第12話 日常の修練
午後からの授業は、基礎体力や基礎技術を身に付けるトレーニングが主に行われる。
各々得意な修練用の武器を手にランダムに1対1形式で訓練をしていた。
ダグラスの相手は、レインのルームメイトのシン=ミカミの様だが…
練習用の刃が削ってある長剣を大仰に振り被り、ダグラスへ振り下ろすが、剣の重さに耐えきれず県に振り回されている。
「と、とぉっ…う。」
気の抜けた掛け声で振り下ろされるヒョロヒョロの剣をダグラスは避けず、しっかり大剣で受け止める。
「少しは、剣を振れるようになったじゃねぇか!毎晩、筋トレでもやってんのか?」
「う、うん、レイン君が、部屋に籠って研究ばかりやってても良い事は無いって言ってて…
身体が鈍っていては頭が回らなくなるぞって言ってたから、一緒に毎晩トレーニングしてるんだぁ。」
大剣で振り払われ、よろけながら尻餅をつくシン。
「ふぇ~っ、駄目だぁ…もう力が入らないや。」
「毎日頑張ってんだ、ちゃんと成果が出てるじゃねぇか、
もう少し持久力と腕力が身に着けば、もっと良くなるぜ。」
ダグラスは、大剣を肩に担ぎ、座り込んでいるシンへ手を差し伸べた。
その手を取り立ち上がる真の顔は汗だくだったが笑顔だった。
「ホント?!僕もそんな気がしてたんだぁ。
前より頭が回る様に成ったって言うか…研究がより進むようになったんだよねぇ!」
「俺が言ってんのは研究の方じゃねぇって、剣術の方だって。」
「ダグラス君、ちょっと疲れたから休憩するね。」
「分かった、疲れた筋肉には休憩するのも大切だからな。」
シンが、長剣を引きずりながらベンチの方へ歩いて行った。
「おい!」
背後からダグラスに声が掛けられた。
振り返るとガナハが、長槍を手に立っていた。
「空いてるんだったら俺の相手をしてもらおう。
テメェには借りが在るからな…今日こそは絶対一撃入れてやる!」
眉を吊り上げ、やる気満々の様だった。
「お前毎日やって来るな…?
もう少し力をつけてから挑んだ方が良いんじゃねぇか?」
「うるさい!俺は毎日進化してんだ!昨日の俺と同じと思うなよ!
俺様を格下の雑魚みたいに扱いやがって…お前に手を抜かれてんのが、腹立つんだよ!
つべこべ言わずに勝負しやがれってんだ!!」
すごい剣幕で捲し立てるガナハへ
「そうかよ…そんじゃ、相手をしよう。」
そう言って大剣を片手で正眼に構える。
修練用とは言え、20キロ近い大剣を軽々と扱っている…何という腕力だろうか。
「いつでも掛かって来い。」
「云われるまでもねぇ、覚悟しろよ、ダグラス。」
ガナハが、長槍を回転させ下段に構え、ダグラス目掛けて一気に跳躍する。
隣のコートでは、レインがランド=グリッドと対戦していた。
レインは、身の丈より少し長い棒を手にしている。
一方ランドは、両腕に手甲を嵌め、構えを取っていた。
「ん?武闘家…だったか?確か…昨日は細剣を持ってたよな?」
レインが疑問に思ったことを口にした。
「良いところに気付いたね!そう僕は、どんな武器にも精通しているオールラウンダーを目指してるんだよ。
だから、様々な武器を使いこなせるよう日々修練しているんだ。」
親指を立てて笑顔で答えるランド。
「ほう…オールラウンダーか…何とも高い目標を掲げているようだ。」
「家は代々王国の騎士をやっているんだ。父さんも兄さんも立派な騎士として活躍している。
僕も尊敬する父や兄の様に騎士になって王国の為に働きたいと思ってる…難しい目標だけど…」
「ほう、立派な志だ。
その為のオールラウンダーって事か。」
「そうなんだ…けど、やっぱり…難しいんだ。
どれも中途半端になっていて…」
少し俯き、思い悩んでいる様だった。
「…オールラウンダーと言っても全ての武器を使いこなす必要は無いと思うぞ?」
「それって…どういう…?」
レインが、向こうで戦っているダグラスを指さし、
「例えば、アイツのような守備力が高い戦士は、大剣や盾が得意だ。
それを使いこなす強靭な肉体と精神を常に修練し有しているからだ。」
ベンチで寝転んでいるバルジモアを指さし、
「彼の場合は、高身長に俊敏性を併せ持ち…あの重い砲銃剣を手足の様に操る膂力が抜きんでている、
それは彼の『才能』を常に伸ばす努力をしているからだ。
彼等は共に鍛えるべきモノが何なのかを理解している…そして…」
女子のコートを指さし、
「彼女達は、彼女達なりの修練や方法で『才能』の伸ばしている。
男子と比べれば、体も小さく力も弱い者が多い…
ダグラスのような強靭な肉体もバルジモアのような俊敏力や膂力を持っていない。
短剣や細剣、鞭などの比較的軽い武器を選択し得意としている。
筋力に頼らず、技や動きを修練し、その『才能』を伸ばそうとしている。」
ランドの方へ向き直り、
「人には得手不得手が在る、それを無理して頑張る必要は無いんじゃないかな?
君の『才能』にあった方向性で選んだ方が良いと思うけどな。」
「君の言う事にも一理あるかもしれないな…
今まで闇雲に色々な武器を使って来たけど、なんかしっくりこない武器もあったし…
自分の才能にあった…方向性か…考えてもみなかったが…」
考え込むような仕草をしているランドへ
棒を回しながら
「…強靭な脚力を持っている君なら、その武闘家用の手甲も良い選択かも知れないが、
取り敢えず、使ってみてから考えても良いんじゃないか?」
「そうか…そうだな…色々参考になったよ、ありがとう!」
レインへ礼を言うランドが両腕の手甲を打ち鳴らし身構える。
「さあ、修練しようか。」
回していた棒を下段に構えるレインへ向かって飛び出していくランドだった。
女子のコートの方へも目を向けてみよう。
一番手前のコートで訓練しているのは、サーシャだった。対戦相手は…エノーラ先生だ。
サーシャは、細剣を両手に構え、エノーラは銃剣を構えているが、驚愕している様子だった。
サーシャの身体能力が桁外れだったのだ。
銃剣から放たれる銃弾を細剣で捌く…刀身が折れない事も驚嘆に値するが、それよりも銃弾を切り落とす事が出来る者が居るなど…並みの動体視力と反射神経ではない。
「やっぱり、貴女このクラスでも戦闘に関しては、ずば抜けてるわね…
その身体能力は、修練だけでは習得できない代物よね…たぶん、持って生れた『才能』に起因してる。」
「…流石ですわね…先生の考察通りですわ。
これは、私の家系特有の才能なんですよ…優れた動体視力と反射神経は生まれた時から常人の数倍はありますわ。」
エノーラの銃撃を尽く躱していく。
「そして、修練で磨いた体術…良い動きね。」
サーシャが大きく跳ね、細剣を思いっきり振り下ろす。
エノーラは、避けきれず銃剣で受けるが、その衝撃で膝をついた。
「お褒め頂いて光栄ですわ。」
「…膂力もそこいらの男子を上回ってるわね。」
細剣を跳ね上げ、銃剣を横薙ぎにサーシャを狙うが、軽く避けられた。
「あら…心外ですわ、そこいらの男子を遥かに凌駕していると自負しておりますのよ?」
ゆっくりと立ち上がるエノーラ。
「…負けず嫌い…じゃないわね。男の子が嫌いなのかしら?
膂力も男子に負けない為に身に付けたのね…」
「へぇ…やっぱり先生ですわねぇ、2・3度打ち合わせただけでそこまで生徒の事が解るなんて?
私は、幼い頃から何時も男子と比べられて来たんです…
その度に女子である事の弱さを痛感させられた…その為に死に物狂いで修練して来たわ。」
「…そう、男子顔負けの膂力を持った女子ねぇ…ホント今年のクラスは面白い子達が多いわね。
あの子達も変わってるし…」
舞う様な動きの由奈とカードと言う特殊な武器を使うフェリスの方を見る。
「そうですわねぇ、あの娘達が『転生者』だったとしても少し特殊過ぎるわね。あそこ迄の潜在能力を持ってる『転生者』を見た事はないわ…
特にあの由奈って娘は、多分バケモノね、私でも勝てる気がしないわ。」
サーシャの言葉にエノーラ先生も頷き同意する。
「そうなのよねぇ…普段は普通の女の子なんだけどねぇ。
あの舞を舞っている間は別人なのよねぇ…暫くは、様子見ってことかしらねぇ。」
エノーラが、サーシャの方へ向き直りながら銃剣を構え直した。
「貴女もまだまだ本気ではない様だけど…それでも…」
エノーラが、銃剣の引き金を引く、打ち出された弾丸を難なく交わし、体制を戻しながら
「無駄ですわ、私には弾丸の軌道が見えて…?」
目の前に銃剣が迫っていた。
サーシャは、それをも躱しきる、凄まじい反射神経だが、次の瞬間地面に倒れていた。
「?!」
エノーラに脚を払われたのだ。
更に追い討ちの銃剣が振り下ろされるのを回転しながら躱し、立ち上がるが、間髪入れず背後から銃剣が襲った。
それを細剣で受け…ようとしたが、目の前で掻き消えた。
「え…?!」
次の瞬間、サーシャは青い空を見上げていた。
何が起きたのか直ぐには理解出来ないサーシャだった。
そこへ手が差し伸べられる。
「貴女は、動体視力に絶対の自信を持ってるが故に、眼に頼り過ぎてるわねぇ。」
立ち上がり、埃を払うサーシャが、
「成る程…上部へ注意を逸らしてからの足払い。
…それに、掻き消えた様に見えた銃剣は…残像ですわね?
当たる瞬間銃剣を引き、注意をそこへ逸らしてから、また脚を払われた…」
「そう、理解が早いわねぇ。
目が良いから一点に集中し過ぎて周りが見えてないわね。
それに反射神経が良過ぎて、対処が早すぎるのも悪い癖ね。」
「…勉強になりますわ。」
両手に細剣を構え、踏み出す。
無駄の無い流れる様な動きから繰り出す双剣の剣撃。
銃剣で受け続けるエノーラが、
「良い動きね…其れに一つ一つの剣撃も重いわ。
その辺の男子顔負けの膂力だわぁ…」
「どんな男にだって…負けはしないわ!」
更に増す剣撃を受け続けながら
「…でも、使い方がなってないわねぇ。」
サーシャの剣を受け止める寸前に銃剣を引き、斬撃をいなした。
「…くっ!」
サーシャの体制が崩れるが、立て直しつつ更に斬撃を繰り出し続ける。
たが…エノーラは、全てを柳の如くイナしていく。
サーシャの体制が崩れ流れる様な動きは見る影も無い。
エノーラ先生の反撃に後手に回り始めるサーシャ。
「どうかしら?男子の様な力任せの攻撃では、戦い辛いんじゃなくて?」
「…」
「まだまだ、修練が足りないわね?
女の子は、男の子と違って筋肉のつき方が違うから踏ん張りが利かないのよ、だから身体が流れちゃうのよねぇ。」
サーシャの剣を跳ね飛ばし、銃剣を向ける。
「…解ってますわ、その為にこの学園に入学したんですもの。」
「そうですね、頑張りなさい。」
男子コートの方で黄色い歓声が上がった。
「きゃあー!カッコイイ〜!」
「レイン君、素敵ぃ〜!」
その声にサーシャの耳がピクリと動いた。
「な、何ですって?!私に断りもなく…レイン様に声を掛けるなんてっ?!ただでは済まさないわよ!!」
突然駆け出して行くサーシャを目をパチクリさせて見送るエノーラ先生だった。
男子コートでは、レインとランドが激しい修練を繰り広げていた。
「君との修練は、すごく楽しい。
なんて言うか…こう、潜在された能力が溢れて来るって感じなんだ!」
左脚に力を溜め、一気に蹴り出す。
レインに向かって、ランドが弾丸の様に弾き飛んで行く。
勢いに相乗し右拳を打ち出す。
レインは、回転させた棒で拳を捌き、ランドの左脇腹に一撃を入れるが、手甲でガードされた。
「その手甲での闘いは、君に合っている様だね。
ランドの『才能』を上手く活用出来ている。」
互いに撃ち合う速さが、凄まじい。
何合打ち合ったか分からないが、撃ち合う度にランドの速さが上がって行く…
「おいおい、スゲェな…」
レイン達のコートの周りに観客が集まっていた。
男子生徒からの驚嘆の声と
女子生徒からの黄色い声援が飛んでいるが、集中している二人には聞こえていない。
ランドの超速の蹴りを地面に突き立てた棒の反動で宙に舞い避ける。
ランドが、地面を蹴りレインの方へ跳び上がり、無数の拳を繰り出し続ける。
棒を回転させながら拳を捌き、地に降り立った瞬間地を蹴り、ランドへ向かい棒を突き出す。
ランドも地に降り立った瞬間、上体を後ろへ反らせ避ける。
拳を突き出すランドに対し、
レインの棒が、ランドの膝裏を軽く叩くとランドが腰を落とす。返す棒で下がった左腕を上げ、右腕を腰に落とす。
力の乗った拳が音を立ててレインを襲うが、棒を軸に華麗に回転しながら避けた。
「…今の一撃は、会心的な…しっかり力が乗ってたぞ!」
「姿勢が伸び、腰に力を溜め、力み無く撃った拳は一撃が必殺の威力を持つ…その感覚を覚えると良いよ。」
レインが、地を這う様な低い姿勢でランドへ向かって走る。
ランドの脚を払うが、跳んで避ける。
一回転し、ランドが着地する瞬間を狙い更に脚を払う。
「うぁっ?!」
ランドが、何とか避けるが地に両手をつく…其処へレインの棒が降って来る。両腕の腕力だけで跳び避け、一回転しながら立ち上がり、更にレインへ拳を突き出した。
レインは、身体を捻り、躱しながらランドへ蹴りを放っていた。其れを何とか後方宙返りで躱すランド。
「…くっ、君は凄いなレイン君。
一分一秒毎に成長してる…成長じゃ無いな…君のはもはや進化と言った方が正しいかも知れない。」
「それは、言い過ぎだろう?
確かに身体を動かし、修練していると転生した時に与えられた肉体が、段々馴染んで来てるけど、
ランドが言う進化みたいに劇的な変化はして無いと思う…」
「昨日までは…まだ、僕の方が余裕で相手が出来てたのに…
今日君との修練を始めてから今までのこの短時間で逆に僕が追い込まれ始めてる…しかも、相性の良い武器を使っているにも関わらず…」
「ふふふ、それだけじゃ無いですわ。」
観客の女子生徒達を少し乱暴に押し退けながら前に出て来たサーシャが、声を掛けた。
レインも気付き、振り返る。
「サーシャ?」
声を掛けられ、頬を赤らめるサーシャにランドが、話し掛ける。
「サーシャさん、それだけじゃ無いとは…」
「煩いわね?
レイン様に声を掛けられて幸せを感じている時に雑魚の分際で私に声を掛けるなんて!
なに?私に叩き伏せられたい訳?」
話し掛けて来たランドを睨み返すサーシャにたじろぐ、
「あ…いや、なんか…ゴメンなさい…」
「ふん、仕方ないわね、雑魚にも教えてあげるわ。
アレだけの立ち回りをしている最中、対戦相手にも気付かれずに指導を与えていらっしゃった。
お陰で、この修練中に力の使い方や動きが格段に良くなった筈よ?」
「…確かに…」
鼻を掻きながら苦笑いするレイン。
「指導なんてたいそうな事はしてない…」
「レイン様の偉大さが解ったようですわね、
…であれば、傅きなさい!貴方の様な雑魚どもがレイン様と肩を並べるなどおこがましいにも程がありますわ!
レイン様こそ、偉大なる王になられる御方…いいえ、神にでも上り詰められる…」
弁舌するサーシャを背後から叩くレイン。
「痛ぁ〜い…」
「誰が偉大なる王になるんだよ?
そんな面倒臭い『職』に就く気はさらさら無いんだが…
不本意だが、やるべき事をさっさと済ませて、のんびり『隠居』するってのが、俺の望みだと最初から言っている筈だが?」
頭を摩りながらサーシャが振り返るとレインが仁王立ちで腕組みをしていた。
「ご、誤解ですわ!レイン様の品格や尊厳が凡人を遥かに凌駕していらっしゃるので、比べるなら王様や神様という事を言いたかっただけで…他意はありませんのよ。」
「…ほう?では、誤解されないような言い方を心掛けるべきだよな?」
「う…わ、分かってますわ…今後はちゃんと気を付けるようにしますわ。」
レインに半べそを掻きながら謝罪するサーシャを見て、
(ふーん、どんな男の子も毛嫌いしてるのかと思ったら…レイン君だけはちがうみたいねぇ。)
エノーラ先生が、内心で呟いていた。
ベンチで寝そべっていたバルジモアが一連のやり取りを見ていたが、
「ちっ…」
舌打ちしながら立ち去って行った。
その時、終礼の鐘が鳴った。