50 騒動の収束
永禄五年七月
遠州騒乱は予定通りに終わった。
最後まで抵抗した曳馬城だったが多勢に無勢。降伏勧告こそしたものの、飯尾一族は最後まで抵抗し、城主 飯尾連龍は討死。以下多くの死傷者を出した。
攻め手側も被害こそ出したものの、その多くは遠江の豪族であり、今川氏真はその勇猛果敢さを褒め称え、彼らに惜しみなく感状を発行することで足りた。
遠江豪族達にすれば、これを今回の騒動に対して、氏真が許した証と受け取るだろう。
もちろんその中には、信虎の反乱に加わり今回発覚した豪族当人も含まれている。とはいえ、彼等のほとんどが討死しており、生き残った者も負傷し現在の地位から引退するという形で収まっている。
一族からすれば、それだけで連座を許してくれたのだから、十分ましな結果といえる。
まあ、そんなわけで一ヶ月近く戦に出ていた飛車丸が帰ってきた。
一応、今後の話もあるので今川館に滞在していたが、夜も日が落ちる頃に飛車丸から呼び出された。
私室に行くと、案の定だらけきった飛車丸が笑って手を振っている。
「お疲れ」
「それはこちらの言葉だ」
オレの顔を見てそういう飛車丸に返事をする。こっちは手紙を書いていただけで、そっちは戦争をやっていたのだ。苦労の度合いが違う。
「甲斐から手紙が来たよ。今回の件に関する謝罪と、対応を一任するとの事だ」
「その報告はこちらも受けている」
当たり前だが、オレは今回の問題の信虎対応の窓口ではあるが、責任ある立場というわけではない。連絡の受け答えはするが、正式な決定は責任者である大名同士で行われる。そこに、無名の一坊主の名前はない。
とはいえ、武田家より非公式な連絡を受けていたので、その手紙から状況を察する事はできた。
「で、将軍家から手紙が来たんだな」
「ああ、想定どおりだ」
武田家から対応を一任するとの連絡が来たので、武田家では対応しない形での決着がつくよう算段が付いたと想定はしていた。
予定通りに、今回の問題を将軍家の詮議預かりとする連絡がやってきたのだ。もちろん、その連絡はオレではなく、今川家当主の今川氏真宛である。
予想はしていたが手紙の内容は分からないので確認しただけである。
武田信虎は名門清和源氏の家柄だ。信用こそ失っても、京都でひっそり生きるくらいの扱いは出来るだろう。最悪、費用は甲斐武田家が出してくれるはずだ。
「今後の予定は?」
「決めたとおりでいいだろう」
「とりあえず遠江か」
さて、今回の問題で新当主今川氏真による遠江の締め直しは完了した。彼らは自分達が今川家の家臣である事を再認識し、今後勝手な行動は控えるだろう。
とはいえ、勢力の減少は否めない。遠江の離反者の討伐で、最前線で直接彼等と戦ったのも遠江の豪族達だ。
天野家や飯尾家といった滅んだ家もそうだが、許された豪族達とて、親族や家臣が討死するほどの被害を出している。死んだのは当事者一人ですむはずもなく付き従った者達にだって被害は出ているはずだ。
彼らが命を捨てて守った家は存続する事を許された。という事は誰かがその人物の後を継がねばならない。つまり継承問題が出てくるわけだ。そこで、誰を後釜にするかの届出を今川家に報告するように強く言ってある。
つまりは、今川家に親しい相手を後任にしろという脅しだ。彼らは生き残るために、今川家に親しい後継者をすえようとするだろう。
武田信虎の反乱に参加しようとした者達である。彼等が無力で無害な個人であろうはずがなく、彼らは一族の中でもある程度の力と地位を持っていた人物だ。
その相手が突如突然正反対の派閥のものと入れ替わったらどうなるのか。
当然、その一族の勢力図が大きく変わる事になる。そして、変わった結果前より良くなる可能性というのは低い。後継者がよほどの傑物でなければ、一族をまとめるだけでも一苦労。時間をかけて治める必要がある。
そして何より重要な事。
それは今回の騒動の中心が西遠江であり、隣接する三河に近いということが挙げられる。
すでに、三河に残る反松平派閥は虫の息だ。年明けには松平家に飲み込まれるだろう。そして、三河統一を達成した松平元康の目には、反乱問題と後継者問題でボロボロの西遠江の地が広がる。
「元康は動くか?」
「独立したタケピーは戦国大名として生きていくしか道はない。そして、戦国大名である為に、間違いなく遠江に来るよ」
「戦国大名である為に、か」
「松平家の独立から始めてここまできているんだ。頑張っている方さ。悲願の三河統一で名実共に戦国大名となる。でも、三河を取った後も、部下に使われているようじゃ、ちょっとお灸が必要かな」
オレ達の目的は、武田家に攻めてもらうことで成り立っている。そのためには、今川家は弱くならなければならない。弱くなる為に松平家には今川領土を攻め込んでもらう必要がある。
三河松平家は織田家との同盟によって西に打って出る事はできない。北の信濃は強大な武田家が抑えている。唯一攻め込める東に彼らの目を向けさせる必要があるのだ。
三河統一で満足されては困るのだ。
故に、西遠江の戦力を増強しない。
戦争により疲弊し、被害によって減衰した西遠江は攻めやすいと見るだろう。ただひとつの懸念は、遠江の主である今川家の動向が窺い知れないことだ。
ところが不思議不思議。今川家の御伽衆の中に、松平家とコネがあって、内情を漏らしている坊主がいるらしいぞ。しかも、ソイツは松平家に脅されているわけではなく、自分が好きな時に三河で情報を提供しているのだそうだ。
松平家を動かすのにうってつけな人間というわけだな。
スゴイ偶然モアッタモノダ(棒)。




