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貴方の微笑み 怒る顔
見るのはいつも 夢の中
貴方は声は どこにあるのか
温かな言葉 愛の言葉
貴方の帰りを ひたすら待ち
一人悲しく 夜を過ごす
貴方の好きな ご飯を作り
冷たくなるまで 待っている
貴方の優しさ 思い出し
泣き虫わたし抱き寄せて
貴女はいなくなり ここには
わたしだけが ここにいる
*****
瓦礫と砂に覆われた街。いや、街だったはずの場所。
遺跡発掘を生業にしているロードスが来たのは偶然だった。オアシスの住民に教えてもらってやってきたのだ。
遺跡とは言い難い惨状。
過去にあった戦場の跡地のようで、なにもなかった。
ひと回りしたがなにもなく、最後に中心にある塔を見て帰ろうと足を向けた。
塔の中は螺旋階段があり、なんとか登れそうだった。
ただ好奇心だった。てっぺんまで登れば全ての景色がパノラマで見れるかもしれない、と。
息を切らし、てっぺんまで登った時、最上階の部屋にソファに座る人がいた。
いや、人ではない。
人の形をしたもの。数100年も前に失われた高度な技術で作られたドールだった。
今では、見られることもない貴重なもの。
遺跡発掘を生業にしている彼にとって、貴重なものでもあった。興奮を押し殺し、近づいて行くと、後ろから声がした。
「触らないで」
女性の声。
ばっと、振り向くとそこには女性が立っていた。
長い黒髪を無造作に一つに結い、青い双眸。静寂を感じさせる。
「彼女をそっとしといてあげて」
「君は人形師か?」
彼女は首を振った。
「わたし達は習えなかった。こうして管理をするだけ・・・」
「君は?それにこのドール・・。世紀の大発見だ。100年、ドールが居なくなって100年だ。ドールがあるのもすごいんだ。ぜひ、調べさせてくれ」
ロードスは興奮で早口に言った。
でも、彼女は首を振った。
「彼女はここで果てるのを望んでるの」
「でも!」
「じゃあ、昔話をしてあげる。それを聞いたら立ち去って」
彼女は寂しそうに笑った。
*****
ターニャは時計台の一番上まで登り、時計の裏がに置いてあるドールに魔力を込めた。
美しい男性のドール。だが関節部分は壊れ、それはいつ壊れてもおかしくないほど脆くなっている。それでも彼女は壊れるのが遅くなるよう修理しながら魔力を補充する。
ドールは時間が来ると歌い出した。歌詞はない。オルゴールのような音色で歌う。
「カジェロ、ファロットが王都に行ったよ。5年は帰れないんだって。寂しいね」
ターニャは呟いた。
昨日、幼馴染みのファロットが王都にある魔術学園に行ったのだ。十五歳以上の優秀な者だけが行ける場所。
美しい青年は選ばれて街の期待を一身に背負い旅立った。
彼はターニャに「待っていてね」と言葉を残して。
彼女はドールの目の前に座ると、彼の口ずさむ音色に歌詞をつけ、小さな声で歌った。
それは今では歌われる事の無い恋人を思う歌。
歌う事禁じられた恋の歌だった。
誰にも聞かれないよう、小さく小さく歌いつづけた。
*****
2年。早2年、されど2年。
ファロットからの手紙は初めの頃はあったものの、今では来ることもなくなった。それでも、ターニャはファロットに手紙を送り続けた。
カジェロの歌は、もう聴けなくなっていた。魔力を送ろうとも、修理をしようとも動かない。命が尽きたのだ。
それでも、毎日時計台に登り彼に会いに行く。毎日の出来事を語り、歌を呟きながら彼が朽ちていくのを見つめていた。
「ターニャ、帰って来たよ」
懐かしい声にターニャは顔を輝かした。師匠であるエスタニアが帰ってきたのだ。この数年、他の地方にいる人形師のところを巡っていたのだ。しばらく見ないうちに、赤茶の髪には白髪が増え、琥珀の瞳の目尻には皺が見えている。
「師匠おかえりなさい。どうでした?」
生気のない顔色に不安を感じながら聞く。
「だいぶ、人形師は減ってたよ。ドールの扱いも悪くなってきてるし、魔核が手に入らなくなって来てるようだ。国が独占して、魔術機械に使用しているらしい」
ドールの命として魔核と呼ばれるのを使う。色もさまざまあり、その色によって、ドールの性格や体力見た目も変化する。
魔核の質によって、ドールは生きた人形になるのだ。
彼らは人間の娯楽のために初めは作られた。それが次第に、人間にはできない仕事を任されるようにもなった。
だが、それは、ドールがどんなに感情を持とうとも、生きていようとも、人として認めてもらえないと言うことにままならなかった。
人間以下の存在。奴隷として扱われた。
人形師が減って来たのはそのためだった。
そのかわり、魔術技師が増えてきたのだ。人形師の技術を持って便利な物を作り出す。魔核にそれを補助する力がある。国はそれに目をつけて兵器を作り出していると言うのだった。
「師匠、戦争が起こるの?」
「そう言う、噂もある・・・」
「まだ、大丈夫ですよね」
「ああっ。・・・変わったことは?」
「ファロットが王都の魔術学園に行きました。あと・・・カジェロが声を止めました」
「・・・そうかい。見送ってくれたんだね」
「はい。最後まで歌っていました」
「ありがとう」
「いえ、当然のこと、です」
エスタニアの顔に哀しみが広がる。彼女がカジェロを思っていたか、はかりしれない。
「・・・ターニャ、縛られるものはなくなった。あんたも魔術学園に行ってみるかい?」
「どうして、です?」
意外な言葉だった。かつて、自分をこの地縛りつけようとしたはずだ。
「わたしも、こうやって外に出た。知らないことがまだまだあった。このまま、あんたを縛りつけたままではいけないんじゃないかと、思ったんだ。外を見るべきだとね。
幸い、父の親友が手伝いに来て欲しいと、手紙をもらってね。ターニャ。わたしはもう歳だ。このまま、彼の側でいさせて欲しい・・・」
カジェロの側で・・・。
彼女の一番の願いはそれなのだ。
ターニャには、エスタニアの気持ちが痛いくらいにわかった。
「わかりました・・・。
なんの手伝いですか?」
「あぁ、魔術技師の開発だよ。彼は一流の腕の持ち主だ。ターニャには学ぶことも多いだろう。それにファロットにも会えるだろうしな」
そう、王都にいけば、彼に会える。
ターニャは寂しい反面嬉しく思えた。