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10.始まりの記憶-ミラ。

シェアトは初めて二人の家を訪れて以来、時折カノープスを連れて遊びに来るようになった。

時に甘い手土産を持って、時に熟成させた葡萄酒を持って。

その度に二人もシェアトに収穫した作物を持たせた。

「…お礼がしたくて持ってきたのに、これじゃお礼した事にならないよ。」

アタフタと動揺しながら、手渡された土産を持ち帰るのも見慣れた光景になりつつある。

シェアトは戸口に立って、籠いっぱいの作物を抱えていた。

足元にはカノープスが猫なで声でシェアトの足に頬ずりをしている。

「僕らだって、シェアトに貰った物のお礼をしてるだけだよ。」

にこやかに答えながら、ベルがしゃがみこんでカノープスを優しく撫でる。

そんなベルを見つめて、カイはシェアトに諦めるように促した。

「誠実な行いには、誠意をもって報いろ…だろ?」

以前に自分が言った言葉をまんま返され、シェアトは何も言えなくなった。

暫くうーんうーんと何か唸っていたが、それも長く続かぬうちに治まる。

「ほらほら、そんな事より早く帰らないとお姉さんが心配するよ。」

丁度その時だった。

外から家の扉がコンコンと叩かれる。

「…あの、此方にシェアトがお世話になっていないでしょうか?」

三人が一同に扉を見つめる。

シェアトが慌てて扉を開けると、そこにはシェアトと同じ栗色の緩く波打った長い髪を乱して息を切らせる女性が居た。

「ミラ姉ちゃん…?どうしたの、そんなに慌てて。」

ひょっこり顔を出した弟に、ミラはホッとした顔を見せた。

そうしてほんの少し頬を膨らませ、シェアトに向き合う。

「どうしたのじゃないでしょう?とっくに晩御飯の時間なのに、シェアトったら全然帰って来ないんだもの…父様も母様も、私だって心配してたのよ?」

本当にシェアトを案じて探し回っていたのだろう事は、姿を見れば直ぐに理解出来た。

けれど、仕草とは裏腹にミラの声音は酷く優しい。

「ご…ごめんよ、姉ちゃん。お兄ちゃん達と居ると楽しくて、つい…。」

しょんぼりと落ち込んだ表情のシェアトを見て、ベルが一歩前に出る。

項垂れたシェアトの頭にそっと手を置き、ベルは一礼した。

「初めまして、僕はベル。後ろに居るのがカイと言います。シェアトには、何時も明るい笑顔に沢山元気を分けて貰ってます。そして、申し訳ありません。僕達もシェアトと居るのが楽しくて、彼を帰らせるタイミングを遅らせてしまいました。だから、シェアトの所為ではないんです。どうかお許し頂けないでしょうか…。」

深々と頭を下げたまま、ベルは静かにミラへと許しを乞うた。

その姿を見て、ミラは片手で口を覆い驚いた表情を浮かべる。

「いえ…そんな謝って頂く事では!お気になさらないで下さい、只心配していただけなのですから。どうか頭を上げて下さい、ベルさん。」

慌てて今の状況をどうにかしようと、ミラが補足しながら説明する。

ベルは暫くして、ゆっくりと顔を上げて姿勢を正した。

「…良かった。口調や雰囲気から怒っていらっしゃらないのは分かっていたのですが、お許し頂けたなら幸いです。」

そう言って、ベルはにっこりミラに笑い掛けた。

刹那、ミラの頬が淡い桜色に染まる。

「…シェアトから伺った通りの方なのですね…。」

囁く様な小さな声で、ミラが話す。

ベルは不思議そうに、そんなミラの姿を見ていた。

「でしょう?とっても優しくて、頼りになる人達なんだよ!僕の自慢のお友達なんだ。」

フフンと威張りながら、シェアトは二人を紹介した。

ミラはそんなシェアトを見て、少し呆れ顔で溜息を吐く。

「調子に乗るんじゃありません。さぁ、お礼を言って帰りますよ。」

シェアトは小さく舌を出し、カイとベルに向き直った。

ミラの隣に立ち、一礼する。

「カイお兄ちゃん、ベルお兄ちゃん!遊んでくれてありがとう。それからお土産も!」

シェアトの言葉にベルは頷き、カイは片手を上げて応えた。

しかしミラは、シェアトの持つ籠いっぱいの作物にその時気付いたようだ。

「まぁ…!こんなに沢山、宜しいのですか?カノープスを助けたお礼に伺っていたはずなのに…これではお礼になっていませんね…。」

まるでリプレイを見るかの様に、ミラはシェアトと同じ様にアタフタとしている。

その様子を見るや、他の三人は顔を見合わせ吹き出した。

「…!…どうなさったのです?お二人に、シェアトまで…私、何かおかしな事をしてしまったのでしょうか?」

更にアタフタと動揺するミラに、ベルが片手を上げて応える。

大きく深呼吸を一つして、ベルは微笑んで見せた。

「いえ、先程シェアトも同じ事を言って、同じ様にアタフタしてたもんでつい…流石姉弟ですね。考える事が似ていらっしゃる。笑ってしまって申し訳ありませんでした。」

説明を受け、ミラは笑われた事より自分が何かしでかした訳ではない事に安堵した様だ。

表情を和らげ、ホッとした様に胸を撫で下ろした。

「そうでしたか。それなら良かった、どうかお気になさらず。今度は私も一緒にお礼致しますね。」

ミラが返答するも、その内容にベルは少し困った顔をする。

カイも苦笑いを浮かべて、ベルに代わってミラへ話し掛けた。

「カノープスの件なら、お礼の必要はありませんよ。こうしてシェアトが遊びに来てくれているだけで、僕達には十分嬉しい出来事です。どうかこれ以上のお気遣いは無用という事で。」

カイの言葉に、ミラは少しの間押し黙る。

何事かを考えて、思いついた様にシェアトの持つ作物の入った籠を見て小さく両手を叩いた。

「でしたら、今度頂いた物で簡単な料理をお作りします!その料理を持って、皆でピクニックに行きませんか?」

名案だとばかりにミラは顔を綻ばせたが、提案を受けたベルとカイはポカンとした表情を浮かべた。

シェアトがミラの服の袖をツンツンと引っ張り、声を掛けた。

「…姉ちゃん。閃いた!みたいに提案してるけど、二人共固まってるよ。」

言われた方のミラは、ハッとして二人を交互に見る。

そうして両手で顔を覆い隠してしまった。

見る見るうちに、耳まで真っ赤になる。

「…あぁぁ…私ったら、私ったら!申し訳ありません、お二人のご都合もお気持ちも聞かず勝手に提案してしまって…ッ!」

シェアトは縮こまるミラの隣で、両手を軽く上げて何度か首を左右に振った。

足元のカノープスが大きな欠伸をしながら、「にゃぅ」と一つ鳴く。

ベルとカイは顔を見合わせて互いにオロオロとしながら視線で合図した。

結果、ベルがミラへと向き直り口を開く。

「いや、その…都合とかそういうのではなくて。お誘い頂いたのが初めてで、驚いただけなんです。ミラさんが宜しいのであれば、勿論ご一緒させて下さい。楽しみに待ってます。」

聞き終えてから緩々と両手を下ろし、ミラの桜色に染まった頬が見える。

先走った羞恥が抜けきらないのか、視線はカノープスを捉えたままでミラが小さく頷く。

「はい…、では後日お誘いに上がりますね。」

言い終わると、ミラはチラリとベルを見遣り一礼した。

そのままシェアトの手を引き、踵を返す。

「シェアトがお世話になりました。それでは失礼致します。」

それだけ言い残し、二人はそそくさと帰って行く。

カノープスも小さく伸びると、二人の後を追った。

手を引かれ、後ろを振り返りながらシェアトがもう片方の手を振る。

「またね、お兄ちゃん達!バイバーイ!」

カイとベルは、戸口から暫く姉弟の背中が小さくなるのを眺めて手を振り返していた。

そうして姿が見えなくなった頃、カイが口を開く。

「最後、ベルの方だけ見てたな。」

ベルがカイに向き直り、不思議そうな表情をして見せた。

少しの間その顔をじっと見つめ、カイが小さく溜息を吐く。

「…いや、何でもない。ミラさん、何を作って来てくれるんだろうな。」

言いながら、カイは家へと入って行く。

ベルが後を追い、静かに扉を閉めた。

「誰かとピクニックなんて、ちょっと嬉しいよね。どんな物を作って来てくれても、きっと楽しい時間になると思わない?」

まだ訪れぬ未来を想像しているのか、ベルは楽しそうにカイに話した。

そんな姿を見ながら、カイも頷く。

シェアトが訪れるようになってから、時折見かける村人も二人を露骨に避けなくなった。

それだけでも心が穏やかになっていた折りの、ミラの申し出だ。

カイも嬉しくない訳がなかった。

夕食の準備に取り掛かりながら、ベルに背を向けたままカイが小さく微笑む。

幾何もしないうちに、美味しそうな香りが部屋を満たす。

そうして新たな客人が訪れた日が終わって行った。


ミラとの約束を交わした日から数日が経った日の昼前、シェアトとカノープスを連れてミラがやって来た。

雲一つない晴れた日で、ミラは大きなバスケットボックスを持っている。

軽く挨拶を交わした後、ベルはスッと手を差し出しミラの持ち物を自分が持つと受け取った。

オロオロとしていたミラに、シェアトが出発を促す。

ミラはそれを受けて、諦めたように歩き出しながら少し俯いた。

「食べる物を用意して頂いたんです、これくらいはさせて下さい。」

ベルはミラに優しくそう言うと、後ろに続いた。

シェアトは先を行く二人を眺めながら、カイに小声で話し掛ける。

「ベルお兄ちゃんが誰にでも優しいのは、何となく分かるんだけど…あれ、無意識にやってるんだよね?勘違いする女の人、多そう…。」

シェアトの視線の先で、ベルとミラが楽し気に会話している。

カイはそれを眺めながら、シェアトへ言葉を投げた。

「同感だ。けど、今まで残念ながらそんな機会も無かったからね。勘違いしようもない。」

しかし、カイの言葉を否定するようにシェアトは首を左右に振った。

そうして片手の人差し指を立てると、そのままその指を前方へ向ける。

「ちゃんと前が見えてる?今までは、でしょう。勘違いし始めてる女の人があそこに居るんだけど?見てよ、あの嬉しそうな顔!」

シェアトに言われて、カイはミラの表情を見遣る。

楽しそうに会話し、ベルを見つめ頬を染めながら微笑む姿は恋する乙女に相違ない。

「ごもっとも。まぁ、ミラの気持ちにベルが気付けるかが問題だけど…。」

カイが呟くと、シェアトが二度三度と頷く。

腕に抱いたカノープスを抱き上げ、自分と向かい合わせに見つめ合う。

「ベルお兄ちゃんて、普段感が良いのに変なところで鈍感だからなぁ…な?カノープス!」

独り言の様にブツブツとカノープスに話し掛けるシェアトを見て、カイが苦笑いした。

初めて会った日に、カノープスを治癒した事を他言無用だと乞うた時もそうだが、シェアトは呑み込みが早い上に感が鋭い。

そうして、ベルの事を短期間でそれなりに理解していた。

カイはそんなシェアトを感心しながら見つめる。

確かに、ベルは人一倍勘が鋭い。

カイには見えない、隣人達のおかげでもあるのだろうがそれを差し引いても何かを感じ取る感覚が卓越しているのだ。

それなのに、妙なところで鈍感であったりする。

特に、自分に対する他者からの好意には殊更だ。

先を行く二人を見つめながら、ミラの前途多難が目に見えるようであった。

「…ところで、村の方へ向かっているけど目的地は何処なの?」

カイが徐に問い掛けると、シェアトはニヤリと笑った。

カノープスを再び腕に抱きかかえ、歩き続ける。

「教えちゃったら楽しみが減るでしょー?着いてからのお楽しみ!」

シェアトが言い終わると、村の中央に位置する広場が見えてくる。

何人かの人々が雑談に花を咲かせていたが、その内の一人が楽し気に会話するベルとミラに気付く。

「ミラお嬢様ではありませんか。」

中肉中背の老人がミラに話し掛ける。

その後チラリとベルを見遣り一瞬口を噤むが、直ぐに笑顔で話を続けた。

「何処かへお出掛けですかな?」

ミラは笑顔でそんな老人に軽く会釈した。

そこへカイとシェアトが追いつく。

「シェアトとカノープスのお友達なんです。これからお二人とピクニックに行こうと思って。」

言われて、老人がシェアトの存在に気付く。

すると小さく何度か頷くと、一礼した。

「これは失礼致しました。お邪魔してしまったようだ。どうぞご友人との楽しい時間を。」

言い終わると、老人と一緒にいた初老の女性も軽く頭を下げて道を開ける。

気付くと、広場に居合わせた他の人達も頭を下げていた。

「有難うございます。行ってきますね。」

にこやかに微笑んで、ミラが歩き出す。

広場を中心に丁度十字に道が分かれており、ミラは右方向へと進んだ。

ベルがミラの後を追い、カイとシェアトがそれに続く。

広場を抜けた辺りでカイが後ろを振り返ると、村の人々の視線とかち合う。

以前の様な畏怖の視線では無くなったが、明らかに興味を募らせた瞳であった。

先程の様子から、ミラやシェアトの立場が凡そ想像が付く。

カイは無言で前を行く三人の後を歩いた。

民家を抜け、小麦畑を通り過ぎて暫くすると小さな丘が見える。

丘を登り切ったところで、ミラは小さく息を切らしながら立ち止まった。

クルリと後ろを振り返り、ベルを手招きする。

誘われるままに遅れて到着したベルは、驚いた顔で息を呑む。

「…凄い。こんな綺麗な場所があったんですね。」

後ろからシェアトとカイが追い付くと、カイも目を見開いた。

シェアトはミラの隣に並び、二人して満面の笑みを浮かべる。

丘から見下ろした場所には、紫色に染まった花畑が広がっていた。

「驚きました?家で管理してるラベンダー畑なの。気に入って貰えた様で、嬉しいです。」

屈託なく笑いながらミラがベルの手を、シェアトがカイの手を取って先へと進む。

丘を下り、簡素な木製のベンチに四人が腰掛ける。

シェアトは少し屈んでカノープスを地面に下した。

「とっても心地良い香りですね。素敵な場所に案内して下さって、ありがとうございます。」

ベルはミラを見つめながら、優しく微笑む。

するとミラは頬を染めてラベンダー畑に視線を向けた。

「いえ、お礼なんてそんな…。それより、出来ればその…敬語ではなく、もっと気楽な感じでお話しませんか?」

ベルから視線を反らしたまま、ボソボソとミラが呟く。

そんなミラの様子を不思議そうに見つめ、ベルはシェアトへと向き直る。

「気楽な…と言うと、シェアトに話し掛けるみたいに?」

ミラはベルの言葉に大きく上下に何度も頷いた。

カイとシェアトは気付かぬ振りして、二人の様子を見守る。

「…はい…その方が私も嬉しいし、お二人も気兼ねしなくて良いかな?…と。」

サラッと自らの気持ちを詰め込んで、ミラが応える。

シェアトはそんな姉に良くやったと言わんばかりに、そっとガッツポーズした。

しかし、当の本人はミラの言葉の真意を汲み取る事無く、暫く押し黙った後に微笑むだけ。

「じゃあ、ミラさんじゃなくてミラって呼ばなくちゃね。僕もベルでいいよ。」

そう言い放って、満面の笑みを浮かべる。

ベルの表情に一瞬フラッとなったミラを、慌ててシェアトが両手で押し止めた。

見れば、ミラは不意打ちの様に名前を呼び捨てにされ真っ赤な顔をしている。

「姉ちゃん落ち着けって、名前呼ばれただけだってば。」

シェアトは小声で囁くと、引き攣った笑いを浮かべながらベルを見た。

鈍感もここまでくればいっその事清々しくも思える。

ミラをよろけさせた本人は、ビックリ顔で様子を見守っていた。

「ミラ、大丈夫?具合でも悪いなら…少し休んだ方が…?」

ベルの的外れな言動に、シェアトは大きな溜息を吐いて見せる。

そうして、切り替える様にラベンダー畑を指さした。

「姉ちゃんは大丈夫だよ。ちょっとバランスを崩してよろけただけ。それよりベル、ラベンダーを摘みに行こうよ。香りが良いだけじゃなくて、色々使えるから取って来るように母さんからも言われてるんだ。ベルも持って帰るといいよ。」

言いながら、シェアトはベルではなくカイの手を取り行ってしまった。

残されたベルは、ミラを見つめて片手を差し出す。

恐る恐るその手に自らの手を重ねて、ミラがベンチから立ち上がる。

その表情は照れた様であり、少し戸惑っている様でもあった。

遠くから二人を見遣り、カイは小さく微笑む。

「シェアト、どのくらい持って帰ればいいんだ?」

カイ同様にベルとミラを見つめながらブチブチとラベンダーを採り続けるシェアトは、ポカンとした顔でカイに向き直った。

暫くして、我に返ったような表情を見せる。

「あ…そうだね、そんなに大量じゃなくていいと思う!適当だよ、適当!」

アタフタとしながらラベンダー摘みに戻るシェアトを見て、カイは違う意味で納得した。

恐らく、母親からラベンダーを持ち帰るよう頼まれたと言うのはシェアトの思い付きなのであろう。

ミラとベルを二人っきりにさせる口実と言ったところか。

そんな嘘を吐かずとも、カイ自身も無粋な真似をするつもりは無かった。

但し、進んで協力するかと言われれば、それも違う気がする。

何故なら、自分達の時間はシェアトやミラとは進み方が違うのだ。

ミラの想いがベルに届いたとしても、ベルが素直に受け入れるかは別問題な気がした。

例えベル自身がミラと同様の感情を抱いたとしても、恐らくそれを伝える事は無いであろう事も。

「…どちらに転んでも、苦しい道しかないな…。」

自身だけに聞こえる程度で、カイは二人を見つめて小さく囁いた。

ミラもベルも、ラベンダーを摘みながら楽しそうに会話をしている。

叶わぬ願いだとしても、こんな時間が長く続けばとカイは思う。

穏やかな時間はあっという間で、気付けば日は真上に射していた。

近くでシェアトの腹の虫が盛大に鳴る音がする。

それでもベル達の楽しい時間を邪魔すまいと、暫くシェアトは耐えていたのだが長くは続かない。

「…ミラ姉ちゃん、ゴメンお腹が減って限界みたい。」

申し訳なさそうにしながら、シェアトがミラを呼んだ。

応える様にミラは片手を上げて、ベルとベンチへ向かう。

カイとシェアトも合流して帰って来ると、ベルが運んで来たバスケットボックスをミラが開く。

中には小麦色のパンに野菜や肉を挟んだ数種類のサンドイッチと、大きめのガラス瓶に入った飲み物、人数分の小さなグラスが伏せて並んでいた。

グラスの下に敷かれていた濡らした布をそれぞれに渡すと、ミラは自らの手を綺麗に拭き取る。

他の三人もミラに習い、各々汚れた手を綺麗にした。

全員が手を拭くのを見届けて、ミラが口を開く。

「お口に合うか分からないけど、どうぞ。」

ミラはサンドイッチを両手に一つずつ持ち、カイとベルにそれぞれ手渡す。

その間に、我慢できずにシェアトがバスケットボックスからサンドイッチを素早く抜き取り頬張った。

「おいしーっ!流石姉ちゃんの料理、最高だね!」

口の周りにパン屑を付着させ、シェアトが大きな声で言い放った。

そんなシェアトを、少し呆れ顔で見つめながらミラが頬を膨らませる。

「シェアトったら…先に食べちゃダメじゃない。ベルとカイをおもてなししようと誘ったのに…。」

言われて、シェアトは「しまった」という顔をする。

けれど、ベルが笑顔でミラを見つめてサンドイッチを食べ始めた事により、ミラの意識は完全に其方に移行した。

「本当だ、凄く美味しい。こんなに美味しい昼食を作ってくれて、ありがとう。ミラはきっと良いお嫁さんになるだろうね。」

ミラの気持ちを持って行った決定打は、ベルの言葉の最後の部分だ。

お嫁さんという単語に、ミラは瞬時に真っ赤に頬を染めてアタフタと目に見える程に動揺を隠せない。

カイは無言で、そんな両者の様子を見つめながら思う。

我が半身ながら、何ともド天然且つ罪作りな弟だと。

シェアトもカイと類似した感想なのか、隣で同じ様な表情を浮かべ二人を見守っている。

「…ぉ…お嫁さんなんて…そんな…。私はまだまだ未熟で…その、でも…そうね…嬉しい…!…嬉しいわっ!!」

もじもじと小声で呟くミラは、何処からどう見てもベルにベタ惚れ状態だ。

頻りに頬に掛かる髪を掻き上げては、視線を彼方此方へと忙しなく移動させている。

これでどうしてミラの気持ちに気付かないのか、ある意味尊敬するくらいの鈍感っぷりだ。

「ミラも一緒に食べよう?その方がきっと、もっと美味しいよ。親しい人と食べる食事に勝るものは無いと思うんだ。」

柔らかく微笑むベルの言葉の一つ一つが、ミラの体温を上昇させる。

ミラは小刻みに何度か頷くと、自らもサンドイッチを頬張った。

「本当ね、とっても美味しい!」

自分で作ったサンドイッチを自分で褒めるという最早支離滅裂な状態にも関わらず、ミラはベルの言うままに自らへ賛辞を述べた。

シェアトがそっと、カイへ耳打ちする。

「どう思う?あれ。」

カイはすました顔をして、二人を見つめながらサンドイッチを頬張り続けた。

「どうもこうも…重症以外の何物でもないな。」

その言葉に、シェアトがニヤリと笑い鼻を鳴らす。

彼の表情が、言った通りになったぞと言いたげだ。

「だよねぇ、後はベルお兄ちゃんが気付くかが最大の難関だなぁ。」

考え込むシェアトをよそに、カイは複雑な表情を見せる。

父が逝ってしまった時もそうだったが、二人が両想いになった所でベルが母の様に苦しむのは想像に容易い。

それを分かっていて諸手を挙げて全力で応援する気には、とてもじゃないがカイにはなれなかった。

「僕やシェアトがどうこうしなくても、なるようにしかならないよ。見守っていればいいさ。」

囁く程の小さな声で、カイはシェアトに言葉を投げる。

シェアトは一瞬だけ不思議そうな表情を浮かべたが、直ぐに納得したように頷いた。

「…それもそうだね。放って置いても時間の問題な気もするし。」

この会話を最後に無心でサンドイッチを幾つか頬張り、その後シェアトはラベンダー畑で蝶と戯れていたカノープスの元へと向かった。

ポケットから燻製肉の欠片を取り出し、シェアトはそれを掌に乗せてカノープスに与えている。

ベンチに座って静かにサンドイッチを食べながら、カイはその様子を穏やかな気持ちで見守った。

ふと、自分にも愛する人が出来て子供に恵まれる未来もあるのだろうかと想像する。

しかし、例え幸せを手に入れようと父や母と同じ状況が何れ訪れるという事実を知った今では、安易に未来を想像する事さえ痛みを伴う。

愛すべき対象の居ない己でさえ、こんな状態なのだ。

ベルがミラの思いに応える日が、果たして来るのだろうか。

考えれば考える程、進んで二人の応援をしない程度の問題では無い気がして来る。

直ぐ隣では、ベルとミラが会話を弾ませているのに、少しずつそれを複雑な思いで傍観する己が居た。

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