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剥がれ落ちた一つ目の仮面


美麗の家に着くと、予想通りに広大な敷地に異常にでかい屋敷、邸内は何処を見ても絢爛豪華な物ばかりが周囲を埋め尽くしており、その中で僕は案内されるがままに美麗の部屋に通された。


「そこのソファーにでも座って下さいな」


「ああ」


僕は言われた通りにソファーに腰掛け、美麗はそのソファーの近くの椅子に座った。


「ここまでで我が家の事は少しは理解できたでしょう?」


「まぁな、美麗の家が異常に金持ちだって事がよく分かったよ」


「クスッ、確かに簡単に言ってしまえば、そうなりますわね」


チッ、頭が痛くなってくる。早くこの件に片をつけてしまおう。一刻も早くこの現実離れした状況から脱したくて仕方ない。


「早く本題に入ってくれないか?」


「それもそうですわね。それでは本題に入らせて頂こうと思うのですが、その前に正直もう耐えられませんので、私も本来の喋り方に戻らせてもらいますわね」


「ああ」


今の喋り方が通常じゃなかったのか、普通にあの口調で喋っていたから、いつもあの喋り方なのだと思っていた。


「はぁ~しんどかった。やはり何処ぞの高慢ちき高飛車お嬢の喋り方は性にあわん、もう二度とごめんじゃ。あ奴はよくこんな喋り方が続くものじゃ」


「え?」


何だこの変わりようは……。まるで中身が変わったみたいに、さっきまでとはまるで感じが違う。


「何をそんなに驚いておる?これが本来の妾じゃ」


「妾って……。一人称まで違う上に、かなり変わった喋り方だな」


さすがに変わり過ぎだろう。喋り方一つでここまで変わるものなのか?


「もう良かろう。本題に入るとしよう」


「あ、ああ」


「何から話そうかのう、まずは何故無月が妾の家に来なければならなかったのか、それは妾の事を知ってもらう為ではなく、単に妾が面白い物事が好きでな、よく占いで面白い事を探しておるんじゃが……。ちょっとした手違いで妾の運命の相手なんぞ占ってしまってな、占った以上、確かめに行かなければならんと思って知り合いのお嬢の喋り方を真似て無理やり此処に連れて来たと言う訳じゃ!この喋り方における勢いは目を見張るものがある。多少ぶっ飛んだ話でも勢いでカバーして、ながされやすい人間はあれよあれよと誘導されてしまう。妾もよくながさられてしまっておるくらいじゃ。そしてその作戦が上手くいき、今に至る訳じゃ」


「は?」


「つまり、妾の運命の相手である無月がどう言った人間なのかを確かめるため、性にあわない知り合いの高慢ちき高飛車お嬢のフリをして接触し、自分が何を言っても伝わらないものと悟らせ、勢いで妾に無理やり付き合わせるという作戦じゃよ」


つまり僕は、美麗の策にまんまと引っかかったという訳か……。だが、だとすると夫というもその勢いとやらの一貫で、僕を引っかけるためだけの口実に過ぎなかったのだろうか?それなら良いんだが、


「じゃあ僕は別に美麗の夫にならなくても良いんだな」


「何故そうなる?まだそうとは決まっておらん。確かにあの際に口にした夫という言葉は勢いで無月を引っ掛けるために使っている口実に過ぎないものと思われるかもしれんが、無月が妾の運命の相手であるという事が変わらん以上、一概にそうとも言えないであろう」


「……じゃあ美麗はまだ僕に自分の夫になれと言うのか?」


はぁ、あまり変わってないな……。変わったのは美麗の喋り方くらいなんじゃないか?


「そうじゃな。だが実際に無月が妾の婿になるかどうかはこれからするゲームで決める」


「ゲーム?」


「言ったであろう。妾は面白い物事が好きだと、故に無月がこれから始めるゲームに勝てばもう二度と婿になれとは強要せんし、かつ何でも言う事を聞いてやろう。じゃがもし無月がゲームに負けたら……その時は」


「分かった」


要はゲームに勝てば良いんだ。それだけだ。それにここでゲームから逃げたりでもして、妙な因縁をつけられても困るし、そもそもこのやたら広大な敷地と、バカでかい屋敷から自分一人では出られない。此処に来てしまった時から僕に逃げ場などないのだ。


「ゲームはとても簡単じゃよ、コイントスじゃからな」


「そんなんで良いのか?」


「良いんじゃよ。これなら経験も知識も関係ない。互いに運だけの勝負じゃ」


「分かった」


「決まりじゃな、このコインの男の顔が描いてある方が表、女の顔が描いてある方が裏じゃ。そして無月がはじめに表裏を答えるが良い」


美麗は席を立ち、近くの机の引き出しから一枚のコインを取り出し、そのコインを僕に向かって見せ、どちらの絵が表裏かを説明した。


「良いのか?先に答えても……」


「別に構わん」


わざわざ僕に先制を渡すなんて、一体何を考えてる?


「それじゃあ、始めるかの、ゆくぞ、はい!」


美麗は軽く握った右手の親指の上にコインをのせ、それを弾き、宙のコインが手元に戻って来たら、左手の手の甲で受け止め、そこに右手を手早く重ねた。


「表」


ほんの一瞬、男の顔が見えた気がする。


「じゃあ、妾は裏じゃな」


そして、美麗は左手の甲に重ねた右手を静かに離した。


「男の顔だから」


「表じゃな」


僕はゲームに勝ったのか……。はぁ、良かった。


だけど、何故だろうか、あまり勝った気がしない。むしろ勝たされた様な感じがするのは……。


いいや、考え過ぎだ。何はともあれ僕は勝ったのだ。これで美麗の夫にならなくて済む。


「僕の勝ちだよな?」


「そうじゃな、無月の勝ちじゃ。もう妾の婿になれとは言わんよ。さぁ願いを言え。何でも聞いてやろう」


願い?どうする?これと言って……。


……賭けにでるか。美麗に詩音や真衣の事を話すという大きな賭けに……。


「それなら……」


僕は大きな賭けに出た、美麗に何故か詩音や真衣について話すと言う、馬鹿みたいな賭けに……。


「クスッ、ハッハッハッハ、実に面白いのぉ。久しくこんなに笑わせてもらった」


「人が真剣に悩んでるんだ。笑うな」


「すまない。つまり無月はその詩音という名の恋人がおらず、真衣という名の後輩とともに勉強もしていなかった、以前ようなまっさらな状態になりたいと言う事じゃな?」


「ああ」


「何故そうなりたいかは分からんが、要は妾に自分一人では解決出来ないような事が起こった時に手を貸して欲しいと?」


「その通りだ」


今後、確実にこのままでは自分一人では解決出来ないであろう問題が生じてしまう筈だ。あまり考えたくはないが……。


そんな時に協力者がいれば、いくらか楽に解決出来るだろう。僕はそれを美麗に頼んだ。


「フッ、良かろう!これより妾は汝の道具となろう」


「道具?」


誰も道具になれとは言っていないんだが……。


「妾に自分の言う事を聞いて欲しいのだろう?それなら道具と対して変わりあるまい」


「ん?そうか?」


「そうじゃよ。困った時はいくらでも頼るが良い。出来ない事などほとんどない筈じゃ」


確かにそうなのだろうな……。こんな財力を持っていれば、まぁこの財力の世話になるような事など無い方が良いんだが……。


「これからよろしく頼む」


「うむ、頼まれた」


この時の美麗の顔はとても愉快そうに見えたが、その中でまだ、自分が踊らさせている気がしてならないは何故だろうか?

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