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第11話 恋するサーシャの昼下がり

新入生達の学園生活が始まった。

今年は、1クラスの生徒数は25~30人程度でA~Dまでの4クラスが編成されている。

レイン達は、Aクラスに所属している。

学級委員長は、ランド=グリッドが立候補し、満場一致で決定した。


暖かな春の日差し、窓から入り込む心地良い風…呪文のように聞こえる教師の授業が相まって、

殆どの生徒が、うとうとしていた。

学級委員長だけが熱心に黒板の書き取りをし、教師の話を聞き入っていた。


午前中の授業の終わりを告げる鐘がなり、昼休みの時間になった。

ダグラスが、鐘が鳴った瞬間跳び起き、教師がドアから出て行くよりも先に飛び出して行った。


「うぉりゃあぁ!昼飯の時間だぜぇ!!」


一瞬で姿を消した、ダグラスを後ろからチャールズが追いかけていく。


「ちょっと待ってよぉ、ダグラス君!!」


教室の中では、いつもの事だという様に仲の良い者同士が集まり、一緒に机を並べお弁当を広げている。

由奈とエミリアも二人で机を合わせ一緒にお弁当を食べようとしていた。

其処へ同い年位のクラスメイトが集まり、由奈を囲む様に輪になって楽しそうにお弁当を開いた。


サーシャが、レインの処へ駆け寄ってきて、机の上に大きな包みを置いた。


「レイン様ぁ、美味しいお弁当を作って来たの、どこか景色の良いところで一緒にお昼食べましょうよ。」


そう言って、レインの腕を取り、教室の外へ連れ出そうとしていた。

その光景を目撃したフェリスが、席を勢い良く立ち上がり、何かいい掛けようとしたところで声を掛けられた。


「フェリスさん、ちょっといいかな?」


ランドだった。


「ラ、ランドさん…?どうかしたんですか?」


フェリスが、レインの方を気にしながらランドに返答した。


「少しいいかな?昼休みでゆっくり休憩しようとしているところを申し訳ないんだけど、今後のクラスについて副委員長の君からも意見が聞きたくてね。」


「え…えぇ、構いませんけど…」


そう言いつつ目線は、サーシャに教室から連れ出されるレインを追っていた。



中庭は、全天候型の総ガラス張りのドームなっている。

此処で昼休みを過ごす生徒も多く、ベンチや座りやすい芝はほぼ埋まっていた。

其処を通り抜け、少し小高い丘に石碑が立っている場所がある。

校舎から少し離れているので、ここまで来る生徒は少ない様だ。


その石碑の先へ歩いて行くサーシャが、風に髪を靡かせながら景色を眺めている。

緑豊かな大地に流れる美しい川、遠くに見える山々と透き通る様に蒼い空と陽の光で煌く白い雲。

空に浮かんだ2つ月が幻想的な景色を演出していた。


「私…この学園で此処から見る景色が一番好きなのよねぇ。

レイン様も一緒に見ましょうよ。」


サーシャに促され、レインもサーシャの隣に立ち景色を眺める。


「ああ…平和で美しい景色だ…」


哀し気な瞳をするレインが、呟いた声をはサーシャの耳にも聞こえた。

レインの方を振り向き、その瞳を見詰める。


「レイン様、あそこのベンチが空いてるわ、お弁当食べましょうよ。」


ベンチに座るレインとサーシャ。

一通りお弁当を食べ終わるとサーシャが感想を聞いてきた。


「レイン様、どうでした?私が腕に縒りを掛けたお弁当…美味しかったですか?」


ドキドキしながらレインの返答を待つサーシャの表情は、恋をする乙女のそれだった。


「…」


返事が無いレインに不安を覚えもう一度訊き返す。


「もしかして…奥地に会いませんでしたか…?」


「…心の籠った凄く美味しいお弁当だったよ。」


そう言って、微笑み返すレインに胸きゅんするサーシャだった。

レインが、ふと思いついた事を口にした。


「なぁ、サーシャ…ちょっと聞いていいか?」


「何かしらレイン様?何でも聞いてください、全部お答えしますわ!」


キラキラした瞳でレインを見詰めるサーシャに少し気圧されたようにレインが話す。


「あ…ああ、実は…不思議に思ってたんだけど…

どうして、毎日早起きして、お弁当を作って来てくれるのかな?」


この状況とシチュエーションで出る言葉とは思えない程…レインは鈍感だったようだ。

呆然とするサーシャが、クスッと笑いながら


「そうですねぇ…私、レイン様の事が気になるって言うかぁ、すごく興味があるんです。

なんていうのかなぁ、これまで会った男達とは違う…何かを感じちゃうって言うか…」


「…俺が『転生者』だからって言う事か?」


「そうじゃないんですよねぇ…それに、私『転生者』は昔から嫌いな方だったし…

何故かなぁ…多分切っ掛けは、初めて私をあんな風に抱きしめてくれた人…だからかなぁ。

あの事件の時、私を抱きしめて…庇ってくれたの覚えてますか?」


レインが少し考えこみ、あの事件を思い出した様だ。


「あぁ…入学式の後か…暴走した生徒がクラスに乱入してきた時…」


「ええ…あの時、私は初動が遅れてた…あのままだと怪我をしていたわね。

それをレイン様が助けてくれた…あんな風に抱きしめられたのは生れて初めてだったんですよ。

なんか温かくて、優しく包み込むような…まるで…神様に抱かれているような不思議な感覚だった。」


サーシャがその時の光景を思い浮かべながら自分を抱きしめ頬を染める。

レインがボソッと


「…俺は神様じゃない。」


「そんなの分かってますよ、ただの比喩です。それ程不思議な抱擁感だったんです!」


「ふむ…」


ベンチから立ち上がり、数歩前に出て美しい景色を見詰めるサーシャが、レインの方へ振り返り、


「だから、私…レイン様に惹かれちゃったんじゃないかな…

私をここ迄変えちゃうなんて…思いもしなかったし…」


「…俺が君を変えたのか…?」


「私の家って、代々有名な傭兵を排出してる名家なのよ。

だから、私も小さい頃から傭兵になる為の英才教育を受けて来たわ。でも…

やっぱり男の子達と比べると女の子って不利なのよねぇ…体格とか力とかね。」


「…だが、君は強いよね?君の立ち居振る舞いや動きを見ればそれは解る。

男女関係無く…クラスの中でも1・2を争う位の実力を持っていると思うけど…」


「そうかもね…昔から私負けず嫌いだったし、一生懸命努力もしたわ…

それに…強くなる為ならなんでもした、他人を蹴落とす事にも躊躇せず、冷酷にもなれた。

だから、わたしは女である事も捨てた…

男なんてただの敵手(ライバル)でしかなかったのよねぇ…だから嫌悪感しか湧かなかったんだけどねぇ。」


唇に人差し指を当てながら少し考える素振りをする。

レインもベンチから立ち上がる。


「…そこまで強くなることに固執するのは、名家の一人娘だから…だったのか?」


俯いたサーシャが、少しピリッとした雰囲気になった気がしたが、上げた顔は微笑んでいた。


「それもあるわねぇ、強くなって私を認めてもらいたかったのかもね…

だからもっと強くなるためにこの学園にも入ったんだし…」


「そうか…そこまでしても手に入れたいものが…求めているモノが君にはあるんだな。」


レインの顔をマジマジと見詰めるサーシャがクスッと笑う。


「私の事より、こんな私を虜にしたレイン様の事が知りたいのよ。」


「俺の事…?特に変わったところは無いと思うんだけど…」


「レイン様に興味があり過ぎて色々あるんですよぉ。聞いても良いですかぁ?」


サーシャはレインの懐の中に潜り込み、ものすごく近い位置で上目遣いでキラキラした瞳と表情だ。

珍しく後退るレイン…


「あ…ああ、な、何でも聞いて…くれ。」


「やったぁ~!じゃあ、じゃあ…

レイン様の趣味は?好きな物は?嫌いな物は?好きな料理は?好みのタイプの女性は?

えっとぉ…あとは、あとはぁ…」


沢山聞きたい事が在る様だが、レインは少し面食らっていた。

思っていた質問とは全く違っていたからだ。


「いや…ちょっと待て、そんな事で良いのか?

他に聞きたい事が在るんじゃないのか…?…例えば、この世界に『転生』する前の事とか…」


サーシャが、レインの唇に人差し指を当てる。


「それは良いんです、レイン様にだって聞かれたくないことはあると思うんですよね。

それを無理やり聞くのも嫌だしィ、レイン様が話したくなった時に話してくれればそれで。」


レインの口元に微笑が浮かんだ。


「…そうだな、訊かれたくない事や人には話したくない事もあるが、何故かな…

君には俺の事を知っておいて欲しい…って言うか、訊いてくれないかな?」


「え~っ、そ、それってぇ、二人だけの秘密じゃないですか?!」


眼をまん丸くするサーシャにベンチに座るように促す。

素直に従うサーシャに


「此れから話す事は…出来れば、オフレコで頼みたいんだけど…」


「約束します…だって二人だけの秘密なんだし!」


「どこから話そう…そうだなぁ、前世界の話から始めよう…か。」


「この世界に『転生』する前ね。

闘技室でダグラスが言ってたけど…『階級(クラス)』持ちだったんでしょう?

それって凄いですよね、『階級』を与えられる事なんて数百万人に1人いるかどうか…

私達は、いくつかの『才能(スキル)』を持って生れて来るから、それを『覚醒』させて『能力(アビリティ)』を身に付ける…『能力』にもいくつかの段階があるけど、それを更に『覚醒』させて『職業』へと昇華させる。」


「…ああ、そしてその先に『階級』が在る…それがどの世界でも不変の『理』だからな。

でも、俺のような例外も存在するんだよ。」


「例外…ですか?」


「そう…俺は生まれつき『階級』を与えられていた…って言ったら驚くかい?」


「えっ…そんな事って…或るんですか?」


「まぁね、俺の兄弟達は生まれつき『階級』を与えられてた…って言うより、クソ親父が勝手に押し付けやがったってのが正解だな。あの筋肉マッチョなクソ親父が…

最初は嫌々やってたんだ、有無を言わせず押し付けやがってやるしかなかったからな…

そんなやらされ感がすげー嫌だったんだが…やってくうちに考えが変わって行ったんだ。

俺が創った世界の様々な移り変わりや発展していく未来を見守っているのはとても楽しかったからな。」


過去を思い出している間、レインは楽しそうな顔をしていた。


「レイン様のお父様って…どんな方なんですか?!

レイン様だけじゃなく…レイン様の兄弟全員に『階級』を与えられるなんて…そんな事が出来る人なんて…

そもそも『階級』を与えられる人って…」


サーシャの疑問が、更に増している様だった。

レインは、サーシャへ真実を告げた。


「前の世界での俺の『階級』は…『創世神』、親父は…君達が言う『大いなる意思』って存在だな。」


「…?!え…そ…えぇ?!」


レインの言葉にサーシャの頭が付いて行かなかった…理解出来るまでかなり時間が掛かった。


「俺は、俺が創生した世界を慈しみ、愛していた…だが、その世界を滅ぼしてしまった…

その『大いなる罪』を背負い続ける事が、俺が出来る唯一の贖罪…」


レインの哀しそうな瞳…前にも同じ瞳を見た事を思い出す。


「レイン様…」


レインの話に混乱するサーシャだったが、レインの心の動きが彼女へは伝わった様だ。


「…世界を滅ぼした俺が、新たな世界を創世なんかする気は無かったからな…

クソ親父に『階級』を返上して『無職業』になったんだ。

そして、俺の犯した罪を背負い『隠居生活』を送るために『転生』したのがこの世界だった。

まぁ、勝手に退職しちまったからな、クソ親父から制約は受けちまったが…」


「制約…?」


「そう…制約だ。

俺は罪を犯し、自等の意志で退職したからな…前世界での全ての『才能』は全て消す事にした。

それと転生先でも『才能』は付与しない事…俺が罪を償う事が出来れば…いや、それはあり得ないか。

まぁ、これが俺が自分に課した制約だ。」


「…じゃあ、自分で自分に制約を作ったんですか?

罪を償いきる迄『無能力』で生きると…そんな事をしたら、まともに生きて行く事がどれだけ困難になるか解ってて…」


「そうだな…それが、俺が俺へ下した罰だ…」


「…それじゃあ、お父様の制約って…」


「ああ、あのクソ親父は、俺にもう一度世界を創造して欲しかったみたいだが…

俺が突っぱねたからな…ちょっと、へそを曲げちまったようだ。

そんで俺から『階級』を剥奪し、『破綻者』って言うレッテルを張りやがった。

それが親父の制約だな。」


「…『破綻者』なんて聞いた事がありませんよね…?

それって一体どんな…」


「…まぁ、そうだろうな。

何でも創世の時代から一度も『破綻者』になった奴はいないそうだからな…

なんでも親父の創った『世界の理(ルール)』から外れた存在って意味らしい。」


「…『世界の理(ルール)』から外れるって、どう言う事なの…かしら?

私達は、理の中でしか生きられない…私達だけじゃないわ、世界中の森羅万象の全てがその理の中に存在している…神や悪魔でさえその理の中に存在していなくちゃいけないのに…」


「世界の理から外れるってのは、世界に存在することを許されていないという事だよ。

俺の存在自体が、因果律を歪めているからな…

()()から異分子を排除しようとする因果が働くようになっているらしい…」


「…そんな…それがお父様の『制約』なんですか…

世界に見捨てられ、世界に存在する事さえ許して貰えないなんて…」


サーシャの哀しそうな瞳を見ながら微笑むレイン。


「それが、クソ親父の『制約』だ…否は許されないからなぁ、

でも、まぁ…この世界に適合したこの身体が在るうちは、問題ないらしいし、そんなに悲観する事は無いんだよ。君がそんなに悲しむ必要は無いさ、サーシャ。」


そう言って、サーシャの頭に手を置き、優しく髪を撫でるレイン。


「それに…」


「それに?」


頬を紅く染め、レインの言葉を繰り返すサーシャ。


「俺は、この世界に隠居しに来た…全ての(しがらみ)から離れ、何事にも関わらない…

やりたい事をやり、したい事だけをする…そんな生活を望んだからな。

でも、あのクソ親父はそれを許さなかった…俺の為にこの世界にレールを引いてやがった。

あのクソ親父が、なんでそんな『制約』を課したのか…少しわかって来たしな…

まぁ、本意じゃないが、親父の思惑に乗ってやる事にしたよ。」


口元に笑みを浮かべ、真っ直ぐに空を見上げるレインの横顔を見詰めながら、


「お父様の敷いたレールを歩こうと決めたのはレイン様の意志です。」


サーシャは、レンへ言葉を掛けた。


「そうだな、でもこのレールは、俺一人で歩んで行くことが出来ないようになってる。

沢山の人達と関り、共に歩んで行かなくてはいけないレールらしいからな…

サーシャ、一緒に歩んでくれるか?君とも一緒に歩んで行きたい。」


それを見上げていたレインが、サーシャの瞳を見詰める。


「はい!どこまでもご一緒します。」


「ありがとう…」


始業前の鐘が鳴る。


「昼の授業が始まりますわ、レイン様。」


「そうだな、教室へ戻ろう。」


サーシャが、前を歩いている。

振り返り、石碑の向こうの空を見詰めながら口元に笑みが浮かんでいた。

踵を返し、サーシャの後を追う。

レインの頭の中で聲が語りかけて来た。


《…この娘スゴいね、君が元創世神だと告げても少し驚いた程度で、殆ど変わりが無いじゃない?》


(サーシャには、何かの比喩にしか聴えていない筈だ。普通こんな話を真に受ける輩は居ないと思うぞ。)


《許容範囲を超えてる理解不能な話は、例えに置き換えて理解しようとするからねぇ、それが分かってて素性を打ち明けた…って事か。》


(おい…勘違いするなよ?サーシャは、この先…俺と共に歩んで行く…

そんな相手が素性も解らず、得体の知れない『転生者』とか有り得ないからな。

話しておくべきだと判断したまでだ。)


《…へぇ、もしかして…未来が見える様になったのかい?》


(…そうじゃないが、見えてきたものはある。)


《見えて来たもの?》


レインが応える前にサーシャが声を掛けて来た。


「レイン様ぁ~!何やってるんですか?午後の授業に遅れますよ~~!」


手を振り、立ち止まっていたレインを呼んでいる。

レインもそれに手を上げて答えた。


ちょうど昼休憩の終わりを告げる鐘が鳴った。


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