第7話 新入生自己紹介
適性検査が終わり、学園長の試問が行われた。
一人15〜20分程度で終わる形式的なものだったのだが、レインだけは、1時間以上出て来なかった。
やっと出てきたレインに中で何を話したのか、聞いても答えてはくれなかった。
そして数日が流れ…入学式当日の朝、
街から丘の上の学園に至る迄、満開の桜並木が荘厳に咲く道を
白い学生服に身を包んだ新入生達が歩いている。
12歳から24歳迄の様々な年齢の男女が混在しているが、皆一様に銅☆1の襟章を付けていた。
レイン達もその中を歩いていた。
エミリアと由奈は、楽しそうに桜のトンネルを走り回っている。
「綺麗ねぇ〜。」
フェリスが、満開の桜に感激していた。
「そうだな、これ程見事な桜は久し振りだ。」
レインも独り言の様に呟いた。
「やっばり入学式ってのは、こうでなくちゃあ、雰囲気が出ねえよなぁ。見ろよ、由奈達もあんなに楽しそうにしてるぜ。」
ダグラスも由奈達を見て笑顔になっていたが、
急に深刻な顔になる。
其れに気付いたフェリスが、話しかける。
「どうしたの、ダグラス?あなたにしては珍しく深刻そうな顔をしてるわね、何か心配事があるの?」
「だってよぉ…此処って全寮制なんだろう?」
「えぇ、そうよ。
生活必需品は全て揃ってるらしいわ。寮は、個室を割り当てられてるみたいだし、各部屋にトイレとバスルームは完備されてるって話よ。」
「そんなのは、如何でも良いんだ。俺が心配してんのは、メシだ。」
「メシ?…ああ、食事は、学食で何時でも好きなだけ食べられるわよ?」
フェリスが答えるが、ダグラスは思い詰めた様になっている。
「そうじゃないんだよ、量より質なんだって!
そりゃあ、腹いっぱい食べれるってのも超魅力的だけどよ…
あれを味待っちまったら…バーニラの女将さんの手料理くれぇ美味くなきゃよぉ…
俺が、生きてる意味がねぇ!」
「そうよねぇ、女将さんのお料理とても美味しかったわよね…って、バカなの?!何時になく真剣な顔してるかと思ったらなんの心配してんのよ?
アンタの生きてる意味って何なのよ?!」
フェリスが軽くノリツッコミをしたところで、エミリアがダグラスに話しかけた。
「ダグダグ、多分心配しなくて良いと思うよ?」
「なんでだよ、エミリア?」
「だって、此処の学園の食堂は世界で一番美味しいって、いつもお母さん言ってたわ。」
「な、なんだと?!
バーニラの女将さんが、言ってたのか?」
「うん、お母さんに料理をを教えてくれた最高の先生が居るんだって。」
「マ、マジかよ?!そりゃあ、マジでやばいじゃねぇか!!こいつは、学園生活が楽しみになって来やがった!!」
ダグラスが、輝いた顔で大笑いしているのを見て、フェリスが呆れた顔をした。
(…単純な怪力男だとは思ってたけど、やっぱり、ただのバカね…)
立ち止まったフェリスの横を通り追い越していくレインの後ろ姿を見つめ、
(それにしても…こっちは、こっちで訳わからないのよねぇ…
レインの肩書が『元創世神』で『破綻者』の『御隠居様』って、まったく意味が分からないわ。
それに『世界の理』から外れるってどいう事なのよ…排除しようとする因果が働いてるのは解るけど…
本人はあまり気にしてない様だし…
あと…意味わかんないのは、なんか私にだけ冷たいのよね…)
レインが振り返り、
「歩け…」
「は、はい!」
レインの冷たい視線と一言で、フェリスは駆け出していた。
入学式も無事に終わり、新入生はそれぞれのクラスへ。
1クラス20~30人程でA~Dクラスまである。
Aクラスにレインとフェリス達が一緒になった。
始業の鐘が鳴り、新入生達は思い思いの席に着いた。
前方のドアが開き、教師らしき女が入って来た。
壇上の机の前に歩いて行き、名簿を置くと話し始めた。
「ようこそ、新入生の皆さん。
私が、このクラスを担当するエノーラ=ホプキンスです。
堅苦しい挨拶は嫌いだから、手短に私の自己紹介と今後のスケジュールを話すわね。」
そう言って机の前に歩いて行く。
眼鏡を掛けているが、端正な顔立ちは隠せていない。蒼い瞳で金髪の長い髪を後ろで纏めている。
グラマラスな体型で身長も高い。
「えっとぉ、年齢は27歳で独身、結婚歴は無いわ。
去年までは、傭兵として第一線で働いてたんだけどぉ、なんか人手が足らないからって学園長に呼ばれちゃって、今年は君達の先生をやる事になったのよねぇ。
私もここの出身者だから学園長の頼みは断れなかったのよねぇ…
あ、そうそう、私の職業は『銃剣士』、それと専攻は『錬鋼技師』それと『技巧師』よ。」
エノーラは、簡潔に自己紹介を終えた。
そして生徒達へ
「今日は初日だし、一人一人自己紹介をしてもらおうかなぁ?
午後からはあなた達に寮を案内しなくてはいけないから…あまり時間はかけられないんだけどねぇ。
さぁ、誰から自己紹介してくれるかな?」
そう言って、生徒達を見回すエノーラ先生が、手を上げている生徒に目が留まった。
「えっと…貴方は…」
エノーラ先生は、生徒と名簿の写真とを見比べていた。
手を上げていた生徒は立ち上がり、
「受け持つクラスの生徒の名前と顔位は覚えてきてくださいよ、エノーラ先生。
僕は、ランド=グリッド(19)です。
時間もあまりないことですし、僕から提案があります。」
凛とした顔立ちに眼鏡を掛け、清潔そうな黒髪の短髪、制服をキッチリ着こなしているのを見ると育ちが良いのか、背筋がまっすぐ伸び、姿勢も良い。
「あら、何かしら?」
「はい、自己紹介は簡潔に要点のみを話すようにしてはいかがでしょうか?
名前・年齢・出身地・特技や趣味…『才能』…その辺りで良いかと、
順番も今座っている席順通りで、一人持ち時間1分程度にしてみてはどうかと提案いたします。」
「そうねぇ、これからクラスメイトになるんだし、簡単な自己紹介位で…」
机に足を投げ出している生徒が横から口を挟んだ。
「自己紹介なんざどうだって良い、かったりーんだよ、先生。
俺は仲良しこよしごっこをしに来た訳じゃねぇんだ。
此処は、傭兵育成専門の学校なんだろう?俺は強くなりに来たんだよ、周りの奴等を蹴落としてでも成り上がってやる。どんなことをしてでもな!」
「あなた、熱いわねぇ。
でも何か勘違いしてるんじゃないかしら?」
横から声を掛けたのは、サーシャ=オベイロスだった。
制服の胸元を大きく開き、自身の豊満な胸を強調している。
「なんだと、テメェ…何を勘違いしてるって言うんだ?!」
「貴方の言う通り、此処は傭兵を育成する学校だというのは間違ってないわよ。
傭兵になるために必要な学科や実技は必須科目だしねぇ…
でも、傭兵になりたいからって理由で此処へ来てる人は半分にも満たないわ。
この学園は、いろんな専門科目があるからそれを学びに来てる子達の方が多いのよ、知らなかったの?」
「はぁ?!」
「そうねぇ、サーシャさんの言う通り、専門分野に特化した科目は多いわね、それに傭兵の育成は必須科目と言うのも確かよ。
最初の振り分けクラスは、基礎知識と基礎体力の育成がメインなのよね。
半年後に修了試験があるから、それに合格すれば希望する専門学科へ進めるわ。
だから半年間は、このクラスメートと一緒に学ぶ事になるわ…えっと…ガナハ君。」
エノーラ先生は、説明しながら、名簿と見比べて名前を呼んだ。
「ちっ…」
ガナハは、舌打ちしながらそっぽを向き、サーシャは、足を組みながら席に座った。
「それじゃあ、ランド君の提案で自己紹介を進めるわねぇ。
席順で、簡潔に自己紹介していってねぇ。」
自分の提案が採用され、ランドは一礼し自分の席に着いた。
廊下側の一番前の席に座っていたエミリアが立ち上がった。
「わ、わたし…エミリア=バーミントン(12)です。麓の町で『銀月亭』って宿屋を母と一緒にやってました。得意なのは家事全般かな…あと私の才能は…『細剣弓士』です。」
自己紹介が終わって、紅い顔で席に座るエミリアへ
「あら、もしかしてバーミントン先生の娘さんなの?」
「先生、お母さんを知ってるんですか?」
「ええ、知ってるも何も…あの当時、学園最強の槍使いと言われた『流花槍士』のバーニラ…
私の先生だったのよねぇ、強いのに優しくって、それに先生の作るお料理は絶品だったわぁ。」
料理を思い出してよだれをたらしそうになるエノーラ先生が、ハッと気づき、コホンと咳をする。
「じ、じゃあ…次の人。」
エミリアの後ろの席の男の子が、立ち上がった。
その後順調に自己紹介が終わり由奈の番が来た。
「か、神代 由奈(12)です。この世界には、数日前に『転生』してきました。」
「由奈ちゃんは『転生者』さんなのね、どんな世界から転生して来たのかしら?」
「…えっと、覚えてないんです…才能は『神剣士』という事しかわからなくって…」
「そう…前世の記憶が無いんだぁ…でも、大丈夫!
いつかきっと思い出せるわよ。それまでここで一緒に学びながら学園生活を楽しんじゃおう!」
「はい!」
エノーラ先生のウィンクに笑顔で答える由奈だった。
次に立ち上がったのが、バルジモアだった。
「バルジモア=ウルグ(18)だ。出身は、東方域クレイドル公国…趣味や特技は無い。
俺の才能は…『爆剣砲銃士』だ。」
バルジモアが、座る前にサーシャが席を立ち、さっさと自己紹介を始めた。
バルジモアは、サーシャを横目で睨みながら黙って座る。
「次は私の番ねぇ、サーシャ=オベイロス(18)よ、みんなヨロシクねぇ。
女の子の秘密は、上からB92・W62・H89でぇ~す。」
話を聞いていたエノーラ先生が、おやっという顔になった。
一番後ろに座っていたレインが、一人廊下の方を見ていたのだ。
「一番後ろの君ぃ、サーシャさんの自己紹介中よ?
さっきから廊下を見てるようだけど…何かあるのかしら?何か気になるモノでも…」
エノーラの言葉が終わる前にレインが告げた。
「怪我したくないなら、伏せろ…」
レインがそう言うと、窓ガラスが突然割れ、何かがサーシャ目掛けて吹き飛んで来た。
瞬間、エノーラが反応し、サーシャの方へ走り出そうとするが、
既にレインが、サーシャを抱きかかえ後方へ跳んでいた。
力強く抱きしめられるサーシャの顔がレインに向けられ、紅く染まっていく。
(わ、私を助けてくれた…?それに…こんなに強く抱きしめられるなんて、ああ…レイン様ぁ…)
サーシャは、レインの胸に顔を埋めていた。
ダグラスは、エミリア達を庇う様に前に立つ。
壊れた窓から人が入って来た。
適性検査の時、『検査官』をしていた…生徒会執行部のギルバート=セノスだった。
「エノーラ先生、授業中にお騒がせしちゃって、すもません。
それと、新入生の皆さん、少し下がっていてください。」
両手に半円形の刃のついた武器を持っている。
エノーラ先生が、ギルバートへ質問した。
「ギルバート君、これは一体何の騒ぎなのかしら?
授業時間帯に戦闘行為は規則違反なのは知ってるわよね?」
「ええ、十分承知しています。
ですが、これも生徒会執行部としての任務なんです。
彼は、2回生のザムド=バルタン君なんですけど…
格闘戦の授業中に、自分の『才能』に引きずられちゃって…暴走しちゃたんですよ。」
「模擬戦闘中の『暴走』はよくある事だけど…
格闘場には、鉄壁の防御機構が完備している筈よね?それを掻い潜ってこんなところまで来たって言うの?」
エノーラ先生が、ギルバートに質問しようとした時、
教室の中央で倒れていたザムドが、机を跳ね飛ばしながら起き上がった。
跳ね飛ばされた机が、ダグラスを襲うが強靭な肉体に弾き飛ばされる。
サーシャを抱きかかえたレインの方へも吹き飛んで来たが、ほんの少し横へ動いただけで躱した…
まるで、すり抜けたようにサーシャの目に映った。
「もう起きちゃったかぁ~、かなり本気で打ち込んだんだけどなぁ。
彼には、闘技場の防御機構では止められなかったんですよ、なにせ彼の才能は…『鉄鋼戦士』なんですよ。
ただでさえ防御特化している才能なのに、更に暴走して『狂戦士』化しちゃってるし…生半可な攻撃は、彼には通用しないんです。
先生は、新入生の生徒達を避難させちゃってください、彼の相手は引き受けます。
…僕も本気で相手しないと駄目そうですね。」
ギルバートが、半円形の刃のついた武器を構え直す。
『狂戦士』と化しているザムドが、咆哮を上げた。
其処へいきなり横からガナハのロケットキックが飛んで来た。
「おぉりゃあっ!!」
ザムドの横っ面にヒットしたが、微動だにせず、逆にガナハが弾き飛ばされた。
何とか着地するガナハが、
「なんだコイツ、めちゃくちゃ硬ってぇな?!」
ザムドが更に咆哮を上げ、ガナハの方へ突進して行く、凄まじいスピードだ。
大きく振りかぶった右拳をガナハへ叩きつける。
「ちっ…」
間一髪で躱す、空を切った拳は教室の床へ激突し、その凄まじい衝撃で辺りが陥没する。
「?!」
「マジかよ…何てパワーだ…」
後ろに飛び退りながらガナハが、閉口する。
それを見逃さず、ザムドが床を蹴ってガナハの方へ駆け出し、一瞬にして追いついた。
「なっ?!」
あの凄まじい拳が、ガナハへ襲い掛かった。
ザムドの拳が、ガナハへ当たる…その瞬間、ザムドが突然爆発し、後方へ吹き飛んだ。
ガナハが、背後を振り返る。
バルジモアが、ライフルのような形をした異形の長剣を構えていた。
トリガーに指が掛かっている。
「貴方達、手を出さないで!!どんな理由があるにしても教室の中での戦闘は厳禁なのよ!
良くて懲罰房行き、悪くすれば即退学になってしまうわ。
それが許されているのは、生徒会かごく一部の生徒だけなのよ。」
エノーラ先生が、ガナハとバルジモアを慌てて注意する。
「んじゃあ、どうすんだよ?このまま黙ってやられてろってのかよ?!」
ガナハが怒鳴る。
「その為の生徒会さ。
あとは僕に任せて、君達は教室から出て!」
ギルバートが、ザムドとガナハ達の間に割って入った。
その時、ザムドが再び咆哮を上げ、突然レインの方へ走り出して行った。
「?!」
(おかしいな…なんで僕の方に来ないんだ?
『狂戦士』は、強き者に惹かれる習性があるんだ…この教室の中では、戦闘力だけなら先生よりも高いはずなんだけどな…でも、なぜ彼の方へ…)
「レイン君、逃げて!!」
エノーラ先生が、レインに叫んだ。
レインは、サーシャを抱えたままだった。
ザムドの狂気に満ちた一撃が、レインを襲ったと誰もが思った…だが、次の瞬間、眼にした光景は、
レインが、地に伏したザムドの顔を掌で抑えているところだった。
「なんだ…?」
ガナハが、眼をこすっている。
「…」
バルジモアは無言だった。
教室に居た者達は、今何が起きたのか理解できなかったのだ。
レインは、掌を離しながらゆっくり立ち上がった。
『狂戦士』と化し、狂気に満ちていた顔が、穏やかな顔に戻っている。
抱えていたサーシャは、いつの間にかレインの後ろに立っていた…本人にも何が起こったのか分かっていない。
《…『破綻者』の力はあまり使わない方が良いと警告したよね?》
レインの頭の中に声が響いた。
よく見るとレインの右手の小指だけが、元の『創世神』の形に戻っていた。
(またお前か…俺は俺の好きなようにやる。誰の指図も受ける気は無い。
俺は、世俗に縛られていない『隠居者』だからな。)
《…前にも言ったけど『破綻者』の能力は、因果律を歪め、使えば使うほど君を排除しようと『世界の理』が動き出す…それを抑えるためには、君のその肉体を維持しないと…》
(ああ、解ってるさ。
せっかく馴染んで来たんだ、このまま使わないで済むなら『破綻者』の力は封印しておきたいんだがな…)
《…まぁ、難しいだろうね。世界の始まりより終わりまで…永劫の刻の流れを変える事は難しいからね。》
(そうだな…だが、俺は抗ってやる。)
《…そうだね、君になら…》
レインは、エノーラ先生の方へ振り返り、
「さぁ、自己紹介の続きを始めてください。」
何事も無かったように自分の席に戻るレインを見て、教室の中は時が止まったように固まっていた。