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85 宍原の戦い②

永禄八年六月十二日


次の日、双方の軍は援軍と合流。武田軍一万と、今川軍一万二千となり宍原平原で対陣した。今川軍が敷くのは敵本陣を強襲する魚燐の陣。武田家は左右の陣で敵を包囲する鶴翼の陣を敷いた。

一夜が明けて日が昇ると、示し合わせるかのように戦端が開かれる。




「(早い。これが武田の騎馬隊か)」


先陣を進む庵原元政は、急激に閉じる武田軍の両翼に兜の下で目を細める。機動力に優れた騎馬隊を両翼に配することで、包囲する為に展開したはずの武田軍の左翼と右翼の陣が、今川軍の進撃を阻む。

包囲される前に敵本隊を急襲するつもりだった今川軍は、武田軍の両翼の攻撃によって勢いを失う。

数はこちらのほうが多いが、騎馬の突撃に今川軍の侵攻が阻まれた。密集した分、前線で戦える人数には限りがある。

突破こそされないものの、元々包囲する為の鶴翼の陣だ。押さえ込まれたと見るべきだろう。


「まったく、手のひらの上じゃないか」


それらをすべて想定しての武田の陣だ。武田信玄の見事な手腕に悪態をつく。歴戦の武将と尊敬する父親ではあるが、武田信玄は庵原忠胤よりも数段上の相手である事を実感した。


「総員、右翼に攻撃を集中させろ。押し返すぞ」


すでに魚燐による武田本陣への攻撃は失敗に終わった。なら、包囲する両翼を切り崩すしかない。相手は音に聞こえた武田の猛将達である。楽な戦いであろうはずもない。

そして、包囲を切り崩したとしても、その先に待ち受けるのは武田信玄の本隊だ。

完全に後手に回っている。

それを読み取ってか、兵達の士気もいまいち上がらない。


「(そこまではもたんぞ。承豊)」


槍を持ちながら敵兵と切り結ぶべく前線に出ながら、しかし、庵原元政の口元には笑みが浮かんでいた。

そう。すべてが、手のひらの上なのだと知っているから。




「始まりました」


物見の兵から報告を聞いて、鵜殿氏次がちょうど良い大きさの石に腰掛けるオレに報告する。

見れば大鎧に長槍をもつ鵜殿氏次はどこからどう見ても士気旺盛な若武者だ。オレのような貧相な体にようやく胴鎧と手甲具足をつけただけの軟弱者とは天と地ほども違う。

おかげで、報告に来る兵達も、オレではなく威風堂々とした氏次に報告していく始末だ。

しかも、こう見えて鵜殿氏次は、対徳川戦で数々の手柄を挙げ『秋葉の若獅子』と異名を取るほど活躍しているらしい。ちなみに、そう自慢げに教えてくれたのは、居候時代から氏次を贔屓にしている庵原元政だ。多分、異名の発信源も同一人物だろう。

ただ、それに異を唱える者がいない程度には活躍しているようだ。あの、無邪気だった藤三郎(鵜殿氏次の幼名)が遠くに行ってしまった気がして、少しさびしい。


「もう少し前に出ますか?」

「いや、必要なのは見せ付けることだ。侮られるほうが良い事もある」

「侮られた方がですか?」

「氏次殿。相手を侮ってはいけません。慢心は疑惑を生みます。だからこそ、相手に侮られる事も必要になります」

「はい」

「疑惑を持つと、人は安心を求める為に手を打つ。つまり、一手を失います。」


かつての弟子にそう教えていると、一人の武者が近づいてくる。

かつて鵜殿兄弟が庵原館に居候していた頃、世話役をしていた矢島勘十郎だ。鵜殿家復興後も、秋葉城で兄弟の下で、戦場でのよき助言者として、兄弟を補佐している。

その矢島殿が、オレの向けた視線に小さくうなずく。

オレは立ち上がると、一度大きく呼吸して氏次に告げる。


「よし、始めるとしよう。合図を送れ」

「はい。合図を送れ!」


ブオーーーーーーブオーーーー!


氏次の言葉に、用意していた配下の兵が、陣貝を吹いて合図を送る。

それを聞いて、周囲の兵がいっせいに動き出す。


「声を上げろ!」

「声を上げろ!!!」


オレの言葉をうれしそうに大声で復唱する氏次。


「「おおおおおお!!!!!!」」


怒号とも取れる声が周囲を覆った。

さあ、武田信玄。お前の一手、奪わせてもらうぞ。




「お館様。あれを!!」


近習の言葉よりも先に、武田信玄はその方向に視線を走らせていた。陣貝による合図と怒声は武田軍の本陣にまで届いていた。

宍原平原で東西に陣を敷いた今川軍と武田軍。その北にある山中に、数千の今川家の旗、「足利二つ引き」が立ち並んでいるのだ。


「伏兵か!」


吐き捨てるように言葉にする。

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