第1話 退職者と転職者
描いてみたい世界を始めました。
面白くなるかわかりませんけど続けて行きたいと思います。
荒廃した大地に一人佇む漆黒の鎧を纏った人物の背には漆黒の翼が生え、蒼き刀身の剣を携えていた。
彼は、ゆっくりと天を仰ぎ見る。
そこには、白き虚無の空と漆黒の闇の空が混在した宇宙が広がっていた。
「…これで、終わりか…」
蒼き刀身を見詰めながら呟いた声が、荒んだ風に掻き消える。
その時、天空に眩い光が現れた。
漆黒の鎧を纏った人物は、振り返りもせず、
「…ああ、お前か…」
温かく穏やかな、それでいて抗い難い高貴なる気配を光の中から感じる。
それは、高次元の意識体の様なモノだった。
「考え得る結末は想定しておったのじゃが…この結末は、予想外であったわ。
まさか、お前が世界を『無』に帰す選択をするとはな…
じゃが…これで良かったのか?悔いてはおらぬのか、漆黒の創世神よ?」
「まぁ、思うところがない訳じゃないが、これが俺の選んだ道だからな悔いちゃいないさ。
それに、お前に押し付けられてた仕事からやっと解放されるだぜ?
そいつを考えたら肩の荷が下りたって感じだ。」
高次元意識体に対し嫌悪感の籠った口調だった。
「お前との約束じゃからな…お前の官職を解くが…本当に其れで良いのか?
また新たなる世界を『創世』する気は無いのか?」
「いいや、そいつはもう御免だ、もう『創世』なんてやる気は無いんだよ。
此れからは、ゆっくりスローライフを楽しませて貰おうと思ってんだ。」
「ふむ…我が与えた階級を…『創世神』を本気で捨てるつもりなのじゃな…
じゃが其れで良いのか?階級を失えば、これまでの業を背負わなくてはならないのは知っておろう?
次世界を創世せず、階級を捨てれば、お前は『世界』を消滅させたその責を受けなくてはならんのじゃぞ。」
沈黙が少しの間流れた。
「ああ、分かっているさ…それが俺の背負った…背負わなくちゃいけない『業』だ。
さぁ、さっさと俺を他界へ『転生』させてくれ…もうこの世界には居たくないんでな…」
その言葉が終わると同時に世界が白く光に包まれていった。
その世界が全て消え、無へと帰したことを物語っていた。
ゆるやかに流れる時間、無限に広がる空間、金色のその場所は『輪廻の輪』と呼ばれる高次元の聖域である。
そこは、全ての生命が生まれ、そして帰る場所…
そして、この場所には数兆にも及ぶ魂達の転生管理統制をおこなう『管理者』と呼ばれる者が存在する。
魂達を様々な世界、様々な時代、様々な地域や場所へ転生させるためだけに存在を許された者達だ。
輪廻の輪へと続く回廊の入り口にあるデスクに座り、目の前のPCの画面に目まぐるしく流れる文字や数式を見ながらキーボードを凄まじいスピードで叩いている。
「あ~っ、もう、何なのよ!
どんだけやっても追いつかないわよ、なんでこんなに魂の数が多いのよ?!
他の子達は、有給消化とか言ってバカンスに行っちゃうし、私一人でどうしろって言うのよ?!
大体どっかの『創世神』が世界を丸ごと消しちゃうからこんなことになってんじゃないの?
もう、やってらんないわ!!」
『管理者』は、頭を掻きながらキーボードを投げだした。
その時、転生の回廊に足音が鳴り響いた。
カツーン、
『管理者』がそれに気づき、足音の方へ振り向く。
「何かしら…?魂しか居ない『輪廻の輪』で足音が聞こえるなんて…」
その音は、次第に近づき『管理者』の眼にもその足音の主の姿が見えた。
背に漆黒の翼を持つ、漆黒の衣を身に纏った青年だった。
管理者の座るデスクの前まで歩いて来た。
「貴方…」
「お前が此処の『管理者』か?」
優しく静かな声とは裏腹に目の前に立つ黒衣の青年が纏っているオーラに気圧される。
「す、凄い威圧感ね…あ、貴方どちら様なのかしら?
人事部に派遣されて来た『管理者』じゃないわよね?
増員してくれるなんて連絡は人事部から来ていなかったし…」
『管理者』は、立ち上がりながら眼鏡のずれを直しつつ思考を巡らせていた。
「…となると貴方は『不法侵入者』って事になるんだけど、それもおかしな話なのよね…
此処は『魂』だけが存在する世界なのよ、私達『管理者』は例外なんだけど、肉体を持ったまま此処を訪れることは出来ない定めになっているの。
例えそれが天界の神様だって此処へ来る事は不可能なんだけど…現に貴方は此処に居る。」
『管理者』が目の前の黒衣の青年を足先から頭の先まで見回す。
「不思議ねぇ、霊体や転生体では無いわよね?
どう見ても生身の肉体を持ってるみたいだし…」
黒衣の青年が一つ溜息を吐き、
「職業柄か?詮索するのが好きなようだが、お前に答えてやる義務はない。
俺の事などどうでも良い、それより『管理者』よ、お前の名は?」
優しい声だが、抗えない程『言霊』に力がある。
「は、はい、私はフェリスです。
第113区統括管理課所属 フェリス=アークナバル1等級監査員です。」
背筋を伸ばし、敬礼の姿勢を取りながら、きちんと自分の所属と階級を説明する。
(何やってるのよ私?!『不法侵入者』相手に自己紹介するなんて馬鹿なのかしら?
でも、なんか抗えないのよね…すっごいイケメンだからかしら?)
我に返り、頭を抱えながら自責の念に駆られるフェリスを他所に、
「フェリスとやら、お前が監査員とやらなら俺を『転生』させられるのだろう?
さっさと頼むぜ、俺もやっと長年勤めて来た『階級』を退職してきたんだ、これから隠居生活を楽しみたいんでな。」
「ちょ、ちょっと待ってよ。貴方…『転生者』なの?!
それは、ありえないわ…
『転生者』なら前世の意識と記憶を持つ霊体、いわゆる『転生体』として此処へ来るはずよ?
でも、貴方は生身の肉体だわ…そんな前例なんて聞いた事も無いわ…
それに『転生者』のデータは、毎日チェックしてるけど、あなたのデータは来ていないわ。」
デスクに置かれているPCを叩きながら説明するフェリスに
「おい、俺のデータが無いってのは、おかしいだろう?!
現に俺は此処へ導かれて来たんだぞ?適当にデータ見てんじゃないのか?
もう一度、しっかり知らべてくれよ!」
「わ、分かったわよ。」
そう言って席に座り直しキーボードを叩くフェリス。
暫く叩きまくっていたが、顔を上げ、
「やっぱり見つからないわね…貴方の名前は?」
「レイン=シールドだ。」
黒衣の青年が答えるとフェリスがキーボードへ打ち込む。
「レイン…シール…ド?」
フェリスが、眼をまん丸くして黒衣の青年を凝視する。
「どうした?」
「あ、貴方…も、もしかして、あの『漆黒の創世神』様…ですか?!」
「そうだ…あ、いや、そうじゃない。
元漆黒の創世神だ。その階級は返上して来たからな、今は無職の身だ。」
親指を突き出しニコリと微笑む漆黒の創世神にフェリスが、ジャンピング土下座を放った。
額を床にこすりつけながら、
「創世神様とは露知らず、ご無礼の数々…平にご容赦頂きますようお願いいたします!!」
(マジでヤバイじゃない?!『創世神』様に対して、私何て口の利き方を…)
「ん?気にするな、俺は世界を崩壊させるような『漆黒の創世神』だからな。」
(ギャーッ、あれ聞こえてたんじゃん?!!)
「それに『創世神』は退職したんだ、お前が畏まる必要性は無いだろう。
官位もすべて捨てたんだし、『転生』して、これからはゆっくり隠居生活を楽しみたいんだよ。」
(聞き流してたけど、『創世神』って辞められるの?!
…って言うか、それって全ての世界を創造した『創界神』様の定めた理から外れる行為なんじゃ…)
フェリスが恐る恐る立ち上がり、髪型と身なりを整えながらレインへ一礼する。
「申し上げにくいのですが…『創界神』様より賜った官位を捨てられ『転生』するなど前代未聞です。
過去に前例のない案件ですので、もしかしたら何かしらシステムにエラーが在るのかもしれません。」
フェリスの話に少し考えるような仕草をし、
「ふむ…システムのエラーだというのか?」
「はい、現に此処へ導かれたという事実があるにもかかわらず、此処のシステムへデータが届いていないというのは…他に理由が考えられないんです。
レイン様の方で何か心当たりなどは、御座いませんでしょうか?」
フェリスに問われ、何かを考えている仕草をするレイン。
その高貴なる姿に見惚れているフェリスへ。
(よく見るとめちゃくちゃイケメンじゃない!超タイプだし、これって彼氏をゲットするチャンスよね?
永かった独り身生活とはおさらばよ!この機会に何とかお近づきにならないと…)
フェリスが良からぬことを考えていると
レインが独り言を呟いた。
「特に思い当たる事は無いんだがな…
ったく仕方ないな、アイツに聞いてみるしかないか。」
「アイツ…?」
フェリスが聞き返すのを無視し、レインが右手を天空へと掲げる。
掌から眩い光が迸り、この世界を貫いた。
「な、何?!一体何を…」
驚愕するフェリスの背後から突然声が掛けられた。
「我も忙しいのだ、アポ無しで呼び出すのは止めてくれぬかな、レイよ?」
フェリスが、振り返るとそこには光り輝く人が立っていた。
背は高く、白金の緩やかなウェーブの髪、ラフな白シャツと白いスラックスを着ている。
全身から漂う高貴なる気配は、何者も寄せ付けない雰囲気を持っていた。
「悪いな、ゼノのおっさん。
お前のミスで俺が『転生』できないみたいなんでな。どうなってんのか聞かせて貰おうと思ってな。」
「ほう、我のミスの様な言い方だが?」
「違うってのか?俺の転生データが此処の端末に届いてないんだよ。
お前が、ミスってんじゃねぇのかって話だ。」
レインが、ゼノのおっさんと呼ばれる輝く人物に詰め寄る。
其処へフェリスが割って入る。
「あのぉ…」
「なんだよ、フェリス?今こいつに理由を聞いてんだ、邪魔すんなよ?」
「す、すみません、ちょっと気になって…
レイン様が転生できないのが、此方の方の仕業と言うのは?」
フェリスがもっともな疑問を口にしていた。
『創世神』の転生に関与する存在など考えられなかったのだ。
フェリスの肩にゼノのおっさんと呼ばれる人物が手を置いた。
そこから伝わる波動の心地よさでフェリスの腰が砕けそうになるのを必死でこらえる。
「?!」
「フェリス君と言ったかね?君はこの世界の『管理者』かな?」
コクコクと頷くフェリス。
「そうか、彼は何かを勘違いしているのだよ。
彼が転生できないのは、システムのエラーでもなければ、ましてや我のミスでもない。」
「それじゃあ…」
「おい、どういう事だよ、ちゃんと説明しろよ!
『創界神』だからって間違った時は素直に間違ったって言えばいいだろう?」
更にレインが割って入る。
(?…今、何て…?)
レインの口から出た言葉に目をぱちくりさせているフェリス。
「我のミスではないと言っておるであろう、これはお前自身が原因なのじゃよ。
お前は、我の定めた『世界の理』『宇宙の法則』を司る階級である『創世神』を捨てたのだ。
その『業』を背負う事になると話したはずじゃ。」
「そういや、そんな事を言ってやがったな…俺の『宿業』ってやつだろ?」
レインが、顎に手をやり何かを思い出したように呟いていた。
(うわぁ…何か全く別次元の付いて行けない感じの話してるわねぇ…
あれ?…ちょっと待って、今この方が世界の理を定め…た?って…?えっ?)
フェリスにある疑問が沸いた。
「あのぉ…度々すみません。」
フェリスが、ゼノと呼ばれる人物に声を掛ける。
「何かね?『管理者』フェリス君。」
ゼノが、フェリスの方へ向き微笑みかける。
その笑みに勇気を貰い、恐る恐る問い掛けてみた。
「あ、あのぉ…も、もしかして、貴方様は…始まりの神『創界神』ゼノヴァース様では…?」
「おぉ、そうじゃったな、お主には自己紹介をしておらなんだ。
我が名は、ゼノヴァースじゃ、皆からは『創界神』などと呼ばれておる。」
そして再びジャンピング土下座をするフェリスだった。
「も、申し訳ございません!私の如き下賤な身で御身に対し言葉を掛けるなど…」
ゼノヴァースは、土下座するフェリスの手を取り立ち上がらせる。
「ジャンピング土下座とはなかなか見かけぬ光景じゃな…さぁ、立ちなさい。
お主が気にする事は何も無いのじゃよ、それにお主にはやって貰わなくてはならない事が在る。」
そう言って、ゼノヴァースはレインの方へもう一度向き直る。
「レイ、お前は自ら創世した世界を消滅させ、自らの職務である『創世神』を捨てた身…
我の定めし『世界の理』から外れた存在となったのじゃ。」
「成る程、そう言う事かよ…俺は『破綻者』になったって事か…それが俺に与えられた『宿業』なんだな。
だから此処のデータベースに俺の転生データが無かったって訳か。
だがよ、そんじゃ俺はどうやって『転生』すりゃいいんだ?
俺の『転生』は、お前が許可したんだぜ、ゼノのおっさん?データベースに無い者を転生させるのはこいつ等の規律違反じゃないのか?」
フェリスを指さしながらゼノヴァースへ詰め寄る。
ゼノヴァースは、キョトンとしているフェリスへ微笑み掛けながら
「それは問題ないじゃろう、彼女に手続きをしてもらうつもりじゃからな。」
事態が把握できていないフェリスが問い掛ける。
「創界神様?それは一体どう言う意味でしょう…
データベースに無い者を違法に手続すると私は懲戒免職になっちゃうんですけど…」
「そうじゃな、フェリス君には悪いとは思っておるのだが、君には此処を辞めてもらい、転職してもらうつもりじゃ。」
ゼノヴァースの言葉を理解するのに数秒掛かった。
「え…ええ?!意味が分からないんですけど?
ち、ちょっと待ってください、えっと…どうして私が此処を辞めて転職しなくてはいけないんですか?」
フェリスが、慌てて反論する。
急展開している事態を把握出来ていない上に、本人の置かれている状況が理解できていないのだ。
「レインは、隠居して静かに暮らすつもりのようだが、そう簡単な事ではないのじゃよ。
『世界の理』から外れ『破綻者』となった彼を監視も無しに放置する事は出来ないのじゃ。そこでじゃ、フェリス君は、彼専属の『管理者』として彼と共に他元世界へ『転生』して貰いたい。」
「おい、ちょっと待てよ、冗談じゃないぜ、俺は、ゆっくり隠居生活を楽しみたいって言ってんだ。
『管理者』と一緒なんて聞いてないぞ?
一人でゆっくりスローライフを楽しもうと思ってんだ、こいつが一緒だと邪魔で仕方ねぇって!」
フェリスを指さしながらレインが反論
する。
フェリスは、自分の胸を押さえながら!
(成り行きは別にしてもイケメンに拒否られるってかなり凹むわ…)
ゼノヴァースは、頸を横に振りながら
「お主の我儘で『創世神』の職を解いてやったのじゃ、この位は譲歩してもらわねば困るのぉ。
別に嫌ならもう一度『創世神』に戻してやっても良いのじゃが?」
「チッ、おっさん意地が悪くねぇか?
ったく…分かったよ、言う通りにしてやるさ。」
レインは、溜息を吐きつつ、しょうがないといった仕草をしている。
「さて、フェリス君、君には急で申し訳ないと思っているが、そう言う事じゃから納得してくれ給え。
それと、君達がこれから向かう転生先は、そこの端末に既にデータを入力してある。
後は『Enterキー』を押してくれれば良い。」
「…は、はい。」
(何よ?何を納得するのよ?急に転職して隠居生活に付き合えって、そんなの納得できるわけ無いじゃない!…なんて『創界神』様相手に言える訳ないわよね…っはぁ~~~あ)
フェリスは、観念したように溜息を吐き項垂れながら席に座りキーボードの『Enterキー』を押す。
突然希望していない職業に無理矢理転職させられるのだから無理もないが、彼女の災難はそれだけではなかった。
PCの画面に表示された行先を見てフェリスの眼が大きく見開かれた。
「えっ?ちょ、ちょっと待って下さい!!これって何かの間違いじゃ…行先が此処ってあり得無くないですか?私行くのを辞めさせ…て…」
『創界神』ゼノヴァースの方に無いかを訴えるように振り向くフェリスの体が光の粒へと変換していく。
慌てた様子で何か口をパクパクしていたがそのまま霧散してしまった。
どうやら『転生』した様だった。
「あの女が一緒なのは、本意ではないが…
『転生』を許してくれたことには感謝しているよ、ゼノのおっさん。」
そう言って、レインの体も光の粒となり霧散した。
後に残った『創界神』は、『輪廻の輪』に無数に集う魂の流れを眺めながら独り言を呟いた。
「…感謝か…すまんな、レイ。
お前の望む平穏な隠居生活を送らせてやりたいのじゃが、それは叶わぬ願いかも知れんのぉ…」
そう言い終わる前に『創界神』の体も掻き消えてしまった。
幾億もの魂が、金色の空に美しい星の様に輝きながらゆるやかに流れ、『輪廻の輪』に静かな刻が戻った。