58 岡崎の城窓から
MFブックス様より、6月に『復興名家の仮名目録 ~戦国転生異聞~』の書籍化が決定しました。
詳細は活動報告にて報告します。
公式告知は以下になります。
http://mfbooks.jp/7008/
三河岡崎城の一室で軟禁状態の十英承豊です。
土牢に比べれば圧倒的な待遇改善ですが、だからといって捕らえられている事実に変わりがあるわけではないのでどうしようもない。
基本的に部屋から出る事すら許されない。出られるのは厠ぐらいだが、それも監視付き。徹底的にマークされている。
言っておくが、オレは変態ではない。再度言うが変態ではない。
そんな不自由な軟禁生活ですが、助さんこと石川数正が、夕方になると様子を見に来てくれる。とはいえ、一揆のせいだろう、日に日にやつれていくようだ。
「お疲れさん」
「……余裕ですね」
「ま、他人事だしね」
「うらやましい」
オレの態度に一つ大きく嘆息する助さん。かなり切羽詰っている感じがする。
ちょっと、肩の荷を降ろしてやるかね。
「で、向こうとの話は付いたのか?」
「……」
オレの何気ない一言で、助さんの視線が鋭くなる。
「お互いの面子を立たせる方法として、一戦交えて終わり。それが落しどころだろ」
「……」
「普通に戦うだけなら、助さんが苦労する事もない。向こうの面子も立つ程度の被害に抑えて講和というのがお互いちょうど良い結末だが、これはそう簡単ではない」
残念な事に挙兵した以上、何もなく終了する事はできない。双方の面子がかかっているからだ。少なくとも、双方が主張を持ってぶつかったという事実が必要になる。なお、勝敗は双方の見識によって変わる為、双方勝利したという日本人的結果も多数見られる。
ただ、その場合であっても勝敗を分かつ戦という行為は必須であり、口合戦(罵り合い)だけであっても、兵を集めて相対した実績は必要になるのだ。
「……十英殿の苦労が少しは分かってきましたよ」
「だから今回のオレは、笑って見ていられるのさ」
要するに、過去にオレが何度も三河に来ては、助さんに知らせていた事を、現在の助さんも実施しているわけだ。次の戦に向けて、一向宗側についた松平家家臣との事前のやり取りというわけである。
重要なのは、一向宗側は戦争による講和までしか見ていない点だ。その為に、今回三河武士を取り込んだ。しかし、松平家は違う。講和した後からが反撃の時だ。
だからこそ、この段階での調整が必要となる。この戦での被害と、敵となった三河武士の処遇が、松平家にとって最も重要な所なのだ。
そして、戦と講和によって影響力を強めて終わりと思っている一向宗には対応できない。
「後の懸念は外部からの介入だが、駿河は問題ないとして、尾張の一向宗の動きに注意する必要があるな。まあ、それは織田家で考える事か」
尾張織田家だって、同盟国の松平家が混乱するのは望ましくない。ましてや西三河と接しているのが尾張だ。独立勢力にでもなろうものなら同盟の意味が消滅する。協力は惜しまないだろう。
あとは、落とし所さえ決めておけば、かつて今川軍が三河の反松平勢力の援軍に出た時のような馴れ合いの戦争で事が足りる。双方が勝利したと主張し、それぞれの思惑で講和。
そのためにも、一戦してから講和へ持っていく調整は何よりも重要なのだ。
いや~。仕事があるっていいですね助さん。オレなんて飯を食って厠で出すしか出来ないから暇で暇で……
「……そうか。織田家か」
「?」
オレの言葉に、何かに気が付いたように助さんが手を打つ。
「なにがだ?」
「十英殿の処遇だ」
「オレの?」
何を言っているんだお前は?
現在人質待遇のオレの処遇に改善方法は存在しない。現状でも過剰なくらいだ(厠監視など)。
オレの表情から察したのか、助さんが呆れる様に一つ大きなため息をはく。
「十英殿を駿河に返す方法ですよ」
「はて?オレは人質じゃなかったか?」
今川軍が一向宗問題に介入しない為にここにいる以上、問題が解決するまで逃げる事は許されない。一向一揆の問題に筋道が立ち、人質のお役御免になって、初めてオレを今川家に返還する為の交渉が始まる。
「はぁ……」
深いため息をつく石川数正。
「十英殿に人質の価値などないでしょう」
「ひどい言いようじゃないか。助さん」
「ですが事実です」
……言われてみればオレに人質としての価値は低い。あそこでタケピーに人質になると言ったのは、あくまでもオレの発言内容の保障としてだ。
そして、オレは別に今川家からの正式な使者でもなければ、あの場は公式な会談でもない。一番近い状況は、密偵が口を割って判明した情報だ。(あれ?尋問官のゴローさん大勝利?)
今川軍が攻めてきた所で、今川家の信用としては何の問題もないのである。せいぜいが、虚偽報告をしたオレを殺してタケピーが溜飲を下げる程度だ。
いや、でも待ってくれ。あの場所で今川軍が来ない保証なんて、自分の身を切る以外ないじゃないか。
もしかして、あのときのため息ってそういう事?
「……もしかして、オレをこの部屋から出さないのも?」
「殿に感謝してください。どうやら、分かっていないようですから」
助さんの言葉に軽く頭をかく。
そもそも、敵国の家臣であるオレを捕まえた以上、対処はしなければならない。普通に送り返しましたではすまないのだ。
身代金なり人質交換で返還するのが普通なのだが、一向一揆との戦を間近に控えた松平家に、他国とやり取りをするような人員的余裕も時間的余裕もない。そして、このままオレが軟禁されたままというのも面倒な事になりかねない。名目上は人質となっているが、今の松平家でその事実を知る者は極小数だ。
しかし、岡崎城に滞在していれば、他の家臣に見つかる可能性が増す。そうなれば、立場上敵対する今川家の家臣だ。当然その処遇に注目が集まる。
そうなる前に、問題の対応を同盟国に丸投げするわけだ。
「で、尾張か……」
「織田家なら、いまの松平家よりも楽に話が付けられるでしょう。こちらとしては、織田家に送る以外の手間は要りません」
尾張に足を踏み入れたのなんて、最初の一回だけだ。無名の坊主が来た所で、尾張なら誰にも注目されないから多少時間がかかっても問題にもならない。
尾張に送った時点で、松平家がオレの行く末を心配する必要はなくなる。
そもそも、オレが捕まったのは一向一揆発生によって不審な坊主に警戒度が高まったが故の、たまたま運が悪かっただけなので、ほとんどの人が気にもしていない。
今ならば松平家家中の目は一向一揆に向けられている。オレがどのような処遇になったか気にする人間はタケピーに助さんにゴローさんくらいなものだ。
「あとは、織田家がそれを受け入れるかだな」
最後の懸念は尾張織田家側が受け入れるかだ。同盟国とはいえ他国である。一応敵対する今川家の家臣ではあるが、オレ自身も価値がない。向こうからすれば面倒ごとを押し付けられただけともとれる。身代金の上前をはねるくらいはするかもしれない。
「そこは、大丈夫でしょう」
「ほう。なぜ?」
「織田様は、十英殿に興味があるらしいですよ」
……え?
「……なんで?」
「清洲での同盟の時に、わざわざ殿(松平元康)に十英殿について尋ねたとか」
ちょっと待って。それ初耳なんですけど?
ちょっとまて、バリバリ警戒している敵対大名で、しかも『坊主殺すに躊躇わないマン』の織田信長の所にオレは放り込まれるということか。
「それはほら、松平家とは関係ない事なので」
つまり、松平家としては興味を持つ人物を送る事で同盟国に恩を売り、さらに人質問題に関する自分たちの労力を減らせる。一方オレは、織田信長という危険人物の所から今川家に逃げ帰る手段を考えるという面倒事を押し付けられたというわけである。
謀ったな助さん!




