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予期せぬ2日間 3

1

ようやく風呂から出る事が出来たので、僕は着替えて、歯を磨いた後、リビングに戻り、夕食を食べた時の席に座り込んだ。


詩音はまだ僕に対して何かをするつもりの様だ、正直もういい加減にして欲しいが、文句を言ったところでどうにかなるという問題でもない。それに正直に従う以外の選択肢など、最初から僕には許されていないのだから。いや、そもそもが僕の自業自得か……。


「もう疲れた...…。早く寝たい」


「大分お疲れなようね。凄く眠そう」


「全部お前のせいだろうが、夕食前に少し寝たはずなのに、もう眠い…...」


僕がぼうっと座り込んでいると、気付けば詩音は風呂から出て来ていていたようで、僕の隣に座っていた。髪も既に乾かした後のようだ。不意に口ずさんだ独り言に対して返事が返って来た時は少しは驚いたが、今の僕にはその反応を示す気力すら残ってはいない。


「はぁ、分かったわよ。もう寝ましょうか、今の無月君に無理強いしちゃ可哀想だし」


「本当に良いのか?まだ何かするつもりなんじゃ…...」


「するわよ。でもね、とても簡単な事だから安心して良いわよ」


何だ、結局はするのか...…。でも、おそらく数は大分減らしてくれたのだろう、詩音はため息をこぼしていた。何でコイツは僕に対して変に優しいのだろうか?


「何をすれば良い?」


「私と一緒に寝れば良いのよ」


「...…分かった」


「あら、えらく素直ね」


「文句を言ったところでお前は聞き入れないだろうし、それに一人暮らしっていう事は来客用の布団なんかもないんだろ?」


「正解。まさか大切なお客様をそこら辺で寝かせるって訳にはいかないもの」


分かっている。いつも人を見下したような表情で僕を見てこそいるが、本当はコイツが優しいっていう事くらい...…。一緒に寝るなんて恥ずかしい事は出来る事なら避けたいが、今日ばかりは仕方ないだろう。それにもう眠い。文句を言う気力なんて僕には残っていない。


「それじゃあ、私の部屋に行きましょ」


「ああ...…」


2

そして、僕は詩音の部屋に移動し、結果的に一つのベッドで一緒に寝る事になった。詩音のベッドは結構広く、二人が寝る分に十分なスペースがある。僕はなるべくこの状況を意識しない様に詩音に背中を向けて寝転がったが、そもそも眠くてしょうがなかったため、あまりこの現状に意識は向かなかった。


「もう寝ちゃた?」


「まだ...…」


「凄く眠そうね。でも、まだ寝ちゃダメよ」


詩音はそう言うと、僕の首元に自分の顔を寄せてきた、そして、僕の首元に歯が突き立てられた。


「なっ!」


僕は驚きの余りに飛び起き、混乱混じりに詩音の方を見ると、詩音は怪しく笑っていた...…。いつもの人を見下してる様な表情のまま、僕はまるで自分が詩音の玩具にでもなっている気分になった。


「クスッ、どうしたの?まるで何かに怯えているような顔をして」


「...…寝させてくれるんじゃなかったのか?」


「すぐに寝ても良いとは言ってないでしょ」


「お前のせいで目が覚めたんだけど」


僕は怯えているのか?この女に?なぜ?僕は自分に自問を繰り返すが、動悸のせいでどうにも答えが出て来ない。それは自分が真に混乱しているということなのだろう。それとも僕は無意識に考える事を放棄しているのだろうか、何にせよ答えは出ないし、おまけに目が覚めてしまい、眠気はどこかに消えてしまった。


「当初無月君にしてもらおうと思った事は、大分減らしたんだから、これくらい良いじゃない」


「...…分かった、お前の言う通りにしてやる」


「じゃあもう一回、同じ様に私に対して背中を向けて寝てもらえる」


「分かった」


僕は言われた通り、もう一度、詩音に対して背中を向けて寝転がった。


僕は早く寝たかったので、大人しく詩音の言う通りにした。ここで言い争っても、僕にメリットは一つもないだろうし。約束を反故にされては敵わない。


「そのまま、じっとしてて、出来るだけ動かないでね」


「ああ」


詩音はまた僕の首元に顔を近づけ、そして...…。


「はぅ」


「イッ!」


噛み付いた...…。


痛みはそこまででもないが、首元を伝う生暖かい感覚や、鼻腔をくすぐる甘い臭い。更にすぐ側に詩音の顔があるという状況が僕の心音を激しくさせる。強く噛まれていないとはいえ、正直に言って長時間は耐えられない。


「ぉぃ...…。もぅ...やめろ」


「はぁ、こんなかしら?もう動いても良いわよ 」


僕はようやく詩音から解放された、5分以上噛まれていた気がする。僕は思わず仰向けになった、詩音は僕の横に正座を崩したような体制で座って、とても愉快そうな表情で僕の方を見ていた。


「...…これに何の意味があるんだよ」


「意味はあるわよ、これで無月君の首元に私の歯型がついたでしょ。まぁいずれ消えちゃうだろうけど」


「だから何?」


「分からないの?」


歯型が何なんだよ、確かに僕の首元には詩音の歯型がついてるだろうけど...…。


「全く分からない!」


「つまりね、あなたは私の物っていう意味。それがあれば、誰も無月君に近寄らないでしょ」


「...…僕はお前の物なのか?じゃあ何だ、お前は僕の所有者か?」


僕はいつから詩音の物になったんだよ、言っている事の意味が分からない。第一こんな事をする必要があったのか?僕の首元に歯型なんてつけて、僕に誰も近寄らない?それで詩音にどんなメリットがあるんだよ。


「そうね、私は無月君の所有者でもあるけど、同時に無月君の所有物でもあるのよ」


「は?お前が僕の所有物?何で?」


更に理解が難しくなってきた、何だよそれ、互いが互いの所有物であり所有者って、全くもって理解出来ない。


「何でって、恋人なんだから常に対等でないと、私が無月君を自分の所有物と誇示するなら、私は無月君の所有物でなければならないでしょ?」


「じゃあ、お前は僕の言う事を聞くのか?」


「ちゃんと聞いてるじゃないの。でも今に限ってはダメだからね。何せ今は私の言う事を聞かないと、無月君はご褒美を貰えないし」


言われてみれば、確かにそうだ、詩音は僕の言う事を聞いてくれている。学校でのお互いのあり方や、ここに来る日にちの要望など、その殆どを聞いてくれる。僕の知らない内にその関係は成立していたのか……。互いが互いの所有物であり所有者か、まぁ対等なのであれば、こちらも利用できる思ったよりかは悪くない関係なのかもしれない。


「確かにそうだな。お前は僕の言う事も聞いてくれている」


「当たり前でしょ。今更気がついたの?はぁ...…。本当にしょうがない人ね」


「だが尚更、この歯型をつける事に何の意味があるんだ、普通に言えば良いだろ」


「普通に言うって...…。こんな事、普通に言える訳ないでしょ?歯型をつけた意味はさっき言った通り、あなたが私の物っていう事をはっきりと分かりやすく示すためにやったのよ。こうでもしないと、無月君は冗談として捉えてまともに話を聞かないだろうし。それと、私の物に手を出そうとする奴が許せないからよ」


確かに、僕は普通にこの関係の事を話されても、冗談として捉えてしまう可能性もあるな。だが、僕に手を出そうとする奴?何だそれ?手を出すって何だよ。


いや、本当は分かっている...…。でも、考えたくない...…。仮に僕の想像が正しかったとしたら、それは最悪でしかないから。


「もう、寝ても良いか?」


「そうね、もう寝ても良いわよ」


詩音はさっきからずっと座ったままだった、まだ寝ないのだろうか?


「お前は寝ないのか?」


「寝るわよ。でも、もう少しだけ、愛しい貴方を見つめていたいの」


「...…好きにしろ。おやすみ」


「ありがとう。おやすみなさい」


そして、僕は仰向けのまま、目を瞑って眠った、何で詩音に自分の顔が見やすいように眠ったのかは僕にも分からない...…。ただ、目を瞑る前に見た詩音の顔は慈愛に満ちているように感じた。そのくらい優しい微笑みを浮かべていた。そのせいか、不思議と寝辛いとは感じなかった。むしろ自然と僕は眠っていた、最後にまるで詩音を母親のようだと思ったのは何故だろうか、母親との記憶なんて殆どないのに...…。

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