第9話 手荒な歓迎
すっかり陽が落ち、窓の外は夜の帳が下り、
食事を済ませた寮生達は、歓談室で寛いでいた。
歓談室内は、暖炉の灯りと天井から下がっているシャンデリアの灯りで暖かい空間を演出しているのだろう。
アンティークな家具や調度品に囲まれた落ち着いた雰囲気の室内は、かなり広く寮生全員が居たとしても狭さを感じない程だ。
暖炉の前に置かれたソファにレインが足を組み座っていた。
其処へダグラスが、お腹を摩りながらルームメイトと歩いて来た。
「くぅ〜っ、晩飯美味かったなぁ!
寮のメシなんざ、大味で美味くもねぇって思ってたが、目から鱗だったわ、食い過ぎて腹がはち切れそうだ。」
そう言いながらレインの隣へどかっと座った。
ルームメイトは、向かいのソファに座ると
「ヴェルハルド君、食べ過ぎだよ?
8人前くらい食べてたじゃない、あんまり食べ過ぎるとお腹壊しちゃうよ。」
余りにも無謀な食べっぷりだったのだろう、かなり心配している。
「そんな心配すんなって、チャールズ。
このくらい普通だからよぉ、それより、そのヴェルハルドって呼ぶのは止めろって言っただろう、
ダグラスで良いって、堅苦しいのは嫌いなんだよ。」
「あ、うん…そうだったね、ダグラス君。」
ダグラスとは対照的に気が弱い印象を受ける線の細い青年だ。
「ダグラス君…ねぇ、ま、良いけどよ。
それよか、レイン。
俺のルームメイトを紹介しておくぜ、コイツは、
チャールズ、ちょっと痩せ過ぎちゃいるが…将来有望な『拳闘士』だ。」
紹介されたチャールズは、ソファから立ち上がり、
「チャールズ=クライス(17)です。
ダグラス君のルームメイトで…将来有望かどうかは分からないけど、持ってる才能は『拳闘士』です。」
「レイン=シールドだ。
なんの能力も無い普通の『転生者』だけど、
此れからよろしく、チャールズ。」
レインも立ち上がり、チャールズと握手した。
その時、背後から大きな独り言が聞こえた。
「おいおい、近頃の『転生者』様は質が落ちたんじゃねぇか?大食いで頭の悪そうな筋肉バカと無能な『転生者』だってよ。
後は、女子供だぜ?
適性検査ん時の数値もおかしかったしなぁ、なんか不正でもしたんじゃねぇのかよ。
なぁ、お前もそう思うだろう、ダンゴ?」
声の主は、ガナハだった。
ニヤニヤしながら部屋中に聴こえる様にレイン達を中傷した。
大柄な体躯のダンゴが、大きく頷いている。
「君達、憶測でありもしない事を言うのは、やめたまえ!」
ランド=グリッドが、咎める。
「同じクラスメイトを中傷するのは良くないと思うよ。」
チャールズも控えめに反論していた。
「あぁ?何だよ、お前らもおんなじだろ?得体の知れない『転生者』なんて信用できねぇ、コイツらへの疑問があんじゃねぇのかよ。」
ガナハが、正論であるかの様に言い返すと、歓談室が静まり返る。
皆少しは、意識していたのだろう、それ程適性検査の彼等は
センセーショナルだったのだ。
レインが、ガナハの方へ振り向き、
「…あまり面倒ごとには関わり合いたく無いんだが、
周りから見れば、少なからず俺達『転生者』が面倒の種って事もわかるよ。
此れからクラスメイトとして共に学ぶ者同士、腹を割って話し合う必要があるのかも知れないな。」
「はぁ?話し合いで何が解決すんだよ?
お前ら不正疑惑もあるんだぜ、そんな奴等の話を信用できる訳ねぇだろう!」
ガナハが、食って掛かる。
「…ふむ、それもそうだねぇ。
じゃあ、どうすれば信用して貰えるのかな?」
レインが訊き返す。
ガナハが、ニヤリと笑みを見せる。
「おいおい、来たばかりの『転生者』様は知らねぇ様だなぁ。
この世界は、言葉じゃなく実力主義ってやつでなぁ…己の力を示した奴だけが認められる。
お前が、力を示せりゃあ、クラスメイトとして受け入れられるってこった。」
「…成る程ね…」
「おい、ちょっと待てよ。
レインは、無能力者だって公言してんだろう?だったら、俺が力を示すのが…」
ダグラスが、代わりになろうとするのをレインに止められた。
「悪いなダグラス、これは俺がやらなくては意味がない…指名を受けたのは俺だからな。」
そう言って、前に出るレインを
「お前達…なにをしている?」
階段から下りてくるバルジモアが、ガナハへ声を掛けた。
ビクつくガナハが、バルジモアの方へづり向き、
「バ、バルジモアさん…こ、これは…」
「おっ、お山の大将のお出ましの様だな。」
ダグラスが揶揄した言い方をした。
「貴様…!」
何かを言いかけたガナハの横にバルジモアが来ると声を出すのを控えた。
「食後は、トレーニングに行くと言って置いた筈だが…?
何故、こんな所で油を売っているのか…説明してもらおうか?」
バルジモアが、静かな口調でガナハとダンゴへ問いを投げかけた。
ダンゴは大きな体を委縮させ、ガナハは俯いて顔を上げない。
「答えないのか…俺が聞いているんだぞ?」
「す、すみません…『転生者』にこの世界のルールを教えていたところで…」
ガナハが、慌てて答える。
「この世界のルール?」
「は、はい、クラスの中に認められ、馴染みたかったら『力』を見せろと…」
「…ふむ、この『羅生王門』では、それが真理だ。
『力』こそすべて…『力』が無ければ、この世界に生きる『封印の民』としての資格すらない…
それこそが、この世界に生きる者達全ての『存在意義』だからな。」
バルジモアが、この世界の真実を語っている。
いつか再び復活する『災厄』を封印する為にこの世界の住人は存在しているんだ。
それは、転生者とて例外でなない…
「そ、そうなんですよ!ですから俺はこいつ等を…」
バルジモアが手を上げ、ガナハの話を止める。
「それはそれ…お前達が、俺との約束時間に遅れた事とは別だ。
後できっちり、償ってもらう。」
「…わ、分かりました。」
一括され、ガナハとダンゴが、頭を下げたまま上げる事が出来なかった。
バルジモアが、レインの方へ向き直る。
「お前達『転生者』に興味は無い…が、同じクラスメイトとしては、その実力は知っておきたいところだ。
他の奴等も気になっている様だ…」
バルジモアが周りを見回す仕草をする。
「そうらしいな…
それで、俺は誰と手合せすればいいのかな?彼かいそれとも君?」
レインが、バルジモアに微笑み掛ける。
「俺だ。…今なら4階の闘技室が空いてるからな。
そこでお前の『力』を見せてもらおう…10分後に始める、遅れるなよ?」
そう言って、バルジモアは二人のお供を連れ、階段を上がって行った。
あとに残された歓談室がざわついていた。
「良いのかよ、レイン。
ご隠居様は、面倒や争いごとなんか嫌いなんじゃなかったか?」
「あぁ、嫌いさ…面倒な事は何一つ関わりたくないってのは変わってはいないよ。
だけど…」
(まったく…平坦な道は歩かせてくれそうにないな…あのクソ爺め…
そう簡単には、人の世界に関わらず、平穏にのんびり隠居生活が送りたいって言う、俺の願いは叶えられない様だ…それが出来る世界にしろって事なんだろうが…)
「だけど?」
「ま、なるようになるさ…」
「…?何の話だよ、レイン?
それよりどうするんだ、お前『無能力』なんだろう?」
ダグラスがレインと話している言葉にランドが口を挟んだ。
「レイン君…君は、本当に『才能』を持っていないのかい?
信じられないな…才能を持たない『無能力』の『転生者』がこの世界に来るなんて…
君は…一体…」
「簡単な話だ、お前達の言う『大いなる意思』って奴に嫌われているだけさ。」
「そういやそんな事を言ってたな…」
「…『大いなる意思』に嫌われてる…?
なんか良く判らないが、もし本当に君が『無能力』なら不味いかも知れない…」
ランドが、心配そうな顔になる。
「…バルジモア君は、この辺りでは有名人だからね。
それに2段階の覚醒が終わってる…」
ダグラスのルームメイトのチャールズも加わる。
「2段階目の覚醒ってのはなんだよ、チャールズ?」
「ダグラス君達は、この世界に来てから間もなかったよね…
簡単に言うと、僕らが持つ『才能』は1段階覚醒すると『職業』が芽生えるんだ。
例えば、『戦士』『闘士』『技師』『科学者』や『砲銃士』と言った『職業』だね。
それが、もう1段階覚醒するとダグラス君の様に飾り名が入るんだよ。
『爆炎・砲銃士』…飾り名が入る程の実力があるって事なんだ。」
「成る程な…その2段階目の覚醒ってのはそんなにスゲェのか?」
ダグラスがもう一度質問する。
「修行や訓練で覚醒する事もあるし、突然何かのきっかけでなる事もあるんだけど、
2段階目に上がると『能力』が数倍に跳ね上がるんだ…」
「それに彼は、ある大会で有名になった。
付いた通名は『爆撃の戦闘狂』…その大会で彼に挑んだ挑戦者は全員爆撃を受けたようにボロボロになったって話だ。」
ランドが、バルジモアの異名を説明してくれた。
「怖そうな異名だな…まぁ、怪我しない程度に何とかやってみるさ。」
そう言いながらレインは、軽快に階段を上がって行った。
それをポカンとした顔で見送るダグラス達、
「ダグラス、何やってんのよ?」
フェリスが後ろから声を掛けたが、振り向く気配はない。
「レインは?見当たらないんだけど…」
フェリスが、歓談室の中を見回していると、ダグラスが階段の上を指さしている事に気付いた。
10分後、
寮の4階にある闘技室へ寮生が殆ど集まっていた。
爆撃のバルジモアと転生者レインとの戦いを観戦しようと集まった様だ。
闘技室内はそう板張りになっている壁面は布団張りで衝撃を吸収できる素材で出来ている様だ。
天井も高く、壁と同じ素材で出来ていた。
闘技室の中央には、バルジモアとレインが既に対峙していた。
二人共手には練習用の武器を携えていた。
バルジモアの手には『砲銃剣』が、レインの手には『長い棒』を持っていた。
「ほう、俺との約束を守って、逃げ出さなかったことは褒めてやるが…
手加減はせん、貴様の『力』を見せてもらう。」
バルジモアが、レインへ話し掛けた。
「正直、面倒臭い事は、やりたくないんだが…そうも言っていられない様だし…」
レインは棒をくるくる回転させ、右手を下げ、棒を背に回しながら構えを取る。
「良い構えだ…。」
バルジモアも砲銃剣を腰だめに構え低い姿勢をとる。
闘いなれた隙の無い構えだった。
《おやおや?やる気を出すなんて君らしくないな?こんな面倒事には関わり合いたくないのかと思っていたけど…》
(…正直、気は進まないがな。
全てに関わらそうっていうこの流れを作ってんのは、あのオッサンだろ?
…って事は、この世界の『災厄』ってのを封印しなけりゃ、俺の隠居生活が始まらねぇって話だよな?)
《…色々違ってるけど、この世界と君の関わり合いを少しは理解出来て来たってことかな?
まぁ…君の世界なんだし…
それより、大丈夫なのかい?君の対戦相手は2段階目の覚醒をしている様だけど、今の君では勝てないんじゃない?》
頭の中の声が何か言い淀んだような感じで話題を変える。
(…ああ、そうだろうな。)
「どうした、掛かってこないのか?」
対峙するバルジモアが、声を掛けて来た。
「待たせて悪いな、頭の中の声が五月蠅くってな。」
「…どういう意味だ?」
「いや、気にしないでくれ…さぁ、そんじゃ…」
闘いを始めようと低い体勢で構えるレインに声が掛かった。
話を聞きつけた2Fの女子が殺到したのである。
「レイン…」
フェリスが声を掛けようと身を乗り出すが、それを押しのけられた。
「レイ~ン!頑張っってぇ!!」
大きく手を振り、頬を紅く上気させたサーシャだった。
(ちょっ…な、何なのよこの女?!)
フェリスが憤慨する中、対峙する二人はうんざりするような溜息をもらしていた。
「外野が五月蠅いな…」
バルジモアが独り言ちる。
レインも同感だと云わんばかりに頭を振る。
「さぁ、気にせず、始めようか!」
レインが、地面をおもいっきり蹴り出した。
同時にバルジモアの顔へ右手の棒を突き込んでいる。
「は、速い…」
ランドが、我知らずに口走っていた。
バルジモアがその一撃を紙一重で躱すが、頬に一筋の切り傷が出来る。
しかし、レインの攻撃は止まらない。
連続する突きを繰り出し、それを躱し続けるバルジモアの態勢が崩れると足を薙ぎ払いに行く。
飛び退きながら回転し再び立ち上がるバルジモアへ間髪入れず振り下ろされる棒の一撃を
砲銃剣で受け止めつつ、再び後方へ跳び退るバルジモア。
「レイン君の攻撃…凄いね…あれで本当に『無能力』なの…?」
チャールズが、ダグラスへ訊いたが、返答はない。
「…」
「ふむ…思ったよりは、闘えるようだな…次は、俺の番だ。」
無感情な声でバルジモアが、感想を口にした。
次の瞬間、バルジモアの姿が消えた…
視界から消える速さで跳び上がったのだ、振りかぶった砲銃剣がレイン目掛けて振り下ろされる。
気付くのが遅れていれば、直撃を受けていただろう…しかし、レインは何とかそれを回避した。
いや、完全には回避できなかったようだ、飛び退るレインが左肩を抑えていた。
またしてもバルジモアの姿が消えたと思った次の瞬間、跳び退るレインの背後に姿を現した。
「?!」
バルジモアの遠心力を使った一撃を棒で何とか受けとめるが、こらえきれず吹き飛ばされる。
地に手を着け、堪えたレインが、肩で息を吐きながら立ち上がった。
「ふぅ~、強いな…」
バルジモアが、砲銃剣を肩に担ぎながら
「まだ始まったばかりだ…」
無感情な声だった。
観戦しているチャールズが口を開いた。
「バルジモア君の動きが…見えない…あれが、2段階目の覚醒者の実力…」
「違うな…ありゃあ、ただの様子見だ。
バルジモアは、実力の一端すらまだ見せていない…」
ダグラスが、口元に笑みを浮かべていた。
「えっ?!そ、それじゃあ…」
「ああ、ありゃあ…相当な手練れだな…動きに卒がない…かなり実戦経験を積んでやがる…
レインの奴…相当てこずるんじゃねぇか?」
(…それにしても、レインの闘い方には違和感があるな…
『刻の影』ん時は、先を読みながら避けてやがったと思ったんだが…)
レインが、棒を回転させる。
「さぁて、続きを始めようか!」
バルジモアに対し棒を正眼に構えるレイン。
砲銃剣を肩に担いだまま、左手で手招きをするバルジモア。
「いつでも掛かって来い…」