王の野心と目論見
「魔王が出現しただと!」
王が大声を出した。
魔王とは世界の瘴気が溜まり現れると言われている。
魔王出現は平均すると50年に一回、前回の出現から70年を経過しており、いつ現れてもおかしくなかったが、言われるのと実際に出てくるのとは別である。
「ハッ、神殿にて巫女からそのような託宣がありました」
大司教が答える。
(あゝ、わしの治世では出ないでくれと願っていたのに)
王は胸の中で嘆く。
しかし、事態は事前のシミュレーション通りに動かすしかない。
「宮内大臣、王家の血を引く者を全て洗い出せ。誰かに勇者の印が出ているはずだ。
軍務大臣、辺境への警戒を厳重にしろ。
魔人・魔物が活性化するぞ。早めに掃討するのが良いかもしれん。
財務大臣と予算の相談をせよ。
それぞれ動け!
宰相と騎士団長は残れ」
重臣はそれぞれの勤務場所に急ぎ、宰相と騎士団長だけが残る。
「何故余の治世で魔王が生まれたのだ!
あと十年も経てば引退するつもりだったのだが・・・」
「仕方あるまい。
お前の治世も十数年を超え円熟していたところで良かったと思おう。
魔王討伐はこれまでに長い年月のものノウハウが蓄積され、プランはできているのだろう。
わしは詳しく知らん。教えてくれ」
余人がいない時は友人に戻ってくれという王の頼みで団長は気さくに話をする。
「魔王討伐とは、勇者を養成して魔王を討伐することだが、そのプロセスが大変なのだ。
獅子を退治するために虎を育て、思いのままに動くように手なづける。その飼育員の苦労だ。
魔王討伐には数百年、いや千年以上の記録がある。
これまでの失敗を見ると、まず勇者が魔王に負けて国が滅びることが多い、そして勇者が勝ってもそのまま反逆されて王家を倒され、簒奪されることもある。
更に勇者を迫害又は殺し、勇者の仲間や民衆に反乱され内戦となる場合もある。
つまり、まず勇者を育て魔王に勝つことが第一段階、次に勇者を上手く手懐け、王家に仕えさせることが第二段階。
どちらも上手くやらねばゲームオーバーだ」
宰相が説明する。
「上手くいくとはどんな例だ?」
団長が尋ねる。
「勇者が王女を娶り、貴族として一門に連なることかな。
その場合はだいたい辺境の大領を治める大貴族となり、我が国の軍事の主力を担うこととなる」
そこで王はニヤリとする。
「勇者の武力は強大だ。
うまく手綱をつけられれば隣国との力関係で圧倒的に有利。
しかも軍事費を大きく削減できる。
勇者と良好な関係が築ければ数十年間にわたり覇権を握り、王は覇者となれる。
今も我が国が恐れられているのは勇者が生まれる場所という為だ」
「なるほど。
勇者はどう使うかによって国が栄えるか滅びるかというジョーカーか。
細心の注意が必要だな」
騎士団長の言葉に王も腹を決める。
「その通り。
ハイリスク、ハイリターンだが、魔王が現れた以上覚悟を決めるしかない。
お前達、助けてくれ」
三人は今後の動きを相談する。
「勇者が発見されたらまず王女と婚約させて紐付きとするか。
幸い我が娘は結婚前で王妃の血を継いで美しい。
勇者も嫌がるまい」
王に続けて騎士団長も言う。
「次に、勇者に付くパーティ仲間は王家に忠実なものにしなければな。
戦士には俺の息子をつけよう。
魔法使いは宰相の息子を、僧侶は王家一門から教会に入った者がよかろう」
宰相も続ける。
「勇者といえ、心は普通の若者と同じよ。
丁寧に扱いきちんと馴らしておけば牙を向くことはあるまい。
なまじ持ち上げすぎて傲慢としてしまう、また警戒しすぎて虐めて恨みを買う、そういうことがないように気をつけねばならん。
あとは勇者を利用しようと近づいて来る者を警戒すれば良い」
三人は頷き解散する。
しばし時間を要してから、勇者の印を持つ者が発見された。
王族でも最も遠縁で、辺境の小貴族の息子であったため時間がかかったのだ。
早速王都に呼ばれて、聖剣の場に行かせると見事にそれを抜いた。
それを確認して王や重臣は彼と面会する。
「歳は14、顔立ち、体格、頭の回転も平凡だな」
宰相が印象を述べる。
「過去の記録もそんな感じだ。
勇者とは外見でなく、限界のない努力が特徴だ。
いくらでも努力できる、そしてそれを可能とする無限の体力と魔力と精神力。
その素質をうまく伸ばさねばならん。
彼は俺の家で預かろう。
幸い年長だが息子がいる。兄貴分として指導させればよかろう」
騎士団長が提案し、王も同意した。
王宮で預かっても親身で世話をする者がいない。
それならば騎士団長の家で家族として面倒を見てもらえば良い。
「王女との顔合わせを急ごう。
歳も王女が1歳下でちょうどよい。
変な虫が付く前に、王女への恋情を持ってもらわねばならん」
王の言葉通り、数日後に勇者と王家との顔合わせが行われた。
その前に王は家族に対して、勇者が魔王討伐の主力であること、魔王討伐が成功すれば勇者と王女が結婚して王家の一員になること、そのつもりで親切かつ温かく彼を遇することを強く話しておく。
「わかりました!
では彼の魔王討伐の為の準備を万全に図ります。
そして勇者には僕の懐刀として頑張って貰えるよう仲良くします」
既に成人し政務も手伝っている王太子は事態の重要性を察して、王の意を体した答えを返す。
「では僕は彼のサポートに回りましょう。
田舎の小貴族では何かとわかりますまい。
ともに魔王征伐に赴き、ロジスティクスを担います」
第二王子が言う。
二人の答えに顔をほころばせる王であったが、王女の方に顔を向けると、彼女は黙って俯いていた。
「どうしたの?」
王妃が声をかけると、王女は恐る恐る話す。
「私はてっきりヒューズ侯爵の嫡男に嫁ぐのかと思っていたのですが・・」
ヒューズ侯爵といえば指折りの名門貴族だが、その当主は親の定めた許嫁を捨て、傾国の美女と言われる男爵家の娘を娶り、そこからめっきりと勢力を落としている家だ。
家格で言えば王女の降嫁もおかしくないが、今のヒューズ家になど王は考えたこともない。
「何故そんなことを考えたのだ?」
聞くと、ヒューズ家の嫡男は母の血を引き、絶世の美男であり、王女とは王国一の美男美女のカップルとして貴族学院では噂されているらしい。
「馬鹿な!」
王はそう吐き捨て、そんな噂を流した者とその動機を考える。
言うまでもなく、ヒューズ家だろう。
王女の降嫁で落ちた格を引き上げようとしているのだ。
「ナンシーよ。
王族の結婚は個人の好悪で決められないとは言ってきたな。
我らは民の血税で暮らしている。
その対価に我らは国の役に立たなければならない。
もちろん結婚もそうだ。
胸に刻んでおくように」
王はそう言って政務に戻るため席を立つ。
あとは王妃が言い聞かせてくれるだろう。
勇者と王家の懇親会は概ねうまく進んだ。
王家に気後れし、話あぐねる勇者に対して、王と王妃、そして王子達は巧みな話術で話を弾ませる。
気を許した勇者と王家は楽しく歓談するが、王女は頷くだけで口を開かない。
王はそれに気づいていたが、構わず勇者に王女を紹介する。
勇者は王女を見て、その美しさに顔を赤らめた。
(これだけ見ればただの田舎貴族の子供だが・・)
しかし、その実態は世界に二人といない絶対の力を有する勇者。
王の厳しい視線に気づき、王女は物憂げに語りかける。
「エドガー様、踊りましょうか」
しばし話をしたが、勇者は照れてあまり言葉が出ない。
話が続かないと見たのか王女はダンスに誘う。
勇者は赤い顔のまま覚束ない足取りで王女と踊る。
その嬉しげな様子を見て、王は釣り針に魚が掛かったかと安堵した。
それから勇者は騎士団長の家に引き取られ、日々戦闘訓練を行う。
その横には戦士たる騎士団長息、優れた若手魔法使いである宰相息、回復魔法の達人で僧侶である王の甥が並び立つ。
彼らはみな成人であり、年長者として勇者を指導している。
幸い魔王もまだ活動の様子はなく、世の中は平穏であった。
「勇者はどうだ?」
半年が経過した頃、王は騎士団長に尋ねる。
「勇者とは化け物だな。
戦闘術、魔法いずれも覚えはよくないが、一度教えられたことについては、起きている間の時間をすべて訓練に費やし、必ずものにしている。
あんな男は見たことがない」
「そろそろ実戦に出すか?
魔人の活動が盛んになってきた。辺境から救援要請が来ている」
「よかろう。勇者も一通りの戦い方は覚えた。
実戦から学ぶことは多いだろう」
勇者はいきなりの実戦に不満を言うことなく、喜んで戦場に向かう。
その戦いぶりは朴訥で不器用なものであったが、苦戦をするたびにその戦訓を生かし、次には改善していた。
辺境出身の小貴族らしく民の暮らしに気遣い、被害が出ないように、民を救う為に懸命に働く。
戦士達勇者パーティは当初明らかに勇者がお荷物であり、彼の民への思いやりも余計なことをと考えていたが、めきめきと勇者は実力をつけ、メンバーは彼を見直していた。
勇者パーティの実戦の習熟とともに、魔王もいよいよ活動を開始し始めた。
その威力は街を破壊し、地域に大きな被害を与えていく。
「いよいよ勇者パーティに旅立ってもらうときが来た。
魔王討伐を頼む」
王の言葉に続き、王女が見送りの言葉を送る。
王女は王妃によほど言い含められたのか、しばしば王都に戻る勇者との逢瀬の場に出向き、笑顔も見せるようになっていた。
王族は皆それを見て安心し、彼との仲を深めたと見えたところで婚約を公表していた。
「王陛下、王女殿下、必ず魔王を討ち取り戻ってまいります」
勇者は誓いの言葉を述べ、王女の手を握る。
一行を宰領するのは第二王子。
兄の王太子と連絡しながら、勇者パーティの行程を計画し、その便宜を図る。
王都は民衆が溢れて勇者パーティに声援を送る。
「勇者、頑張って!」
「勇者パーティ万歳!」
勇者は明るく手を振り、馬に乗って旅立つ。
「勇者エドガー、王都に被害が出ないように辺境で魔王の配下を討っていくぞ。
そうすればこの笑顔を見せる王都の民へ被害が出ないだろう」
王家への非難が出ないように王都を守れという王の命を受けて第二王子が指示をする。
「わかりました」
勇者は素直に頷く。
それから3年間勇者パーティは辺境を巡り、魔人や魔物を討ち果たしていく。
魔王を直接目指せばもっと早く終わっただろうが、第二王子の指示通りに各地を転戦して戦い続け、勇者は成長する。
最後に本拠の魔王城を攻め、勇者はあっさりと魔王を討ち果たした。
その時には勇者パーティではなく、勇者単独で魔王と戦えるほど彼の実力は突出していた。
その報を聞き、王は宰相と騎士団長と祝杯を上げる。
「これほど順調に被害少なく魔王を討伐したことはあるまい。
かつ勇者は我が命に従順にして、今後王族として駆使できることも確実。
今後余は覇王として世界に君臨できるな」
勇者と王女は互いに定期的に手紙のやり取りがあり、長期間の不在であっても気持ちは離れていないと聞いている。
「では第一段階は大成功、第二段階も成就間違いなしということですね」
「めでたいことだ。
我が王の覇権に乾杯!」
宰相と騎士団長が王を祝福し盃を干す。
宮廷は祝賀ムードに溢れていた。