第8話 ルームメイト
終業の鐘が鳴り響く…
「それじゃあ、一通り自己紹介も終わりね。
今日は初日だし、授業は明日からにして、午後はゆっくり寮で過ごしてもらうわね。」
エノーラ先生が、名簿を閉じる。
ランドが手を上げ質問する。
「エノーラ先生、寮の詳細は入学案内に記載が無かったのですが、どういった場所なのでしょうか?」
「そうねぇ、此処で説明するよりも、今から案内するから向こうで説明してあげるわね。
それじゃあ、みんな付いて来てね。」
そう言って、エノーラ先生は退出していく、生徒達もそれに続いて部屋を出て行った。
シエルフラム学園は、広大な敷地面積を有している。
校舎は、近代的な造りになっていて、学園の東側にあり、中央には、生徒会や教師達が集う城のような建造物もある。北側には、訓練施設や鍛錬場、各種施設が並んでいる。
学園の西側が、居住施設になっており、全ての生徒が此処で暮らしている。
大きな洋館に案内されたレイン達は、1Fの広間に集まっていた。
エノーラ先生が、歩いて来る。
「みんな揃てるわねぇ、じゃあお部屋の割り当てを配るわねぇ。」
そう言って、生徒達に紙を配った。
男子と女子で分けてあり、各部屋2名づつでランダムに人選している様だ。
「じゃあ、この寮の説明をするわねぇ。
1Fには食堂と購買部、大浴場、歓談室、レクリエーション室があるわ。
中央の大階段から上がって2階が女子、3階が男子専用のフロアになってて、各階にも歓談室があります。
4階は、自主練用の施設が在って色んな器具がそろってるからいつでも訓練出来るわね。
新入生の君達は、さっき配った部屋割り通り2人づつでシェアして貰う事になるんだけど、半年後からは、個室も選べるようになるわよ。
生活用品や雑貨で足りないものが在ったら遠慮なく寮母さん達へお願いする事。」
「寮母さん達?」
「ええ、貴方達の面倒を見てくれる人達ね。
掃除や洗濯は、寮母さん達がお世話をしてくれるわ。
じゃあ、寮母長からご挨拶してもらうわね。」
そう言って、エノーラ先生が一歩横へ動くと後ろに家政婦姿の30半ば位の女性が姿を見せた。
「初めまして、新入生の皆さん。あたしは、寮母長のアンナだよ。
寮での生活は、私達が責任をもってお世話させてもらうからね。
但し、守ってもらうルールがいくつかあるから忘れないようにしておくれ。」
①寮生の出入りは自由だが、部外者の立ち入りは寮母の許可を得る事。
②門限は19:00、遅れる場合は、事前に寮へ連絡を入れる事。
③朝食は7:00、夕食は19:30、食事をとらない場合は、前日までに連絡する事。
④大浴場の使用時間は17:00~24:00、5:00~7:00とします。
⑤寮内での戦闘行為は禁止(訓練は除く)
⑥迷惑行為は、一切を禁止。
「まぁ、大まかな規則はこの6つだよ。
違反したら罰則を与えるからね、しっかり覚えて守るんだよ。
あと生活に不自由な事が在ったら遠慮なく行っておくれ、直ぐに改善するからね。」
アンナが、にこりと笑いながら一礼し後ろへ下がった。
エノーラ先生が、アンナへ礼を言う。
「ありがとう、アンナさん。
大体理解できたかしら?それじゃ、説明はこの辺にしておくわね。
明日から授業が始まるから今日はゆっくり休んでおいてね。
それじゃあ、これで今日は解散します。まずは自分の部屋へ行って足りないものが在ったら寮母のアンナさんへお願いしてね。」
そう言って、エノーラ先生は、帰って行った。
部屋割りを見ていたエミリアが、
「やったぁ、由奈ちゃんとおんなじ部屋だ!行ってみようよ!!」
「う、うん。」
由奈の手を引いて大階段を駆け上がって行った。
他の生徒達もそれぞれ階段を上がって行く。
レインは、座り心地の良いソファーに腰掛けた。
「おや、どうしたんだい?お前さんは、行かなくても良いのかい?
自分の部屋がどんなものなのか興味は無いのかい?」
アンナが、声を掛けて来た。
レインは、振り返らずその問いに答えた。
「別に慌てる必要は無いだろう、時間は有限だけど、まだたくさんあるんだしさ。
それに…俺は、人が多いところは苦手なんだ、関わり合うのも面倒臭いし、疲れるからな。
ルームメイトが誰だろうが、どんな部屋だろうが、それ程興味も無いしな…」
「興味や感動も無い…他人と関わるのも嫌いねぇ…まるで世捨て人のような口振りじゃないか。」
レインは静かに問い返す。
「寮生活に何か不都合でもあるのかい?」
「いいや、何も問題はないさ。
あたしら寮母が、生徒の考え方や生き方に口を挟む気は毛頭ないんだよ。
寮のルールを守らないんだったら話は別だけどね。」
二ッと笑うアンナから目をそらし、
「…問題を起こす気は無い…と言うか、巻き込まれるのも嫌だしな。
何事も無く平穏に生活できれば、それに越した事は無いんだが…」
呟くように話すレインだった。
「おかしな子だねぇ…あたしは、毎年この寮へ来る生徒の名前と顔は覚えてるんだよ。
此処を卒業して行った子達のこともね。
この学園に来る子達は、眼を輝かせながら将来の夢を語る子が多いのよ、それに野心的な子もね。
でも、あんたのような生徒は、初めてだわ…レイン。」
不思議な者を視る様な目でレインを見詰めるアンナの視線に答えるように
「前世で大きな過ちを犯した所為でこの世界に転生してきたからな…」
「そうだったねぇ、詳しい話は知らないけど、学園長から聞いてるよ、あんたも『転生者』なんだってねぇ。
まぁ、この世界には転生者が多いからそれ程珍しくも無いんだけど、あんたの境遇は、かなり特殊だって言ってたわね…とは言っても別に詮索する気は無いのよ。」
「…そうか、それは助かるよ。あまり前の世界の事は話したくはないんでね…」
何かを察したように話題を変えるアンナ。
「でもね、あんたはもっと人生を楽しみな。
せっかく転生して新しい人生を歩む機会に恵まれたんだ。
それに、前世で何があったかも知らないし、この学園に来たのもあんたの本意じゃなかったかも知れないけど、何かの縁があって出会った人達と前を向いて進むってのも悪くないじゃないのかねぇ。」
「…そうだなぁ、それも悪くないかも知れないな。」
アンナの気遣い…その事にレインは、唇を綻ばせていた。
その時、二人の会話に割って入る声が聞こえて、レイン達は、大階段の方を振り返った。
「あら、早いわねぇ、もう寛いでるの?レイン。」
私服に着替えたサーシャが、階段を下りてくるところだった、スカートの中が見えそうなくらい短く、
匂いたつような妖艶な色気を醸し出している。
「サーシャか、俺はまだ部屋に行っちゃいないぜ。
人が多いのは嫌いなんだ…もう少し落ち着いたら上がってみるさ。」
腰を振りながらレインのところまで歩いて来たサーシャは、レインの前のソファーに座り足を組んだ。
「ちょっと、お話しても良いかな?」
「あぁ、構わないぜ。」
「ありがとう!あのね、私…貴方にすっごい興味があるのよねぇ、COOLで落ち着いた雰囲気なのに
何処か影が在るって言うか、その辺の男とは根本的に違うのよねぇ?
…貴方の側にいると不思議と安らげるって言うか…安心感を感じちゃうのよねぇ。
ねぇ、もっとレインの事を教えてくれないかなぁ?」
サーシャの雰囲気がどこか違う感じだ…
「まぁ、これからはクラスメイトなんだし、時間はあるから話しても良いが…
なんで、俺の事が知りたいんだ?」
この雰囲気が分からないレインは、かなり鈍感の様だ…
と言うか、このような経験もシチュエーションも『創世神』だった頃には皆無だったのだろうが…
「レインの事なら何でも知りたいのよ!
些細な事でも何でも良いの…あなたの事をもっと知りたいの…」
「…そうか、なんか良く判らないが…どこから話すかな?」
そのやり取りを聞きながらアンナは微笑み、
「あたしゃ、そろそろ夕飯の支度を始めないと間に合わなくなるからこれで失礼するよ。」
そう言って、アンナは立ち去って行った。
後姿を見送っているレインの隣に座り直すサーシャが、潤んだ瞳で催促する。、
「ねぇ、早く話して、レイン。」
「そうだな、それじゃあ…
俺が『転生者』なのは知っているよな?」
「えぇ、その事は知ってるわ。
あなた達『転生者』は、前世の記憶と能力を持ちながら特殊な才能を『大いなる意思』によって与えられ、この世界へ来た人達…
この『羅生王門』の世界では、転生者が多いから珍しくはないけど…
それでもレイン、あなたは例外過ぎて良く判らないわ…でもそんな謎めいたところも良いのよねぇ。」
「…適性試験の時の…才能と適性数値の事か?」
「そうなのよね…才能が無い人間なんてこの世に居るはずが無い…存在する筈が無いのよ。
才能は『大いなる意思』によって遍く万民に与えられる恩恵よ。
何らかの不具合が在ってあんな結果になったのかもしれないけど…
才能の測定数値が、測定不能なんてあり得ないでしょう?」
サーシャの疑問に何事も無くレインが応える。
「何の疑問も無いさ…
俺は、前世で『官職』を捨てた…『大いなる意思』って奴に頼んでな…だから何の才能も持っていない。
才能が無いんだ、測定できないのは当たり前の事だろう?」
「…『官職』…?『大いなる意思』に直接頼む…?!
レイン…あなた…」
サーシャの眼が丸く見開かれる…
「あーっ!何やってるのよレイン!」
大階段の上からフェリスの甲高い声が掛かった。
駈け下りて来たフェリスが、サーシャを睨みつけながらレインの腕をとる。
「レイン、また面倒臭いからって部屋に行ってないでしょ?
もぉ、ルームメイトに挨拶しなくちゃだめなのよ!ほら、早く立って行くわよ!」
そう言って、引きずられて行くレインをポカンとした表情で見送るサーシャを横目に
フェリスが、舌を出して去って行く。
3Fの男子寮へ上がって行くレイン。
自室のドアを開けると中にはルームメイトが机に向かい座っていた。
ドアが開いても気付いていないようで、机の上に置いてあるパソコンに向かってキーボードを叩き続けている。
「入っていいか?」
レインが声を掛けるとキーボードの手が止まった。
ヘッドセットを外し、振り向いたルームメイトは、ボサボサの赤髪で分厚いレンズの眼鏡を掛けていた。
色白の顔にそばかすが目立っている。
「ご、ごめんなさい…夢中になってて、き、気づかなかった…
え、遠慮し…しないで入って、此処は君の部屋でもあるんだから…」
焦った感じで、どもりながら話している…どうも喋るのが苦手なようだ。
レインが中に入るとルームメイトが立ち上がり、
「ぼ、ぼくは、シン…シン=ミカミ(19)です。
よ、よろしくお願いします!」
シンは、畏まったように右手を差し出した。
人付き合いも下手な様だ…
暫く差し出された手を見詰めていたが、その手を握り返すレイン。
「ヨロシクな、シン。
俺は、レイン=シールド…この世界では19歳だ。
お互い人付き合いは苦手のようだし、何か気が合いそうだ。
それで…シンはどっちだ?」
「?」
「ベッドは、どっちだ?上か下か…」
レインは、2段ベッドを指さす。
「ああ、ベッドの事…ぼ、僕はどっちでも構わないけど…?)
「そうか、じゃあ…俺が下でいいか?」
そう言って、腰の蒼剣を外しベッドに立て掛ける。
「う…うん。…?!
レ、レイン君?!な、なに?そ、その剣…」
シンが、レインの剣を見て、慌てふためいていた。
「ん?この剣がどうかしたのか?
コイツは、俺が前の世界から持ってきた俺専用の剣なんだけど、こっちの世界じゃ…鞘から抜く事も出来ないんだ。」
「そ、そう言えば、レ、レイン君は『転生者』だったよね?君が居た世界じゃ、その剣は…ふ、普通なの?
色々異世界の武器や装備は見たけど…これまで見たどんな剣とも違う、まるで次元が違う…
どんな製法なんだろう?どんな材質なの?!」
シンがかなり興奮気味に質問して来た。
「…いや、詳しい事は知らない、こんなものに興味があるのか?
興味あるならしばらく貸してやってもいいが…抜く事すらできないぜ?」
「ほ、本当のに…い、い、良いの?!」
「ああ、好きに使ってくれ。」
「ありがとう!」
シンは、目を輝かせ蒼剣を手に取ろうと持ち上げ…
る事は出来なかった。
どんなに力を込めてもピクリともしなかったのだ。
「う、動かせない…ど、どうして?この剣の大きさならどんなに重くても4〜15kg位だと思ったんだけど…」
レインが、剣を軽く持ち上げるて見せる。
「コイツに使われている鉱石は、『星影玉鋼』って言う超希少金属なんだぜ。
本来は、星を凝縮した様な重さらしいが、俺にとっては羽の様に軽いし、扱い易い。
別名、精神感応石とも呼ばれてる特殊な金属でな、
持ち主の精神状態で重さが変わっちまうんだ。」
レインが、説明している最中もシンの眼は好奇心で輝きまくっていた。
「す、す、すごい…ね。
未知の金属とそれを製錬する技術かぁ…
こ、興奮し過ぎて、き、今日から寝れなくなるかも知れないよ!」
「時間は、幾らでもあるんだ。
ゆっくり、好きなだけ研究したらいい。」
「あ、あ、ありがとう!」
「礼なんていらねぇよ、俺達はルームメイトだろ?」
レインが、親指を立てる。
「そんじゃ、俺はしばらく寝るから、夕食の時間に起こしてくれ。」
そう言って、ベッドに横になった。
「う、うん。わかったよ。」
シンは、レインの言葉に上の空で答えた。
蒼剣に集中し過ぎなのだ。
レインは、クスリと笑いながら目を閉じる、