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90 千里の目

『復興名家の仮名目録ルールブック~戦国転生異聞』の二巻の発売が決定しました。

毎話応援頂いた読者の皆様のおかげです。

感謝いたします。


永禄八年九月


武田家との休戦協定が結ばれ、内房に支城を建てると、今川軍も駿府へと帰還した。

騒動の連続だった永禄八年の前半も終わり、九月の稲刈りの季節になると、各戦線も小康状態となった。

そんな中、足利義昭が第十四代征夷大将軍を拝命。

六角家を倒し、内部抗争を続ける三好家を追放し、上洛を達成した織田信長は、そのまま朝廷に働きかけて足利義昭を将軍職に就かせることに成功した。




そんなわけで、特にする事もないオレは暇つぶしにいくつかの書物の写本を行い、最後の『仮名目録 追加含』を書いていた。かつてはルーチンワークだった作業だが、さすがに数年のブランクがあると、なかなか前の様にはいかない。

そんな状況を楽しみつつ写本を終えると、それを机の上に置いたまま、庵原館を出た。


今川館の飛車丸の私室に足を運ぶ。

いつも通り、小姓がオレを案内してくれる。しばらくすると、飛車丸が暑そうに扇子で仰ぎながら入ってくる。


「すまんな飛車丸。急に来て」

「別にいいさ。で、どうした?」

「ああ。徳川についてだ」


そう返すオレの様子に気が付いたのだろう。飛車丸は不審な顔をしてこちらを見る。

今、オレはどんな顔をしているのだろうか。

鏡を見るわけにもいかず、そのまま口を開く。


「徳川への対処はよそに任せる」

「他?」

「武田家さ」


オレの言葉に、飛車丸の眉間に皺が寄る。


「先の戦いで、武田の駿河侵攻は失敗した。しかし、追い返したと言ってもそれで今川家が得たものはない。ただ徳川だけが領地を得た。つまり先の戦いは徳川の一人勝ちだ」


武田家と徳川家は軍事的な同盟を結んでいる。それは、武田家の侵攻に合わせて、徳川家が遠江を攻めた事でもうかがえる。


「同盟を結んだからこそ、片方が一方的に利益を得ている事を看過できない。同盟関係が利益によって結ばれたのだから当然だ」


武田家と徳川家の軍事同盟は、明らかに今川家攻めのための協力体制だ。そして片方が成功し、片方が失敗する。不幸な事に、成功した時の取り決めはしていても、片方だけが失敗した時の取り決めがあるわけがない。

自己責任という奴だ。だが、理解はしても納得できるかどうかは感情の問題になる。


「そして、再び武田家が駿河を攻めるなら、武田信玄は同じ轍は踏まない。今回の敗戦の根幹である北条家との関係回復をはかるだろう。それだけで、武田家の圧倒的な有利が生まれるからだ」


徳川との二面作戦を強制されている今川家とは違い、武田家と北条家の関係は三国同盟の破棄による関係悪化でしかない。しかも、武田の矛先は北条家ではなく今川家に向いている。北条家の感じる脅威は薄い。


「しかし、関係回復には時間がかかる」


三国同盟破棄という武田家の暴挙に、北条家が大義名分を得て非難する。どちらが正しいか一目瞭然だ。だからこそ、その大義名分を捨てるには時間が必要となる。たとえ利益があったとしても、大義名分で得た名声が沈静化するまでは、それを捨てる事はできない。

その為の期間を、武田信玄は二年と見たのだろう。


「そして、駿河侵攻に失敗した武田信玄にはもう後がない。まずは明確な勝利を求める」


戦国大名の持つ、勝ち続けなければならないと言う宿命だ。川中島の激戦、そして駿河侵攻の失敗。武田信玄が家臣から英雄とあがめられるが故に、勝ち続けなければ維持できない杜撰な治世システム。武田信玄には明確な成果が必要になる。

それ以外の道がない。その為の未来を、自分の手で消してしまった。他の後継者には名将になれる器はあるかもしれないが、治世を治める名君の器を持っていない。

だからこそ、武田信玄は今もって英雄でなければならない。負けたまま終われない英雄。汚名を返上する勝利が必要だ。

背後の上杉家と事を構える事はできない。関係改善をはかる北条家もそうだ。休戦協定を結んだ今川家に至っては、後の外聞を考えると条約破棄での侵攻は難しい。

故に、武田信玄に勝利をもたらし、甲斐に利益を与える、攻めやすい相手が一つだけいる。

徳川家だ。


「西遠江の北は武田家の治める信濃。同盟国である織田家は上洛で手一杯。さらに、徳川家は今川家への対処も必要となる」

「それで、朝比奈を退かせたのか」

「そして……」


いったん言葉を切って飛車丸を見る。


「西遠江が武田の手に落ちれば、今川家は終わる」


勝利と領土を手に入れた武田信玄が、今川家を狙えばもうどうしようもない。西と北から追い込まれて詰むだろう。武田家による挟撃作戦という、絶望的な戦いが待っている。


「一度敗北した以上、武田信玄は何が何でも勝ちに来る」


本気の武田信玄が指揮する、全力の武田軍だ。

史実において徳川家康を鎧袖一触にし、全盛期の織田信長を心底恐怖させた最強の戦国大名の全力である。

容易な話ではない。それ故に飛車丸が聞いてくる。


「勝てるのか?」

「勝つのはお前だ」


だから、そろそろ起きてもらおうか。

怪物よ。

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