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17/21

17.欠けた月、誘われる来訪者。

先週の頭からイレギュラー続きで右往左往しております。

今回から再び時系列がレグルス登場時に戻ります。

お付き合い頂ければ幸いです。

深い水底から浮上するように、カイの意識は目覚めた。

薄らと瞼を開き、辺りを見回す。

暗がりに、アナログ時計特有の音が響いている。

目を凝らして時間を確認すると、眠りに就いて精々小一時間といった所であった。

膨大な過去の情報量を夢見た所為で、体感時間と現実時間の経過のズレが酷く奇妙な感覚を与える。

何かを吹っ切る様に二度三度と小さく左右に頭を振ると、片手で額を押さえ瞼を閉じた。

視覚を失うと、秒針を刻む音が先程よりも更に大きく聴覚に訴え掛けて来る。

目覚めているはずなのに、どうにも気持ちが落ち着かない。

それが最初の夢の所為だという、自覚はあった。

未だ、過去の重責はカイに重く圧し掛かっている。

「……分かってる、忘れたりしない…。」

小さく呟いて、顔を上げる。

ゆっくりと瞼を開くと、窓辺から差し込む月光が床を照らしているのが目に入った。

空に浮かぶ月の形状に、心が揺れる。

「そういえば…もう直ぐ…か……。」

零れた一言に、自身が何より驚いた。

待ち遠しいその日を、僅かとはいえ失念していたのだ。

次の満月は直ぐそこまで近付いている。

けれど今の状況を考えると、カイの心は手放しで母の来訪が間近に迫っている事を喜べない。

何故なら、あの雪の中で出会った彼女達を母も知っている。

その場に居なかったジークと違い、面識がある故に現状をどう思うかという不安があった。

今回の出来事に辛が実際に関わっているとして、自分達の間近で事を起こしたのは偶然なのか必然なのか。

目的も分からなければ、何にどう作用する出来事なのかという詳細も不明。

分かっているのは、本当に辛が関与しているならば彼女との面識が自分達にはあるという事。

そしてレグルスが負傷した後にベルと契約を交わしたという事実のみ。

可能性の話しではあっても、ベルが過去に救った人物と今世も再び接触があったかもしれないと分かれば母はどんな反応を示すだろうか。

不明瞭な事が多過ぎる中で、母の来訪はカイに複雑な感情を芽生えさせていた。

これ程母が来る事を素直に喜べない事は、カイにとって初めての経験だ。

心の中が、ザワザワと波打つ湖面の様に揺れ動いていた。

のろのろとベッドを降りると、カイは窓辺に立って夜空を見上げる。

僅かに欠けた月は唯々暗い部屋に優しい光を注ぐばかりで、今は安らぎを与えてはくれない。

庭先を見下ろせば、芝桜が玄関先から門扉へと続くアプローチを彩っているのが目に入る。

視線を眼下から門扉へゆっくりと移しながら、カイはその存在に気付く。

門扉の外、人影が三つ。

目に映った瞬間、カイの体は動き出していた。

出来るだけ音をたてぬ様に、素早く玄関先まで辿り着く。

庭先に出て門扉へ歩き近付くに連れ、人影の内の一人が誰であるのかを理解する。

左目の目尻に黒子、加えて黒髪。

当時とは違い相応に歳を重ねては見えるが、その人物にカイは見覚えがある。

月光に淡く照らし出された女性と、カイやベルと同年齢程の少女が二人そこには立っていた。

「…夜分にすまない。不躾だが、私を覚えているだろうか…?」

門扉へ辿り着くと、彼女はそう口を開いた。

黒髪の女性が誰であるのか確信が持てたと同時に、その隣に佇む少女達を見た瞬間カイの中で何かが引っかかった。

しかしカイは直ぐに返答する事はせず、違和感も一旦静観して唯々沈黙を貫く。

すると何時まで経っても反応を見せないカイに不安を覚えたのか、黒髪の女性の両サイドに居た少女達が僅かにそれぞれ小首を傾げて見せた。

「辛ママ?この子は辛ママの知ってる子なの…?」

淡く波打つ栗色の髪の少女が、言いながら直ぐ傍の黒髪女性を見上げる。

すると、間髪入れずに今度は金色と見紛う薄いストレートの髪の少女が口を開いた。

「トワ、「この子」ではなく「この方」です。初対面の方にそんな言い方をするのは失礼でしょう?それに辛ママが話してる途中です、静かに待たなくてはダメよ。」

優しい声で、諭すようにトワと呼ばれた少女に語りかける。

一方で、トワの方はシュンと消沈した様子で僅かに肩を竦めた。

「…ごめんなさい、クオン。私、またやってしまったのね…。あの、「この子」なんて言い方をしてごめんなさい。」

後半は恐らくカイに向け、そう声を掛けるとトワは口を噤んでしまった。

すっかりしょげてしまったトワを見てクオンと呼ばれた少女は、黒髪の女性の手を離すと静かにトワの隣に立ち空いている手を取って優しく握りしめた。

「次から気を付ければいいわ、ね?トワ。」

クオンが宥める様に語りかけると、肩を落として俯いていたトワが僅かに顔を上げた。

真っ直ぐ自分を見つめるクオンの穏やかな表情を見て、トワが小さく頷く。

そんな二人の少女を無言で見つめていたカイであったが、ここまでの会話を聞き終わると片手で額を押さえて小さな吐息を漏らした。

年齢と違わぬ素直なやり取りに、毒気を抜かれてしまったのだ。

「…呼び方を謝る必要はないよ。気にしなくていい。それより…先程の質問の意図を詳しく説明して貰えないだろうか?」

言い終わるとカイは視線を黒髪の女性、辛へと視線を戻した。

辛の隣で謝罪を受け入れて貰えた安堵からか、トワの表情が僅かに明るくなる。

その様子を横眼で見遣り、辛がカイへ向けて小さく頷いた。

「十年前だ。私と、私の姉は貴方達とよく似た人物に助けて貰った。その時は大人の姿だったが、見た目の特徴は同じだ。それに…他者を癒す事が出来る能力も酷似している。」

淡々と言葉を紡ぐ辛を極力冷静に見守っていたカイであったが、最後の一言を耳にした瞬間僅かに目を細める。

しかし、それ以上に反応を見せたのがトワとクオンだ。

大きく目を見開くと、それぞれが互いを見つめ合ってからカイをマジマジと凝視する。

余りの熱烈な視線に、体に穴が開くのではないかと思えた程だ。

そうして、少女達から放たれた言葉は敬称を除けば寸分違わず同じ物だった。

「貴方が、ママ達と私達を助けてくれたカイさん⁇」

「貴方が、ママ達と私達を助けてくれたカイ様⁇」

前者の発言はトワから、そうして後者がクオンだ。

さながら、ステレオスピーカーの様に声を合わせて発せられた内容にカイは小さく面食らう。

そうして冷静さを欠いた時点で、知らぬ存ぜぬを貫く事を諦めた。

そもそも、ベルの治癒の能力事実を出された事が決定打である。

恐らくは先のレグルスへの治療行為を、辛は何処からか見ていたのだろう。

姿だけが似ているというのであれば、苦しくとも白を切る事が出来たかもしれない。

けれど、ベルの治癒能力を引き合いにだされては言い逃れる事は不可能に思えた。

加えて、少女達は自分を「カイ」と正確に呼んでいる。

何より毒気を抜かれ切った現状で、以前の記憶など持ち合わせていないと突き放す事に罪悪感を覚えた事が要因の一つ。

そうしてもう一つ、本来カイの知る辛の性格を思えば自分達に害を成す存在にはどうしても成り得ない気がしたのだ。

ベルをお人好しだとよく言うが、自分も大概に思えてしまう。

本来なら以前の生の記憶を有している事実を認めて、他人にそれを告げる事などあり得ない。

それを辛に告げる気になったのは、単に目の前の少女達の純粋なやり取りを見た所為もあるのだろう。

加えて、態々自分達の居る場所に辛が赴いて来た真意も気に掛かった。

カイは隠すことなく、今度は大きな溜息を吐く。

そうして、真っ直ぐ辛に向き直った。

「…お久しぶりです、辛さん。少々試すような真似をして申し訳ない、ちゃんと覚えています。此方にも、色々と事情がある事を察して頂ければ有難い。…それで、一つだけ先に確認したいんだけど、貴方達は僕らに害をなす存在で無いと偽りなく誓って頂けますか?」

開き直った訳ではないが他人の空似だと偽る事を選択しないなら、最低限の現関係性を明確化する情報開示要求の承認と関りを持つ事へのルールを決める必要がある。

カイは兎も角、ベルは以前の記憶を保持していない。

ただでさえ、ここ暫くのベルは不安定な様子を見せている。

その一旦が、カノープスとの会合を経て触発された過去の記憶の僅かな想起である可能性は否めない。

寝た子を起こさないという意味でも、当然昔の事を話さないという約束をして貰う事が前提になって来るのだ。

故にカイは第一段階として前提である敵対性の有無を、まず確認したかった。

辛の方も、カイの対応が予想内であったのか落ち着いた様子である。

「恩人に仇名す事などあり得ないと言った処で、それを容易く信じて貰える状況ではない…とも思える…。なら、私は何に誓えば貴方達に信じて貰えるか教えて欲しい。」

心なしか、縋る様にその真っ直ぐな視線で辛がカイを見つめる。

年の功というべきか、現状カイ達が素直に信用する状況では無くなっている事も理解しているのだろう。

事実レグルスが負傷した事により、真意は兎も角実害が出たと言わざるを得ない。

偽りなく敵でない事を誓えと言っても、鵜呑みに出来る程カイも見た目通りの純粋な子供の精神のままではないのだ。

けれど、辛が誓うなら信用出来る誓いの対象がカイには思い浮かんでいた。

「…それなら、庚さんと二人のお子さんに誓って下さい。」

辛が最も大事にしているであろう人物と、その子供に誓えるなら信用出来ると認められる。

以前の彼女を知るカイには、少なくともそう思えた。

「名案だ。ならば誓う、私は庚とその子供等であるトワとクオンに掛けて貴方達の敵ではないと宣言する。…それでも足りないというなら、私の命にも掛けて誓おう。私達に敵対の意思はない。」

月光に照らされ、凛とした表情で以て辛は明確にカイへと言い切った。

その余りの清々しさに、疑う気さえ消え失せる程に。

辛の言葉は、何故か驚く程すんなりとカイの腑に落ちてしまった。

納得出来た所で、辛の隣でオロオロとしているトワ達に気付く。

暫く口を噤んでいた二人だが、敵対だのと物騒な言葉が飛び交った事で動揺している様だ。

「ぁ…あの、辛ママ?どういう事なのか…全然分からないんだけど…喧嘩しに来たんじゃないよ…ね?」

恐る恐るトワが辛に問い掛けると、直ぐに当人からは苦笑いが返される。

繋いだ手を握り返して、辛がスッと屈んで目線を合わせた。

「勿論だ。喧嘩をしに来た訳じゃないから、安心しなさい。恩人にそんな無礼な真似するわけないだろう?」

安心させるように優しく言い聞かせる姿は、カイには正真正銘の親子にしか見えない。

トワ達の方も、辛の言葉を聞いて安堵した様子だった。

日頃の良好な信頼関係が透けて見える様で、カイにはそれが少しばかり微笑ましい光景に映る。

少女達の誤解を解いた処で辛は再び立ち上がり、真っ直ぐカイに向き直ると静かに返答を待っていた。

「信用に値すると承認します。だけど、一つだけ約束して下さい。ベルの前では決して昔の話をしないと。僕と違って、ベルは昔の記憶が一切ない。身勝手なのは承知の上で言わせて欲しい、僕は……今のベルのままの生活を守りたい。出来るなら過去を思い出させる事はしたくない…了承して頂けますか?」

辛の瞳を見つめ、カイは静かに最後で最大の条件を提示する。

この条件を飲んで貰えないのであれば、辛を信用出来たとしてもこれ以上関りを持つ事は許容出来ない。

答えを待っている間、カイは注意深く辛の様子を窺う。

しかし、それも杞憂に終わる。

一瞬何かを考えていた様子だったが、直ぐに辛はしっかりと頷いたのだ。

更にその後、思わぬ方向から慌てた様子で言葉が発せられた。

辛の隣、トワとクオンだ。

「それなら今、お礼を言わせて。私達を助けてくれて、ありがとう。」

「それなら今、お礼をいわせて下さい。私達を助けてくれて、ありがとうございました。」

またもやステレオスピーカーよろしく、言い回しこそ違えどほぼ同じ内容の言葉がカイへと紡がれる。

本来、その言葉はベルにこそ伝えたかった言葉だろう。

けれど、提示した条件を飲むならカイに伝える事しか叶わない。

少女達も、カイの条件を理解し承諾したのだろう。

腕の中に納まる程だった赤ん坊が、内外共に大きく成長した事にカイは僅かに感嘆する。

少女達の気持ちを汲み取り、カイは静かに頷き微笑んだ。

「中へどうぞ、ここでは落ち着いて話もできないでしょうから。」

門扉を開くと、カイは辛達に中へ入る様に促した。

程なくして、辛はトワとクオンの手を片手ずつ繋いで敷地内へと歩を進める。

三人が完全に中に入るのを確認して、カイはそっと門扉を閉じた。

ふと、前を行く三人を見つめている中でとある事にカイは気付く。

三人共が、敷地内に入った途端忙しなく視線をそこかしこに移して何かを見つめている。

それは玄関へ続くアプローチを彩る芝桜であったり、新緑の色を深めつつある桜の木であったりと様々だ。

当初は敷地内を彩る自然の草花や木々を眺めているのかと思ったが、どうやらそれも違う様子である。

中でもトワとクオンは、キラキラと瞳を輝かせて熱心にそこいら中を見まわしていた。

「素敵ね、クオン。ここには、こんなに沢山のお友達がいるのね。」

トワが嬉しそうに、クオンにチラチラと目配せしながら話し掛ける。

一方のクオンも嬉しさに顔を綻ばせながら、トワを見遣っていた。

「そうね、トワ。きっとこの子達にとって居心地がいいのでしょうね、ここは。」

言い終わると、再び様々な方向をそれぞれが見つめていた。

そうして歩きながら、玄関に差し掛かろうとした時だ。

風も無いのにフワリとトワの髪の一部が浮かんだかと思うと、直ぐにハラリと肩に落ちた。

「ふゎぁ!びっくりしたぁ~。…フフッ…貴方、悪戯っ子なのね?私と仲良くしてくれるの⁇」

ニッコリ笑うと、トワは自分よりやや後ろの空中を見つめて言葉を掛ける。

それは、カイにとって見慣れた風景。

目の前のトワ同様に、ベルが時々同じ様な様子でそうして居たからだ。

辛にそれらが見える事は知っていたが、どうやらトワとクオンもそれが出来るのだろう。

僅かな羨望を以て、カイはその様子を暫し見つめる。

そうしてトワとクオンを見つめていると、違和感の様な奇妙な感覚が過った。

初めて少女達を見た時も感じた感覚だが、その正体が何かまでは分からない。

特に目の前で表情をコロコロと変えながら隣人と話すトワを見ていると、その感覚が湧き上がる。

それは奇妙としか言い様の無い感覚で、かといって不快感がある訳ではない。

ジッと見つめて糸口を探ろうとも思ったが、カイはすぐにそれを諦めた。

玄関の扉が、ガチャリと小さく音を立てて開いたからだ。

「これはこれは…こんな夜更けにお客さんとは珍しいね。」

そこには、笑顔で客人を迎えるジークが居た。

月光に照らされた夜に、優しい風が吹き抜けていく。

周囲から届く木々の騒めきが、微かに耳に届いていた。

辛に加え、トワとクオンの双子登場です。

どうも私は双子に愛着があるらしく…双子率高めですね。

お付き合い頂けた方がいらっしゃいましたら、心よりお礼申し上げます。

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