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三話目 文月瑞姫【苺ミルクとちぎりパン】

田中の葬儀は淡々と行われた。この世は目に見えるものが全てではないが、彼のすべては棺桶に眠ってしまった。じきに私たちも彼のことを忘れる。

 尊い犠牲だなんて、綺麗な言葉は使わない。彼を死なせる、いや、殺すのは、間違いなくアユと先生と、田代だった。


「クズなんだから、良いんだよ」


 アユは真顔ながらにも、語尾を弱めながら言う。アユは素行こそ悪いが本心からそんなことを言える人間ではなく、先生も田代も、それを分かっていて、咎めることはしない。

 アユが棺桶を蹴ると、棺桶が音を立てて揺れる。まるで内側から叩かれているように、棺桶は鳴いていた。


「何やってるの、早くしないと」

「分かっている。分かってはいるんだ」

「ああ、もう! こんなときくらいカッコいいところ見せなさいよ、このブタ!」


 先生はいつものような醜態を見せることなく、しかし、うろたえて動くことができずにいる。我慢の限界だと、アユが棺桶を押し始める。しかし、中身はそうそう軽いものではなく、アユの貧弱な腕ではびくともしなかった。


「俺がやる。下がってくれ、アユ」


 主人公田代はそれ以上何を言うでもなく、棺桶を墓穴へと押し入れた。彼が何をしようと、元の田代にその記憶は受け継がれないのだから、だからこそ主人公田代が動くべきだと、彼は考えたのだ。汚れ仕事は、所詮副人格の自分がすれば良いと、主人格さえ担保されればそれで良いのだと。

 田中の墓穴の上に立方体の箱のような、金属様の機械を置くと、主人公田代はそれを起動した。

 

 そして、田中は死んだ。あるいは、死ぬことさえできなかったのかもしれないが。





―――――――――――――――――――――――――――――




 異世界ツクールの暴走からしばらく、私たち三人は森の中にいた。

 そこが異世界であることはすぐに分かった。木々の間から見える空には、二つの月が浮かんでいた。少なくとも地球ではないのだ。仮に宇宙のどこかある星に転移させられたと考えても、それは異世界と呼んで差し支えないだろう。


「せんせ、お腹空いたんだけど。あと喉も乾いた」

「そうだね、僕もやけに疲れている。まるで重労働の後のようだ」


 先生は何か持参した機械を弄っており、私たちの声が聞こえていないようだった。


「せんせ、アユだよー。アユちゃんだよー」

「…………変だな。『なんでも変換しちゃう君』の使用記録が増えている」

「何それ、新しい発明品?」


 異世界ツクールの暴走直後、先生は咄嗟にその機械を掴んだと言う。


「これはねえ、僕の発明の中でも出来の良いものでね。対価を払えば何でも手に入る。無論、珍しいものであればあるほど対価は多めに必要になるがね」

「ふうん。ってことは、それでご飯出せるの?」

「ふ、ふふ……ふへへへへ、出せる、出せるよ。でーもー、アユちゃんにはその対価を払ってもらわないとねえ」


 先生は何かを揉みしだくようなジェスチャーをして、私に近づいてくる。果てしなく気持ち悪い。


「良い……ですよ。先生なら、うん」


 主人公田代に目配せをして上着を敷いてもらう。その上に仰向けに寝ると、先生は息を荒げて私に覆い被さる。

 先生が私の手を握った。脂っこい、熱い皮膚が私の楚々とした指に絡みついて、吐き気がする。左の手が私の手から離れると、指で舐めるように、私の手首から腕へ、肘へ、二の腕へ、そうして肩へと触られる。先生は私の体を指で味わっていた。皮膚の感触を、体温を、僅かながらの汗を、その汚らしい指で堪能していた。

 その指が、私の胸に触れた。減るものではない。この世界で生きるためなのだから、手段を選んではいられなかった。先生は私のブラウスのボタンを一つ、一つと外す。キャミソールとはもう一つ、その下から、肩へと伸びるもう一本の白い紐に、先生は鼻息を荒くした。


「先生も、脱いでよ……」

「あ、ああ……分かったよ」


 見たくない。先生の醜い肉体を目にするなんて我慢できず、私は両目を覆った。しゅるしゅるとネクタイをほどく音がして、ワイシャツを乱暴に脱ぎ捨てたのが分かった。かちゃかちゃとベルトを緩め、ズボンを脱いだ音がしたところで、私は先生から逃げるようにして立ち上がった。


「今だよ!」

「オーケー、俺に任せろ」


 気配を消して待機していた主人公田代。ズボンを脱いでいる最中の、最も弱い体勢の先生を蹴り倒し、起き上がらないように私がブーツで踏みつける。


「対価だなんて聞いた瞬間から分かってたわよ。アユちゃんを舐めるな!!」

「まだ舐めてないですブヒィィィ」

「うるさい!!!! 田代、やっておしまい!!!!」

「オーケー、嬢ちゃん。この借りは安くないぜ」


 主人公田代は先生が脱ぎ捨てた服、そして脱ぎかけのズボンを剥ぎ取ると、『なんでも変換しちゃう君』を起動させた。そして――――





 異世界ツクールの暴走からしばらく、私たち三人は森の中にいた。

 そこが異世界であることはすぐに分かった。木々の間から見える空には、二つの月が浮かんでいた。少なくとも地球ではないのだ。仮に宇宙のどこかある星に転移させられたと考えても、それは異世界と呼んで差し支えないだろう。


「田代、これ食べたらどうする? 探検する?」

「そうだな、俺たちは素人だ。野宿はやめた方が良い」

「あのー、助けてくれませんかー」


 前の世界から持ち込んだのか、手元にあった苺ミルクとちぎりパンで昼食を済ませる。


「どっちに進むの?」

「月が沈んでる方向、ここから右手の方向に行くのが得策かもな」

「あのー、もしもーし」


 田代の提案は恐らく、迷わないための工夫だろう。方位の分からない状態では無暗に動くわけにはいかない。太陽の位置は現状確認できていないが、影の変化からして月と同方向に沈むだろう。


「あのーーーー!!!!!!!! もしもーーーーーーーーし!!!!!!!!」

「何ようるさい…………って、せんせ、何やってるの?」


 真下から大声を上げるそれは、先生こと、岡原崎ブタ。パンツ一丁で私の足置きになっている変態だった。


「何やってるの……? それもそんな格好で」

「何やってるのじゃないですよ! あんたたちが…………あれ? なんで僕はこんな格好なんだ?」


 先生がおかしなことを言っているが、確かに露出癖まではなかったはずなので、異世界ツクールの影響か何かかと考える。見回すと、田代の横に見慣れない機械があった。立方体の箱のような、金属様のものだった。


「せんせ、あれは何?」

「あれはねえ、僕の発明の中でも出来の良いものでね。対価を払えば何でも手に入る。その名も『なんでも変換しちゃう君』だよ……って、まさか君たちあれを使ったね!?!?」

「はあ? 知らないわよ。主人公田代も使ってないでしょ?」


 主人公田代は頷き、ちぎりパンの最後の部分を一口に収める。


「いいや、使ったはずだ。思い出してごらん。君たちは恐らく、僕の服を代償にして『何でも変換しちゃう君』を起動したんじゃないか?」


 言われてみると、そうだった気がした。私たちは空腹で、どうにかして先生の服を――


「思い……出した」

「……そうだ、俺もだ」


 その瞬間、先生の服が目の前に現れ、私の手から苺ミルクとちぎりパンが消えた。


「な、何なのこれは」

「やっぱりか。説明するよ。『何でも変換しちゃう君』に消費された対価はみんなの記憶から消える。実はまだ試作段階だから、間違って前後の記憶も消えちゃうみたいだけどね。それで、このように状況証拠から推測して、何を消費したか思い出したとき、『何でも変換しちゃう君』は使われなかったことになる」


 先生は急に真面目に語り出す。


「それでも、悪戯防止のために工夫はしているがね。ほら、『何でも変換しちゃう君』の裏を見てごらん」


 言われたとおりに覗くと、"3"という数字が書かれていた。


「それは『何でも変換しちゃう君』が使われた回数だ。元の世界で実験に使ったのが一回、今ので一回だから、そこには"2"と書いてあるはずだ」

「へえ……先生にしてはよくできたものを作るじゃないですか」


 その違和感を、私は口にしなかった。どうせ先生の勘違いだと、どこかで一回使ったまま忘れているのだと、そう思っていた。

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