2.特別な双子。
優しい春の日差しが降り注ぎ、地面に淡い木々の影を落とす。
ベルは、ボンヤリと桜の花びら散る空を眺めている。
四方を海に囲まれた小さな街。
その中心には川が流れており、川の畔には古い洋館が建っている。
周囲をぐるりと石垣に囲まれ苔や蔦が石垣一面に張り付き、まるでそこだけが別の世界に存在する様な。
そんな洋館がベルの住処だ。
「ピンクの雨みたい…。ねぇ、君もそう思わない?」
見上げた空から視線を反らし、館の入り口に向けて首を傾げ言葉を投げかける。
そこには、ベルと同じ十歳前後の少女が館の中を覗き込んでいた。
入り口の門の柵の隙間からベルの姿をずっと見つめていたのだが、少女は声を掛けられた事に酷く驚いていた。
何故なら、少女はベルの背後に居たのだ。
見つかるはずがないと、高を括っていた。
そこへ声を掛けられたものだから、少女は思わず石垣の向こうへと体を引っ込めてしまう。
「…驚かせちゃったかな…ゴメンね。」
言葉とは裏腹に、ベルは無表情のまま呟いた。
まるで独り言のようだ。
暫く門の辺りを見つめていると、先ほどの少女がひょっこり顔を出した。
「ピンクの雨なんて、降らないんだよ。」
少女はそう言うと、ベルを探るように見据えた。
二人の間に、洋館を彩る桜の花びらが舞う。
暫く、そのまま見つめ合っていた。
遠くで汽笛が聞こえる。
川は河口に近く、数キロも下れば海になる。
ベルは、鼻先を掠める潮の香りに目を細めた。
「絶対に無いなんて事は、ないんだよ。」
ボソリと呟く。
すると少女は小首を傾げて、不思議そうな顔をして見せた。
「どういう意味?」
自分にしか聞こえない程度で呟いたつもりだが、どうやら少女には聞こえていたようだ。
「何でもないよ。気にしないで。」
答えをねだる様に、ベルの言葉を待ち続ける少女に、今度は聞こえる様に言葉を投げた。
刹那、突風が吹いて目が眩みそうな程の花びらが舞い上がる。
反射的に少女は瞼を閉じた。
頬を撫でる風が落ち着いた頃、ゆっくりと瞼を開けると桜の花びらがベルの周囲だけ舞い踊る如く風に乗り渦を成していた。
少女はそれを見て、ベルに声を掛ける。
「君の髪、色の濃い八重桜みたい。とっても綺麗だね。」
思わぬ言葉に、ベルの表情が驚きのそれへと変化する。
同時に周囲の風も静寂を取り戻した。
足元に花弁がピンクの模様を成して舞い落ちる。
少女は一瞬微笑んで、石垣の向こうへと姿を消した。
誰も居なくなった洋館の庭で、ベルは優しく微笑んだ。
「八重桜だってさ。…そんな事言われたの、初めてだよ。」
春の日差しに透けて、ベルの本来紅蓮の様な赤髪が変化する。
それは正に、少女が言ったような色深い八重桜を連想させた。
『あの女の子、上手いこと言うね。まぁ、ベルの髪に限らず全てが私達には美しいんだけどさ。』
何処からともなく、鈴を転がす様な小さな声が発せられる。
その声を聞いて、ベルは目を細め屈託なく笑う。
「ありがとう。でも僕を褒めても、何もあげられる物はないよ?」
自らの頭上に向けて、ベルは囁く。
まるでそこに何かが居るかの様に。
『おや、残念。それでも構わないさ。私達は君の事が大好きだからね。』
クスクスと、そこかしこから小さな声が笑い掛ける。
桜の木に限らず、植えられた花や木全てがザワザワと揺れる。
その様はまるでそれらが意思を持ち、自分たちも同じ考えだと賛同する様だ。
「ベル、お茶を入れたよ。入っておいで、外はまだ冷えるだろう?」
洋館の一階の窓から、少年がベルを呼ぶ。
その容姿は見事なブロンドと金茶の瞳という事を除いて、ベルと瓜二つだ。
「ありがとう、カイ。今戻るよ。」
館へと踵を返すベルの後ろで、名残惜しそうに桜の花びらが舞い踊る。
遠くでまた、汽笛がボーッとなっていた。