第2話 異世界の『戦士』と『神剣士』
大体1週間に1話ペースで書けそうです。
蒼穹には大きな月とその月を回る小さな2つの衛星が浮かんでいた。
木漏れ日の暖かな日差しが冬の終わりを告げ、小川の畔には、溶けかけた雪の下から若葉が芽吹き始めていた。
石畳で舗装された街道を旅装束の2人が歩いている。
何もないところでおもむろに黒いコートの青年が、立ち止まり空を見上げた。
もう一人の方が声を掛けた。
「レイン様?どうかなさいましたか?」
若い女性の声だった。
「ん?ああ…多分、いつもの奴だな…」
黒いコートの青年が、フードを脱ぐと白銀の髪で端正な顔が現れた。
「えぇ?!どうしてですか?その御姿の時は『世界の理』は干渉しないって言ってたじゃないですか?!」
レインと呼ばれた青年が、少し申し訳なさそうに左腕を見せる。
それは、漆黒の籠手だった。
「なっ、何やってるんですか?!」
「まだ、この体に慣れてないんでな…ちょっと油断してたぜ。
悪いがフェリス、死にたくなかったら俺の後ろに居たほうが良いぞ?」
それを聞いてフェリスと呼ばれた女性は、慌ててレインの後ろへと退避する。
次の瞬間、空から摩擦熱で真っ赤に燃え上がった巨大な隕石がレイン目掛けて降って来たのだ。
「な、な、なんなのよ、あれ?!
つ、月が落ちて来たんじゃないわよね?!空からあんな巨大な岩が落ちて来るなんてあり得無いわ?!
あんなのが落ちちゃったら…絶対助かりっこないわ。
こんなの、まだ恋もしてないのに死んじゃうなんて、嫌ぁ~~!!」
フェリスが、半ば狂乱状態で喚き散らしている。
レインは、その姿を見て小さく溜息を吐きく。
そして、静かに漆黒の籠手である左手を落下してくる巨大な隕石の方へ向けた。
しかし、何も起こらなかった。
巨大な隕石は、そのままレイン達を圧し潰し地表へ激突すると大爆発を起こした。
星の形が変わる程の衝撃、巻上がった土煙と黒煙は、星全体をすべて包み込み、太陽の光が地表へ届かなくなる程分厚く、そして死の灰が地表へ降り注いだ。
一瞬にして、地表は死の世界へと変貌したのだった…
次の瞬間、世界の景色に鏡を割るようにヒビが入り、そして砕け散った。
石畳で舗装された街道を旅装束のレインとフェリスが、コートのフードを被り歩いていた。
何もないところでおもむろにレインが、立ち止まり空を見上げた。
フェリスが声を掛けた。
「レイン様?どうかなさいましたか?」
同じような光景を数刻前にも見たような…
「ん?ああ…多分、いつもの奴だ。
俺は『破綻者』だからな…『理』が干渉してんじゃねぇか?
『理』から外れた俺をこの世界から排除しようと『因果』が働いてるようだ。」
そう言って、左腕を持ち上げて見るが、先程とは違いその左手は漆黒の籠手…では無かった。
「この世界に適したこの姿なら問題ないんだがな…
まだ慣れてねぇからちょっと油断すると元の姿に戻っちまう…」
左手を見詰めながらレインが呟いている。
「もう、もう少し気を付けてください!レイン様。
『監視者』である私の事も少しは考えて頂かないと…
『破綻者』であるレイン様が、起こった事象が消せるからって気にしなくて良い訳ではありませんからね!
事象が起こった事は、記憶に残らないので自覚はありませんが、絶対よくない事が起こってますよね?」
レインに抗議するフェリスが、いつも何が起こっているのか問質そうと強引に詰め寄る。
レインは、鼻を掻きながら
「ん~~、あぁ…どうだったかなぁ…?」
はぐらかす様な話し方にフェリスが、起こったような顔になる。
「あ~っ、またはぐらかそうとしてますよね?!」
たじろぐレインは、内心苦笑していた。
(この女…マジで苦手だ…扱いにくいって言うか、俺を元『創世神』だと知った上でこの態度がとれるんだからもしかしたら凄ぇ奴なんじゃねぇかって時々思うんだが…)
更に詰め寄ろうとするフェリスに突然何かがぶつかって来た。
そのままフェリスは、数メートルも吹き飛ばされていった。
「きゃ~~~っ?!」
土埃の向こうで何事も無かったようにフェリスが起き上がり、
眼鏡のずれを直しながら
「…わたくしを蹴り飛ばすとは、どういう了見でございましょう?」
フェリスが、先程迄立っていたレインの隣には大剣を肩に担いだ戦士が立っていた。
「いやぁ、すまんのぉ、嬢ちゃん。
急にこっちへ飛ばされちまったもんで、避けきれんかったわ!わはははっ!!」
「わはははっ、じゃありませんわ…」
何か言おうとしたフェリスに被せ、レインが、
「おい、お前…何もない空間から突然現れたように見えたが…何者だ?」
大剣を担いだ戦士へ声を掛けた。
「おぉ、名乗るのを忘れておったわ。
我が名は、ダグラス=ヴェルハルド…『転生者』だそうだ!」
大剣を大地に突き立て、胸を張ってそう答える。
「て、て、『転生者』ですって?!」
フェリスが、驚いた声を上げる。
「おうよ、なんか『管理者』の姉ちゃんが、別の世界で『強大な悪と戦う戦士』として転生してくれるって言うからよぉ、なんか面白そうだから速攻引き受けたって訳だ。」
「ちょ、ちょっと待って、そんな簡単に…なんか色々と聞きたい事が在るんですけど…」
「フェリスちゃ~~ん!元気してた~?」
突然、声が掛けられフェリスが驚いて振り返った。
何もない空間に現れた立体映像だろうか、実体ではないスーツ姿の女性がニコニコ顔で手を振っていた。
「エリナ?!」
「もう、みんな心配してたんだからね!
バカンスから戻ってきたらフェリスちゃん転職しちゃってるしぃ。
しかもぉ、転職先が元『漆黒の創世神』様の『監視役』って聞いてたからほんと驚いたわよ。
でも元気にしてるみたいだからよかったわぁ、ちょっと安心したわ。」
エリナは、両手を顔の横で合わせ、にこっと微笑んだ。
「私にお何が何だか分からないわよ…いきなり『監視者』にされてこの世界に飛ばされたんだから…
それより、あなたに聞きたいことが在るのよ、エリナ。」
フェリスがエリナの映像に話しかける。
映像の中のエリナが何かしら隣の誰かと話している様子だった。
「?誰と話してるの?」
「フェリスちゃん、気を付けて。」
「?」
その瞬間、フェリスの頭上の空間からまたしても人が現れ降って来た。
フェリスが、押し潰され土煙がまたしても上がっている。
煙が晴れ、うつぶせで倒れているフェリスの背に巫女の格好をした少女が座っていた。
「すみません…あの、大丈夫ですか?」
「し…謝罪は良いから早く私の上からどいてくれないかしら?」
「あぁ、ごめんなさい。」
そう言って、巫女の少女がいそいそとフェリスの上から降りる。
またしても何事も無かったように立ち上がるフェリスだったが身なりはもうボロボロだった。
ズレた眼鏡をまたしても直しながら
「エ・リ・ナ!」
かなり起こった口調のフェリスに対し、舌をちょっと出して謝るエリナ。
「ごめんなさ~い。教えるのがちょっと遅かったわね。
次の『転生者』ちゃんの行先の座標が、またフェリスちゃんになってたみたいで。」
「何で転生先の座標が私になってるのよ?!」
憤慨するフェリスだったが、エリナはあまり気にしていない様子で
「う~ん、良く判らないんだけど…システムが勝手にフェリスちゃんを座標に設定っしちゃってるみたいなのよねぇ…?」
(…まさか、これも『創界神』様の仕業じゃないでしょうね…)
気を取り直し、フェリスがエリナへ質問した。
「まぁ、いいわ…それで、この子は何なのかしら?また『転生者』だって言ってたようだけど…」
「あ、そうそう、紹介しておくわね。
この子は、神代由奈ちゃん。あんまり聞かない転生名だけど…『神剣士』として転生して貰ったわ。
ヨロシクねぇ。」
笑顔でエリナが、簡潔に説明した。
「ヨロシクね、じゃないわよ!
ダグラスさんもそうだけど、由奈ちゃん迄…これほど立て続けに『転生者』がこの世界に現れるなんて
『輪廻の輪』のシステムでも常識の範疇を遥かに上回っているわ。」
「普通なら…そうよねぇ。でも…」
「でも?」
「あれれ?フェリスちゃんのいる世界が、どういう所なのか知らないわけじゃないわよね?」
エリナは、口元に人差し指を当てて首をかしげて見せる。
「此処が『管理者』の間でも有名な場所なのは知ってるわよ…
辺境域の更に外側にある極域で、あらゆる『凶悪』が跋扈する世界だって聞いたわ。
それに非公式だけど、この世界を構築した『創世神』様は、失踪されたって噂だし…
今では、適合不適格な転生者達が行きつく…『羅生王門』って呼ばれてる掃きだめの世界。
…何でこんな場所へ私は派遣されたのか…まだ理解できないんだけど…」
神妙な顔つきのフェリスの最後の言葉を無視して、エリナが話を続ける。
「そうなのよね…不思議と癖のある『転生者』の行先は此処に指定されてるのよね…?
まぁ、御上の考えてることは平社員の私達には理解できないんだけどねぇ。」
「それじゃあ、何の説明にもなってないわよ?エリナ。
『転生者』が、こんな立て続けに続けに現れるなんて…立て続けに転生者を…
あれ…?ちょっと待って…何かこんな事が前にも…この状況って、もしかして…?」
フェリスが、何かを思い出したようだった。
「フェリスちゃん、ごめんね。
これ以上は、守秘義務があって説明できないのよねぇ…
私もそろそろ仕事に戻んないと、怒られてちゃうから。」
そう言って、エリナはえ我をで手を振る。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、エリナ!」
「じゃぁねぇ、頑張ってねぇ、フェリスちゃん。」
そう言ってエリナの映像は消えてしまった。
(ちっ、逃げたわね…それにしても、この状況は…あの時とあまりにも酷似しているわ。
もしそうなら…かなり不味い場所へ私来てるんじゃ…)
いつになく真剣な顔つきのフェリスへ声を掛ける。
「あのぉ…フェリスさん。
私は此れからどうしたら良いんでしょう?」
神代由奈が不安げな表情でフェリスへ質問していた。
質問して来た由奈へフェリスが何かを言いたそうに振り向くと
「フェリスの嬢ちゃん、俺にも教えてくれんかのぉ?
『管理者』の姉ちゃん達は、訊いても何にも教えてくれんかったんでのぉ。」
「私もそうでした。何を聞いても押してくれなくって…」
ダグラスも由奈も二人してフェリスに聞いてきた。
「貴方達、この世界へ転生するのに目的も理由も聞いてきてないの?」
「何かのぉ、前世の記憶が無いって言ったらいきなり此処へ飛ばされたんだが…」
「えっと?もしかして、由奈ちゃんも前世の記憶が無いの?」
「はい、此処へ来る前は何をしていたのか…全く覚えて無くって…」
二人ともあっけらかんとしているが、この状況が分かっていないのだ仕方ない。
『転生者』とは前世の記憶や意識を残したまま次の世界へと渡る事で、その『特異な能力』を発揮できる存在へとなるのだが…この二人はそれが無い。
という事は…
「それは『転生』したんじゃなくって…ただ単に生まれ変わっただけだよね?
え、え、え?ちょっと待って…其れって普通の人じゃない?!」
(…なに?これ、なに?どんな状況なのこれ?えっと…何これ?)
フェリスが一人で混乱している中、
「フェリス、それ程深刻に考える必要は無いと思うぞ。
この者達が、前世の記憶がないまま、その姿で転生し我等の前に現れたのには何かしら理由があるのだろう。
一つ分からないのは、この世界での目的も己が役割も教えて貰ってはいないという点だが…
使命を与えられたものは『管理者』から聞かずとも何かしら天啓の様なモノが与えられるはずなんだがな?」
レインが、横から声を掛けた。
ダグラス達は、レインの方へ振り向くと由奈が話し掛けた。
「転生する前に『管理者』さんが言ってたんです。
異世界に着いたら目の前に眼鏡を掛けたちょっと抜けてる感じの女性がいるからその人に聞くようにって…
その方は、フェリスという名前だと教えてくれました。」
「おぉ、俺も同じことを言われたんだが…フェリスってのはお前さんの事だろ?
だったら、俺がこの世界に来た目的って奴を教えてもらいたいんだがな。」
期待する由奈とダグラスが、向ける視線にさらに困惑するフェリスだった。
「なにそれ?意味が分からないんですけど?
私達がこの世界へ来たのは、隠居生活が目的なのよ?何か大それた目的がある訳じゃないし…
大体何で私に聞くのよ?貴方達の事も何も聞いてないんですけど?」
「えっ?」
「おいおい、何だよそれ?お前さんが知らないんじゃ…どうにもならねぇじゃねぇか?
そんじゃ、誰に聞きゃ良いってんだよ?」
憤慨するダグラスと途方に暮れている由奈へレインが声を掛ける。
「誰に聞いても無駄だろうな。」
「どう言う意味だよ、兄ちゃん?」
ダグラスの凄みのある声は、今にも食って掛かりそうだったが、レインんは気にした風も無く。
「まぁ、話を聞け。
先ず第一に、お前達は『管理者』からこいつに聞けと云われて来たんだろう?だが、こいつが答えを持っているとは言っていない。
次に『管理者』の職務規定の中には、必要事項を開示しないといけないという条項があるにも関わらず、お前達には開示をしなかった。
そして最後にお前達は、この女の元へ転生して来たという事…」
他の3人には、レインの言っている事が理解できない様だった。
「だったら、どうだって言うんだ?」
ダグラスが聞き返した。
「そこから導き出される答えは…そこの女が、俺を含めたこの場に居る全員の『引率者』だという事だ。」
「…?えっとどういうことですか、レイン様?
私が、引率者…?とは…」
フェリスも合点がいかない様子だった。
「お前…頭の回転が悪いんじゃないか?
考えてみろ、『管理者』共が、何の情報も開示しなかったのは、何故だと思う?
規則にあるのにできなかったという事は、開示できる情報が何も無かったという事だ。
では何故、お前に聞けと言って転生させたのか?
お前の側にいる事が、こいつ等の目的につながっているのだと推測できる。
そして、俺事態…未だ隠居生活を送れていないという事だ…
此れでは、お前の『監視者』としての職務を果たせない…となると…」
レインの話にダグラスと由奈は何かに気付いた様だ。
「そんじゃあ、なにか?この姉ちゃんに付いて行きゃあ、俺が転生した理由や目的がいつか解るって事か?」
「そう言う事になるな。」
ダグラスの言葉を肯定する。
この状況が、自分の身に重大な事だと理解したフェリスは、眼をまん丸くして絶叫した。
「えぇぇぇぇっ?!何それ?どう言う事ですか?
私がまるで貴方達の世話係みたいになってるじゃないですか?!
レイン様だけでもどれだけ大変だと思ってるんですか?その上、他の『転生者』まで面倒を見ないといけないなんて…聞いてないですよ?!ほんとに無理無理、そんなの無理ですよ!」
フェリスが全身で拒否しているが、レインが冷たい目で、
「お前の意志など関係無い。
どう考えてもアイツの差し金としか思えんからな。観念して諦めろ…」
フェリスに告げる。
(そんなぁ…こんなのってあんまりだわ…)
レインの言葉に逃れられない運命だと悟ったフェリスが、がっくり肩を落とす。
そこに追い打ちを掛けるように
「それで、これからどうするつもりだ?
『転生者』とは言え、この者達には特異な能力など皆無の様だが…」
「言ってくれるな、兄ちゃん。
とはいってもお前さんが言う様に力が無いのは自覚しているんだがな。」
(自覚してるのね…)
隣で頷く由奈を見ながら大きく溜息を吐くフェリス。
「俺もお前達と同じ『転生者』だ。名は、レイン…
この世界で、ゆっくり隠居生活をするつもりで転生したんだが、まだ先になりそうだ。」
「隠居生活だ?爺ィ臭い奴だな。
何処からどう見ても青二才にしか見えんが…
その若さで人生にでも疲れたってのか?」
(ひぃ〜、そこは聞き流すとこでしょ?見た目通り無神経ね、なんでそこに触れちゃう…かな)
フェリスが、オロオロしながら
「まぁ、そんな所だ…」
「私は、由奈…神代由奈です。
特に能力があるわけでも強いかも分からないんですけど…
レインお兄さん、みなさん、これからよろしくお願いします。」
そう言って、由奈は深々と頭を下げた。
まだ、子供だと言うのにしっかりとした挨拶、前世での育ちの良さが窺い知れる。
「俺もこの嬢ちゃんと同じだが、上腕二頭筋はかなり鍛えられとるようだから力はそこそこ有るかもしれんな、ガハハハ…
まぁ、よろしく頼む。」
ダグラスも太い腕を上げ、豪快に笑いながら挨拶をした。…
「じゃあ、最後は私ね。
名前は、フェリス…」
「お前の話などどうでも良い。
それよりこれからどうするつもりだ?」
(えぇ〜っ、私は自己紹介すらさせて貰えないの?
レイン様にとって、私は邪魔者以外の何者でも無いのは分かってるけど…あ、余りにも扱いが酷すぎないかしら…)
またしても落ち込むフェリスに
「…おい、聞いてんのか?フェリス。」
もう一度訊き返したレインの声が届いたのか、フェリスが慌てて答える。
「え?あ、はい?」
「聞いてなかったのか?…俺達のこれから先の話だ。
この奇妙な状況が、アイツの仕業なら…
この先何かしらクエストやイベントが用意されていると思った方が良いだろうな。
…となるとだ、『転生者』がこれだけ揃っているにも拘らず、全員『無力』ってのは不味いだろう?
なんせ、あの性悪なオッサンが用意してんだ…一筋縄じゃ行かねぇと思うがな。」
レインが、胸の間で人差し指を空に向かって指さす。
フェリスが、頭を抱える。
(なんでこんなことになってるのよ??何なのよ、この面倒の数々は?!
元『創世神』の『破綻者』だけでも大変なのに…その上、能力も無い記憶喪失の転生者2人もなんて…
災厄だらけじゃない?!私にどうしろって言うのよぉ~~っ!!)
「よろしく頼むぜ、『監視者』さん。」
レインはそう言って、フェリスの横を通りざま捨て台詞を吐き、街道を歩いて行く。
次回投稿は、3月2日前後の予定です。