96 黒衣の後継者
岐阜城 評定の間。
織田家の重臣が左右に並ぶ中を進み、相手の対面に座ると頭を下げる。
京都で信長に面会を求め、許可はされた。だが、面会直後に軟禁され美濃岐阜城に連行されて、事態が一通り終わったところで呼び出されたのだ。
上座で不機嫌そうに座るのは織田家当主織田信長。
手に持った手紙をつまらなそうにこちらに放り投げる。礼儀作法などは特に気にせず、それを手に取ると中を読む。
今川軍、武田軍に快勝。
武田軍は多くの家臣や武将を失い撤退した。ただ、武田家家臣達の必死の抵抗により、武田信玄は甲斐へと帰還したそうだ。
とはいえ、賭けはオレの勝ちというわけだ。
手紙をきちんとたたむと、視線を上座に座る織田信長に向ける。
「では、約束どおり」
「しかし、その話に徳川が乗るのか?」
「今川家が武田の遠江侵攻を退けたことで、徳川家は恩をうけました。さらに今川家は、西遠江の天竜川までを徳川領として正式に割譲します」
「西遠江の割譲。それを今川家の重臣達が許すと?」
「此度の戦で、氏真様は武威を示されました。今や今川家家中にあって、氏真様の決定に異を唱えられるものはおりません。また、割譲は三河徳川元康様ではなく、今川家息女である御正室瀬名の方様との実子である、徳川家嫡男竹千代様に行われます。竹千代様におかれましては、元服し遠江曳馬城城主として据えることが条件となります」
遠江を支配する権利があるのは今川家だけだ。力で抑えても、徳川家は侵略者でしかない。だが、今川家の血を引く竹千代に遠江の一部を与えることで、徳川家でありながら今川家の一族であるという名目を立たせる。
徳川家にとっては実質領地として認められるわけで、名を捨て実を取ったことになる。
もちろん、それだけではない。曳馬城は堅城でこそあるものの、天竜川を今川家との境とするならば、その場所は最前線だ。今川家にとっては曳馬にいる徳川家当主の後継者を手の届く場所に確保するという、一種の人質の要素も併せ持つ。
これを、同盟国であり足利将軍家からも信頼のあつい織田信長の仲介で行うことで、今川家と徳川家のこのやり取りは、足利幕府に認められた正式な割譲とする。
もちろん徳川家にもリスクはある。不慮の事故により竹千代がいなくなれば、徳川家が西遠江を支配する正統性を失う。もちろん時至り、正式に徳川家を竹千代に継承すればその懸念も消えるが、同時に、今川家に親しい竹千代が徳川家当主となる事を意味する。
実を取った以上、名は切り離すことはできないのだ。
「……」
「織田様におかれましては、これにより東の懸念は解消いたします。今後、今川家と徳川家の相手は武田家。今川家が甲斐を、徳川家は信濃を攻めます。北条家に関しても今川家との同盟は続いており、駿河をぬけて三河尾張に手を出す心配はありません」
実際、信長とは事前に話していた内容だが、前のときの秘密の対談ではなく、今回は織田家重臣のいる評定の間での正式な話だ。
そして、この話は新将軍足利義昭にも利のある話となる。つまり、足利家連枝の今川家と、上洛を助けた織田家との和解。この恩に対し、今川家当主今川氏真は上洛し、公方様の拝謁をする。清和源氏足利家の最大分家でもある駿河今川家は、足利義昭の将軍就任を支持する事を内外に示すことが出来る。
それに対し、将軍からも相伴衆という役職の継続を承認され、足利将軍家と幕臣今川家双方にとって利益がある話となる。当然それは、仲介した織田家への今川家家中の敵意をそらす役割もある。
そして、先の将軍足利義輝を殺した三好家と敵対する事となり、当初の今川家の方針に反する事もない。
実利と名分をもって、内外に今川家の正当性を示す事が出来る。
この話を聞いて、並ぶ織田家の重臣達は驚きの表情を隠せない。
「……」
「……」
家臣の動揺を無視して、無言のままオレを見る織田信長。
拒否の言葉もないので、懐から一枚の紙を出して差し出す。
そこには、今回の盟約に関する概要が書かれている。この話を飲むのであればと、事前に信長と調整した内容だ。
内容はな。
小姓から受け取ると、既に知っている内容をつまらなそうに眺めていた信長は、最後の一文に、目を見開いてオレを見た。
そして、イタズラが成功したように目を細めるオレに気が付き、驚いた顔を不機嫌な表情に変える。
「……お前の舌が何枚あるか数えて見たくなったぞ」
「あいにく、拙僧の舌は一枚しかありません。ただ、先が二つに分かれているやもしれませんが」
そんな織田信長に、笑みを浮かべたまま舌を出す。
その無礼ともいえる態度に、不機嫌だった信長の表情が「してやられた」事を認めるように、苦笑いに変わる。
そして、皮肉げに言った。
「……巳め」
永禄九年三月。
中部地方を一つの知らせが襲った。
相模の小田原城の一室でその知らせを受け、北条幻庵は自分すら謀られた事実に、脱帽と言わんばかりに頭巾を毟り取る。
そして、甲斐武田家の本拠地躑躅が崎館では、敗戦から立て直すべく手を尽くしていた武田信玄が、絶望的な表情を浮かべてその知らせを見ていた。
『尾張織田家当主 織田信長』
『三河徳川家当主 徳川元康』
『駿河今川家当主 今川氏真』
尾張長光寺にて、三家の大名家当主による和平同盟が結ばれる。
すなわち『尾三駿三国同盟』の締結。
東海地方に、かつての大大名今川義元が支配した三河、遠江、駿河のみならず、尾張、美濃に到るまでの巨大な勢力が誕生したのである。
その意味を彼らは理解した。
最後の一文。差出人に記された名を見て、彼らはその意味する事を、この盟約の裏に誰がいたのかを、それが何者なのかを完全に理解させられた。
十英承豊 改め
『太観 月斎』
誰もが、その意味を理解した。
黒衣の後継者ここに在りと。




