62 丁々発止の帰国
とりあえず、織田家家臣達(信長含む)との会談を終え、オレの身柄は宙ぶらりんになった。
正直アレ以上の考えをしてやるつもりもないし、そこまで織田家に深入りするつもりもない。
オレができる事なんて、あくまでも助言だ。大事な事なので言うが、オレは今川家家臣である。そして、今川家は織田家とは敵対関係である。オレは、織田家への出向家臣でも派遣家臣でもない。これ以上首を突っ込む理由もない。
まあ、自分の助言で自分の命を賄ったのだ。オマケはやらないぞ。
「十英様十英様」
うん。なんだ、菊千代君が現在のオレの監視役(監視できてない時あるけど)のようだ。こういう所でも人不足を感じるな。
まあ、元気で実直な若者は嫌いではない。この前元服した鵜殿氏長といい友人になりそうだが、残念な事に現在両家は敵対関係だ。両者が争った場合、オレは氏長君を応援する事になるだろう。
実際、実直で元気だが頭が悪いわけではない。たまに勢いで突き進む時もあるが、きちんと一線を引いている感じがある。他人との好感度を稼ぎつつ、踏み込みすぎない。人たらしの片鱗が見える。親しい人にそういう人がいたのかもしれない。
「どうすれば、十英様のようになれますか?」
「菊千代君は織田家の武家。拙僧のような僧になられては困るでしょう」
「いえ、十英様のように言ってみたいのです」
「ように?」
「はい。あんなふうに殿に言える人なんて、見たことありませんから」
見たことないのは、それをやったら物理でズバッとされたからではないですかね(名推理)。世間でそれを自然淘汰と言うのですよ。
とはいえ、オレの真似をして菊千代君が淘汰されてはさすがに寝覚めが悪い。
「拙僧は他家の家臣。織田家の家臣ではありません。家臣には家臣の分があります。それを間違えると無礼になりますよ」
「……そうですか。では、十英様のように物事を見るにはどうすればよいでしょう。ワタシは殿のお側に控える身なので、十英様のように殿に助言できるようになりたいです」
「……」
オレは敵対国の人間なんですけどね。
まあ、お世話になっているのも事実。二十歳を超える大人なオレが、元服前の菊千代君の世話になるというのも悲しい話だ。大人には大人の意地とプライドがあるのである。
「そうですね。物事の“ありさま”を見失わないようにしなさい」
「ありさまですか?」
「はい。そうですね……菊千代君はなぜ菊千代君なのですか?」
「え?なぜ?」
「……」
「えっと、ワタシは殿の小姓で菊千代ですから……」
「では、殿の小姓でなければ菊千代は菊千代ではないのですか?」
「いえ、ワタシは堀家の菊千代です」
「それが今の菊千代君の“ありさま”です。では、菊千代はどんな菊千代になりたいですか?」
「え?……殿に頼りにされるような強い武士になりたいです」
「では、その“ありさま”を目指しましょう。見失わないようにしなさい」
オレの言葉に、しばらく目を白黒させていた菊千代君は、何かに気が付いたように真面目な顔でこっちを見ると元気よく返事をした。
「はい!」
特に何か言われる事もなく5日ほどたち、再び菊千代君に呼ばれて、小牧山城の評定の間へ案内される。今日は木下藤吉郎(推定)はいない。
前と同じように部屋に入って礼をして頭を上げるが、前回ほど人はいない。信長を含めて五人程度だ。
「……お前を駿河に戻す算段が付いた」
「それは重畳」
さすがに約束を守ったか。口約束とはいえ第三者(部下)もいる場での約束だしな。腐っても大名ということだ。
「十日後じゃ。東海を渡る船に案内する。それで駿府に戻るが良い」
「ありがとうございます」
「大義であった。褒美をとらそう。なにがよい?」
「……」
「約束は約束。褒美は褒美じゃ」
やっぱり腐ってるじゃネェか。この野郎。
笑みを浮かべたまま心の中で悪態を吐く。その言葉だけなら寛大な領主様になりそうだが、オレは曲がりなりにも敵対国の家臣である。ここで敵の大将から金品を贈られれば、立派な賄賂だ。あとは、今川家に「十英承豊は織田と深いつながりがあるようだ」と噂をばら撒けばいい。一部の真実を含めているだけに、不穏な噂の信憑性は増す。
トンチでも利かせて金品を飛車丸に献上したとしても、「織田家はそれ以外にも……」と有りもしない噂を流せばやはり同じ。ここには味方も証人もいない。
今川家で唯一の後ろ盾である飛車丸の不興を買えば、オレがどうなるかは火を見るより明らかだ。奸臣を誅殺なんて美談の被害者一直線。文字通り今川家に不和をばら撒く結果になるだろう。
かといって、ここで断れば公衆の面前で信長に恥をかかせた事になる。何せ公式には寛大な領主様よりの慈悲深い提案なのだ。その慈悲の手を振り払えば立派な無礼という公式が成り立つ。
その無礼を雪ぐ為に、何を要求されるのか分かったものではない。
オーケイオーケイ。お前の気持ちは良く分かったよ信長。お前の敵意を貯めるのは良くないし、菊千代君の顔に免じて甘い顔していたが、もういい。容赦しねぇ。
笑みを浮かべつつ、感謝するように声を明るくして告げる。
「では、種子島を一丁と弾薬を所望いたします」
その言葉に、信長の片方の眉毛が跳ね上がる。
「僧の身で武器を望むか?」
「僧の身ゆえに、異国南蛮の細工物に興味があるのです。いかなるカラクリになっているのか、興味がありました。たしか、織田様は数を取り揃えているとか」
後に戦場の主役になる火縄銃だが、現時点(永禄六年)ではネタ道具に近かった。銃本体が少数生産か舶来品のみで高価なくせに、劇的なほど命中率が高いわけでもない。
これなら賄賂と見られる可能性が低い。何せ、分かる人にはわかるが、分からない人にはわからない品だ。レアなフィギアを譲られ、本人は感激しても一般人にはその価値が分からないマニアな世界に通じる。知名度の低い火縄銃だが用途は決まっており、戦場に出ない坊主のオレでは、火縄銃で利益を得る方法がない。
つまり、その過多を噂にした所で誰も注目しない。せいぜい、オレが南蛮贔屓な男だなと思われる程度だが、そんな評価はオレには何の痛手にもならない。
だが、オレは知っている。コレが織田信長の武器である事を。
オレの武器は見せてやっただろ。なら、お前の武器を見せてもらおう。
ククククク。安心しろ。逃げ道はちゃんと作ってやったぞ。南蛮のカラクリという事で、他の南蛮品でも許してやる。だが、それをやったらどうなるか。帰国後に「種子島を願ったのに細工物で誤魔化された、ケチな男よ」なんて噂が広まれば、どうなってしまうかな。
お前はこれからも『褒美を与える側の人間』だろう。
勘違いするなよ。お前が余計な事さえしなければ、オレもこんな事はしなかったんだぜ。自業自得なんだからな。
断られる事はないと確信して、感謝するように笑顔で信長を見る。しばらく表情を変えずにこちらを見ていた信長が口を開いた。
「……いいだろう、持って帰るがいい」
「ありがとうございます」
お、安易に逃げなかったか。流石だ。弱みを見せたらまずい事をよく知っている。とはいえ、オレは本命を手に入れる事が出来た。コレで十分というものだ。
心からの感謝(純度100%)を言葉で表しながら深く頭を下げて、今回の織田信長との会談は終わった。
……かに見えた。
十日後。予定通りに津島港から、駿河行きの船に乗る。見送りには菊千代君をはじめ五人の足軽がついてきた。
なんだ?帰すと見せかけてバッサリやるのか。と警戒していると、足軽は大きな行李を抱えており、そのまま船に積み込んでいく。
「これは?」
「殿よりの進物です。所望は種子島との事でしたが、十英殿の助言を購うにはそれでは足りぬと言われまして……」
そう言って行李を開けて絹の反物だの、高級乾物だのを見せてくれる菊千代君。その目は純真な尊敬の眼差しだ。
引きつる頬に力を入れて笑顔を作る。
あの野郎。最後の最後にやりやがった!
ここで「こんなもんいらねぇよ!!」と蹴り飛ばしたら、間違いなく最低最悪のクズ野郎のレッテルを貼られる。
すでに積み込まれ、突き返す事のできない品々について、表面上は感謝を装い菊千代君にお礼を言う。
「か、過分な御礼。感謝しておりますと織田様に伝えてくだされ」
「はい。必ず伝えます」
そう言って満足げに行李を置いて船から下りる菊千代君一行。
最後まで手を振って見送ってくれる菊千代君に手を振り返しながら、オレの腹の中はグツグツと煮え立っていた。
あの腐れ大名。覚えていろよ。




