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昆布の佃煮と梅干し、豆まきの大豆三粒

作者: 藤泉都理

【黄鬼】




 お世話になっている家から一日だけの暇を貰い、危険が蔓延る今日だけはぶらぶらと散歩よろしく町を歩くわけにもいかない私は、寝ていようかと赴いた山で出会ったのだ。

 くたびれた黒鬼に。


 一目見て分かった。

 同類だと。


 役立たずの鬼だと。











(2023.1.6)




【節分】




 節分。

 二月三日ほぼ

 鬼は外、福は内と言いながら、大豆、または落花生、もしくは両方をまいて、邪気を祓い、福を呼び込む行事(鬼も福も家の中に閉じ込める地域もあるそうだが、この地域は違うのだ)。


 鬼を追いやるなんて可哀想だ。鬼だっていい鬼が居るだろう。

 心優しいおこちゃまは言うだろうが、憐れむことなど微塵もないと言いたい。

 鬼は追いやられるのではない。


 大豆、または落花生に吸い寄せられた、もしくは纏わりついた邪気をその身に限界まで受け止めた瞬間、即、鬼界へ帰還し、邪気を栄養とする鬼花に捧げているのだ。

 捧げる過程がめちゃくちゃ面倒なので、帰還した鬼は約一日、鬼界に居続けなければならないのだが、それが過ぎれば人間界にきちんと戻って来る。

 だからおこちゃまよ。

 鬼を追いやったなどと、罪悪感で涙をちょちょ流すことはない。






「まあ、私たちには関係ない話なんですけどねえ」


 黄鬼は黒鬼に話しかけるも、黒鬼は知らん顔で歩き続けるだけ。

 人間界から邪気を少なくすることも、鬼界の鬼花に邪気を捧げることもできない役立たずの烙印を押されたのだ。

 一匹になってたそがれたいのだろう。

 そう考えた黄鬼は、けれど、どうしても初めて見つけた己と同じ役立たずの鬼から離れがたく、口を閉ざしてついていった。











(2023.1.7)




【黒鬼】




 節分。

 この日は鬼にとって花道と言ってもいい。

 無論、この日以外でも鬼は陰陽師に助力して、世の為人の為にと働いているが、華々しく活躍することはなく裏方に徹しているのだ。

 けれど、この日だけは違う。

 鬼の日と言ってもいいほどに、表で活躍しまくる日なのだ。

 なのに。


 無様だ。

 黒鬼はほんのちょっぴり涙を目尻に浮かべた。

 

 表では数多くの仲間が華々しく活躍しているのに、俺は一匹孤独に山の中へ身を潜めている。


(いや。一匹じゃないな)


 ひょいひょい能天気に後からついてくる黄鬼。

 鬼としての尊厳がないのかこんな日によくそんな平気な態度を取れるな悲壮感をどこへやった。


 言葉こそ発しなくはなったが、鬱陶しいことには変わらないので睨みつけて追い返そうと試みた。

 にっこり笑みを向けられて失敗した。











(2023.1.8)




【気迫】




 去年までは仲間と一緒に花道を歩いていたのだ。

 それが、今年の節分の前日。

 節分に向けて何か問題がないか、陰陽師と己の肉体の調子を確認していた時だった。

 調子は頗る良かった。

 けれど、意識と肉体は乖離していたのだろう。

 大豆を当てられた俺の肉体は今迄とは違う反応を見せたのだ。







「「げ」」


 どうしてこんな山中に大豆入りの升を持った子どもが居るのか。

 今時分であれば、学校に行っているはず。

 しかし果たして疑問を抱きはしても、慌てる必要は微塵もなかった。

 たかが子ども。

 よしんば全力で投げられたとしても、容易に避けられるのは必須。

 であるのに。


 どうしてか。子どもの妙な気迫に絡め捕られて肉体と意識が硬直している。

 

 黒鬼が黄鬼へ視線を送れば、顔が蒼褪めていた。

 同じ役立たずの鬼。

 大豆が当たればどんな反応を見せるか。などと、容易に想像できた。


(俺と一緒で弱体化、なおかつ、肉体が退行。そして、邪気に力を吸い取られて)


 終了。











(2023.1.9)




【緑茶】




「優しいお子さんでよかったですね」

「優しいっつーかくそ生意気な子どもだったけどな」


 妙な気迫を発していた子どもと視線を絡めること、三分。

 大豆入りの升に手をかけて取っていた投げる姿勢を不意に解いては、背中を向けて言ったのだ。

 あと数年経ったら相手をしてやるよ。と。

 いやおまえ何歳本当に今の子は発育が早いんだからもー。


「いやっつーかこの状況も何?」

「通りかかった屋台でしっぽり一杯飲んでいます。おばさん。この昆布の佃煮美味しいですね」

「ありがとねえ」

「いや」

「え?美味しくないですか?困りましたね。食の好みの不一致は仲違いを引き起こすそうですよ」

「あらあら。そうはならない方たちも居ますからねえ。そんなに心配することはありませんよ」

「おばさん、本当ですか?黒鬼さん、よかったですね」

「いや」


 いや本当にこの状況何?

 のほほん屋台の主と話す黄鬼を前目に横目にと見ながら、黒鬼はお猪口に手を伸ばした。

 酒ではなく緑茶だった。

 美味しかった。










(2023.1.10)




【融合】




 私は寂しかったのだけれど、黒鬼は悔しかったんだな。

 よっぽど。

 役立たずになってしまったことが。

 そしてきっと。

 みんなと一緒に騒げないことが。

 騒げなくなってしまった己が。


 緑茶で酔ってしまったのだろう。

 どうしてこんなことになってしまったんだ。

 どうして弱体化してその上退行化なんて。

 どうしてどうしてどうして。

 屋台の台に顎を乗せてそう言葉を繰り返す黄鬼につい、言ってしまったのだ。




 融合してみませんか。と。











(2023.1.12)




【百円】




 ふざけるな。

 即座に突っぱねようとしたが、しかし。

 口は言葉を発さず浅く閉じただけ。

 拳で軽く押したり引いたりしながら、お猪口を二、三度動かして。

 黄鬼を見た。


 どうしても。

 どうしても花道を歩きたい。

 それができるのならば。

 可能性があるのならば、


「頼む」

「はい」


 出会ったばかりだが心底気に食わない黄鬼の手さえ取ろう。




 黒鬼は離れるぞと言った。

 黄鬼はお題を払いましょうと言った。

 屋台の主は百円ですと言った。

 黒鬼は安すぎる五百円にしろと言った。

 黄鬼は安くていいですねと言った。

 屋台の主はこらからどうぞご贔屓にしてくださればそれでいいと言った。

 黄鬼は是非と言った。

 黒鬼は適正な価格で提供するならと言った。

 屋台の主と黄鬼は笑った。











(2023.1.13)




【鬼穴】




 じゃあ自分もそろそろと移動を始める屋台の主に手を振って見送った黄鬼と黒鬼は、自分たちもその場を離れて歩き続けて鬼穴がある場所で止まった。

 鬼穴とは、鬼の精神を安定させてくれる場所であった。


「肉体の不調も治してくれりゃあいいのにな。そしたらこんな面倒なことにならなかったのによ」

「まあ、ですね」


 黒鬼は苦々しい表情を浮かべた。

 黄鬼は曖昧に笑った。

 黒鬼は黄鬼の態度が気に食わないと鼻を鳴らそうとして、寸での所で止めた。

 これから融合する相手なのだ。

 少しは歩み寄らなければ。


「あー。じゃあ。よろしくな」

「はい」


 黒鬼は手を伸ばした。

 黄鬼はにっこり笑って黒鬼の手を掴んだ。

 互いに一度小さく上下に揺さぶってのち、やおら手を離して人間の姿を解き露わになった額に生える一本角を取り、触れ合わせて目を瞑った。


 伝わってくるのは、微かな脈動。

 大きさも速さもてんでばらばら。

 だったのが。

 徐々に徐々に重なり合って行く。

 脈動が大きくなっていく。

 脈動が緩やかになっていく。


 理由は違えど、節分の行事に加わりたい気持ちは一緒なのだ。

 だから。


 同時に目を開いた瞬間。

 黄鬼と黒鬼から眩い光が発せられた。











(2023.1.20)




【福茶】




「ふっ。数年待たなくて良かったな」

「「短い時間待たせたな」」


 無事に融合を果たせた黄鬼と黒鬼が真っ先に会いに行ったのは、先程山の中で対面した子どもであった。

 数年経ったら相手をしてやるよと言ってはその手に持つ大豆を投げなかったが、今はどうやら違うらしい。

 妙な気迫を発していた子どもはやはり只者ではなかった。

 人間の姿だった黄鬼と黒鬼と、融合し本来の姿を露わにしている今の鬼を同一の存在と認識しているのだから。


「「初めて会った時にはもうわしたちが鬼だと気づいていたのか?」」

「さあ。どっちでもいいだろう。ただ今日は鬼だろうが人だろうが、大人の姿をしたやつには豆を投げられる日だって話だ。まあ、投げがいのある相手には残念ながら出会わなかったが」

「「今は違うだろう?」」

「さあな」


 互いに不遜な笑みを浮かべ、そして。

 豆まきが開始した。


 子どもは全身全霊で大豆を一粒ずつ投げた。

 融合した鬼は全身全霊で受け止めた。

 自身の身体と同じ大きさの大豆を。

 大豆に纏う邪気を。

 重い。

 とてつもなく。

 そんじょそこらの鬼では受け止めきれないと断言できる。

 

((身体が小さくなった時は絶望したが、すぐに解消された。何故なら))


「「遠慮は要らないぞ、子ども。わしは今、力が迸っておる!!」」

「元よりその気はない」

「「ハハハ。その意気や良し!!」」

「そっくり返してやる」


 融合した鬼も子どもも感情を、能力を剥き出しにしては、凶悪な笑みを顔に刻み、豆まきを続けたのであった。











「楽しかったですねえ」

「………まあ、な」


 夕焼けが目に染みた頃。

 融合した鬼は限界を悟って、子どもに話しかけた。

 また豆まきをやろうぞ、と。

 返事をもらう前に鬼界へと帰還したわけだが、子どもは満足な笑みを見せてくれたのできっと来年も豆まきをすることになるだろう。


「来年もお願いしますね。黒鬼さん」

「仕方ねーからな」


 鬼界に帰還しては融合が解けた黄鬼と黒鬼は、とても満ち足りた気持ちで鬼花に邪気を捧げる中、どちらともなく拳を上げて近づけ軽く合わせては離し、目を瞑った。


「すごいお子さんでしたね」

「………まあ、な」












「楽しそうね」

「うん。お母さん。俺、すっごい楽しかったよ!豆まき」

「山の中で相手してくれる大人か鬼が居たの?」

「うん。でこぼこ鬼!」

「来年も一緒に豆まきできたらいいね」

「俺の相手が務まるならね」


 母親に頭を撫でられた子どもは、昆布の佃煮と梅干し、豆まきの大豆三粒入りの熱湯である福茶を飲んで、また来年と呟いたのであった。











(2023.2.2)




(完)




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― 新着の感想 ―
[良い点] でこぼこ鬼むっちゃ見てみたい つなには優しくしてくれるかな?
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