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二巡目 五話 水汽 淋 【いざ、砦へと】

 その砦は、いかにもといった佇まいで私達を見下ろしていました。時代が時代なら、弓を持った兵士達が現れて、「やいやいそこな狼藉者、ここを一体どこだと心得る!」なんて口上をあげたことでしょう。

 

「ふっ、どうする、アユ。今から俺がこの天然の要塞に特攻を仕掛けてもいいんだ。ああ、安心しろ。俺が全て、守ってやるからなぁ! ハーハッハッハ!」

「ねぇ、岡原崎先生。どうしよっか」


 私はハァハァと頬を赤らめながら地面を這いつくばる先生を見て、駄目だと思って砦へと顔を戻しました。主人公田代が、えっ、無視? とかほざいてますがそうです無視です。

 使えるやつがいません。


「ア、アユちゃん、一応だけど、ここは異世界なんだ。僕達の常識が通じないっていうのが普通だと考えた方がいい。それに、こんな軍的な施設があるってことは、少なくとも今から僕達が対峙しようとしている相手は、僕達に危害を、しかも簡単に殺せるような準備があってしかるべきなんだ。だから……」


 岡原崎先生が危険をつらつらと述べてますが、そんなこと私にだって分かりきってます。でも、行動しなければ変わらないでしょう? こんなとこでうじうじ迷ってる暇なんて、私達にはないんです。

 とりあえずの目的、ここがどんな世界なのか。そして、とりあえずの寝食ができる場所を探すのです。

 とにかく私は歩いて疲れてるんです。この砦の持ち主が何を言おうが私は無理やり乗り込んでのっとってやるくらいの気概で、砦のでっかい門を叩きました。


「くっ……。さて、鬼が出るか蛇が出るか……。まあ、俺の敵ではない……」

「あぁ、あぁ。もう、アユちゃんはいっつも行動力だけはあるんだから……。いえ、嘘です、霊長類の頂点に立ってますもんねだからその凍てつくような視線は、ブ、ブヒィィィ!」


 やかましい面々を睨み付けてる間も、砦側からは何の返事もありません。

 聞こえなかったのかな? 私は可愛い頬をぷくーと膨らませます。


「ねぇ、せんせえ。爆弾作ってこの門破壊してくれない?」

「性急すぎるぅ! ちょちょちょアユちゃん様! さすがにその判断は早いよぉ! 明確に敵対することになっちゃうじゃん!」


 岡原崎先生は慌てて立ち上がって私に詰め寄ります。なんで立ち上がってんの? という視線で睨み付けたら、即座に四つん這いになりました。

 しょうがないので、私は主人公田代に聞くことにします。


「ねぇ、田代さん。別にこの門、ぶっ壊してもいいよね? だって、私の問い無視するなんてありえないし!」


 主人公田代はバッ! と両手を広げたかと思うと、腕を組み、右手で顔を覆い隠します。


「いいだろう!」


 後でお仕置きが必要なことは十分にわかりました。

 とりあえず、私は近くに落ちていた大きな石をえいやっ、と門にぶつけました。ゴォーン……という音が響きましたが、それでも返事はありません。

 私は『何でも変換しちゃう君』で爆弾を作ってもらおうと、四つん這いでなにやら真剣に考え込んでいる岡原崎先生を見下ろしました。惨めです、主人公田代でさえ目を逸らしています。岡原崎先生は、ボソボソと申し訳なさそうに上目遣いで言いました。

 せめて私レベルに可愛くなってからやってちょうだい!


「アユちゃん様……、『何でも変換しちゃう君』は、何でも変換出来る訳じゃないんだ。何かを為すには代償がないといけない。でもその代償だって、なんでもいいと言う訳じゃないんだ。何かを作りたいなら、それに関連した何かでないといけない。爆弾を作り出したいなら、爆弾に準ずるような、破壊兵器がないと……。それに、文明の利器というやつは得てして作るのに時間がかかるものなんだ」


 まあ、言いたいことはわかります。私は天才ですから、爆弾を作りたいならこの砦を占拠しないといけないってところまでは理解出来ました。でも、この砦に入るには爆弾がないと入れません。しかし、爆弾を作るにはこの砦に入らなければなりません。一体どうすれば……と悩んでいると、主人公田代が突然発言しました。今度から何か喋る時は挙手制にしようかとついつい考えます。


「じゃああのパンとミルクは? 服は別に、食べ物じゃないだろう?」

「本当だ。ねぇ、なんで?」


 うおっほん! と四つん這いの豚が咳払いします。


「確証はないんだけど、あれ、羊毛のセーターだったんだ。羊毛は羊。羊は食べれる。ほら、この完璧な三段論法がぁ! あと、僕の汗という塩分と、脂質とかそこらへんも含まれてたから……」


 私はにっこり笑顔を浮かべて、岡原崎先生の元へ近寄りました。するりとブーツを脱ぎました。ブ、ブヒッ、ブヒッ! という鳴き声が聞こえます。

 私はブーツを持った手を高く掲げ、大上段に振り下ろします!

 パチィーン! といういい音が森に響きます! ブヒィィィ!! という絶叫が不快に耳に残ります!


「なんてもの食わせようとしてたのよこのド変態!」

「ブヒッ、いや、あれは勝手にアユちゃん様が……」

「うっさーーい!」


 もう一回パチィーン! と叩いて絶叫を森に響かせたところで、私は全くもう、と腕を組みました。


「それじゃあ、門を『何でも変換しちゃう君』で消しちゃおう!」

「ダメダメダメ! 砦の意味がなくなるでしょう!?」


 先生がなにやら必死に叫びます。主人公田代はいい考えだ! と一人叫びながら、砦の門や壁をペタペタと触っていました。


「なんで! 万事解決でしょ!」

「そこまで質量あるのは消せないの! しかも、僕達今から侵攻しに行くわけじゃないからね!? そこで寝泊まりするつもりでしょぉ!」


 全くの正論でした。門を消してしまえば、わんさか変なのが入ってくる可能性もあります。私の砦に、許可なく誰かが入るなんて考えたくもありません。確かに門は必要です!

 では、一体どうすればいいのでしょう? これが万事休すというやつでしょうか。ですが、私は今までこんな窮地はなんとか駆け抜けてきたのです。今回もどうにかなるでしょう! 私、運と直感はいいので!


 と、そんなことを考えていた時です。主人公田代が、ぬぬっ! という声をあげました。


「アユ! ははっ、見ろ! この大きな門にさらに小さい門があったんだが、鍵がかかってなかった!」


 ギーコギーコと開閉しながら、嬉しそうに声をあげる主人公田代は少年のようです。まあ私が圧倒的に若く天使なのですが。それに、ほら。やっぱり私は運がいいです。まあ当然ですね。私が困っていたら手を差しのべるのが世界のルールなので!


「よくやったわ田代さん! 褒めてあげる! じゃあ、岡原崎先生、いきましょ!」

「り、了解ブヒッ」


 私は岡原崎先生の背に腰掛けて、その門へと向かいます。主人公田代さんが門の奥でハーハッハッハ! と高笑いをあげています。私の何倍もある大きな門に取り付けられた小さな門は、岡原崎先生の暴食を詰め込んだ腹でも余裕があるほどの幅でした。

 さぁ、やっと私の砦に入る時です! 私は優雅に腰掛けながら、砦へと入りました!


「おらぁ! 私の問いを無視したやつは誰だ! 責任者出てこい!」



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