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étude  作者: 雪内春
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異形の追跡者

お題:突然の民話

男が逃げ続けてもう1時間は経った。走ったり隠れたりを何度も繰り返しただろうか。肺が痛んで息は荒い。尻ポケットから乱暴にスマートフォンを引きずり出し、時間を確認した。本当は地図アプリで現在地を確認したいところだが、5年前から使い続けている愛機は充電が1分に1%ずつ減っていく。アプリなど使おうものなら、起動のためだけにバッテリーを使い切るだろう。


とにかく走る。走る。死にたくない。痛い思いだってしたくない。散々裏の世界で生きてきて今更だが、暴力を受ける側には絶対になりたくなかった。薄汚れた路地裏を駆けずり回った。室外機の陰でもゴミ箱の中でも、隠れられそうな場所には全部隠れた。それでも追手は撒けない。逃げ切れなかったら、どんな殺され方をするだろうか。走れば走るほどに恐怖が湧いてきた。


男を追っているのは、巨大な麻薬流通組織だった。古巣だったが、危険と隣り合わせの仕事、その割にたいして増えない財産に耐えかねた。警察とコンタクトを取り、1人の刑事の情報提供者の位置に収まったのが2ヶ月前だ。しかしすぐに露見した。直後、裏切り者を処分するための刺客が放たれた。情報を流している刑事を頼ろうかとも思ったが、所詮はただの協力者。下手をしたら組織に突き出される。


「それにしても、アレはなんなんだよ……。」


手近な物陰に逃げ込み、目の端に焼きついた追跡者の姿を必死に思い返した。男を追っているのは、たった1人だ。いや、本当にその表現が適切だろうか。馬鹿馬鹿しいとは思うが、見間違いでないのならあれは人外だ。人工知能も通信技術も発達した21世紀の明るい夜に、全く似つかわしくない異形だった。


「ウウゥ……」


少し離れたところで、奴が唸り声をあげている。何やら長い衣をはためかせ、人間とは思えない走り方で追いかけてきていた。頭には角が生えていた。幻覚ではないはずだ。少なくとも、男は商品として扱っていた薬には手を出したことがない。


自分の頭がおかしくなったのかもしれない。混乱してかぶりを振った、その時だった。


ガサリ


「そこにいるのかえ?おぉ、良い匂いがするのう……。旨そうな匂いじゃあ……」


男は振り返った。彼の背後、鼻先が触れそうなほど近くにしわだらけの老婆の顔が迫っていた。しかし老婆と言っても2mはある大きな体格、目は爛々と輝き口は耳まで裂け、中からは牙が覗いている。


生臭い臭いがした。


「うわあああぁ!」


男を追っていたのは、おそろしい山姥であった。哀れな男は、頭からばりばりと喰われて死んでしまったそうな。


息がぽーんとさけた。

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