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47 心秘したる挨拶

遠江で発生した反乱とその征伐騒動『遠江騒乱』。

この一連の行動は、駿河で留守を預かる今川家家臣達も注目していた。双方の戦力差は圧倒的ではあるものの、同様に圧倒的有利であったはずの『桶狭間の戦い』を思えば、駿河の民は楽観視出来なかった。また、北条家や反三河勢力への『救援』とは違い、今川氏真を総大将として相手を滅ぼさんとする初めての本格的な『決戦』である。

駿河に兵を残し、遠江の豪族をまとめての今回の戦いを、駿河の豪族達は今川氏真の器量を見る絶好の機会と見ていた。

それは、今川家のみならず東海の周辺諸国にも言えた。


まあ、負けようがないんだけどな。

なにせ、離反者の名前は判明しているし、遠江の離反者の討伐は今川家に従った遠江の豪族をあてている。最悪の事があったとしても、2500の駿河の兵が本陣を守っており、桶狭間の再現を起こそうにも、今川家の領地である遠江だ。地の利があり隘路を通って隙を見せる必要もない。

桶狭間を再現なんて、一緒にいる今川家重臣達が許しはしないだろう。


そんな戦場に出ている飛車丸をよそに、今川家本拠地駿府の町で留守番をしているオレも、豪華な館で悠々自適を過ごす余裕はなかった。

なにせ、オレがわざわざ武田信虎の館にいるのは、セレブ生活を満喫する為ではなく、今回の騒動の首謀者である武田信虎への対応の為である。

祖父である武田信虎が、率先して反乱を起こそうとしたのだからどうしようもない。しかし、首謀者だから死刑。と、簡単に判断するには面倒な問題がある。

武田信虎の持つ影響力が大きすぎるのだ。

前にも言ったが甲斐武田家は足利将軍家と同門の清和源氏の名門だ。今川家も名門ではあるが、それは武門の棟梁な足利将軍家の連枝による名門。

要するに、上司と同じ地位の人間を独断で処罰すると、上司である足利将軍家から「お前にとってオレの持つ清和源氏って、その程度の認識なの?」と邪推される可能性もある。

もちろん、事の是非を問えば、正当性は今川家にあるのだが、だからといって心情的に納得できるかは別だ。


しかし、ココで将軍家におもねり、身内だからと甘い顔をすれば、騒動によって被害をこうむった今川家家中が黙ってはいない。現在クライマックスな遠江の豪族からすれば、隣人である同胞を罪があるから命令に従って罰したのに、首謀者は主君の親族だから無罪とか、本気で反乱待ったなしである。今回の騒動で駆け回っている家臣達からすれば、謀反の首謀者だ。しかも言い逃れが出来ない証拠までそろっている。当然、法に照らし合わせれば死刑以外ありえない。

余談だが、古今国の法において最も重い罪とは、VIPの殺害でもなければ、敵前逃亡でもなく『国家反逆罪』である。

法に従って処罰すれば、上司から目をつけられる。かといって、お茶を濁せば、上司にこびへつらうだけの中間管理職のごとく、部下達の信頼を失う。


そこでオレの出番というわけである。

……別に、オレが一休さんばりにトンチを利かせて解決するわけではない。

家中にも周りにも納得できる落としどころを決めておこうという事だ。

このまま今川家で処断しても、将軍家に良い顔はされないし、かといってなぁなぁで済ますには問題が大きすぎる。

こんな時の解決方法は一つ、「丸投げ」だ。武田信虎は甲斐武田家の“元”当主であって、現当主ではない。つまり、最高責任者である現当主が身内の問題を解決する名分を持つという事だ。

はっきりいうが、丸投げされる方はたまったものではない。

なにせ、武田信虎は現在武田家最高責任者である武田信玄と敵対して追放されているという事実があるからだ。

今川家でも反乱者であるなら、実家である甲斐武田家からも追放した敵対者である。問題は、だからといって武田信玄が、実の父親である信虎を死刑と簡単に決められない事だ。

『父殺し』

下克上がまかり通る戦国時代にあっても、実子や兄弟、義理の父ならまだしも、実の父親を殺すという悪行を成した者というのは極めて少ない。ましてや、名門武田家だ。実父殺しという悪名で名門の名を汚すのは、デメリットが大きすぎる。


まあ、オレ達には関係ないがな。

こっちは正当な理由で、判断を武田家に丸投げする。そのための証拠も提出する。その際に「これって三国同盟違反になるけど、甲斐武田家は当然かかわってはいないですよね?」と釘を刺す。関わってない事はないし、証拠はそろっているのだが、武田家に提出する証拠を握っているのはコチラだ。

ましてや、オレ達に必要なのは、武田家からの賠償とか謝罪ではなく、あくまでも武田信虎への処罰の代行のみだ。

今回の概要を記し、コチラが求める名門甲斐武田家の元当主の対処を伺い、その判断基準として、遠江の豪族とやり取りした反乱の証拠を添えて、武田信玄の元に送る。


そして大事な事は、手紙の内容でも、添える証拠でも、行間に含ませた三国同盟違反疑惑でもない。

甲斐武田家がこの話を無視する事が出来ないという事実だ。そして武田家とやり取りをする過程で、今川家御伽衆の無名の一坊主が武田家と縁を持つ事が出来る。

あとは、自分が今回の問題において武田家の味方である事を、認識させればいい。

その為に必要なのは協力。

武田家にとって利益のある協力を加える。


つまり、手紙に一文を添えるだけだ。

『公方様(足利将軍)にお伺いを立ててみてはいかがでしょうか?』

今回の騒動で、将軍家が信虎に与えたお墨付きの話も証拠も、武田家に送るつもりはない。その齟齬がどのような結果になるか、外から眺めるだけだった武田家には分かるまい。


これは挨拶だ。

挨拶は大事な事だ。子供だって知っている。

だから、きちんと挨拶をしよう。


はじめまして、武田信玄。

我等が敵よ。

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