4年ぶりに会ったいとこは距離感がバグっていた
「はい、そこまでペンを置いて試験用紙を前にまわして」
ようやく最後の試験が終わった。全ての試験の感想としてはすごく良くもないが悪くもないというところだ。少なくても単位を落とした講義はおそらくないだろう。
「蒼、飯行こうぜ」
試験用紙を渡して軽く伸びをしていると友人の俊也に声をかけられた。行き先は多分いつもの大学の食堂だろう。俺は無言で頷き筆記用具を片付け俊也と共に教室を出た。
「それで蒼は夏休み何か予定あるか?」
しばらく雑談をしていると俊也がカレーライスを食べながらそう質問してきた。大学の夏休みは期間が長いためアルバイトに励む者、サークルに打ち込む者、実家に帰る者など過ごし方は人によって様々だ。俊也は俺が夏休みの間どういうふうに時間を使い、いつ暇なのか知りたいのだろう。
「夏休みのはじめのうちはこっちいないわ」
「実家に帰るのか?」
「それもあるけど実はいとこの家に行こうと思ってさ」
3日後、俺はバスに揺られていた。目に映る景色は山か畑か田んぼばかりでもうすっかり見飽きてしまった。俺がこんな何もない殺風景な田舎に来たのには訳があった。
今から10年程前俺達家族は父の車で父のお兄さん、陽介さんの家に向かっていた。父と陽介さんは兄弟仲が良く家庭が出来る前はそれなりの頻度で交流があったそうだ。お互い育児も一息着き久々に会うため父の方から出向いたのだった。そんな当時の俺はすこぶる機嫌が悪かった。車で何時間も揺られようやく来たのがド田舎だったのだ小3の子供からすれば怒りたくもなる。そんな時出会ったのがいとこの日向だった。
日向は人懐っこく俺にもはじめて会った時から遊んで遊んでとねだってきた。1人っ子の俺はねだられる経験がなく、弟分が出来たような気分で毎日一緒に遊んであげた。あまりに可愛かったため帰ることが決まった日には日向と一緒に泣いて愚図ったものだった。それからも高校生までは毎年陽介さんの家に行って日向と朝から晩まで遊んでいた。高校生になってからは部活や受験勉強で機会がつぶれ俺は行かなくなってしまっていたので、今回4年ぶりに日向のいるこの田舎を訪れたのだった。ちなみに父さんと母さんは仕事の都合が合わないとのことで19歳にして初めて1人で来ることになった。
そうこう思い出しているとバスが既に停まっていた。どうやら目的地に着いたらしい。料金を払って運転手に礼をいいバスから降りると誰かが出入り口付近で待っていることに気づいた。
「蒼にいだよね? ずっと待ってたよ!」
そこにいたのは艶のある綺麗な髪が特徴的な見た覚えのない美少女だった。
・日向と一緒にゲーム
「華さんこれ母からです。」
「ああ。わざわざありがとね。」
母から持たされていた土産を華さんに手渡す。華さんは陽介さんの妻つまり日向のお母さんである。日向の年齢からして30歳は軽く超えているはずだが20代と言っても騙されてしまうだろうと思うほど若々しい。その変わらぬその美貌に驚いていると奥の部屋のドア付近から声が聞こえてきた。
「蒼にい~。早く遊ぼうよ」
「あらあらあの子ったら。ごめんなさいね。行ってあげて」
「はい。行ってきます」
そうして俺は日向のいる部屋へと向かった。あのバス停での出会いの後、美少女の正体が高校生になった日向である事が判明した。俺のことを蒼にいと呼ぶのは日向しかいないという初歩的な推理だった。4年前までの日向はボーイッシュな格好をしていたため今のロングヘアにワンピースの美少女が日向だとは見ただけでは気づけなかった。最初はその事に驚きを隠せなかったが、家に着くまでの会話で日向が相変わらず懐いてくれていて中身は変わっていないようだったので内心ほっとした。これで日向が反抗期だったらここまで来たことを後悔していたことだろう。
「おーい。日向入るぞ。」
「いいよ~」
許可をもらい部屋に入ると昔と変わらない空間がそこにあった。若干物は増えているが4年という月日が過ぎればそれも当然だろう。懐かしさを覚えていると日向から再び声がかかった。
「ねえ。蒼にい何して遊ぶ」
「そうだな。そういえばあのゲームまだあるか?」
俺が聞いたゲームは昔日向と一緒によくプレイしたゲームだった。対戦機能が魅力的で遊びすぎて華さんやうちの母さんによく叱られたものだった。
「もちろんあるよ」
「じゃあ決まりだな」
こうして4年ぶりの対決が幕を開けた。
「また私の勝ち~。これで10連勝だよ蒼にい」
日向が嬉しそうにVサインを突き出してくる。結果だけで言えば惨敗だった。これは俺の腕が鈍っているからとか手加減をしているからとかではない。日向が近すぎるのだ。対戦中、俺の腕と日向の腕が当たってしまっていた。昔であればなんてこともなかったが今の日向のプロポーションでやられたら恋愛経験のない俺はゲームどころではない。いい匂いもするし。そうやってドギマギしているうちに気づけば10連敗を喫していた。
「いや~日向強くなったなぁ。俺が来ないうちに練習でもしたか?」
思ってもない事を言う。いや、日向が本当に練習して上手くなっている可能性も十分にあり得るが。
「えっ?あぁ。うん」
急に日向の歯切れが悪くなった。何か聞かれたくないことでも聞いただろうか。
「おーい。2人ともご飯よ」
ダイニングの方から華さんの声が聞こえる。どうやらゲームはここまでらしい。
「ご飯できたみたいだし行くか」
「そうだね」
そうして俺と日向はダイニングへと向かった。
・日向とその父、母と夕食
ダイニングに着くといつの間に帰ってきていたのか陽介さんが既に席についており一緒に食卓を囲むことになった。
「はっはっは、蒼君大きくなったな」
隣に座っている陽介さんがバシバシと背中を叩いてくる。陽介さんは父よりも年上のはずなのにその筋肉は衰えを知らず叩かれると結構痛い。
「ごめんなさいね蒼君。主人も蒼君が来るの楽しみにしてたから」
「いえいえ。俺もここに来るの楽しみにしてましたから」
「あらあら楽しみだったなんて。良かったわね日向」
「中学1年の時なんか蒼君が来ないと知って顔を真っ赤にして泣いてたくらいだもんな」
「お、お父さん」
日向が声を荒げる。その態度から察するに陽介さんの発言は事実らしい。日向を知らぬところで泣かせてしまっていたのは申し訳ない気持ちがあったがそれと同時にそこまで慕われていたことへの嬉しさも存在していた。
「ごちそうさま。」
そうこう話しているうちに日向が夕飯を食べ終え自分の部屋へと戻っていった。華さんも夕食の後片づけをすると言ってキッチンに戻り男2人がダイニングに残された。
「ときに蒼君1つ質問をしてもいいかな」
缶ビールを片手に陽介さんが少し真面目な口調で聞いてきた。陽介さんが真面目な様子で話しかけてくるなんて珍しい。
「なんですか?」
「君は日向の事をどう思っているかな」
「ゴホッゴホッ」
いきなりなんてこと聞くんだこの叔父さんは。飲んでたお茶吹き出しかけたわ。
「唐突だったか。親目線だが日向は昔と比べて随分美人になったろう。その娘に今も慕われている君自身は日向の事をどう思っているか気になったものでね」
質問はふざけたものではなく娘を心配する親心が要因らしい。ここに来るまでであれば日向は弟分のような存在だと質問を一蹴できたが、ここに来て日向と過ごし異性として日向を認識してしまった。そのため上手く言葉に出来ず結果的に思ったままを口にすることにした。
「正直こっちに来てからは綺麗になった日向を見てずっとドキドキしてました。ただ昔みたいに慕ってくれている日向を見るとどういう態度をとればいいのか分からなくて慕ってくれるのは嬉しいんですけど……」
陽介さんは缶ビールを置きしばらくしてからにぱっと口を開いた。
「はっはっは。青春しとるな蒼君。そこまで赤裸々にカミングアウトしてくれるとは思わなかったよ。いいだろう今後も日向の事は任せたよ蒼君」
どうやら陽介さん的には満足する回答が得られたようだ。ほっとしていた俺は背後のドアがゆっくり閉まるのに気づかずに夕飯を終えるのだった。
ザーと流れるシャワーを浴び体についた汗と疲れを落とす。今日1日色んな事があった気がする。弟分と思っていた日向が美少女になっていたり、その日向がやたら密接してくる中でゲームをしたり、陽介さんに日向への想いを問われたり。そこにバスでの長旅も加わり心身ともに俺は疲労していた。
「蒼にい~。ここにバスタオル置いとくね」
ドア越しに日向の声が聞こえる。言葉通りバスタオルを補充しに来てくれたのだろう。
「分かった。ありがとう」
「蒼にい~。私も入るね」
「分かった。ありが……は?」
言うが早いか日向は風呂場に入ってきていた。どういうことだ訳が分からない。なぜこんなことになったのか。体は洗い終わっていたので持ってきていたフェイスタオルで急いで局部を隠した。幸い日向の方は大きなバスタオルで胸から太ももまで体を包んでいたので俺が目のやりどころがない問題は避けられた。
「ひ、日向お前何してんだ」
「何って一緒にお風呂入りに来たんだよ昔はよく入ってたでしょ?」
昔といっても俺が中学生になる前までのことだ。今や俺は大学生、日向は高校生純粋な気持ちで異性と風呂に入れる年齢はもうとっくに過ぎているはずだ。とにかくこの状態で陽介さんや華さんに見つかったら一巻の終わりである。なんとかして脱出しなければ。
「お互い何歳だと思ってるんだ。俺はもう体洗ったし風呂あがるぞ」
完璧だ、よく耐えきった俺の理性これで日向の信頼を裏切らなくて済む。
「え、蒼にい洗ってくれないの」
そう言って日向は上目遣いで俺の方を見てきた。まずい、俺は昔から日向のこのおねだりに弱かった。おやつが欲しいと言われればお小遣いカツカツでも買ってあげたし遊びたいと言われたら満足するまで遊んであげた。日向の上目遣いには昔から願いを叶えてあげたくなる魔力があった。
「しょうがないな。髪だけだからな」
「うん!」
日向が嬉しそうに微笑む。結果としてまた俺は日向に惨敗したのだった。
「痛くないか」
「うん。大丈夫だよ。そのままお願い」
「ああ。分かった」
あれから10分以上経ち俺はまだ日向の髪にシャンプーをなじませていた。本当ならちゃちゃっと終わらせてしまいたいが女の命とも呼ばれる髪をぞんざいに扱うわけにはいかない。そう思い丁寧に丁寧にやっていると時間が経ってしまっていたのだった。たまに日向が口に出す「あっ」とか「ひゃん」とかいう声に理性を削られながらも俺はなんとか全ての髪にシャンプーをなじませきった。
「よしこれで約束は果たしたな」
シャンプーを流している日向に向かってなんとか口にする。すると日向は振り返って笑みを浮かべてこう言い放った。
「そうだね。次はコンディショナーよろしくね蒼にい」
それから更に倍近い時間を要したが日向の髪以外には決して触れなかったことはここに宣言しておきたい。
なんとかかんとか風呂を出ると廊下を偶然歩いていた華さんに会った。
「あら蒼君。なんだか疲れてるみたいだけど大丈夫?」
心配されてしまった。先ほどまでの戦いの疲労が顔面に残っているようだ。
「大丈夫です。そういえば俺が寝るところって前と一緒ですか?」
「ああ。それなんだけどね。今はその部屋を倉庫代わりに使ってて寝れないのよ」
「そしたらどこで寝ればいいんですか?」
寝ろと言われればどこでも寝られるたちなのでどこでもいいと言えばいいのだが。そうすると華さんが手招きして歩き始めた。ついて来いということだろう。黙って後ろをついていく。
「ここよ布団も敷いてあるから今日はゆっくり眠ってちょうだい」
そうして案内されたのは数時間前までゲームをしていた日向の部屋だった。
「ちょっと華さん」
ここ日向の部屋ですよと言おうとしたが気づくと華さんは既にもうそこにはいなかった。
寝よう。それが日向が風呂から上がってくるまでに出した結論だった。寝てしまえば俺が日向に何かすることもない。そうと決めて布団に潜るとひたすら意識がなくなるのを待った。
「あ~いいお湯だった」
問題は日向が風呂から出てくるまでが予想以上に早かったことだ。俺が出てから15分ほどしか経っていないはずだ。女子の風呂は長いのではないのか。焦った俺は咄嗟に寝たふりを実行する事にした。
「あれ? 蒼にい寝てる?」
「じゃあ私も寝ようかな」
そう言い日向は俺が寝ている布団に侵入してきた。1人用の布団に2人で寝ているので当然狭く日向は俺に抱き着く形で寝ようとしていた。風呂上がりだからか温かくそして柔らかい感触が背中に伝わってくる。もう十分我慢したのではないか。いよいよ俺の理性は限界を迎えようとしていた。しばらく悶々としていると日向は寝ていると思ってるはずの俺に話しかけてきた。
「今日は1日遊んでくれてありがとね蒼にい」
日向の口から出た言葉は俺への感謝の想いだった。そこまで喜んでもらえたなら俺も兄貴分冥利に尽きるというものである。ただ日向の言葉はそこで止まらなかった。
「ゲームで遊んでいるときは腕が触れ合ってるだけで照れてて可愛かったし、お父さんと話しているときは私のこと真剣に考えてくれてて感動しちゃった。綺麗って言ってくれたことも嬉しかったよ。それにさっきのお風呂で髪の毛洗ってくれたのも優しくやってくれてキュンってしたよ」
これを言っているのは本当に日向なのか。俺は日向の女性としての成長を見誤っていたのかもしれない。今日の行動が全て計算されたものであったとしたら。夏なのに冷汗が止まらない。
「今日は無理だったけど帰るまでには絶対私に惚れさせてみせるから覚悟してね蒼にい」
最後に日向は俺の耳元でそう呟き部屋の照明を消した。本格的に寝るつもりらしい。一方で俺は完全に目が冴えてしまっていた。陽介さん、華さんには2週間ほど滞在すると既に言ってしまった。果たして俺は帰る日まで日向の兄貴分としていられるだろうか。俺は漠然とした不安を覚えながら無理くり目をつむり朝を待つのであった。




