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3.アフタヌーンティーには秘密を添えて。

この作品はnoteにも投稿してます。

白を基調とした落ち着いたリビングに、紅茶の匂いが鼻孔をくすぐる。


「また、お隣さん達と話してたの?」


手際よくセラミック製のティーポットから、同じくセラミック製の美しいティーカップに琥珀色の紅茶を流し入れながらカイが口を開いた。

ダイニングチェアーに腰掛けながら、ベルはティーカップを何となく見つめていたが視線を声の主へと移す。

「そうなんだけど、今日はそれだけじゃなかったんだ。小さなお客さんが来ててね、少し話したよ。」

カップに琥珀を満たし、ベルへと差し出したカイの手が止まる。

ソーサーの上で、カップがカチャリと小さな音を立てた。

「…珍しいね、人間の子供?」

カイがわざわざ『人間の』と付けるには、それなりの訳がある。

洋館の周囲にはまじないの様な物が張り巡らされており、ほとんどの人間はそこに洋館が在る事にすら気付かない。

彼等の住処は、そういう場所なのだ。

しかし中には、存在を認識出来る者も少なからず存在した。

稀にだが、幼い子供。

そして、見えぬ存在を見る事が出来る手段を持つ者だ。


カイは静かに微笑みながら、ベルの答えを待つ。

「そう、人間の女の子だよ。僕の髪を見て、八重桜みたいで綺麗だってさ。」

照れた様にハニカミながら、ベルはカイを見上げた。

「そうか、素敵な例えだね。良かったじゃないか、ベル。」

微笑みを崩さぬまま、カイが静かにベルの正面に紅茶を置いた。

「うん、正直少し嬉しかったよ。この髪を褒めてくれたのは、カイとあの子達だけだったから。」

言いながらベルは、カップの縁を人差し指でクルリと撫でた。

それを見て、自らの紅茶をカップに注ぎながらカイは苦笑いしつつ小さな溜息をつく。

「ベルの髪は綺麗だよ。何がそんなに気になるんだか…。」

言いながら左右に少しずつ首を振る。

『僕には理解しかねる』とでも言いたげなカイの一連の動作に、ベルは少し落ち込んだ表情を見せる。

「だって、生まれた時からこの色だもの。瞳は碧だし…変だと思わない?真っ赤な髪だよ?」

何とかカイにも聞こえる程度に、ボソボソとベルが呟く。

そんな彼の対面に腰掛けながら、カイが再びやれやれとばかりに首を横に振った。

「生まれつきだって構わない、そんな物は気にするだけ損さ。僕は好きだよ、ベルの髪も瞳の色も。だってそれはベルに与えられた、ベルだけの美しい個性の色だ。他の物と比べたって意味は無いんだ。変だなんて思った事は一度もないね。」

カップの紅茶にミルクを注ぎながら、カイは頷いた。

これは真理だ、とでも言う様に。

ベルには心なしか、カイが少し不貞腐れた様にも見える。

「カイが何時もそう言ってくれるから、僕は自分の容姿を嫌わないで居られるよ。…ありがとう。僕も、カイの髪も瞳の色も大好きだよ。」

すると、カイの表情は忽ち穏やかになった。

満足そうに微笑むと、カップに手を掛ける。

「紅茶が冷めちゃう。温かい内に召し上がれ。」

そう言うと、ベルは小さく頷いて紅茶を一口含んだ。


双子の日常は、こうして穏やかに過ぎて行く。

午後の日差しはまだ高く、庭では楽し気にカイが隣人と呼ぶ者たちが歌っている。

彼等は、カイには見えない。

無論、声を聞くこともない。

けれど、カイは存在を否定したりもしない。


何故なら、双子の母は彼等と近しい存在だから。


ベルにはこの世ならざる者の姿が見え、その声を聞く事が出来た。


そしてカイもまた、特別な物を持って生まれている。

ベルの様に隣人達は見えずとも、カイ特有の能力が在った。

けれど、ベルはそれを知らない。

カイには、知らせる気も無かった。


窓から差し込む陽光に眩しそうに目を細めながら、カイが思い出した様に『あっ!』と呟いた。

それを見て、ベルは視線で何事かの説明を促す。

「今日は満月だ。母さんに会えるよ。」

カイの返答に、ベルが微笑んだ。

「うん、知ってる。早く夜になると良いね。」

カイもまた、ベルの返答に微笑んだ。

そして小さく頷く。

双子の母は、常に生活を共にしている訳ではない。

満月になると、二人の元へと訪れるのだ。

そうして朝が来る前に、何処かへと消えてしまう。

ベルとカイがある程度自分達の事が出来るようになって以来、彼等は別々の生活をしている。

双子の母は、本来人の世界を好まない。

自然が多く存在する森深くならともかく、街に住む事はあり得なかった。

双子もまた、母の本来居た世界には馴染めず人の住む世界で暮さざるを得なかった。


そんな事情の中で母の来訪を、二人は何時も心待ちにしていた。

夜が待ち遠しく、時間の緩やかな進み具合がじれったくなる程に。


二人、示し合わせた様に窓の外を見る。

けれどまだ、夜は遠い様だ。

月光と共に訪れるであろう人を想いながら、穏やかな時間に身を委ねる。


遠くで微かに、汽笛の音が再びボーッと響いていた。

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