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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

偶然と言う名の永遠

偶然と言う名の永遠

作者: 高杉 幹

某短編小説大賞で最終選考に残った(気がする)作品です。結局選考に残っただけで終わりましたが(笑)

 太陽は西に傾きかけ、昼間のうだるような暑さも一段落した時分。一人の剣士が、まるでその暑さの残り香を楽しむように歩いていた。


 エーリール城の村の東北。


 エルフの村、サン=ラフィルの東南、ダークエルフの村、月の村から南。駆け出しの傭兵やら冒険者で賑わう、エーリールの城の村へと向かう場所。誰ともなく中立地帯と呼び、三つの村のちょうど中間にある場所。


 故郷に近い地域で傭兵としての仕事をこなし、帰る途中だった。首尾は上々で、想像より早く終わったので、ふと気まぐれを起こして歩いて帰ることにした。


 青黒い肌。紫のメッシュ入りの黒い短髪を後ろへ撫で付けた精悍な面差し。まだ若い。誰が見てもそれと判る特徴――ダークエルフだ。


 生まれた地域で多少のばらつきはあるものの、殆どのダークエルフは黒髪か銀髪だ。黒髪にはこの青年のように薄い紫や青色が混じるのも特徴の一つと言える。


 駆けだしとはいかないものの、歴戦の戦士という風格はまだなく、これからの成功を夢見ている段階といったところか。


 腰には双振りの剣をさし、鎧はこの辺りで購入できるものでは一級品の部類に当たる品だ。誰が見ても判る、ワインレッドの鬼カサゴ。暑さのためか、籠手ははずし、装備の各部の金具も所々緩めてあるが、何かあったらすぐに戦闘準備できるよう心がけている様子だ。


 鎧は真新しく、最近手に入れた物のように見える。


 駆けだしの中では、なかなかの腕の持ち主なのだろう。


 陽気そうな瞳は堅苦しいことを嫌うようで、二刀を持っている所からも、階級は上だが堅苦しい騎士よりも、前線に立ち兵士として戦う事を望むようだ。将来は双剣士を目指しているのかもしれない。


 

 のんびりと、久々に訪れたその場所を眺めながら歩く。近くに野生動物や巨大化した昆虫などが見えるが、街道までには近付いて来ない。人類という脅威的な敵が通ることを本能で知っているのか。


 しかし、ひとたび街道を外れれば、自分たちのテリトリーを守るために猛然と襲いかかってくる敵も少なくない。


 青年もそれを心得ている様で、街道からそれ程外れることもなくしかし、完全に街道を辿るでなく歩いている。


 と、そんなのんびりとした彼の耳に、聞き慣れた物騒な音が届いた。


 剣戟の音。


 気付くとエーリール城のシルエットは左手に、村はその先に見えるようになっていた。剣戟の音はその対面当たりから聞こえてくる。


 目を向けると右を流れる川の向こうで、複数のモンスターと戦う人影が見えた。


 モンスターはナメクジを大きくしたような”虫”の一種。しかしサイズは対峙する人影よりも大きい。それから幽霊のようなシルエットのモンスターもいた。


 ソロでの狩りは最低でも二体以上引かないのが鉄則だが、戦っている間にいきなり現れたり、攻撃性の強いモンスターを引っかけてしまう事はままある事だった。


 目当ての敵を攻撃したら、近くの同種のモンスターの敵対心を刺激してしまうこともある。


 そういえばこの湿地のモンスターに懸賞金がでていたなぁと、のんびりと思い出す。


 この種のモンスターは本来その辺りに生息するのではなく、もう少し東にある塔タイプのダンジョンの外周辺に生息していたはずである。


 沢山のモンスターを引きつけてしまい逃げなから数を減らそうとしていたようだ。


 よく見ると、転々と虫の死体がいくつか転がっている。幽霊タイプは殺せば消滅してしまうから何体を始末したのかは定かではないが結構な数だ。


 青年は緩めておいた鎧の金具をとめ直し、籠手を付けた。


 交戦中の人影に向かって走り出す。


 近付くと人影は彼と同じダークエルフだった。銀色の長い前髪に隠れて表情までは伺えなかったがまだ年若い。


 粗末そうな重鎧と両手剣。よく手入れはされていたが、長く使っていることが伺える傷があちこちに見受けられる。体付きは少年。ダークエルフの女性はその殆どが豊満で均整の取れたスタイルをしているので、一見しただけで判別できる。見分けるのは割と簡単だ。


 近付いていく間に”虫”の一体を何とか討伐し、少年が体力回復剤の飲むのが見える。限界が近そうだ。


 お、こいつ同業者か。


 少年の側にたどり着き、ミストホラーを攻撃始めながら、冷静に判断する。


 と、少年の周囲が一瞬光を放つ。


 それはインペリアルディフェンスという、移動できなくなる代わりに防御力を大幅に上げるナイト特有の技である。双剣士を目指し二刀を使う彼も今はまだただの騎士ナイトであり、同じスキルを拾得している。


 つまりそれは、そんなスキルを使わなければならない程、少年が逼迫していたということでもある。


 青年は挑発を使用する。モンスターの敵対心ヘイトを煽り、モンスターの意識を自分に向けさせるこれもナイト特有のスキルだ。二刀を振るいあっさりと幽霊型モンスターを始末した後、二体の”虫”のターゲットを自分に固定することに成功していた。


 これで、少年は一体の敵だけを相手にする事が出来る。


「………」


 少年が口の中でもごもごと何かを囁いた。剣戟けんげきの音に紛れ聞こえなかったが、加勢に対する礼の台詞だとは想像がついた。


 少年の手にする両手剣はモンスターの血と肉にまみれ鈍り、また品物自体もそれ程いい物でもないせいか、思うようにダメージが行っていない様子だ。


 また、少年が回復剤を口にする。インペリアルトディフェンスが効いている間に体力の回復を計っているようだ。なかなか頭は切れるようだ。この状態で冷静に局面を見極めようとしてるのだろう。


 何とかモンスターを倒し、スキルも切れ動けるようになった少年が、青年を攻撃しているモンスターに剣を向けた。


 二対二なら対して強いわけでもない敵である。程なくモンスターを退治する事が出来た。 改めて少年を見る。


 貧相と言っていいほど細い。ダークエルフ種族は殆どがみな細身だがその中でも驚くほどの細さだ。そして小さい。身のこなしからそれなりの判断力を持つくらいの年だとは判断したが、村であったら子供と思いこんでしまいそうな小ささだ。おそらく160センチはあるまい。


 頭半分下にある少年の顔を改めて見下ろす。


 先の戦闘でも見て取れるが、数体相手に引かない気質に、冷静な状況判断。そして、対処しきれる実力。なかなかの食わせ者だ。


 少年はまだ肩で息をしていた。


 何とか乗り切ったが殆ど瀕死に近い状態だろう。


「ご助力……ありがとう……ございます」


 息を切らした状態で切れ切れに小さくそんな声が聞こえた。声はまだ変声期を終えていない少年の声。しかし礼儀正しい。


 そのちぐはぐさににやりとし、青年は少年に向き直った。


「いあ、無事でよかった」


 二刀を一閃させ血糊を払うと青年は剣をしまった。


 少年はその辺りに散らかっている金貨を拾い集め、その半分を青年差し出した。


 少年の意図は察したものの、先の依頼の遂行でそれなりに懐も潤っている彼は、受け取るそぶりを見せず少年を見詰め返す。


 少年の長い前髪から出ている片方の瞳が、真摯に青年を見上げていた。


「何のお礼もできませんので、せめて受け取ってください」


 やっと呼吸が整い、しかしやはり小さな声で少年がいう。話すのが苦手なのだろうか。


「いあ、高額なクエスト遂行しててそれなりに懐も暖かいんだ、それはお前さんのポーション代にでもしてくれ」


 ダークエルフ種族特有の牙のように尖った八重歯を見せながら、にやりと笑い青年がそう応じる。


 しばし思案した後、少年は手に持った金を腰の袋にじゃらじゃらと落とし込み、ぺこりを頭をさげた。


 血糊ちのりの付いた剣をしまい青年に背を向け村へ向かって歩き出す。


「………」


 青年はとっさに声を掛けようとして悩んだ。


 たった今の戦闘で少年に興味が湧いたが、なんて声を掛ければいいのだろう。


 しかし、結局は声を掛けることは出来なかった。


 何故なら。


 去りかけた少年が十歩と行かない間に、ばったりと倒れてしまったからだ。


    

 パチパチと何かがはぜる音が聞こえる。


 おぼろげに開いた視界すみで赤い何かが踊っている。


 ああ……そうか。私が燃やしたんだ……。


 まだ覚醒し切らぬ頭でぼんやりと考える。


 奴隷同然に扱われていたとは言え、仮にも血の繋がった家族の住む家に火を掛けた自分は、きっと一生許されることはないのだろう。


 暖かさなど一度も与えてくれない、しかし出ていくことさえ許してくれなかった家から逃げ出すために、家に火を掛けた事を昨日のように思い出しながら、ぼんやりと思う。


 自分もいつかその報いを受けるのだ。


 ……それでも、その前に。


 ただ、自由に生きてみたかった。風のように。その日一日をどうして過ごすが自分で決めて生きたかった。炎のように。


 自分はいつかこの炎に灼かれる。


 それでもいい。風のように、炎のように生きられるなら……!


「気が付いたか」


 炎を見詰めながら自分の心の奥底に沈んでいた少年の耳を、低い耳障りのより声が打った。


 まだぼんやりとした状態で、ただ反射的に声のする方へ目を向ける。


 最初に目に入ったのはその瞳。炎を反射した、濃い砂色の瞳。子供のようないたずらっぽい光を湛えて。


 瞬時に感覚は過去から現在に引き戻される。良く回っていない頭を動かし思い出そうと試みる。


 聞き覚えのない声、見たことのない顔。時々顔を合わせる冒険者仲間の中にもこんな人相の人物はいなかったはずだ。


 探るように視線をさまよわせる少年の視界に、ある物が目に入った。


 ワインレッドに染められた鎧の籠手。


 ああ、そういえば。村でこの鎧を着て歩く冒険者たちを、羨望を込めて眺めていた。


 この辺りで手に入る重装備としては一級品。当然手にすることが出来る者は限られていた。


 そうだ。エーリールで何度かすれ違った事があった。


 一級品を付けて歩く事ができる冒険者の中でも特に少年の目を引いた二刀剣士。手に入れたその装備を自慢げにひけらかすでもなく、ただいつも自然体でいるように見えた。


「いきなりぶっ倒れたんで驚いたぜ、死んだかと思った」


 冗談めかしてそう告げながら、青年はたき火の前に突き刺された何かを裏返す。


 天には既に星と夜の支配者のような月が掛かり、当たりは暗がりに満ちていた。


 目覚めたてで調整の利かない瞳には、当たりの様子を正確に映し出すことはまだ出来ていない。


 死といっても正確な死ではない。一時的に行動不能に陥り、限りなく死に近い状態になることで、魔法リザレクションか雑貨屋に売っている気付け用のスクロールなどを使用する事によって意識を取り戻すことができる。


 それでも、放っておけば死んでしまう危険な状態には間違いないのだが。


 その台詞で少年はやっとつい先程の戦闘を思い出した。


 懸賞金の付いた大きな羽蟻の様なモンスター、スタッカートの牙を収集するために塔周辺の湿地に入り、狩りをしていて誤って大量にモンスターをリンクさせてしまったのだ。


 慌てて少年は身を起こし、礼を言おうとしてめまいに襲われる。


 先程の戦闘で血を流しすぎたようだ。魔法のポーションのお陰で体力はそれなりに戻っているが失った血液までは補充できない。


 もしかしたら出来ているのかも知れないが、まだ圧倒的に足りていないようだ。


 魔法のポーションがどういう仕組みで使用者の体力を戻していくのかは少年には判らない。そしておそらくそれを使用する大半の冒険者にも。


「お前、結構いい腕してんな」


 礼を告げる前に青年の方からそんな声が掛かる。


「え?」


 何を言ってるんだろう、この人は。


 あの無様な戦闘を見てどうしてそんな感想を持てるのか、と思う。


 時々パーティを組む他の冒険者達は、もっと素早くスムーズに敵を屠っていくというのに。


 その思いが表情に出たのか、青年は僅かに困ったような笑みを浮かべた。


「お前のさ、その装備はそんなにいい物じゃないだろう」


 聞きようによっては限りなく失礼な物言いである。しかし、その時少年には何の嫌みにも感じなかった。それは確かに事実だったし。


「その装備であれだけの敵を捌き、生き延びたのは間違いなくお前の実力だと思うぜ」


 正直言ってさっきのあの戦闘では、自分でもどうして最後まで倒れることなくいられたのか不思議だった。ただもうがむしゃらで何をどうしたのかもあまり覚えていない。


「……でも、それはあなたが助けてくれたからです」


 相変わらずというか、これが少年の本来からの話し方なのか、小さい声が返ってくる。


 しかし、声は小さくてもその内容には迷いは見られない。


 そのまっすぐさが好ましいと青年は思う。


「ま、それもあるだろうけどな」


 再びたき火の前の何かを裏返し青年は肯定する。


 そういえば先程からいい匂いが漂っている。


 ゲンキンな少年の胃袋は、その匂いを認識しただけで強烈に空腹を訴えてきた。


 それを聞きつけて青年は破願し、いい具合に焦げの付いた、魚を少年に差し出した。


 少年はほんのちょっと迷ったようだが、空腹に耐えられなかったのだろうひったくるように受け取ると、塩だけで味付けされた川魚に食らいつく。


「今はそう思っててもいいさ、お前もじき気付く」


 自分の持つ天性の才能に。


 後半のその台詞は声に出さずに、青年も川魚を口に運ぶ。


「お前も流浪の身を選んだんだろう?ふれあう袖も多生の縁つってな」


 魚に意識の大半を集中させながらも一応は耳に入ってくる声。何を言おうとしているのかはちょっとは気になる。


「どうせ、同じ根無し草なら、これからはつるまないか?お前となら長くやってけそうだ」


 思わずほおばった魚を咀嚼する事すら忘れる。


 魚の脂で汚れたその顔は、『鳩が豆鉄砲を食らった』そのままの状態だ。きょとんと片方だけ現れている銀の瞳で、青年を見詰める。


 いつもパーティで味方の足を引っ張っている、自分の何を見込んだというのか。


 断る台詞はいくつも頭の中に浮かんできた。どう考えても先程かいま見た剣技を持つ青年に、自分が見合うとは思えない。


 それでもいくつか頭をよぎった辞退の台詞は、どれも発せられる事はなかった。


 一緒に行きたいと思ってしまったから。


 その沈黙を肯定と受け取ったのだろう、青年がにやりとする。


「おっと、まだ名前すら名乗ってなかったな、俺はリュウだ。リュウレイン・クライド」


 よろしくと手を差し伸べてくる。少年は慌てて手を服でこすってから応じる。


「ドライ(三番目)……です」


 それが全ての始まりだった。


 自由に生きる。それ以外何もなかった少年がこれから辿る険しい道のりの。


 祝福のように、悪夢のように戦いに埋没していく修羅の道の。そう、全てが。眩暈がするほど鮮烈で突き刺すように激しいその行く末の。


 ただ一度の偶然が少年を変え、青年を変えた。それは、始まりの物語。偶然がもたらした永遠の絆の。

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