとること、公爵領を経営し王家の役に立つこと、社交界で王族に有利な世論を作ることという大きな役割が与えられており、その任務に向けて全力を挙げていて、勇者の様子を伺う余裕がなかった。
その為、勇者のことは気になりつつもほぼ放置ということになった。
彼女はやむを得ず、クラスメートに彼と友人となってくれるように頼む。
それを受諾した高位貴族子弟の顔には薄暗い笑いがあった。
一人の生徒を虐めることに嫌悪感を抱く者もいたが、王命と言われれば逆らえない。
そして彼らは遠く離れた魔王討伐の現場を知らず、勇者の実力も考えない。
勇者を怒らせたらなど、勇者パーティのメンバーは考えただけで怖気を振るうだろう。
勇者へのシカト行為の次は、裏切りで心を折る。
そろそろ次の段階かとクラスメートは勇者に話し掛ける。
「友人になろう」
孤独に過ごしていた勇者は喜んでそれに応じた。
しばらく勇者は貴族子弟と談笑し、楽しく過ごす。
彼らは王都の歓楽街に勇者を連れていき、高価なショッピングをし、飲食を、賭博を教え込む。
そろそろいいかと、ある日彼らは勇者を連れて高級レストランに行き、散々注文し、勇者の洗練されていないマナーを嘲笑う。
その挙げ句には、「友人になった印に、ここの支払いとこれまでの授業料を君にお願いするよ。ただし、そんなマナーでは今後は友人関係は考えさせてもらうが」と言い捨てて、退席する。
残された勇者の呆けた表情を笑いものにして。
そして残された請求書にはこれまでのツケがすべて入っており、天文学的なものであった。
困った勇者は紹介された高利貸しから大金を借りる。
そして借金返済に冒険者ギルドに行くが、山での狩りは禁じられ金儲けの方策が見つからない。
困り果てて頭を抱える勇者に声をかけるグループがいた。
「お困りですの?」
そこには可愛らしく微笑む美少女とその後ろに三人の同年代の男女がいた。
大金を稼ぐ必要があるという勇者の話に、少女は頷き、「では一緒に狩りをしませんか」という。
首を傾げる勇者に「狩りと言っても賞金稼ぎです。クマやイノシシよりずっと割がいいですよ」と少女は言う。
怪しそうだが選択肢はない、勇者はパーティに入れてもらうことにする。
「まずは魔物討伐ですかね。
あなたの実力を見せてもらうわ」
模擬試合で実力を認められた勇者は、少女の指示でパーティであちこちに転戦する。
そのメンバーは、索敵、魔法使い、盾役、回復役に、主力の勇者が加わる。
まるで勇者のためのパーティであった。
勇者はそこで初めて友人というものを得た気がした。
魔王討伐は周りに導かれるままに動いていたが、ここでは勇者に意見を求めて、対等に話し、時には口論し、また仲直りする。
(楽しいなあ)
魔王は居なくなっても魔人や魔物はまだまだ出現し続けていた。
彼らとの戦いは勇者の最も得意とするところ。
そしてそのずば抜けた実力に感謝するもの、利用しようとする者、嫉妬する者、勇者は生の人間に触れて社会を勉強する。
遊興の借金を支払い終わってもパーティを組み続けた。
勇者はそこに通学する意味を見いだせなかったが、なんとか通学を続ける。
今や勇者は公然と侮辱され、馬鹿にされ、暴力を振るわれていた。
彼の机には落書きがあり、頭から水をかけられ、足を引っ掛けられる。
女子生徒に囲まれて、田舎者、王女に似つかわしくない、目に入るなと嘲笑され、時には襲われたと訴えられる。
教師も彼を標的とし、難しい問題の回答に指名し、できなければ立たせて馬鹿にし、彼はこの学院に相応しくない、それを思い知らせるようにといじめを扇動する。
騎士団長から、その力を決して人に向けるなと言われていなければ勇者は爆発していただろう。
それでもパーティでの息抜きと王女への想いだけを頼りに彼は学院に通う。
王女は卒業が近づくにつれて、卒業式や下賜される新領地や屋敷の準備などで多忙を極め、更に教師やクラスメートの妨害で勇者との接触は皆無となった。
ただ、友人から勇者の健在を聞き、安心していた。
院長は、卒業までに勇者を辞めさせるつもりが、未だに通学していることに苛立ちを隠せない。
「もはや手段を選ぶな!」
呼び出したのは、王女との噂を自ら流したヒューズ。
ヒューズは勇者のいる部屋の隣で、王女に似た女子生徒とのラブシーンを演じ、彼に見せつける。
「ヒューズ、愛しているわ。
あの勇者と結婚しても付き合ってね。
あなたの子供も産んであげる。
勇者の子を装えば次期公爵よ」
その言葉を聞かせて、勇者はどんな表情かとヒューズはほくそ笑みながら彼を見る。
勇者は能面のような顔をして、そのまま外に出ていった。
その握りしめた拳からは血が流れていた。
その数日後に卒業式が開かれた。
そこで院長は勇者を追い込むために最後の手段を用意していた。