ぬくぬくなお侍の話
「良くやり遂げた。お前に教えることはもう何もない!」
ある日の朝、突然、師匠は拙者にこんなことを言い出した。そう言えば昨日は未熟者めと小一時間くらい叱られた気がするでござるが、それは関係ないようでござる。
「これにてお前に一子相伝、紫電流居合術宗家を名乗ることを許そうではないか。これからは遠慮なくここを出て、紫電流居合術の技を世に広めるがいい!」
「し、しかし師匠。紫電流は一子相伝なのでは…?」
拙者は薄々思ってたことを、聞いてみた。一子相伝と言うことは弟子は一人、つまりお月謝は一人からしかもらえないのではないかと。
「うむ、その通りじゃ、紫電流は一子相伝。わしもお前からしか月謝もらっとらんしな」
さもありなん。拙者が月謝を払うのは、修行そのものより大変だったのでござる。毎月父上からもらう仕送りだけでは足りず、母上からの小遣いも使い果たし、姉上のへそくりも、こっそり使ったのでござる。後は幼少の頃より貯めたお年玉を切り崩さねばならぬところでござった。
「大変だったっておまっ…一切自分で稼いでおらんではないか…」
「バイトを入れると修行が出来んでござる」
「それでもちゃっかりお前のお年玉は残しておるとわ…いやー、こりゃ大物になるぞお前は」
弟子が行く末大物になろうと言うのに師匠は、あんまり嬉しくない感じで言うのでござる。
「とにかくじゃ!話は脱線したが、お前に流儀は譲ったから!後は勝手にやるが良い。わしは、貯金と年金と孫のおこづかいで、悠々暮らす。さあ、出ていくがいい!」
「えええーっ!んなこと言われても拙者困るでござるよ…」
師匠に認められたのは嬉しいが、なんだか、拙者本当に一人前になったかと言われれば、そうでもない気がするのでござる。
「いやー、それは知らんわあ。そもそも当流を学んで強くなったとか、ヒトカドの人物になれた、とか言うのは、わしがどうとか言うよりはお前次第ではないかなあ」
「せっ、拙者次第と…!」
なんか釈然とはせぬものの、言い返せない感じのことを師匠は言ってきたでござる。
「ま、とにかく、紫電の居合は教えたことは確かじゃ。それをよすがに、上手くやれたらやるがよい」
「え、それは…上手くやったらって、具体的にはどう…?」
「それこそ知らんわ。わしは居合教えるだけ。天下一の武勇を謳って神ってる道場主になるとか、名君に仕官するとか、あるじゃろ考えてみれば。あ、犯罪者になったらわしは無関係じゃからな。わしは紫電一刀斎の名を捨てる。今日からはお前とはうっすい縁の老人じゃ。その名もちゃんちゃんこぬくぬく斎!」
「ちゃんちゃんこぬくぬく斎ですと!?」
ばっ、と言う感じで師匠は、分厚いちゃんちゃんこを羽織った。まあ、あったかそうな綿入れでござるなあ。
「孫がくれたんじゃ。ええか、わしは寒いのは嫌じゃ。もうお前と、雪降ってる中、滝に打たれたり、裸足で居合の稽古とか、ずえったいせんからな!以上!」
こうして拙者、二代目紫電一刀斎を襲名し、しぶしぶ人里に出たのでござる。
実家に戻ると、拙者の部屋は片付けられていた。しかも姉上は、そこででっかい犬を飼っていたのである。真っ白なピレニーズであった。
「拙者二代目紫電一刀斎でござる」
「あらそう。良かったわね立派なお侍になれて」
姉上の口調は穏やかだったが、犬の方ばっかしみて全然拙者の方を見ないでござる。
「それより、見て。毎月わたしのお小遣いとか持ち物とかバイト代がなくなるから番犬飼ったのよ。…その、ナントカ流居合とおっきい犬とどっちが強いかしら?」
「おっきい犬でござる」
じとっとした目で姉上は、こっちを見てくる。
「ところで、わたしのお小遣いを持ち出したものがいるようなのです」
「それは困ったでござるな」
「そうなの困ったの。…と言うわけで、この犬を飼うことにしたのよ。お小遣いや持ち物を狙う曲者がいたら容赦なく喉笛を喰いちぎるように、教育してあるから、そこんところよろしゅう」
「それは危険…いや、それなら安心でござるな」
危うく失言しかけた拙者が自分の部屋に入ろうとすると、阻んでくるでござる。おっきな犬が。拙者の部屋なのに、そいつはぐいぐい大きな鼻を押し付けてくるでござる。しかも姉上と同じ、じとっとした目付きでござった。
ここで拙者、部屋でぬくぬく居候に戻るのは諦めた。
「あー拙者やっぱり外で仕官の道でも探そっかなあ」
「それがいいわ。そうなさい。父上母上にはお前はもう完全に自立したと話しておくから」
「さいでござるか」
とは言ったものの、うーむ、まずいでござるなあ。あれはもう、うちには帰れないでござる。姉上とおっきい犬恐いでござる。
こうなればもう完全に、剣で食べるしかないでござる。やはりかっこいい道場主とか、師匠とかに憧れるでござる。毎日人に「甘い!」とか「未熟者め!」とか叱ってるだけで、ぬくぬく稼げるそんな達人に拙者なりたいでござる。
しかし剣の道はそう甘くはなかった。
せっかくの立ち合いも、居合はノーサンキューと言う剣客ばっかで困ったでござる。色んな道場へ頼もうして、とりま見学させてもらったらみんな竹刀とかで、パシパシ撃ち合って楽しくやってるでござる。
そこいくと拙者は紫電居合術で真剣を使う、と言ったら「マジそれありえない」と言われたのでござる。
師匠が拙者にしか、居合を教えなかった理由が分かった。居合は危ないのでござる。師匠もよく、「わしに剣を向けるな絶対。危ないから抜くなあ絶対抜くなよ!」
と必死で言ってたわけが、ようやく分かったでござる。真剣で試合したら、相手は死んでしまうのだ。だから誰も相手をしてくれない。要はそれで、人気ないのでござったか。
「人気ない剣術を学んでしまった…」
しゅんでござる。
誰も試合をしてくれないと、紫電流居合術は役立たず。拙者もどっかでいちからバイトを探さねばならんでござる。『バイト先の先輩が美少女で拙者のこと毎日誘惑してくる』と言う可能性もなくはないでござるが、残念ながらこれはラノベではない。童話でござる。いやはや困った。
と、そこに前から美少女が走ってくる。
まさかそんなと思ったが、ラノベでなくてもベタな展開はあるでござる。鮮やかな赤い振り袖の女の子だ。キラキラしている。チャラチャラ音がする。かんざしの飾りが多いのでござる。
「もしっ、お侍さまあっ!どうかお助けを!」
真っ直ぐ拙者を見ている。むむっ、これは紫電一刀斎の出番か。
「敵に追われておるのか!?」
「はいっ、野盗に追われております!」
お姫様は、きっぱりと答えた。嘘ではないらしい。後からヒゲみどろの浪人どもが、わらわら追ってきたでござる。
「その娘を渡せい!」
浪人どもは、凄んできた。ふふ、たぶんこいつらなら、真剣で居合を使ってもありえないとか言わないでござろう。紫電居合術の出番でござる。拙者、一番の奥義で度肝を抜いてやるわ。
「今こそ見よ紫電居合の奥義!『虎伏当閃』!」
「おいっ、こいつ刀抜く気だぞ!?」
「ええっマジありえねえ!?」
あれっ、またありえないが出たでござる。
「なんだよそこまでしなくてもいいだろ」
「マジ萎えるよなこいつ」
なんか拙者が悪いみたいな話になってきた。
「行こうぜもう馬鹿らしいよな」
「酒でも飲もう。いいやいいや」
抜けなかったでござる。なんか本当に人気ない剣術なのでござるなあ。
と、思っていたら、女の子の方は大ウケである。
「あっ、危ないところをありがとうございました!素晴らしい居合術ですね。抜かずして敵に勝つ剣など、初めてみました!」
「紫電流居合術二代目宗家一刀斎にござる」
「えええーっ!すごいですう!あっ、実はわたし、ただの町娘ではありません。変装して各地でつわものを集めている謀反藩藩主の娘、鬼贄姫と申します!」
と言うことは本当のお姫様ではござらんか。
「あなたのようなつわものを当藩は求めております!どうぞいらっしゃって!」
これは願ってもないオファーでござる。
「むほほ、では鬼贄姫どのは、拙者のようなつよつよの侍を婿として求めておると言うことでござるな?」
「あー別に婿としては求めてないのですけど、強い方は歓迎しております。幕府を倒せるぐらい強く…あっ、いや、それくらいの技量を持った方は優遇してますわ!」
「うーん拙者、幕府倒せるかな…」
そこまでの自信はないでござる。
「良いのです。幕府倒せなくても強いお方は歓迎してますわ。どうぞうちの江戸屋敷にいらして!」
そこまで言うからには、行くでござる。これでようやく拙者も得意の剣術でぬくぬく生活でござる。
って、あれ?
滝でござった。滝は寒いでござる。師匠との修行でも、冬は中止でござった。なのに、なんで滝?
「まさかここに住めと!?」
「はい、達人さまなら平気でしょう?むしろ、滝は大好物と聞きました」
「いや、滝には住めんでござろう…」
滝はいやでござる。まだ厳しかった頃の師匠が滝行やろうと言った日には、拙者は理由つけてよくサボったものだ。
「それでもつわものですか…!」
「…んなこと言われても、いやなものはいやでござる」
どうも、剣の道で食うのは、厳しいみたいでござる。
「万策尽きた…」
と、うなだれる拙者。やはり、この剣で食うのには、無理があったのか。にしても世間の風は、あまりにも冷たいでござる。理不尽でござる。
「今日からどうしよう…」
師匠のところにも、自宅にも帰れん。浪人らしく、古い破れ寺でも探すしかないでござろうが、先に悪者とかお化けとか棲んでるかも知れないので、怖いでござる。
「腹が減ったでござるなあ…」
こうなったら、辻斬りしかあるまいか。しかし犯罪者はだめと師匠も言っていた。お奉行さまはとっても恐ろしい人だと母上も言っていたしなあ。途方に暮れていると、見慣れた人が声をかけてきたでござる。
「もう、日が暮れますよ紫電一刀斎どの。ほら、良い子はうちに帰りませぬと」
「あれ…?」
母上でござる。
「拙者は完全に自立して家を出たと、姉上に吹き込まれたのではなかったのでござるか?」
「姉上はもう、怒っておりませぬよ。あの子のお小遣いは、おじいさまが返しに来てくれましたしね」
「そうだったのでござるか…」
姉上怒ってない。母上のお陰でござる。
「それより、よいですか、あなたも後は元服してお家のことも考えねばなりませぬ。これからは立派な武士になるため、もそっと実になる習い事をなさいませ」
「はい、母上」
なんかほっとしたでござる。母上には今、ちょっと怒られたが、気持ちはあったかいでござる。
「それでは帰りますよ。今夜はおでんです」
「おでん…!」
大好物でござる。世間の風は冷たいけど、我が家と母上は暖かいでござる。
「母上、お買い物袋をお持ちいたします」
「よい心がけですよ一刀斎どの」
母上は、ほたほたと笑って拙者に買い物袋を預けた。ふふふ、さっき叱られたのに、もうほめられてしまった。
自宅でぬくぬくが一番。
やっぱりお家最高でござる。