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06 桶狭間後の今川家

ジャンル別日刊一位。

ブックマーク500件突破。


ありがとうございます。

駿府にある今川館にいくと、ゴツイオッサンが飛び出してきて、飛車丸をすごい剣幕で怒り始める。

残念ながら、罵詈雑言なんてカエルの面に何とやら。飛車丸は飄々としたものだ。サルでもできる反省とは無縁の男である。

さすがにいつまでも怒鳴り続けられるわけではなく、一息入れたところで、飛車丸がオレの事を紹介した。


すると、怒り疲れていたオッサンの表情が一転する。

目をむき、オレを上から下までマジマジと見る。


「貴方が十英 承豊殿ですか?」

「はい。失礼ですが、どこかでお会いした事が?」

「いいえ。お噂はかねがねうかがっておりました。それがし、岡部元信おかべ もとのぶと申します」


そういって、感じ入るように笑みを浮かべる挨拶をする岡部様。

今川家当主を叱れる程の家臣だ。慌ててこちらも頭を下げる。


「いえ、こちらこそ、よろしくお願いいたします」


……ん?

何でオレの話を今川家の偉い人が知っているんだ?

寺の坊主Aだぜ。オレ。

今川家での仕事って、個人的な相談役くらいで、せいぜいお茶汲み小僧レベルの雑談相手と思っていたんだけど。

違うのか?




うっわ・・・

うっわ・・・

短時間で二回。ドン引きだよ。


まず一つ目。オレの師匠の正式名称が太原崇孚雪斎(たいげんすうふせっさい)だった。

誰だよって思うかもしれないけど、戦国初期の名軍師3人に数えられる怪僧だ。他の二人が、北条家の妖怪「北条幻庵」と、武田家の怪人「山本勘助」という位だから、立派な変人である。

師匠みたいなのが他にもまだ2人もいるとか、ココは地獄の何丁目だ?

そんなわけで、黒衣の宰相として活躍した今川家軍師の教え子という事で、オレは受け入れられたらしい。言われてみれば臨済寺では色々手伝いしたもんな。大学教授の助手程度の手助けだけど。まあ、その実態はニートなんだがな。いやいや、在宅仕事はしていたぞ。


で、二つめのドン引きなんだが、今川家の現状を教えてもらって出てきた言葉だ。

北に騎馬隊で有名な武田家。東に難攻不落の小田原城で有名な北条家。コレと互角に張り合っていたのが、駿河、遠江、三河を支配する大名今川家……でした(過去形)。


もうぼろぼろ。桶狭間の結果です。うん。飛車丸が放り出したくなる気持ちもわかるわ。


桶狭間で今川義元が敗れた状況というのは、本陣が攻撃されて討ち取られたのである。当たり前の事だが、本陣にいる人というのは、側近中の側近である重要人物ばかりだ。

そこが殺し合いの現場になりました。最重要人物今川義元が死ぬほどの被害を受けました。

当然その周囲にいる人達にだって、被害が出まくっているのだ。


前にも少し言ったけど、この時代のすべてはマンパワーです。

桶狭間では今川本隊への奇襲で、兵自体への被害はそれほどでなかった。しかし、ご覧のように、上層部がごっそり消えている。

兵隊が減っても問題なのだが、管理者が減ってもやはり問題なのだ。


本店の株主総会に出席していた重役や管理職が突然いなくなった状況だ。残っている人員で穴埋めしようにも、再教育や引継ぎの期間が必要となり、その間の業務は滞る。その滞った業務の影響は、本社はもとより各支店にも大きく影響する。

そうなった場合、各支店はどう思うか。支店をつぶしてでも本社を守るという人間は稀だ。ましてや、店がつぶれるというのが、社会的ではなく直接的な死を意味する戦国時代である。

死にたくないので、別の勢力に移るわ。もしくは独立するわ。

まあ、そう考える。


要するに、大名今川家として管理できる人材が壊滅しているわけだ。



「まず、三河は捨てる」

「手がたらんか」


飛車丸の部屋で、情報を整理した後、今後の話をする。

人材不足により領地の掌握が不安定になった事で、今川義元の威光で収まっていた問題が噴出した。その一つが、松平元康の三河帰還である。

元々、三河の地は松平家の領地であったが、当主が死に跡継ぎが幼すぎた為、今川家で養育した経緯がある。

その庇護者である今川義元亡き後、松平元康は勝手に三河へと帰ってしまったのだ。


「今川家において、最も重要な事は本拠地駿河を掌握する事だ」

「手が回らないから三河を捨てるとしても、下手をすれば遠江にも波及するぞ?」

「どのみち遠江まででも手が足りん。まずは屋台骨の駿河を磐石にする。それなら今からでも手が付けられる」


ようするに、規模を縮小させるリストラだ。分散していた部下達を本拠地の駿河に振り分ける。


「駿河の磐石を持って遠江を治める」

「間に合うのか?」

「無理だな。だが改めて遠江を攻略すると考えれば手がある」


見捨てられたと思えば、そっぽを向くだろう。だが、弱腰でもつながりがあれば、勢力を盛り返した今川家に従属する可能性は高い。あくまでも庇護に入るという意味だが、それも立派な支配だ。


「なので、完全に切り捨てるのではなく、玉虫色の回答でお茶を濁す。手を出しはするが、本格的な対決は避けろ」

「こちらの意図を見抜き、遠江がまとまる危険性は?」


下克上の時代、誰もが野望を持っている。その典型例がコチラの命令を無視して三河に帰還した松平家だ。元々三河は松平の地。今川家が人材の減少を正しく見抜き、独立のチャンスと見たのだろう。

同じ事が、遠江でも起きないとは限らない。


「それは何とかする」

「どうやって?」

「三河に遠江を攻めさせる」


勝手に独立した松平家は当然今川家と敵対する。その矛先が三河の隣国遠江に向けば、侵略する側である松平家への反感は増し、弱腰とはいえ手を差し伸べる今川家を頼る。双方から敵対するような愚を戦国時代を生きる豪族は犯さない。


「松平と争うことになるか」

「ああ、だが今川家の抱える最大の問題点はそこじゃない」

「…親族同士で争いたくはないな」

「…」


オレの言っている意味を理解したのだろう。飛車丸の声が沈む。

すなわち隣国。相模を治める戦国大名の魁北条家。甲斐信濃を治め最強とも言われる騎馬隊を持つ武田家。

現在、三国同盟を結び血縁関係を結んでいるが、それは絶対ではない。


「だが近い将来、三国同盟は終わる」

「盟約を結んだからといって穏便にはいかんか」

「元々、思惑あっての盟約だからな」


三つの国がそれぞれ大きすぎる。共存共栄とするには、我が強すぎた。

今川家が尾張を取れれば、話は変わったかもしれない。だが、結果は逆に今川家は急速に衰退しておりバランスは崩壊した。三国の思惑が根底から覆っている。

後は、どうやって終わるかだ。


「どちらを切る?」

「まだダメだ。師匠が三国同盟を結んだように、両家は強大だ」


北の武田家と東の北条家。

とりあえず三国同盟によって相互監視をしている為に、即座に襲い掛かってくることはない。だが、名目があれば容赦なく襲ってくるだろう。そういう意味で、彼ら両方と敵対する事は絶対に避けなければならない。

逆に言えば、それでもどちらかが攻めてきた場合、それは相手が切羽詰っているというわけだ。


「お前の予測は?」

「6割で武田。4割で北条」

「そうか」


残念だが、東と北に広がれる北条に比べ、北に進路を向けた武田家は失敗すればそこで止まる。越後の龍を倒すより、同盟を破棄してでも南に向かうほうが有利と思えば、武田信玄はためらう事はないだろう。

もっとも、武田にはもう一つ別の道がある。だが、残念な事にその道に進むには、まだ時間が”ありすぎる”。


「…勝てるか?」

「勝てるさ。今川家には最強の切り札がある。最悪、両家に太刀打ちできぬなら、肥えた松平を取ればいい。少なくとも外面は整えられる」


オレの言葉に、意外そうにこちらを見る飛車丸。

今川家には今川家にだけできるやり方がある。幸か不幸かオレ達はその一端に携わっている。最悪、想定より早く事態が進んだとしても、三河松平家を取れば、駿河遠江三河の今川家が復活する。もっとも、被害が増える上に、オレの言う切り札を失う事になるので全盛期とまでは行かない。だが、両家に対抗する事は可能だ。


「とりあえずは、三河が遠江を攻めるかだが」

「そこはオレがやる。お前はまず駿河の安定に注力しろ。そこはオレでは手が出せない」


自信満々に話しているが、うまくいくかはわからない。とはいえ、やらなきゃならないわけだ。コレで当面の行動は決まったな。

あと今できる事は…


「飛車丸」

「なんだ?」

「嫁さんとは仲がいいのか?」

「当たり前だろ。甘々のトロトロだよ」

「そうか判った。地獄に落ちろ」


満面の笑みで答える飛車丸に、オレは素直な心で返した。

正直である事は美徳である……はずである。

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