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66 武田信玄という英雄

はっきり言うが、武田信玄には天下統一の野心はない。

三国同盟がその証拠である。

北条家、武田家、今川家によって結ばれた同盟により、西が同盟国となった北条家は東の関東を、南と東が同盟国となった武田家は北の越後を、そして北と東が同盟国となった今川家は西進し上洛を目指した。

上洛である。これが成功すれば今川義元は天下人となり、戦国時代は終わる。

もし、武田信玄に天下を狙う野心があるなら、今川義元に上洛させるわけがないのだ。


とはいえ、野心の有無は武田信玄の責任ではない。

そもそも戦国大名が世に出る理由は、天下を手に入れる為ではないのだ。彼らの目的はただ一つ。

『生き残る事』

応仁の乱以降、室町幕府は弱体化の一途をたどった。幕府は諸国の騒乱を治められず、逆らう相手に制裁を加えられないほど無力化した。

司法機関が頼りにならなければ、自分の身は自分で守るしかない。自衛の為の下剋上。奪われたくないから、滅びたくないから力を求める。

その成功者こそが戦国大名なのだ。


武田信玄はその典型的な成功者だ。

武田信玄がまだ武田晴信であった頃、先代当主であった武田信虎を追放して武田家を継いだ。

この時の武田晴信は嫡男ではあっても、武田家を継承した当主ではなかった。それでも当主と認められたのは、甲斐の豪族達がそれを認めたからだ。

力で甲斐を統一した信虎と違い、家臣たちによって認められた実績のない主君。つまりは傀儡の当主、武田晴信である。

そこから脱却する為に、武田晴信は戦いに明け暮れた。信濃を攻めて力と実績を積み上げ、直属の部下に武門の名を与えて腹心とし、武田家中での勢力を確立した。

間違いなく彼は戦国大名であり、その成功者であった。

そしてその生きざまは、天下人を目指して何かをしたわけではなく、生き延びる為に行動していたに過ぎない。

彼の行動には、自分達を、自国を、一族を守るためという理由こそあれ、天下を統一するために見据えた展望なにかがあったわけではないのだ。


実際、武田信玄が天下を目指すとしてもそれは困難を伴う。甲斐武田家が天下を手に入れるには足利幕府を倒す必要がある。甲斐武田家は足利家の同門ではあるが連枝ではない。室町幕府を引き継ぐ理由を持っていない。

力を背景に、足利幕府の後ろ盾になるのが関の山。実質的な権力は握れても、権力継承の正当性を持っていない。

武田家として天下を握るには、源頼朝や足利尊氏のように新しく幕府を開くしかないのだ。そしてその為には現在の幕府を滅ぼす必要がある。

足利将軍家と甲斐武田家は同じ清和源氏の一族だ。それは同族を滅ぼし奪うという簒奪者の悪名を背負う事になる。

織田信長が日本の歴史に名を残した理由は、革新的な統治能力ではなく、人格的思想的ななにかでもない。ただひとつ、「室町幕府を滅ぼした」事が日本史に名を刻んだ理由だ。

正統なる名門名家の名を同族殺しの汚名で汚し、権力を求める欲深き簒奪者として歴史に名を残す。誰がそんな立場を望むだろうか。

しかし、そんな悪名を避けて室町幕府を引き継げる正当性を持つ家がある。

それが今川家である。

「御所(足利将軍家)絶えれば吉良が継ぎ、吉良絶えれば今川が継ぐ」と定められた将軍家御一門の血統。その嫡流である駿河今川家の上洛は足利幕府の継承が許される正当性があり、三国同盟締結によって武田信玄はそれを支持した。

その判断は間違っていない。なにせ、今川家の上洛は甲斐武田家の盤石を意味しているのだ。

今川義元が上洛し幕府を継承すれば、盟友にして戦国最強の武田家は新しい幕府の『武』の象徴となれる。

次期当主武田義信の妻は今川義元の娘。つまり天下人の義理の息子にあたる。

領地に関しても、貧しい甲斐だけではなく豊かな信濃を現段階で手に入れており立派な大大名。名門名家の格式に、騎馬隊による武の名声。将軍家との関係もこれ以上望むべくもない。

現在の敵である越後長尾家(上杉家)に関しても、今川義元が天下人になれば解決する。

諸家の問題を解決するのは幕府の仕事であり、越後の大名の仕事ではないのだ。

それでも逆らうというならば、武田家が幕府軍となりその武を天下に示せば、賊軍となった越後の義将の名声は地に落ちる。

武田家の安泰は揺るがない。


しかし、申し訳ない事にその未来を潰したのは今川家だった。

『桶狭間の戦い』

五千対四万で負けると思うのがおかしいのだが、現実は現実だ。武田信玄の目論見は脆くも崩れ去った。

では、次はどうする?

オレは見てきた。桶狭間の後の甲斐武田を。武田信玄の行動を。


武田軍の象徴『風林火山』を記した兵法書『孫氏』にはこうある。

「敵を知り己を知れば百戦危うからず」

武田信玄よ。オレはお前を知っている。

お前の希望みらいを知っている。

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