第19話 夢中対話
世界有数の傭兵養成校であるシエルフラム学園が、『使徒』により崩壊してから数日後…
学園に居た全ての者達の生存が確認された。
此れだけの破壊が起こったと言うのに死傷者が皆無だったことは、驚嘆に値するどころか…不自然過ぎる事態である。
真相を確かめるべく、様々な機関からの調査団が殺到していたが、学園長が一蹴し、今回の件は詮索不問という事になった様だ。
…とは言え、生徒達も何が起こったのか詮索できないという事に納得出来ない者も多く、学園を去った者も居るが、大半は学園に残った様だ。
生徒達により学園の復興も始まり、沈んでいた空気も少しは活気が出て来た様だった。
唯一倒壊を免れた医療施設に意識を失ったレインが運び込まれていた。
独りベッドに横になっているレインが、ほの白く輝いていた。
その理由は…眠っているレインの意識内に高次元の意思が介入していたのである。
(…また親父かよ…何か用か?)
真白な空間に漆黒の鎧を着たレインが立っていた。
(そう、邪険にするでない。
お前に朗報を持ってきてやっているのだ…少しは喜んでくれんかのぉ?)
高意識体には実態が無かった。
(今日は筋肉マッチョな爺じゃないのか?)
(う…あ、アレは…もうヤメじゃ…お前からも、他の息子達からも…どうも不評の様だからな…)
《僕は、そんなに嫌いじゃないですよ?父上。》
この場にもう一人声が聞こえた…レインの頭の中の聲に似ていた。
(ふむ…儂に気を使ってくれるのは、お前とオーディンくらいじゃよ…)
レインが声の方へ振り向く、
そこには、レインの姿をした人物が立っていた。
(…お前も居たんだったな…この世界の『元・創世神』…)
《いつも声だけだったから…こうやって会うのは初めてだね、レイン兄さん。》
(…)
《あれ?驚かないんだね?
大体の察しはついていたってとこかな?》
(兄さんか…なんとなく予想はしていたが…それで納得はいったよ。
大体…世界の理から外れ『破綻者』となった俺の『因果』を抑える身体なんてそうそう存在しないはずだからな…
それが出来るとしたら、以前の俺と同じ『能力』を持つ…『創世神』だけだろうな…)
《やっぱり、バレちゃってたか…隠してたつもりなんだけど、流石に欺けなかったかぁ、兄さんの推察通り…
兄さんが、こっちに『転生』してくるまで、僕はこの世界の『創世神』だったんだぁ…
そう言えば、名前も言ってなかったよね?
父上から頂いた名は…フリューデル=シールド…って言うんだ。》
レインの身体から黒いオーラが、噴き上がった。
(それで…?糞親父…どういう事か説明して貰おうか…?)
(ど、ど、どうしたのかなぁ…?何か怒ってるようだが…)
噴き上がる赤黒いオーラは、空間にビシビシと亀裂を生じさせる…
『大いなる意思』も聲が動揺している。
(…弟を巻き込んだ理由を聞かせろ!)
漆黒の騎士は、凄まじい憤怒のオーラを纏っている。
(な、何を言っておる…儂は何も巻き込ん…)
(ふざけんなよ、糞親父!!
無関係な弟の身体に、俺を『転生』させやがって!!)
更に吹き荒れる憤怒のオーラの中、怒りに荒れ狂うレインを見詰めながら呟いていた。
《兄さん…》
(一つの身体に二つの意識体が、共存出来ない…必ずどちらかが吸収され消滅する…
アンタは知っていた筈だ、糞親父!)
レインの詰問に暫く沈黙が流れ…応えが返ってきた。
(…ああ、分かっておったよ。)
(それが、分かってて…)
更に激昂しかけたレインへ
《違うんだよ、兄さん…父上には、僕からお願いしたんだ…》
(…フリューデル…?)
《やっぱり、レイン兄さんは僕が思ってた通りの人だった。》
(どう言う事だ…お前から…?
親父に押し付けられた訳じゃない…のか?)
《うん…父上には、僕が無理を言って…)
(何故…こんな無茶な事をした?
『破綻者』の俺に身体を付与するなんて無謀な真似をして…
何が起こるか分からないんだぞ?
お前自身、消滅するかも知れないんだ…)
漆黒の騎士のオーラが消えていた。
《…僕ね、レイン兄さんに憧れてたんだぁ。
父上の傍に立つ事を許された唯一にして原初の『創世神』…
そして、兄さんの創世し愛した世界は、僕等の理想であり、目指すべき未来だった。》
(…買い被りだ、俺はお前達が憧れる様な…そんな高尚な男じゃない…知っているだろう、俺は…自分で創世した世界を滅ぼしてしまった…取り返しの付かない禁忌を犯した…)
《知ってる、兄さんの世界で何が起こり、どうして滅ぼさなければならなかったのか…
でも、だからこそ僕は…兄さんの為に何かをしてあげたかったんだ。》
(…)
(儂は、反対したんだが…
静かに隠居したいなら『破綻者』の身体のままでは、不都合が多いからと言って、自分の身体を依代に『転生』させたのじゃ…此奴は、お前に似て、一度言い出したら聞かぬからのぉ。
其れに、お前が気を使うだろうから身体を付与した事も伏せておきたいと言いおって…)
レインが、フリューデルの方へ歩いて行く。
目の前で立ち止まり、
(…お前は、それで良いのか?)
《僕の事は気にしないで兄さん。
兄さんが僕の身体に馴染んできてるみたいに僕も兄さんの『破綻者』の力に馴染んできてるみたいだし、僕の意識体が消滅する事は無いと思うんだ。
それに、その身体はもう兄さんのだし…
もし、邪魔じゃなかったら…兄さんの中に居たいんだけど…》
(…そうだな、まぁ…小煩いヤツが頭の中に居るのは迷惑だが…お前がそうしたいなら、好きにすると良い…元は、お前の身体だ。)
《言い方酷く無い?
でも、ありがとう…此れからヨロシクね。》
フリューデルが、レインへ手を差し出す。
その手をしっかり握りしめて、
(ああ、ありがとう、フリューデル。)
(兄弟仲良くなって良かったのぉ…
それじゃあ、儂はこの辺りでお暇…)
高次元の意識体である『大いなる意志』が、声を掛ける。
(おい、ちょっと待てよ、親父。
テメェには、色々と話があるんだよ。)
(そ、そうか?わ、儂には無いが…)
(…逃げずに、少し話を聞いておけ。
俺は、世情を離れ、世界と関わらず、静かに隠居生活を送る為にこの『羅生王門』の世界へ『転生』した…
親父が忌み嫌う『災厄』が存在する世界に来れば、親父に干渉されずに暮らせるかも知れないと思ったんだが…まぁ、現実は…そう優しくはなかった様だ。)
(儂は、何も…)
(ああ、それも理解している…アンタ自身が『世界の理』そのものだからな。
アンタが意識してようが無意識だろうが…あんたの『想い』通りに世界は動くって事だろう…
それに…俺が、今置かれている状況は、理解しているさ。)
(…)
(大体…俺が『転生』した途端…それに呼応するかの様に『災厄』が動き出すなんて、タイミングが良過ぎるんだよ。
俺と一緒に転生して来たアイツ等もそうだが…この世界に来てから知り合った連中もそれぞれ変わった因果律を持ってる奴ばかりだからな…
いやでも分かるさ、俺が何をなさなくてはいけないのか…だけどよ…
俺は、アンタの口から聞きたいんだよ…この世界で、俺に何をさせたいんだ、親父?)
レインの気配が変わる…空気が張り詰めていく感じだった。
《…兄さん。》
『大いなる意思』が静かに話し始める。
(レイン、お主は『災厄』の事をどこまで知っておる?)
(俺も詳しくは知らないが、神話の時代から存在する…虚無の怪物だろ?
親父が『宇宙』を創造する刻に最果ての地に封印したって聞いた記憶がある程度だな…)
(そうじゃ…『災厄』は時空間を超越し、真の意味で不死身の怪物であった…
数千年に及ぶ戦いでも終ぞ滅ぼす事が出来ず…『封印』するしかなかった…
じゃが、その『封印』も奴の強大な力を完全に封じる事は出来なんだ。
数千年の時を経て『封印』は綻び『災厄』の力が漏れ出し、世界を恐怖と混沌に堕とそうとする…
儂は『封印』の護り手としてフリューデルを選び、その均衡を保たせて居った。)
《…僕は『封印の民』を創って、この世界の均衡を保ちながら『封印』を見守り続けて来たんだ。
でも…》
(…俺に身体を渡しちまったからそれが出来なくなった…か。)
《うん…でもそれだけなら僕の『封印の民』が居れば、問題ないんだけど…
何かがおかしんだ…いつもより周期が早いし…
それにあれ程の力を持った『使徒』が、こんなに早くから現れるなんて…想定外なんだ。》
(考えたくは無いが…『災厄』の力が増しておるのかもしれん。
万が一奴が復活すれば…世界は混沌に落ち、全てが無に帰すじゃろう…)
(…それで、俺にもう一度封印させようってのか?)
(『災厄』の力は増しておるのであれば…このまま『封印』を続けていてもいつか限界が訪れるじゃろう…
そうなる前に…奴を完全に滅ぼすしかない…それが出来るのは、お前だけなのじゃ…レイン。
『階級』を辞職したばかりで…静かに隠居生活を送りたいであろうが…)
空間に沈黙が訪れる。
そして…
(その役目は…フリューデルが背負う筈だった…
代わりに身体を貰い受けた俺が、果たさなくてはならない…と言う訳か。)
《…ごめんね、兄さん。
僕が、もっと深く考えておけば良かったんだけど…後先考えず、余計な事をしてしまって…》
(お前は何も間違っていないさ、だから気にする事は無い、フリューデル。
それに、さっさと『災厄』を滅ぼしてしまえば、良いだけの話だ…その後ゆっくり隠居生活を楽しむさ。)
《やっぱりすごいや、レイン兄さんは!
そうだよ『災厄』なんてチャチャっとやっつけちゃえばいいんだよ!
僕じゃ無理かなぁって思ってたんだぁ…『宇宙』最強の父上でさえ倒せなかったんだし…
幾ら『封印』されてて本来の力が出せないって言っても…『神話の怪物』何か倒せるわけないからねぇ。》
フリューデルの言葉にレインが、我に返る。
(…そ、そうだった…よく考えたらコイツはやばい状況じゃないか…?
親父でも勝てなかった相手に俺が勝てるはずが…)
レインが、自分の世界に入ってしまっている間、
《いやぁ、でも父上の仰った通りでしたね。
僕が、兄さんの為に身体を『転生体』にした件は的中でしたねぇ!
流石は、父上…あの気難しいので有名なレイン兄さんの取り扱い方が上手い。」
(ば、ばか…お前何を言って…)
《あ…つい口が滑っちゃいました。》
悪びれた風も無く舌を出すフリューデルだった。
(あ?ちょっと待て…今何て言いやがった?)
レインから再び憤怒のオーラが噴き出し、空間に振動と亀裂が生じる。
(あ…おぉ、そうじゃ!もうソロソロあちらの世界でお主の意識が戻る時間じゃ。
儂は此処で失礼させてもらう…)
そう言うと、直ぐに高次元の意識体が消滅した。
(ちっ…逃げやがったな…
それにしてもフリューデル、お前も人が悪いな…解ってて口を滑らせたんだな?
居た堪れなくなった親父が逃げるように帰りやがった。)
《父上が、変な悪巧みをするのがいけないんですよ。
僕は素直にお願いしたほうが良いって言ったんですよ?
遠回しな言い方なんてせずに、兄さんにすんなりお願いすればいいのに…
何故か避けてるって言うか、遠慮してるって言うか…してるからおかしくなるんですよ?》
(…まぁ、親父にも色々あるんだろうさ…)
空間が白い光で満たされていく…景色も何もかもが白く染まって行った。
病室でレインの意識が戻った。
ゆっくりと起き上がるレインの傍らにサーシャが座っていた。
「レイン様!!良かった…意識が戻ったんですね。
何日もお目ざめにならないから心配したんですよ!!」
サーシャが、眼に涙を浮かべながら起き上がったレインへしがみついていた。
そんなサーシャの頭を優しく撫でるレイン。
「すまなかったな…心配を掛けた様だ。」
「失礼するよ…」
病室のドアが開き、学園長エイブラハム=クライスが入って来た。
《あれ…この気配は…?もしかして…父上じゃないですか?》
フリューデルが頭の中で聲を出した。
(…嫌、あれは違うらしい…親父がこの世界に降臨する際の『憑代』の様だが、
本人もその事は知らない様だ。
まぁ、どの世界にも必ず憑代は存在するんだが…)
《へぇ…そうなんだ、それは知らなかったなぁ。》
(まぁ、彼等にも与えられた役目はあるんだが…)
《役目って?》
(…『世界の理』が歪みを生じた際、速やかに対処し修正する…それが彼等『憑代』に与えられた役目だ。
本人は、その事を知らずに行動している様だ。)
《…成る程ね。》
学園長が、にこやかな表情でサーシャの隣へ歩いて来ると
レインへ話し掛けた。
「どうやら意識が戻ったようだね。
何日も意識が戻らなかったので心配はしていましたが、大事に至らなくて何よりです。」
「…どうも、それで、学園長が直々にこんな場所へ来られるとは…どういった風の吹き回しですか?」
「君とは、面接の時くらいしか面識は無かったと思うのだが、噂はかねがね聞き及んでいる。
そして、大会での君の活躍も目にした…そこでなんだが、学園からレイン君に折入って、話があるんだ。」
学園長が真剣な顔つきで話し始めた。